引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

25.引き篭り師弟と、積み重ねた刻が導いた想い1


「しゃずじいちゃま、どーでち? お花しゃんも果物しゃんも、うれちい?」
「ふぅ。ふぃーにす頑張ったのじゃ。おなかぺっこりんぞ」

 きらきらと、太陽の光を受けて輝く水。青々とした葉が、風にそよいでいます。
 空で手をあわせて魔法陣を紡いでいたフィーネとフィーニスが、すいっと地上に戻ってきました。余韻を残している魔法陣からは、薄い水色と翠色の光が零れ落ちてきています。宝石みたいで、綺麗。

「あぁ。大層喜んでいる。助かった」
「うなー!」

 花園とも果樹園とも呼ばれる場所。シャズさんと二人から少し離れている私ですが……無骨な手でフィーニスとフィーネを撫でる初老の男性が、どんな表情をしているのかが背中から伝わってきます。
 彼は本拠地の庭師を束ねているシャズさん。ぱっと見た目は怖いのですけど、麦わら帽子がよく似合う方です。

「南の森、守護精霊ちゃまに教えてもらっちゃ、植物しゃんおっきくなーれの水魔法なのでち!」
「なのぞ! おいしくなーれなのじゃ!」
「ほら、礼だ。あっちの嬢ちゃんと一緒に食べるといい」

 ちらりと、シャズさんの視線が向けられます。目をらんらんに輝かせているフィーネたちの手には、果物らしきものが。ライチの大きい版でしょうか。いえ、ドラゴンフルーツっぽい?
 ともかくと、「ありがとうです」と頭を下げた私を一瞥だけして。
 シャズさんはさっとフィーネたちに意識を戻しちゃいました。フィーニスもフィーネもちゃんと「あんがちょ」とお辞儀しています。よくできました!

「あにみゅー! もらったのじゃー! むきむきしてなのぞー!」
「フィーニスもフィーネも、お疲れ様。よかったね。ウィータにも、ほめられたよって、自慢しよ」
「うみゃー! あるじちゃま、なでなでしてくれましゅかね。でもでも、いまはこっちのが! ほんのり甘い香りでち。あにむちゃ作ってくれりゅべっこう飴ちゃんみたい」

 おぉ。手渡された果物、大きさはフィーネたちのお顔位ですが、結構ずっしりです。膝にハンカチを広げて置くと、二人もちょこんと赤ちゃん座りで降りてきました。
 ぐっと親指をかたい皮に押し込むと、思いの外あっさりと割れてくれます。

「いっこはありゅじに食べてもらいたいのう。そいとも、いりゃんかな」
「フィーニスとフィーネが、あーんしたら、もぐもぐ美味しく食べてくれるよ」
「あーん、でち!」

 大きくお口を開いたのはフィーネでした。隣のフィーニスは「違うのぞ」と溜め息をつきつつも。順番に欠片を入れてあげると、あっという間に笑顔になってくれました。ほっぺをむにむに弾ませている二人は、今日も可愛い!
 自分の口内にも広がっていく、控えめな甘さ。弾力がある実は、なかなか飲み込めません。本当に、べっこう飴みたい。ちょっと焦げた香りがします。

「ふみゃ。なんぞ雨のかおりがしゅるのぞ」
「でち。おしょらも、急にもくもくでしゅ」

 最後の欠片を頬張ったフィーニスの鼻が、ひくりと弾みました。見上げれば、真っ青だった空には、暗雲が立ち込めていました。
 降り出す前に非難しよう。腰をあげた瞬間、ざばぁぁと音を立てて雨が降り始めちゃいました。ゲリラ豪雨!
 慌てて二人を抱き上げ、駆け出します。シャズさんの姿は園の中です。

「ふぅ。びちょびちょ、なっちゃったね。二人は平気?」

 果物を持ったまま、ぶるっと小さな体を震わせたフィーニス。
 エントランス風の場所に逃げ込めたものの、水滴がしたたるどころか結構びっちょりです。幸い、今日は藍色のワンピースなので下着は透けてない。体に張り付いてちょっと気持ち悪いけど。

