引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

6.引き篭り師弟と、吹雪の訪問者たち 【1】

 「ししょー、おかえりなさい。えっと、グラビスさんとアラケルさん、いらっしゃいませ」

 ドアが開いた瞬間、凍りつくような風が舞い込んできました。しんしんと冷え込む空気に、ぶるっと体が震えます。部屋の中央では、暖炉の薪が爆ぜた音が響きました。
 昨日までは春の陽気に包まれていたのに、今日は一転、猛吹雪です。おかげで湖ランチデートも中止になってしまいました。
 
「あたたかいお茶、どうぞ」

 予め用意しておいた紅茶を、近くの円卓に置きます。湯気が立ち上っていきました。
 背を丸めて家の中に入ってきたのは男性三人。師匠のコートを受け取ろうとすると「二人のを」と断られてしまいました。さり気無く「冷えてるから」と付け加えられて、ときめいちゃったじゃないか。

「突然の訪問、申し訳ございませぬ。先程、魔法映像でご挨拶致しましたが、改めてご挨拶申し上げます。自分はグラビスと申します。ウィータ様には、自分が若輩であった頃から、魔導――こちらの国では魔法ですね、それに体術諸々のご指導を頂いております」
「ししょーが、体術、ですか」
「はい。ウィータ様は他分野に長けていらっしゃいますので」

 大型の男性が、硬い様子で頭を下げています。こちらがグラビスさん。四十後半の男性で、上腕二頭筋が逞しいおヒゲの男性です。腰には大剣がぶら下がっています。ダークグレイの短い髪に雪が積もった雪を払うこともせず、恐縮した状態で扉の前に立っていらっしゃる様子から、お人柄が伺えます。師匠に向けられているのは、尊敬の眼差し。
 思わず私も熱を入れて耳を傾けてしまいます。師匠、本当に凄い人だったんですね。ただの中二病魔法使いじゃなかった!

「これは失礼しました。自分、つい熱が入ると語ってしまって。それよりも、アニム殿、夜分の訪問、大変申し訳ございませぬ。女性がいらっしゃるというのに……」
「アニム、よかったな。赤ん坊から女性扱いだ。一気に昇格したじゃねぇか」

 恐縮しっぱなしのグラビスさんを見習って下さい、師匠。女性扱いされて、きゅんとしていたのに。髪を乱暴に撫でてきた師匠に、ぶち壊されてしまいました。
 グラビスさんも、目を見開いて驚いてらっしゃるじゃないですか。ですが、初対面の方を目の前に悪態をつくわけにもいかないので、睨み上げるだけにしておきました。

「お伺いしていた通り、愛らしいお方で」
「だってよ。お世辞満載でも嬉しいよな、小娘なりに」

 師匠ってば、どうしても一言多く付け足さないと気が済まないようです。
 それはともかく。夕飯後まったりしていたところに、魔法映像で突然訪問の連絡があったんですよね。予定だと明日来訪だったみたいなんですけど、宿をとるはずだった街に辿り着けなかったとか。うちは二人で暮らすには広すぎる家です。客間もいくつもあるし全然問題ないので平気なんですけど、グラビスさんは遠慮しっぱなしでした。連絡自体、息子さんが入れてきたので、それも頷けます。

「いえ。吹雪、大変でした。改めまして、私、弟子のアニム、と言います。言葉、勉強中で片言、聞き取りにくくて、すみません。お茶、どうぞ」
「はい。ありがたく、頂戴いたします」

 グラビスさんの丁寧な言葉使いに背筋が伸びます。グラビスさんの人柄が伝わってきて、自然と微笑みが浮かびました。私も出来るだけきちんと話そうと、ゆっくりと挨拶をしました。
 それでも、お茶を飲みながらも申し訳なさそうに頭を掻いているグラビスさん。剣士のような体格に見合わない様子で、恐縮していらっしゃいます。これがギャップ萌えというやつでしょうか。

「親父、何回目だよ。いい加減、うざってえー」
「アラケル! そもそもお前が同行の馬車にいた女性にうつつを抜かしていたせいなのだぞ。それに、いい年して、ウィータ様とアニム殿にまともに挨拶も出来んのか!」

