引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

24.引き篭り師弟と、想いの行く末5


「しっかり歩かねぇと、すっころぶぞ」
「ヒールなれてきた、平気」

 ウィータに着飾りを悪くないと言ってもらい、ほくほく幸せ気分です。さすがにスキップは自重しています。やや後ろからついてくるウィータに、溜め息をつかれそうなので。
 人ごみが多い通りを避けて、ダンス会場までちょっと回り道しているんですけれど。花園が綺麗なので、得した気分。ほんのり灯りが浮いている、闇も心地よい。
 たぶん、というか絶対私の体調を考慮してくれているんですよね。嬉しいなぁ。

「ダンス、楽しみ! 私は、踊れないけどね、フィーネとフィーニスの、お尻ふりふり、てしてしダンスは、すっごく可愛いの! もう、ぱくりって、したいくらい! 結界内でもね、演奏妖精さん、いたですよ」
「南の守護精霊様の眷属《けんぞく》ね。折角ですもの、アニムも挑戦してみましょう? ラスなら、喜んで相手してくれるわよ? リードもうまいし」

 前方には、いちゃいちゃしたままのセンさんたち。センさんと腕を組んだまま、振り返ったディーバさんですが……赤い瞳は、話しかけられた私ではなくウィータに向けられています。
 ウィータは踊りが下手っていう意味でしょうか。確かにワルツやチークならともかく、テンション高くわいわい踊るウィータって想像出来ません。ぷぷっ。

「ペアのダンスも、あるです? 私、いつも、くるくる回ってただけ。ちゃんと、踊ったのないです。挑戦、したい」
「あほたれ。んな短い裾でまわったら、大公開じゃねぇかよ」
「ウィータ、保護者みたい。さすが、年の功。お年寄りには、小娘でも、刺激つよい。あー、私、興味ない、言われたんだった。ぺいっと、放っておいてよ」

 おぅ。ウィータの腕が首に巻きついてきましたよ。背中に感じた熱で、やけどしそう。
 魔法衣が黒いので、お化粧ついたら目立っちゃう。そう思って、顎をめいっぱいあげると。瞼を半分落としているウィータがいました。
 ディーバさんに背中を押されてから、もう気持ちがとまりません。間違いなく。地下に降りる階段では、すでにウィータへ恋に落ちていたって認められる。

「だれが年寄りだ。つか、案外根に持つのな。話しを聞いた限りの結界内とは違って、ここには飢えた男がいくらでもいるんだぞ。アニムなんざ、気がついた時には喰われてる」
「私、ぼんやりないよ。ちゃんと、学習してるです。結界内いても、ししょーのお客さんなんかは、くるし」
「……学習ってことは、なんかあったのかよ」

 凄まれても、ふへへと笑うしかありません。だって、据わっていたはずの瞳には、すぐ心配の色が浮かんだんです。
 わかってる。師匠としてウィータが不甲斐ない場面があったのかっていうのに加え、私自身の心配もしてくれているって。

「人は、常に、学習するもの、ですよ」
「屁理屈言ってんな。変に考えてしゃべらなくとも、こんな話、欠片の制約には含まれねぇよ」

 師匠が私の中にいてくれたから、師匠《ウィータ》の優しさや好きだなってところを、新しく見つけられるんだ。それって、なんだか、すごい。私だけが、気がつける師匠《ウィータ》みたい。
 体をずらしてきっちり合わせられた視線。心なしか、体の密着度がました気がしました。嬉しさを隠しもせず、軽く頭を振ります。

「ししょーは、いつだって、私、守ってくれてるよ。交換こで、私は、ししょーの健康、守ってるですから、おあいこ!」
「生意気な弟子だな。オレは管理されなくても、魔力があればそこそこ生きていけるんだよ」

 悪態をつきながらも、どこかほっとしたように力を抜いたウィータがまた愛しい。
 それに、知ってる。師匠は魔力があれば、あまり食べなくても大丈夫な身体だって、最初の頃に聞きました。異世界人丸出しだった私は、変なのって思ったから、毎回師匠の分も作ってましたっけ。とは言っても、師匠は一度研究に没頭すると、私が用意しているのも忘れてました。その分、フィーニスとフィーネが食べてくれたけれど。
 はっ! 二人の食欲は私の食育結果?!