「夕立みたいだから、すぐやむと思う。シャズさんに挨拶してから、お部屋に戻ろうか。それに、私の服、水しぼらないとなぁ」
「あい。ふぃーねたち、お水じゅわんお魔法使えればいいのでしゅけど」
「お水じゅわの魔法、ふぃーにすたちじゃまだうまく制御できんからのう」

 師匠なら水分を蒸発させられるんですよね。
 気にしないでと笑いかけると、フィーネも一緒になって裾を絞ってくれだしました。雨に濡れるのは好きですが、ブーツの中はちょっと気持ち悪いかも。

「雨にぬれるの好きじゃけど、ありゅじ一緒ないからあにみゅはお熱でちゃうかもなのじゃ」
「かなり安定してるし、ネックレスもあるから、大丈夫だよ。ありがと」
「うみゃ。いっちょお風呂はいりまちょ」

 果物で手が塞がれているフィーニスも、頬を伝う雫を舐めてくれます。くすぐった。嬉しいな。
 おっと。あまりフィーネに裾を握ってもらわない方がいいですね。絞り出された水分をかぶって、フィーネの毛がさらにぺたんとなっちゃってる。

「フィーネ、そっちありがと。髪、お願いできる?」
「あい! ふぃーねはあにむちゃの髪、ぎゅっぎゅするんでしゅ!」

 うえっきゅしゅん。そんなくしゃみに、一瞬、フィーネもフィーニスもめきょっと瞳を大きくしちゃいました。ごめんね。
 すぐに「うえっくち!」と笑顔で真似しだします。
 これはフィーネのいうように、早くお風呂に使った方がいいですね。ここは水が豊かな上に温泉みたいのも沸くようで、大浴場も快適なんです。ディーバさんの部屋にも簡易のがあります。

「おい、子猫たちにアニムか?。んなとこで何やってんだよ」

 ふいに上から降ってきた声に、息が詰まりました。
 壁から離れて見上げた先には、くりぬかれた窓のさっしに腕をついたウィータがいました。私の姿を確認した瞬間、ウィータの眉間に皺が寄っていきます。

「フィーネとフィーニス、シャズさんのお手伝いしてた。突然の雨で、濡れネズミ」
「なんでネズミが出てくる。まぁ、いい。少し窓下から離れて横に動け」

 ウィータは後ろにいる数名の男女を振り返って、なにやら二言三言声をかけたようです。ウィータと似たような制服――魔法衣を身につけていらっしゃいます。
 皆さん、特に私の方を覗き込まず、一礼して去っていきました。

「よっと」
「わっ!」

 私が離れたのを確認すると、ウィータは飛び降りてきたじゃないですか。
 いえね、ものすっごくかっこよかったのですよ? さして高くない一階ほどからですけど。スローモーションで見えるくらいの乙女フィルターは余裕。
 長いレモンシフォンの髪と長い裾が舞って……。着地の音で我に返りました。

「ウィータ、運動神経も抜群。でも、魔法ともかく、木登りなら、私も負けない!」

 ふんと胸を張ってやります。以前グラビスさんおっしゃってましたが、師匠は魔法だけではなくあらゆる分野の格闘技も武器も使えるんです。
 なのに、私にばっかり木登りやら魚つかみさせてました。……私に存在意義をくれるために。あぁ、もう! 苦しい! 本人がいないところで、優しさをくれないでよ!

「オレと木登りで張り合うのかよ、アニムは」

 呆れた声色なのに、とっても優しい苦笑を浮かべたウィータに泣きたくなります。わかっちゃう。オレとってのは、大魔法使いな始祖の宝なウィータ。優しいは、師匠みたく、生意気だけど面白いさって受け入れてくれてる笑み。
 やっぱり、私はこの人が好きだ。けれど、好きだっていう言葉じゃ足りない現実に、鼻の奥がつんと雨で痺れます。

「ありゅじはぜーんぶしゅごいのぞ! あにみゅに関して以外はにゃ」
「だっちぇ、あるじちゃまはいっちゅもあにむちゃの考えは読めないとか適わないいってましゅの」

 ちょいちょい! 可愛いフィーネとフィーニスの発言に、掌を返すようにげっと口を引いたウィータ。
 怪我の功名。よかったです。二人っきりだったら、私がウィータに見惚れたままだっただろうし、ウィータも私の視線に困っただろうし。
 への字口のまま私に向き直ったウィータに、へらりと笑い返すのがやっと。
 不満げなまま、ウィータは小さく口を動かしました。