 グラビスさんの至極丁寧な謝罪に渋い顔をしたのは、師匠ではありませんでした。グラビスさんの隣で、乱暴に雪を叩いている背が高めの若い男性です。こちらが息子さんですね。
 私と同じ歳くらいでしょうか。グラビスさんと同じ髪色ですが、顎あたりまでの長い髪をかきあげる様子は、はっきり言って、ちゃらいです。動作がナルシストっぽいです。澄ました様子で明後日の方向を見ているタレ気味のミディアムグリーンの瞳が、それを強調しています。

「まぁ、確かにな。グラビス、謝罪は、ここに来るまでに聞き飽きたぜ? この吹雪じゃ、仕方ねぇよ。狭い家だが、くつろいでくれ」

 師匠は対して気にした様子もなく、柔らかく微笑みました。おぉ。師匠が年長者っぽい。師匠の眠たそうに半分閉じた瞼も、今は慈しみを滲ませています。
 外見だけだと、十七・八才の少年に四十後半の恐面なグラビスさんが萎縮しているのは違和感があります。
 ミルクティーの口当たりのようなまろやかな笑みに、見とれてしまいました。ご友人たちや私に向ける顔とはまた違う種類の顔に、胸の奧の何かが疼きました。なんだろう、凄く居心地が悪い。

「ですです。コート、預かりますね。えっと、アラケルさんも」

 湧き上がってきた得たいの知れない感情を誤魔化すように、おふたりへ手を伸ばしました。グラビスさんは「お手数をおかけいたします!」と小娘には過ぎる調子でコートを渡してくださいました。よっぽど師匠を尊敬されてるんですね。弟子である(名目上だけですが)私に対しても、全く同じ対応です。すっごく申し訳なくなってしまいます。
 一方、息子さんであるアラケルさんは、最初興味なさそうに、私を横目に入れただけです。人見知りさんかもしれませんし、特に気にはしません。
 が、数秒後、目にもとまらない速さで手を握ってきました。

「なになに、キミ、めっちゃ可愛いじゃん! 黒髪黒目なんて、神秘的じゃね? 二百才以上の魔法使いの一番弟子っつーから、期待してなかったけどさぁ。いいよ、キミ。アニムだっけ、すんげぇ俺好み! ねぇ、幾つ? あっ、でも、俺的には見た目が若くて可愛ければ、なんでもいいんだけどさぁーむしろ、見た目が幼いのにあっちが大人って、ちょーやべぇっ!」

 なんでしょう、この人。失礼ながら、頭大丈夫でしょうか。彼の言葉を借りるなら、この人まさにちょうやべぇ。それが正直な感想です。グラビスさんとのギャップも手伝ってか、どん引きです。
 何が良いのか理解不能ですし、何より馴れ馴れし過ぎませんか。言葉だけなら我慢出来ますけど、両手で私の右手を抱え不躾(ぶしつけ)に撫でつけています。虫が這いずり上がってくるような手つきに、寒気が走りました。
 ラスターさんの冗談めかした言葉や触れ合いはとても楽しいですけど、目の前の男性には本気のサブイボが立ちました。

「愚か者がっ! ウィータ様の一番弟子であらせられるアニム殿になんたる無礼!」
「いっで!! あにすんだよ、クソ親父!」

 流石の師匠も、私と同じ様子で石化しています。いえ、もっとひどい状態です。あんぐりと口を開けて、コートスタンドに手を掛けたまま固まっています。
 アラケルさんとは初対面なんでしょうか。まぁ、そうでなくとも異性を交えて会ったことがなければ、驚くのも無理ありませんよね。

「辿たどしい言葉が、たまんねぇ。大魔法使いの弟子なんだから、あんたも相当な使い手? 俺、もう媚薬飲まされたカンジに全身熱いんだけどさー」
「えっと。私、魔法使えません。と言いますか、手、離して、下さいです」
「へぇー大魔法使いの1番弟子なのにぃー?」

 痛いところをつかれました。アラケルさんの言葉が、現実を突きつけてきます。
 というか、やだやだ。手を握られたまま顔を近づけられて、背に嫌な汗が流れます。一生懸命引き剥がそうとしますが、力の差は歴然で、フライパンのコゲのように剥がれません。ねっとりとした視線に、膝が笑います。手の甲を滑る指が気持ち悪い。
 嫌悪の気持ちが爆発する寸前、触られている部分に電流が走りました。