「私は、ししょーと、一緒、ごはん嬉しい。ウィータも、屋上で、フィーネとフィーニス一緒、サンドイッチ、食べてくれた」
「あれは、子猫たちが腹鳴らしながらも、口に押し付けてきたからな。おまけに、間抜け面のお前に横でうまいうまい連呼されたら、暗示みたいなもんだろ」

 そんな師匠《ウィータ》だからこそ。私がひとりで失敗料理を食べているのを見つけた後、可能な限り食卓を囲んでくれるようになったのがすごく嬉しかったんです。
 申し訳なさそうに、それまでを謝られてた際も、師匠が食べないのを心配してたって拗ねた私。ぶっちゃけ、お世辞にも顔色良いとは思えなかったんですもの。
 思い返せば、私の魂調整という負担が増えたのもあったのでしょうね。
 師匠は私の心配の方向に、ちょっと驚いてたっけ。
 私と師匠は違う。違うままの部分もあれば、師匠が歩み寄ってくれたり、私が歩み寄ったり。その中身は、お互いが違う世界で育ってきた価値観だからこそ、詰められた距離なのかも知れません。

「アニム?」
「もう、ウィータちゃん。また意地悪言ったでしょ」

 ぼうっとしちゃってたようです。
 頬にかかっていた髪を、ウィータの手が柔らかくのけてきます。
 どうしよう。好きだ。
 師匠の触れ方も、ウィータの触れ具合も、どっちにも泣きたくなる。

「ウィータって、女の子の扱いには慣れてないもんね。気遣わなくても、相手が寄ってくるからさぁ」
「大変。初めて動揺した女の子が、掴みたくなっても夢現なんて。そう。アニムにとってもよりも、ウィータちゃんの方が、今は――」

 軽く流されたディーバさんの言葉。というよりも、呪文のように流された音でした。どういう意味だろう。
 また、しゃらんと、遠くで鈴が鳴った気がしました。
 ウィータもセンさんも、聞きとめた様子はありません。今度も会話を向けたウィータではなく、私を見たディーバさん。見たとは言っても、流れた赤い視線が掠っただけ。

「私、なくて……?」

 空気に触れた声は、すぐに遠くの喧騒に巻き込まれるくらいの呟きでした。
 ふと浮かんだ考え。師匠が出会った過去の私《アニム》は、未来に戻ったのかな。過去に残った可能性はない? だから、師匠は縛る言霊を発するのを許されなかったとか? 名前《アニム》も。
 運命には抗うなと言う指示なら、合点がいく。

「アニムが君に愛想つかせて、故郷に帰ってしまったらどうするんだい? 悪態じゃなくて、愛でも、ぷぷ、囁いて、あげなきゃ」
「セン、笑いすぎ。説得力ないわ」

 『私』は元の世界どころか、この時代に残って百年ウィータと過ごすんじゃないのかな。前にホーラさんが言っていた冗談。あれは、『アニム』が森のどこかにいるって暗示だっ――。
 やめよう。自分で選択肢を増やしてどうする。師匠は言葉の裏で、帰って来いって伝えてくれていたのに。私、どうかしてる。
 ウィータに体重を預けると、絡まった思考の糸が解けていきました。うっとりです。

「センもディーバも。意味不明な発言はやめろ。大体、アニムは」
「可愛いどころか、可愛げもないし? ウィータの好みじゃないもんね」
「だれも、んなこと思ってな――。いや、大体、お前よく言えるな。そんな表情で」

 なんですか。そんな顔って。ひどい言いようじゃないですか。口調は拗ねてるのに、とてつもなくにやけてた自覚はありますけど! 衣装を悪くないって表現してもらって舞い上がっていた気分が、すっかり低迷ですよ。
 悔しさと妙な発想への後悔から、ついまわされている腕を、ぎゅっとつかんじゃいました。ホーラさんの部屋で、可愛くないって断言したくせに。
 黒い服に頬を寄せると、ウィータの香りがしました。昼間、膝枕をした時より、より一層強く感じられる匂い。

