引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

5.引き篭り師弟と、乾いた唇

「アニム。今日は湖に行くから、昼は弁当頼む。って起きてるか?」

 もちろんでございますよ、師匠。階段を降りてくる音には気が付きませんでしたけど。勢い良く隣に腰掛けられた振動で、ちょっと飛んでいた意識が戻りました。
 お昼のメニューをどうしようかと、お料理ノートを眺めているうちに、こくこくしていたようです。欠伸を噛み殺そうと顎に力を入れますが、努力も虚しく、口が大きく開いてしまいました。

「ふぁ。日差しぽかぽか、気持ち良くて」

 先日まで振り続けていた雨は止み、森はあたたかい陽気に包まれています。窓の外では、水晶たちがきらきらと輝いています。目に当たったら痛そうです。
 それに、不思議と、私の心も穏やかなんですよね。というか、満たされている感じです。別段、心当たりはないんですけど。

「でけぇ口だな」
「ちゃんと手で隠してる」

 むっとして力が入ったのか、料理ノートの端に皺が寄ってしまいました。
 ノートには色鉛筆を使って、レシピや食材が描かれています。元の世界と似た食材も多いですけど、全然見たことがないモノもあります。花びらの形をしているので、さぞかし甘いフルーツかと思って口にしたら、すんごい酸味がきいていたっていう、見た目とのギャップに騙されるなんてのも多々あります。

「馬鹿力で破くなよ?」
「大切なノート、わかってる。代わりに、ししょーの髪、引き抜いてやる」

 師匠の髪の尻尾を握ってやります。本気にしたのでしょう。師匠が頬を固くしました。それを無視して、ノートを閉じます。
 異世界ならではの食材の使い方を、師匠や式神さんたちに教わっているところです。異世界には異世界の文化もありますしね。師匠が慣れ親しんできた料理を知るのも楽しいです。ちょっとずつ、自分の好みも交えて、訪問者の皆さんも喜んでくれるような、我が家独自の料理を作れるようになれたらいいなぁ。

「夜は、戻ってくる? 魔法道具、魔薬、研究材料採取?」

 細かい細工が施されている柱時計に目をやると、11時を過ぎたところでした。お昼くらい一緒に食べてから出れば良いのに。先日まで賑やかな方々がいてくださったのもあって、一人ご飯は少し寂しいです。
 淡い期待半分、諦め半分で尋ねてみました。師匠、一度決めたことは、なかなか覆さないので引き止めても無駄なんですよね。

「用事自体はすぐ終わる。一応言っておくが、お前も行くんだぞ」

 思わず、首を傾げてしまいました。
 外界の依頼で魔法道具や魔薬を作る時、師匠は部屋や他の森に引き篭ります。引き篭りのさらに引き篭りって、凄く違和感ありますよね。マトリョーシカみたい。人形の中から人形が、引き篭り場所から違う引き篭り場所へみたい。すみません。師匠の筋金入り引き篭りと、可愛らしい人形を同列に並べて申し訳ない。
 って、それは置いておいて。

「川で、魚掴み取り要員?」
「川じゃねぇよ。そうじゃなくて、今日はそういうのしねーよ」

 私がきのこ狩りや木登り要員でなく、普通にお出かけのお供っていうのに驚きです。
 何かあるに違いない。素潜りでもさせられるとか。いや、そういうのはしないと明言されたので、ただ単に湖の周りでマラソンさせられるとか。運動不足解消に付き合わされるのかな?
 考え込んで眉間に皺が寄っていたんでしょう。師匠が申し訳なさそうに頭を掻きました。

「悪い。昼飯、もう決めてたのか?」

 師匠が、手元を覗き込んできます。えっと、肩に顎が乗っているのは気のせいでしょうか。ソファーの背というか、私の後ろに腕が回されていて距離が近いんですけど! 首にあたる猫毛がくすぐったいです。っていうか、ノートは既に閉じているわけですが。なぜに私の手を握って、操っていらっしゃる。普通にノートの角とか引っ張ってくれたら、開いてあげるのに。手袋外しての素手に、息が止まりそうです。