「わっ! すごい! 服、乾いた!」
「ありゅじ、髪とか肌はそのまんまかいな」

 フィーニスが可愛い頭が、垂れ耳側にこてんと倒れます。
 確かに、ワンピースやら下着、ブーツからは水分がなくなったのですが、肌や髪は湿ったままです。はて。

 あれは師匠の弟子になってから、どれくらい日が過ぎた頃だったでしょうか。
 師匠がずぶ濡れになって帰って来た日。玄関にお迎えに出た私は、師匠の姿を見て慌てて洗面所にタオルを取りに行きました。まだ言葉が不自由だったので、待っててともタオルを取ってくるとも告げられずに離れた私。タオルを手に戻ってきたら、師匠は全身乾いていたのです。
 タオルを手にしょんぼりというか所在無さげにした私に、師匠は瞬きを繰り返していましたっけ。そして、『雨。もうない』と踵を返した私を前に、師匠は突然玄関を開け放し、再びわざわざ濡れたんです。
 なぜに?! と悲鳴をあげた私の前に戻ってきた師匠。パニックの中、師匠の頭にタオルを押し付けごしごし拭いた私に、師匠は『これも悪かねぇな』って、にかって笑ってくれたんです。

 嬉しかった。すごく嬉しくて、わんわん泣いた記憶があります。異世界だと突きつけられた数秒前よりも、師匠が私を理解しようとしてくれた。逆に師匠からタオルを顔に押し付けられたり、フィーネとフィーニスが一緒に泣き出したり、大変でしたけど。

「無機質な服はともかく、生物への干渉はな。オレ自身に関しては、オレがもっとも生態を理解しているから可能だが。特に、こいつの身体には控えておくべだろう」
「どどんと、こいです。ウィータ、間違うないよ」
「あほたれ。顔、かさかさになってねぇか? オレの魔法つか、元の肌のせいで」

 なんと失礼な! 過去に来てからもディーバさんが化粧品を貸してくれてるので、ちゃんとお手入れはしてますよ!
 触ってみなさいと手を握ろうと腕を伸ばした直後、逆に私の両頬が掴まれてしまいました。

「ふーん。まぁオレの指先に馴染むっちゃー馴染む皮膚だな」
「ウィータの変態! ウィータの魔力、私の中にある、いう意味でも。純粋に、肌でも!」

 ぐぐっと胸を押しても、ウィータは顔を近づいたままだし、親指の腹を頬に滑らせるのもやめてくれません。せめて視線は逸らしたやる。
 ウィータはずらした視線の先にまで映り込んできます。お願いだから、やめて。過去にきてからひどくなっているのは……ウィータへの想いが深まる度、師匠だけじゃなくて――決意に近づく心に浮かぶ闇、両親や元の世界への懺悔の念。

「服、乾かしてやったんだから、礼くらいくれよ」
「おっお礼? そうだ、思い出した。ディーバさんから、聞いたの。この間の魔法戦、出たは、私のためでしょ? このネックレス、見せてあげたら、言われた」
「ちっ。ディーバの奴、余計なことを」

 ウィータの舌打ちは、ディーバさんが話したのに対してなのでしょうか。それとも、にやりと口が孤を描いたウィータに危機感を抱いて、先制でお礼を出した私に?
 どちらにしろ、ウィータはぶつぶつと不機嫌顔で呟いています。

「ありゅじ! これな、しゃずじいのお手伝いして、もらったのじゃ!」

 救世主フィーニスが現れた! 
 目線の高さまで降りてきたフィーニスとフィーネ。みて、みて? と言わんばかりに、ウィータに果物を差し出しました。ウィータも意地悪顔をほんの少し綻ばせ、掌を前に出します。
 受け取ってもらえたのが嬉しかったのでしょう。二人は顔を見合わせて、「うななー!」と甘い音を鳴らしました。