「酒、入ってねぇよな? オレは師匠じゃねぇぞ」
「ウィータの言い分は、無視! 理由は、内緒! それに、私、お酒強くない。あ、ちょこっとなら、飲みたい。まわりも酔っ払いなら、私も、大丈夫だよね!」
「どんな理屈だ。早口なら流せるってもんじゃねぇぞ。酔っ払い同士の絡み合いなんて、最悪じゃねぇか」

 素直な乙女に酔っ払い疑惑をかけるとは、良い度胸です!
 と、立ち止まっていた私たちと、少し前を歩いていたセンさんたちの間に、急に人影が現れました。花園の影に隠れて、全然気がつきませんでしたよ。途端、くるりと半回転した景色。

「あっ、あの。セン様にディーバ様。おくつろぎのところ大変申し訳ございませんが、その、サドルナ様がお呼びに……」
「サドルナ、かい?」

 ウィータは、私の前に立ち直っています。センさんとディーバさんも、なぜか険しい表情になっていました。一変した空気。花壇に腰掛けていたらしき恋人たちも、足早に去っていくほど不穏が漂っています。
 とはいえ、ウィータとセンさんたちを交互に見やっている男性は、しきりに汗を拭いているふっくらとした感じの良い男性。ぺたっと、短い髪が張り付いているのが目に見てわかります。見ている方がかわいそうになるくらい、恐縮しちゃってます。

「えぇ、はい。あの、先日の戦の件で少々確認させて頂きたい部分がと」
「報告書は最高術者《さいこうせきにんしゃ》に提出済みだよ? 今すぐ、必要な話ってなんだろうね。相変わらず無粋な男だ。同じ特権階級とはいえども、序列を無視した呼出しなんて、随分大胆じゃないか」
「セン、ここは……」

 嫌悪感たっぷりに吐き出したセンさん。見たことのない、表情です。殺意よりも、嫌悪が勝っている。センさんは警戒心が高い方《かた》ではありますが、ここまで敵意をむき出しにされているのは珍しい。
 ですが、ディーバさんの制止を受け、深い溜め息が落ちました。

「いいだろう。ただし、彼の指定した場所ではなく、こちらに従ってもらうよ? でなければ、上を通して、正式に議の申請をしてもらおうか」
「かっかしこまりました。はい。お伝えします」
「そもそも、愛弟子のメトゥスじゃなくて、なんでお前を寄越したんだかな」

 ウィータの呟きにも、男性はすっぽりマントを揺らして恐縮しきり。
 これ以上は聴き出せないと判断したのでしょう。ウィータは舌打ちだけをかまして、私の手を握ってきました。握られるというより、引っ張られてます。こっこけそう。
 待ち合わせ場所を打ち合わせているディーバさんたちには、目もくれません。

「メトゥスって、階段で会った、少年だよね? おししょーさま、いるの? ウィータに、憧れてる、ない?」
「よく覚えてたな。って、あぁ。未来でひと悶着あったようなこと言ってたっけか」
「うっうん。詳しくは、話せない、けど。ししょー的、ほかの人に心酔は、どう? 階段、会った時でも、ウィータ尊敬は、伝わってきた」

 歩みを止めることなく、返事だけを返してきたウィータ。
 曲がり角を右折してようやく、歩幅を縮めてくれました。そうはいっても、まだ祭りの賑わいからは遠い。
 よっよかった。ウィータは身長もあるし足だって長いんですもん。私もディーバさんみたく低くはありませんけど、やっぱり男女差。追いつくのがやっと。しかも、ヒールが高いのもあって、ちょっと息切れしちゃいます。