「こっ献立、まだ決めてない。大丈夫」

 師匠ってば、急にスキンシップが増えたんですよね。一体、どんな心境の変化があったんでしょう。ラスターさんとホーラさんが、私がもっとスキンシップしたいって言ったのを伝えてくれたんでしょうか。それならそれで、からかいの言葉をぶつけられそうですが、一切ないです。

「けど、湖、近寄るな言われてたのに、良い?」
 
 師匠の柔らかい髪から意識を逸らそうと試みますが、うまくいきません。眩暈が起きそう。
 それはそうと、魔法への耐性がない私は、水晶の森から出られません。ごくたまーに、結界内なら他の森に、きのこ狩りとか星を見に行くとかくらいはありました。けど、湖へ連れていってもらうのは、初めてです。

「あぁ、魂と魔力の定着も順調だしな。今の状態なら結界内だったら、どこ行っても問題はねぇよ。たまには、ここ以外で昼飯ってのも良いだろ」

 行動範囲が広がるのは、純粋に嬉しいです。でも、それ以上に胸が高鳴ったのは、ふたりっきりで湖ランチって、デートっぽいから。じわじわと幸せ気分がこみ上げてきました。
 何を作りましょう。お弁当なら、こちらの世界で定番だっていうナンぽいのが良いですね。香草が練りこんであるのが特徴です。焼いたのがストックしてあるので、フライパンで温めなおしてバターを落としましょう。あと、師匠が好きだって言ってくれた甘めの卵焼き、受けが良かったタコさんウィンナーも入れちゃいます。定番ですが、急なので仕方がないですよね。
 あっ、一応ご本人にもお伺いをしておきますか。

「ししょー、お弁当、何か希望ある?」
「そうだなぁ。足みたいのが生えたサルスス、あれ面白いよな」
「がってん!」

 敬礼してみせると、師匠が呆れたように笑いました。離れてくれたのは、ほっとしましたが、やっぱり、動悸はおさまってはくれません。
 サルススというのは、ウィンナーみたいなやつです。師匠、意外に可愛いの好きなんですよね。無表情で黙々と食べる姿が、やけに愛らしいんです。思い出し笑いで、むふふと怪しい声が漏れてしまいました。

「不気味な笑い方してんじゃねーよ」
「ししょー、失礼千万!」

 珍しく乙女モード入れてみたのに、ひどい言いようです。頬がふぐみたいに膨らんでいきます。
 眠そうな瞼をさらに落とした師匠が、すっと距離を取りました。悔しくて、逆に近づいてやります。嫌がらせです。
 てっきり立ち上がって逃げていくと思ったんですけど。いつの間にか、師匠の右手に顔を掴まれてしまいました。今の私の顔がタコです。ちょっとどころか、凄く変顔でしょうね。 
 しゃべると余計おかしな顔になるのはわかっていたので、唇の先だけ動かして抗議します。
 師匠、思いっきり鼻で笑いやがりました。

「お前、唇かさついてんなー」
「ほんと、無神経!」

 って、待ってください。頭を傾けて覗き込んでくる師匠は、とんでもなく体温が近いです。伏し目が色っぽいっていうか、色素の薄い睫毛が日に光って綺麗だなぁとか。唇を見つめられすぎて、混乱も良いところです。
 実際、乾いているのは事実なので、恥しいったらありゃしない。机の上に随分と長い時間放置されているコップに手を伸ばしますが、師匠に腕を取られてしまいました。

「ほらよ」
「ぶわっ! 真っ暗!」

 急に闇に覆われてしまいました。って言うと、魔法使ったみたいでかっこいいですけど。実際は、単なる布のせいです。ギンガムチェックが視界を埋め尽くしています。ソファーの背に掛けてあったストールを、被せられたみたい。
 しかも、器用にかさついていると言われた唇だけ、外気に触れています。どんな嫌がらせだ。