「あるじちゃまの分でち。ふぃーねたちはもう食べまちたの」
「あの堅物じいさんがねぇ。花園はともかく、果樹園に入れてもらえたのか?」
「あい。ふぃーねたちお散歩してたのでしゅ。その時、いたいいたいっていっちぇるお花しゃんいまちたの。そいで、元気になーれの魔法使ったら、しゃずじいちゃまにもっと出来るか? ってお願いされまちた」

 本当にしゃべったのではなく、魔力が枯渇《こかつ》してたっていう意味らしいのです。でも、フィーネたちが言うと本当におしゃべりしてるみたいなんですよね。
 最初、シャズさんがのっそり前に来た際は、勝手をしてと怒られると思いました。予想に反して、お礼とお願いをされちゃったんです。花たちのためになるならって。
 フィーネたちの心の優しさは万国時間関係なく伝わるんですね!

「お前はひとまずこれ羽織ってろ」
「え? 服は乾いてるし、大丈夫だよ。ありがとう。雨止んだら、シャズさんに挨拶して、部屋に戻るし」
「いいから。未来に戻った時に風邪引いてたら、またお前の師匠がキレるかもしれねぇからな。ラスに対してみたいに」

 未来に戻った時。さらりと紡がれた言葉に、胸が締め付けられます。
 私が動揺している隙に、ウィータが自分の黒い魔法衣をかけてくれました。あったかい。ウィータの熱が曖昧に伝わってきて、数秒前とは違う色で心臓が跳ねてしまいました。
 そのまま、肩をおされ、壁から出っ張っている部分に座わらされます。

「オレは半分もらうから、先にお前らで食ってろ」
「うなー! ありゅじと半分こなのぞー!」
「やっちゃね、ふぃーにすー! しゃーわせをはんぶんこずつなのでしー!」

 隣で赤ちゃん座りになったフィーネとフィーニスは、とても嬉しそう。割って貰った果肉を見比べ、万歳をしました。可愛い! 果物を食べられる自体じゃなくて、ウィータとわけあったというのが幸せだったんですよね。
 くしゃりと崩れたウィータも、楽しげに揺れているフィーネとフィーニスも愛おしい。
 ほくほくしている私の前で、膝をついたウィータ。胸元のネックレスが掬い上げられました。

「ウィータ? つけたままなくて、外すよ」
「あほアニム。これはお前の存在維持のための魔法道具なんだろうが。消え際にお前の師匠から、いくつか注意事項は聞かされてる」

 なっなるほど。師匠がウィータに耳打ちしてたのは私についてだったんですね。
 師匠は自分がウィータだった頃に、そうされたから、あんな状況でも私を気遣う行動がとれたのかな。自分が言われた経験に、自分も倣ったのかな。
 ……そうじゃ、ない。心では嫌って言うくらいわかってるのに、頭が理解してくれない。矛盾しすぎてる自覚は、あるの。
 ぎゅっと。唇が噛み締められます。と、やんわり引っ張れました。

「あっあのね、でも、結界の外、出られてる。ししょーも、存在固定、平気言ってた」
「それはあくまでも未来で師匠が傍にいるからだろ。例外の場所では、慎重になるにこした事はねぇんだよ」
「それに――って。もう集中しちゃってる。ししょーもだけど、こーなると、全然、声届かないんだもんな」

 近距離で見られるのがつらい。
 そう口に出すより先に、ウィータは瞼を半分下ろしていました。薄い瞳の色が、さらに透明度を増している。魔法の解析してるんだ。
 すぐに前髪で隠れしまったのは少し残念ですが、心臓には間違いなく悪いのでかきあげるのは控えておきましょう。
 そっと瞼を閉じると。ウィータの体温をより近くに感じました。
 雨が、葉や花を鳴らす音。石畳にぶつかって、弾けている。交じって聞こえてくるのは、フィーネとフィーニスの甘い鼻歌です。
 大好きな雨。師匠が好きだって笑ってくれた、私と同じ字を持つ雨が作り出す空気。同時に、呼ばれた真名が涙腺を刺激してくる。
 手持ち無沙汰に横へついた指先に触れているのは、フィーニスの尻尾の毛でしょうか。ゆらゆらと動いていて、少し肩があがります。
 とても心地よい雰囲気に浸っていると。頬に柔らかいものが触れてきました。フィーニスたちにしては、ちょっと大きい!