「だから、オレ――オレたちに突っかかってくるんだろうな。サドルナは優秀な魔法使いだ。だが、いわゆる『普通』の魔法使いなんだよ。始祖の加護を受けている不老不死とも、種族的に長寿な奴らとも異なる」
「劣等感いう、やつかな? それに、向上心あるから、寿命が、悲しい?」
「アニムの言う通りだ。もともとメトゥスはオレに弟子入り志願で、この戦に参戦した。あいつは長寿の一族の出だし、歳若いが魔法使いとしての才もある。優秀な弟子が欲しくて己で弟子にとった割に、嫉妬が隠せないんだろう」

 軽く肩を竦めたウィータですが。その慣れた口振りが、ウィータの受けてきた嫉妬を表しているようで。苦しい。
 ぎゅっと。繋がっている部分に、力が入ります。

「お前は知ってるだろうが。オレは存在自体が特異だからな。弟子はとらねぇって決めてるんだ。まっ、未来ではお前を弟子にしてるらしいがな」

 少しだけ振り返ったウィータには、苦笑が浮かんでいました。困っているようでもあって、呆れてる色も混ざってる笑い方。
 眉を垂らしているのは、私にではなく誓いを破った未来の自分にでしょう。

「それいったら、私も、同じ。この世界で、異質。異世界人、珍しいけど、いなくないは、知ってる。でも、魔法使えない世界は、まれ。私、魔法ない世界から来て、最初は外の空気、毒だった」

 ぽかんと、瞬きをして。建物脇の石ベンチに腰掛けたウィータ。ばさりと、長い上着が音を立てたのは、わざと?
 自由になった手が、冷たい。

「ははっ、間違いねぇ。ある意味じゃ、似もたん同士の師弟なんだな」

 ウィータは呆れた口振りですが、口の端にはわずかに笑みがのっています。
 ここはトンネルみたな場所で、暗い。それでも、ウィータに拒否されていないのは空気が伝えてくれます。調子に乗って、えへんと胸を張るとさすがに「あほアニム」って鼻で笑われちゃいましたけど。いいんです。あほアニムって呼んでもらえたから。

「オレはさ、オレが特異である中身まで把握している。自分が生まれる前――言葉の奥まで」

 師匠《ウィータ》は始祖の宝。始祖は伝説の大樹。始祖さんは意思を持ち、欠片と呼ばれるカローラさんの本体。そして、カローラさんは次元も時代も越えられる、とんでもない存在です。
 私の知識に当てはめるなら、おそらく神様さながらの存在でしょう。
 私だって、すごいと思えるんです。この世界の人にとったら、畏怖《いふ》さえ抱くに違いありません。宝の真意までは推し量れませんが、始祖さんの加護が不老不死をもたらすということは、少なくとも師匠は当然、センさんも始祖さんの関係者なんでしょう。

「アニムが住んでいる結界メメント・モリは、オレやセンそれにディーバが育ってきた故郷でもある。昔は、多くはないが人も住んでいたんだ。呼称は様々あるが、いわゆる大樹の守人って一族がな。センはその一族の出だ。ある意味、異世界というか、異空間ていうか。あそこも」

 とても静かな声調で語られた過去。胸がどきどきしている。師匠からもセンさんからも、聞いたことのない話です。
 出会った頃、私の世界――ウィータと同じ表現を使うなら、育ってきた故郷の話をした際、軽い気持ちでお二人はと尋ねましたっけ。師匠はとぼけて話を逸らそうとしたし、センさんも綺麗な所だよとだけ返してくれました。
 当時は、踏み込んで欲しくないのかと、ふーんと零したのみでした。

「どうする?」
「うん? なにが?」

 突然尋ねられ、本当に見当がつかず首を傾げてしまいました。座っているウィータの前に立っているので、自然と彼は上目になっています。どうしてなのかな。どうするかと声をかけてきたウィータの方が、迷っているみたい。
 一度ためらった後、らしくない調子で右手を伸ばしてきました。反射的に、左手が動きます。力加減のないウィータにしては珍しく、掌を包み込むように握られ……熱くなる、瞳の奥。