「うっせぇなー」
「だれのせい! 一体、どういうつも――」

 と、唇に触れた冷たさに身が縮んだのも一瞬。それよりも、感じた柔らかさに、頭の中が真っ白になりました。
 軽く触れただけの柔らかさは、すぐに離れていきました。けれど、私はストールに手をかけたまま、固まってしまっています。
 ほんのりと香ったのは、ミントの匂い。つっと、唇を伝ったミント水のモノでしょう。
 するりと、ストールが後ろに滑っていきました。見えたのは、愉快そうに唇を薄く開いている師匠。目をまん丸にした私を見た瞬間、ものすっごく意地の悪い笑みを浮かべました。

「へっ!?」

 思わず口を覆ってしまいます。これって、まさか、キスじゃ、ないですよね。キスって思ってしまったら、体温の上昇が止まりません。師匠の唇を見た数秒後、全身が音を立てて染まっていきます。いやいや、まさか!
 あがっていく熱で、さらに唇が干からびていきます。

「なんだよ。口移しの方が、良かったのか?」

 よくよく見ると、師匠の唇に触れている二本の指から、水滴が滴っていました。悪魔の如く歪められた唇をなぞって落ちていく雫。それが、ぺろりと舐め上げられました。
 やられました! あの笑顔! 絶対、私が勘違いすると踏んでの仕業に違いありません。水がつけられた指で触れてたんですね。驚きのあまり、わかりませんでした。
 っていうか、触れてた指を目の前で舐められるって。自分の指じゃなくても、悶絶級に恥ずかしいです。

「ししょーの変態!」
「んだよ。それが、若さだけが取り柄なのに潤いがねぇ弟子を気遣ってやった、優しいお師匠様に対する態度かぁ?」
「ししょうー的、許可なく乙女の唇触れる、ただのセクハラ!」

 変態呼ばわりされて不機嫌になった師匠を、思いっきり睨んでやります。真っ赤なので迫力はないと思いますけど、精一杯の反抗です。決して嫌ではありませんけど。
 師匠は、おそらく『セクハラ』という言葉に反応して眉を潜めたんだと予想はつきます。今までも冗談で散々言ってきたので、師匠も意味を覚えたようです。

「大体、今日に限って手袋してない、やらしい」

 と言いますか、こちらの世界の師弟って、普通にこういうことするのですかと、全世界の師弟に問いかけたい。声を大にして。ネットがあればアンケート調査出来るのに。


「ほーう。アニムはオレに口づけされる以前に、触られるのも嫌なのか。つい先日までは、スキンシップが足りねぇとか、頭撫でろとか言ってたくせになぁ」
「えっ?! なんで、それ、ししょー知ってるの!」

 確かに、ラスターさんとホーラさんには言いましたけど、師匠に直接ねだった覚えはありません。それとも、寝言で愚痴っていたんでしょうか。もしかして、全身からオーラを発していた? 最悪、師匠は心が読めるんですか。いやいや、数々の無神経発言から、それはないと願いたいです。
 焦ったあまり師匠に詰め寄ると、すっと手が宙に浮きました。あからさまに「しまった」という文字が浮かんでいます。わずかにですが、視線が逸らされました。

「もしかして、ラスターさんとホーラさんから、聞いた?」
「んぁ? あーそうそう。二人から、もっと構ってやれって言われてだな。ほら、オレ百年も引き篭ってるし、いまいち加減がわからねぇんだよ」

 嘘だ。偽物っぽい爽やかな笑顔になんて、騙されませんよ。
 師匠は自分から『引き篭り』なんて、滅多に言わないんです。私の嫌味に対する返しくらいでしか、口にしません。自ら言い訳に使うなんて、怪しすぎる。
 拳を口に当てたまま睨みあげます。捻った腰が痛くなるくらい見続けても、師匠と無言の攻防は終わる気配がありません。
 そうこうしている内に、再び唇が乾いてきたのか、舌で湿らせていました。駄目だ。舐めると荒れちゃうんですよね。