「いっでぇ!! 静電気かぁ?」

 アラケルさんから悲痛な声があがった瞬間。気が付けば、私は師匠の背に庇われていました。いつもみたいにあからさまではありませんけど、さり気無く後ろに下がらされています。
 アラケルさんは、流れた電気で痛む手をぶらぶら振っています。師匠の魔法かな。でも、だれが魔法を使ったかわからないものなんでしょうか。
 グラビスさんの拳骨がアラケルさんの頭頂部に落ちました。これこそ、雷親父の鉄拳という感じです。凄い音がしましたが、痛がるアラケルさんにお構いなく、グラビスさんは説教を始めました。

「アニム、大丈夫か?」
「気持ち的には、あんまり大丈夫ない」
「それも、そうだな」

 つい本音が出て、ぶすっと唇が尖ってしまいました。あちらのおふたりに聞こえてないと良いですけど。
 師匠は眉を垂らしながら、苦笑いを浮かべていました。先程撫でくり回されていた手をとって、ぽんぽんと軽く触れてくれました。嫌な気持ちが、するりと解けていきます。手袋越しですが、不思議とぬくもりが伝わってきます。
 お客さんの前だからか、師匠は口数が少ないのに、少しだけ物足りなさを感じてしまいますけど。

「さっきの、ししょーの雷魔法?」
「いや。オレじゃなくて、アニムの中にあるオレの魔力だな。一応、お前の負の感情つーか防衛反応に連携するように組んであるんだが。そんなに、嫌だったのか? お前、スキンシップ嫌いじゃないだろうに」

 師匠の視線が、触れている手に落とされました。師匠の掌に全体重を預けている私の手。そう言えば、普通ならあそこまで嫌だって思わないですね。なんだろう。

「んー。ししょーない、男性だから?」

 そうです。最近師匠とのスキンシップが増えてから、特にです。師匠には触れて欲しいと思う反面、他の男性から異性として触られるのが――って、違う違う! そもそも、ここにいらっしゃるのは師匠の旧友さんやお客さんばかりで孫扱いだし、異性的に軽い調子で触られる機会がなかったから、びっくりしただけです。うん。
 師匠を見ると、薄く開いていた瞼が心持ち開いていました。そりゃそうです、告白にもとれますよね!

「っていうか、初対面の人に、あんな風、触られたら嫌ない?」
「まぁ、そうだな」

 師匠が呆れた顔で腕を組みます。ほっと、安堵の息が漏れました。
 グラビスさんとアラケルさんには聞こえないよう小声で会話していたので、自然と顔の距離が近くなっていたようです。
 案の定、アラケルさんが口の端を釣り上げて、横から覗き込んできました。後から「あっ、またお前は失礼な!」とグラビスさんの怒りを含んだ声が追ってきます。

「おふたりさん、仲良いっすねー」

 また。アラケルさんが、私と師匠の肩に腕を回してきます。寄りかかられると、重いんですけど。
 師匠は年長者の余裕を浮かべたまま、そことなくアラケルさんの腕を払いました。師匠がキレないで大人な対応してる。
 変な部分に感動してぽけっといると、少し乱れた髪を整えられました。もちろん、師匠にです。アラケルさん側。師匠の腕がさり気無く間に入ってくれたようです。

「アニムはこう見えて、一人弟子だしな。お前ら親子だって、充分仲良く見えるぜ?」
「うへぇーあんなむっさい親父と仲良く見えてもなぁー俺もアニムと親密な関係になりたいなぁー良いだろ、お師匠さん」

 申し訳ありませんが、私の中の警戒心が総立ちで反対と腕を振り上げています。満場一致です。
 ただの軽口に過剰反応かもしれませ。けれど、ここは異世界。軽い気持ちが師匠の迷惑に繋がってしまう可能性だってあるんです。ただでさえ役に立っていないのに、師匠の名誉にまで傷を付けるような真似は、絶対避けたいです。

「一人弟子っていうくらいだから、可愛いのはわかりますケド、美味しい外見なのにもったいないっすよー俺、魔法には自信あるし、釣り合うと思うんだケドなぁー」

 弟子。そうです、私は師匠の弟子なんだから、守られているんです。頭の中に生まれた靄(もや)を振り払い、師匠を見上げます。仲が良く見えてるなら、それだけで喜ばしいんだ。そう、自分に言い聞かせます。アラケルさんの言葉に引っ張られた気持ちで、贅沢になってきている自分に気付かされました。
 それよりも、アラケルさんの軽口に師匠が何と答えるかの方が、今は気になります。うん。