「お前の反応からして、師匠に教えてもらってないんだろう? ってことは、お前の師匠は、怖かったのかもしれないし、お前にはただのウィータとして見てもらいたかったのかもしれねぇ。この世界の奴なら、畏怖から離れていく内容だし、そもそも知りたくもねぇだろう」
「過去の自分が、こうやって、はなす予定だったの、変えちゃいけなかった、じゃなくて?」
「どうだろうな。けど、オレは別段、運命だの未来が変わるだとかは気にしないぜ。未来に関して突っ込んで聞かないのだって、始祖の制約を守っているだけだしな」

 肩を竦めたウィータは、嘘を口にしているようには思えません。
 けど、私が見てきた師匠はいつだって時期って……。

「だって、ししょーは、その、私との、えと、関係でも、時期って、繰り返してた。私も、過去や未来、変わるは、怖いよ」
「関係って、具体的には何に対してだよ」

 うわ、面倒臭そうな顔した。簡潔に説明しろって視線です。
 じっと見上げられ、頬が熱を持っていきます。内容が内容だけに。それに、こんな暗いところで暴露するのは、恥ずかしさが倍増ですよ。

「なっ内緒! けど、私の世界、時間越える、普通、ないもん」
「あっそ。無理に聞き出そうとは考えてねぇが。時間を越えるなんざ欠片以外は、ここでだって例外中の例外だ。それにアニムの言い方だと、気持ち全――いや、よそう。あまり囚われるな。お前は自分の中にある、その時の想いを信じていろよ」

 アイスブルーの瞳は、とても強くて。鼓動ごと、ウィータの瞳に吸い込まれたくなるような。心臓がばくばく、暴れ始めました。呼吸も苦しい。なのに、嫌な胸の痛さじゃない。
 そうだ。師匠は時期を言い訳に抱いてくれなかったり、過去に飛ぶ話は黙っていたりだったけれど。気持ちは真っ直ぐ私に向けてくれていました。『アニム』にするために、私と会話してたんじゃないって。気持ちを繕ってたんじゃない。
 現に、さっき食事の話をウィータにしましたが、あの時の出来事が師匠の演技であぁなるよう導かれてたとは思えません。ありのままの師匠だった。

「過去《ここ》に来る前の、私ならね、たぶん、知らなくていい、思った。ししょーが、ただの自分のとして、私に思って欲しいなら、って。私も、ししょーが、好きな気持ちだけで、充分って」

 掌がもっと触れ合うようにと、指先に力が入ります。
 ウィータはこう言ってるけど。ウィータ自身だって、あまり開けっ広げにしたくはないんだろうな。それは、辛い思い出が蘇るからなのか、自らの手で封印した故郷への郷愁からなのか、師匠が内緒にしてきたのを、本当は過去の自分がばらしてしまう戸惑いや罪悪感があるからなのか。私には明確な答えを出せません。
 フィーネが言っていました。フィーネは私を好きだけど、フィーネじゃないから私の気持ちがわからないし、怖かったって。だからこそ、お互いを深める必要がある。

「でもね、今は聞きたい。ししょーと、ウィータと、向き合いたい。後悔ないよう、決めたいから。思えば、ししょーは、ちゃんと、私、受け止めてくれてたのに、私が目を逸らしてたんだ。私には、本来の意味も、ウィータの苦しみも、本質的には、理解できないかもだけど、理解する努力はしたいの。一歩でも、隣に、近づくために」

 はぁと、落とされた溜め息。ウィータの表情は、空いている片手に覆われてしまっているので、隠れてしまっています。
 あれ? 自分としては、かなり凜として意思表示出来た気がしたんですけれど。呆れられちゃったかな。
 おぉぉと、挙動不審《きょどうふしん》に右往左往したそうになった直前。ウィータのアイスブルーの瞳が、まっすぐ私だけを映しました。あまりの視線に、ごくりと喉を唾がひっかかって落ちていく。だって、ウィータの瞳は、師匠が熱を向けてくるのと、まったく同じで――。
 私の動揺を知ってか知らずか。ウィータは目を伏せました。
 って違う。不可視の詠唱だ。




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