「アニム、その仕草は無意識か」

 やった。師匠が折れたようです。掌で顔を覆って、盛大な溜息はつかれましたけど。この仕草、師匠の癖なんでしょうか。いつもながらオーバーリアクションですよね。

「ししょー、ちゃんと文章で、説明して」

 師匠の言葉が何を指し示しているのかさっぱりです。ぶすくれて鼻をつまんでやろうとすると、手首を取られてしまいました。
 師匠の目元が微かに赤いのは気のせいでしょうか。瞳も潤っています。
 心臓が跳ね上がりました。この熱を帯びた瞳、初めてじゃないような気がします。っていうか、目が血走っていくほど、怒ってるとかかな。

「まぁ、それはともかく。どうする? お前が嫌なら、なるたけ触らねぇようにするけど」

 私が応える前に、掴まれていた手首のぬくもりが解かれました。話を逸らされた気もしますが、それよりも提示されている問題の方が重要です。
 目の前で両手を掲げている師匠。含み笑いで見下ろされているので、私が拒まないのを百も承知なんでしょうね。
 ほんと、私、自分が知らない間に、何を口走ったのか。いえ、態度や表情で一目瞭然なんですね。恥ずかしすぎる、自分。

「ししょー、いつもに増して、底意地悪い。意地悪じいさん」
「選択肢を与えてやってるんだから、感謝して欲しいくらいだぜ」

 師匠は耳を疑うというように、わざとらしい驚き顔を作りましたよ。相変わらず、訪問者の方が居ない時は強気というか、意地悪というか。私に対しての優しさが迷子です。
 どうしよう。ここで望むところですと突っぱねるのも技でしょうけど、駆け引きは苦手です。それに師匠ってば、下手をすると本当に触れてくれなくなりそうですもん。

「……嫌ない、です。嬉しいです、けど。」

 羞恥心のあまり、師匠の顔を直視出来ません。下を向いて、師匠の袖の端を掴むのが精一杯です。最後の方は、口の中でもごもごとうごめいて消えていきました。
 いつもの師匠なら、ここで頭を撫でてくれて終わりなんです。でも、今日は――

「けど、なんだよ。指じゃなくて、本物が良いのか? そうか、物足りないか」
「――っ!」

 くいっと顎をあげられました。親指が下唇の淵をなぞっていきます。ぞくりと、体に痺れが走りました。一気に耳が熱くなっていくのを感じます。
 っていうか、なにこれ。今日は鬼畜キャラですか?! 変な病原菌に犯されてるんですか?! おしまいには「はっきりおねだりしない悪い子には、お仕置きだな」とか舌舐りとかしちゃいませんよね?! 出来れば、いつものへたれキャラの方が好ましいです。
 自信に満ちたアイスブルーの瞳に映った自分は、口を開けてみっともなく震えていました。

「しっしっししょー、恋人ない弟子に、いつもこんなしてたの?!」
「オレ、今まで弟子とったことねぇし。それに、ラスターじゃあるまいし、想い人以外に口づけはしねぇな」
「あっ、そっか。私、初弟子。口にもされてないか。って違―う! 言いたい意味、わかってるでしょ!」

 肩を押し返そうと腕を突っぱねてみますが、師匠はぴくりとも動きません。
 でも、そうですね。私も別に口にキスはされてません。朝の挨拶と称してされるようになったのも、額です。口ではないです。挨拶のキスは、外国では割と普通と聞きますので、異世界でも有り得ない話ではありません。
 師匠が軽い人間でないのは、充分承知しています。だから、ただの弟子である私に、本気で恋人同士がするようなキスをするつもりがないのは、わかっています。でも、明確な答えを貰っていません。

「アニム……前から思ってたけど、お前、故意にズレて捉えてるんじゃねぇよな?」
「ししょー、なに言いたいかさっぱり! ししょーこそ、ちゃんと、答えてよ!」

 もう、唇が触れ合う直前なんですけどー! 心臓が爆発どころか、頭が煮えたぎりそう。
 もういいや、好きにして。魂が出かけそうになり、瞼をきつく閉じます。ですが、いつまで経っても感触はやってきません。恐る恐るにでも瞼を開こうと思った瞬間、ふっと吐息がかかって、頬が強ばりました。