「いい加減にせんか、アラケル。何度も言うが、ウィータ様は、本来ならお前のようなひよっこが軽く口をきいて良いお方ではないのだぞ。ウィータ様の寛大なお心に甘えて、調子に乗るでない。アニム様とて、お前より年上なのだ。そもそも、女性に対して失礼であろうが!」
「でも、おふたりさんとも、見た目は俺と同じくらいじゃねぇー?」

 アラケルさんは指で耳栓をするだけで、お父様の言うことを聞く気は皆無な様子。師匠をちらりと横目でとらえて「俺のがイケてるケドな」と小さく笑いやがりました。どう考えても、師匠の方がかっこいいですよ! 童顔だけど。
 っていうか、私も凄く眺められています。足の先から頭のてっぺんまで何度も見られると、居心地が悪いのですけども。

「ししょー、二百六十才です。私、二十一才です」
「うそ?! アニムってば、まじもんに若いわけ?! ってーか、俺と同じくらいだと思ってたわ。ちなみに俺は17才。年が近いもん同士、話もあっちの相性も良さそうじゃね?」

 そっちかい。さらに視線に遠慮がなくなりました。瞳が一気に細められ、ちろりと舌が下唇をなぞりました。ぞわりと、寒気に包まれます。ブリザードです。悪寒が全力疾走です。鳥肌がさらに背伸びしています。
 腕を抱え込んで震えていると、グラビスさんから湯気が出ているのが見えました。噴火直前の火山です。

「馬鹿もん!! 下品にも程があるわ! お前は野宿でもしておれ!」
「んだよ、親父。いやだなぁー俺は魔法の相性ってたんだよ。変な風に受け取る親父がえろ親父なんじゃね?」
「ぐぬっ」

 グラビスさんが、口を硬く結びました。頑張って、お父様!
 実際、年の近さが魔法の相性に繋がるかなんて私にはわかりませんが、今だけは絶対違う意味で言ったでしょうと断言出来ます。けれど、アラケルさん口が達者なんでしょうね。あぁ言えばこう言う、タイプ。
 さっきから師匠が空気です。珍しい。顔を真っ赤にして怒りに耐えているグラビスさんの肩を叩いて宥(なだ)めています。

「あーやだやだ。今からアニムの得意魔法きこうとしてたんだよねーちなみに俺は世界でも数少ない精霊魔法の上級者。精霊を呼び出して使役すること自体難しいんだケド、そいつの力を吸収して自分で練り直せるんだぜー? 大抵の奴は言うこと聞かせられるつーか、押さえつけられるつーか」

 あっ、すっごい上から目線。仰け反って前髪をふぁさーと払いました。どこかのキャラクターを思い出しますね。
 確かに、精霊魔法は召喚術と並んでハイレベルな魔法だと教えてもらった覚えがあります。センさんも精霊魔法の使い手さんですが、言うことを聞かせるというよりは、精霊さんたちがセンさんを大好きで、進んでお手伝いしているという感じでした。どちらが良くて悪いのか明言する知識はありませんけど、個人的にはセンさんの方がお人柄が出ている気がして素敵だなぁと思います。

「すごい、ですね。でも、私は魔法、使えないです」

 失礼なことを考えてしまいましたね。先入観はいけません。
 私の言葉に、アラケルさんは少しうんざりと首を傾けました。えーと、なぜでしょう。魔法が使えないことに驚いているのかとも考えたのですが、そういった反応とは違う気がします。

「それは、わかるんだケド。内側に魔法が溢れてるっぽいから、精霊かと思ったんだよね。ねぇ、部屋で精霊魔法について話しようぜ。ついでに、俺に内側見せてくれたら、色々よくしてやるよ?」

 腰に手が回されそうになって、思わず短い叫び声があがりそうになります。色気もない感じに。それを何とか耐えて、一歩後ろに下がります。合気道や柔道が使えたら、間違いなく投げ飛ばす気配でした。残念ながら、武術なんて使えません。命拾いしたな、と心の中で負け惜しみ台詞を吐いておきましょう。なんだか今日は私の方が、中二病っぽい。
 私の様子に気がついたのか、アラケルさんの言葉に引っかかったのか。師匠がアラケルさんの首根っこを引っ張ってくれていました。
 アラケルさんには見えていないようですが。師匠の眼光に殺意を感じたのは、私の願望だったのでしょうか。




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