「へぇ?! ウィータ?!」
「アニム、お前警戒心なさすぎ。男が近距離にいるのに、目をつぶるなんざ、口づけしてくれって顔に書いてるようなもんだろ」
「へっ屁理屈! だだだだって、魔法使ってるとき、じっと見られる、やりにくいでしょ?!」

 ネックレスは胸元に戻ってきているものの。ウィータは距離をとりもせず、じっと睨んできています。ととというか、なぜに手を重ねられて?!
 いやいや、落ち着けアニム。師匠と同じで、ただの悪戯に違いありませんよ。指でぷにって。あきらかに、頬への感触やら鼻先に触れた髪っぽいものから、否定出来ませんけど。うん、そう考えておこ。

「ちゅーなのぞ。ありゅじがあにみゅのほっぺに、ちゅーしたのじゃ」
「珍しちいでしゅの。あるじちゃまは、いっちゅもおでこやまぶた、しょいで口にしましゅのに。あ、指のさきっちょもありましゅ」

 確かに! 師匠って口づけ魔ですが、頬ってあまりされた記憶がありません。特に不思議に思ったことはありませんでしたけれど。
 また師匠に聞きたい話が増えちゃいました。
 有り得ないくらい熱い頬から、触れている指先にまで名残が流れてくるようで……。未来の師匠に問いかければいいのか、眼前でフィーニスたちの喉下をくすぐっているウィータを見ればいいのか。思考はぐるぐる回るばかり。

「こっちのありゅじも、あにみゅのこちょ好きなんじゃな!」
「別に。あんまりぼさっとしてたんでな」
「もう……気にしないから、良いけど」

 やっぱり、ただからかいたかっただけじゃない。ひどい。
 ふぅと軽い溜め息が落ちました。人の気も知らないで。唇が触れていた部分を擦っても、熱はあがる一方。顔を逸らしても、羽織っている魔法衣もウィータの存在も、傍に感じてしまう。
 石畳に流れ込んできている雨水。隙間をぬって溢れていく雨は、まるで私の気持ちみたい。

「だから、ついさっき口づけしてきた男の前で、んな顔してんじゃねぇよ」
「え?」

 ぺたりと。今度頬に触れてきたのは、冷たい掌。肌に吸い付いてくる、馴染んだ感触に喉が鳴ります。飛び込んできた瞳は、掌の体温に反する温度。
 じっと向けられる視線に耐え切れなくて。ウィータの肩口に、額をくっつけてしまいます。

「あったかい」
「なんじゃ、あにみゅ寒いんかいな」
「大変でち! おねちゅはだめだめなにょ!」

 呟きに即座に反応してくれたのはフィーネとフィーニス。肩に飛び乗ってきて、すりすりと柔らかいお腹と頬をくっつけてくれました。食べたばかりの甘い香りが、笑みをくれます。
 おまけに、頭にこてんと乗ってきた重さ。

「……明後日が、満月だな」
「う、ん」

 不意打ちの言葉に、詰まった返事が出てしまいました。
 ううん、違うか。さっきぼうっとしていたのを、まだ悩んでいるとウィータは気がついてくれたんだ。
 私の揺らぎを悟ったのは、ウィータだけじゃありません。フィーニスとフィーネも、肩で立ち上がって、しがみついてくれたのが想像出来る。耳に流れてくる、とくんとくんという優しい鼓動。どうしようもなく、愛しい命の調べ。
 ウィータの胸元を握る手に力が入れば。柔らかく髪を撫でられ……寝不足だったのが嘘のように、意識がまどろんでいきました。

「ひとまず部屋に戻るか。この天気じゃ露天風呂も無理だし、大浴場も掃除の時間だ。でディーバの部屋で我慢しろ」
「ん……」
「連れてってやるから、寝てろ」


 師匠みたいに、横抱きにしてくれたんだ。霞む視界の中、景色が変わりました。フィーネとフィーニスは、お腹に乗ってくれているのかな。心地よい重さを感じる。
 転位魔法であっという間、と思ったのに。こつんとブーツが鳴らす音が響いて……。
 どうしてか、熱い涙が溢れていました。




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