「すんげぇ色。火の粉で火傷しそうだな」

 ちゅっという可愛らしい音が、静かな部屋に落とされました。火種が落とされたのは、閉じた瞼の上。ミントの香りが染みてきそうです。清涼感あふれる香りですが、それを打ち消してしまうくらい、熱が放出されていきます。
 師匠は、まだソファーの背に手をかけて前倒し姿勢のままです。私が恥ずかしさのあまり涙目になっていくのを、ご満悦そうに見つめています。
 師匠、自分は不意打ちに弱いとか言ってたくせに! って、あれ。私、弱点なんていつ聞いたんだっけ。夢の中だったかな。まぁ、いっか。師匠、予想外の接触には弱そうですしね。試してみる価値はありそうです。

「ししょー」

 きゅっと口元を締めます。師匠の返事を待たずに、そっと身を乗り出しました。脇の下に腕を回して、心持ち、自分の方に引いてやります。案の定、私の行動は予想外だったようで、師匠の体はすんなりバランスを崩しました。
 腕を回しているのと反対側の頬へ、軽く触れます。うわぁ、二百六十才のおじいちゃんのくせに、なんてすべすべなお肌なんでしょう。すぐ離れるのは悔しいので、数秒、そのままくっついてやります。

「んなっ――!」

 頬に手を当てた師匠が、音を立てて後ずさって行きました。さっきからブーツのままソファーに乗り上がっているんですけど。汚れていないのを願います。
 さっきまでの余裕は、颯爽と手を振って去っていったようです。耳と頬を真っ赤に染めた師匠が、ソファーの端でひっくり返りそうになっています。ぷぷっ。

「される、恥ずかしい。わかったでしょ?」

 腰に手を当てて、もう片方の指をびしっと突き出してやります。私も師匠に負けないくらい赤面していると思うので、怖くはないでしょうけれど。とりあえず、勝ち誇った笑みでも浮かべておきますか。
 端から見たら、すんごい茶番ですよね。うん、自覚はあります。でも、残念ながら冷静に突っ込んでくださる方はだれもいません。
 
「やめた。湖は明日にするわ」
「えぇ? まぁ、良いですけど。明日は、約束」

 師匠が疲労感いっぱいに背を丸めました。うん、こっちの方が師匠っぽい。今日の奇行は本当に風邪でも引いて発熱しているせいかもしれないので、お外ランチ中止のお知らせにも素直に頷いておいてあげます。
 隣に腰掛け直した師匠は、こてんと倒れてきました。着地点は私の膝の上。

「ん、わかってるって。オレ、ちょっと寝るわ。膝、借りる」

 事後承諾ですよ、師匠。心の準備――はする時間がなくて良かったです。
 肉付きがちょうど良かったのか、師匠はすぐに瞼を閉じて寝るモードに入ってしまいました。って、自分で理由をこじつけておいて、へこみそうになりました。
 でも、いっか。師匠が気持ちよさそうに全身の力を抜いていったので。
 ももに感じる重みに、笑みが広がっていきます。

「ししょー、おやすみなさい」

 ずり落ちたままだったストールを拾い上げ、師匠にかけてあげます。屈んだ拍子に近づいた胸に圧迫感があったのか、一瞬身じろぎされましたが、すぐに大人しくなりました。まぁ、残念ながら、ラスターさんのように迫力があるお胸じゃないので、害はありませんからね。

「おー……」

 少し乱れた師匠の前髪を直していると、律儀な返事が聞こえました。少し掠れた声は、とても心地よく耳をくすぐってきました。
 さて。動けなくなってしまった私は、何をして時間を潰しましょう。しばらくは師匠の寝顔を堪能して、飽きたら料理ノートでお昼の献立を考えましょうか。
 どうしよう、献立を考える隙、ないかもしれません。
 ミント水を飲みながら、あたたかい太陽の光りを招き入れている窓の外を眺めます。こくんと、爽やかな香りが通り過ぎていく喉が、熱いと悲鳴をあげた気がしました。                                                                                               



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