引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

24.引き篭り師弟と、想いの行く末4


「子猫ちゃんたち、満足したか?」
「うな! 屋台、楽しかったのぞ! 初めての甘いがいっぱーいあって、お口の中がうっとりなのじゃー」
「でしゅ。ちゅぎは、ごはんたべちゃいでち。とろーりチーズしゃんとかーほくほくじゃがいもしゃんとかー」

 フィーネとフィーニスの挙手に、ラスが目を見開きました。うん、普通の反応ですよね。だって、フィーネもフィーニスも、お腹はぽんぽこ、大福装着レベルですもん。
 ディーバさんも驚いたのでしょうね。二人のぽっこりお腹を突く指。
 げぷっと可愛い音を鳴らしつつ、二人とも嬉しそう。

「フィーネとフィーニスはね、食べたもの、体の中で、魔力に変換してるです。だから、ちょっと飛行すれば、すぐ、元通りなの」
「そうだよな。食べてる間も、よくあんだけ入るなぁとは思ってたけどさ。明らかに、菓子の大きさも摂取量も、体のサイズにあってねぇもんな」
「えっへん!」

 腰に手を当てて、自慢げにお腹を突き出すフィーネとフィーニス。指折りで食べたお菓子を数えていたラスに捕まえられ、「ほめてねー!」とくすぐられちゃってる。さらに甘いはしゃぎ声があがります。
 フィーニスたちの言うとおり。そろそろ、お肉や野菜も食べたいですね。口の中が、生クリームや果物で、とっても甘い。順番が違う気もしますけど。
 ホーラさんのお腹はまだまだみたいです。もくもくと膨らみ続ける頬。

「あっ、魔法の綿毛、花びらに、変わったです!」
「ふみゃー! きれーでち! うっしゅら透明なんでしゅの!」

 紙ふぶきの代わりなのでしょう。先ほどまでぷかぷかと浮いていた魔法の綿毛が、形を変え、花になりました。
 闇に浮かぶ色とりどりの光。皆さん足を止めて、ほぅと空を見上げています。
 綺麗な花に、煌く星。それらに囲まれた大きな蒼い月。
 賑やかな空に、頬が緩みます。

「魔法戦、終わったのね。移動しましょう。ダンス会場にも料理とお酒は用意されているの」
「センとウィータと合流できるのですね。よーし! ウィータと飲み比べなのです。今日こそは、勝つのですよ! カローラの情報、もっと貰うのです!」
「ホーラ、ほどほどにな」

 ラスは苦笑いを浮かべつつも、ホーラさんの頭を優しい手つきで撫でます。
 当の本人は幼女の姿に見合わない、くくくという意地悪な笑みを浮かべていらっしゃるのは、錯覚でしょう。

「あれれー! ラスが言えちゃうのですぅ?」
「ぐっ。さておき! アニムはウィータの魔法戦見なくても良かったのか? ある意味、アニムのために参加したんだろ? あいつ、感謝するために来いぐらい言いそうなのにな」

 とてもわかりやすい調子で話題を変えたラス。矛先は私です。ちょうど、ぱくりと最後の干し果物を放り込んだところで、むせてしまったのはご愛嬌。
 背中でフィーニスとフィーネの、柔らかい肉球が弾んでいるのを感じます。ディーバさんは、通りがかった給仕の人から水を貰ってくださいました。

「ウィータちゃんが、色んな――主に攻撃魔法が入り乱れる場所は、アニムに良くなさそうだって」
「どっちも、私のため?」

 ラスの発言は、さっきディーバさんが含み笑いしていた内容でしょうか。
 首を傾げると、ラスの頬があからさまにしまったと引きつっちゃいました。花びらに歓声をあげていたフィーニスたちが、すいっとラスの目の前に下りてくると。やれやれと、両手をあげて頭を振りました。

「らすはらすたーと一緒なのぞ。いちゅも、ありゅじ内緒してるこちょ、あにむに言っちゃうのじゃ」
「うかちゅなんでしゅね。らすしゃんも、らすたーしゃんいっちょで、うかちゅなんでちょ?」
「否定はできねぇけど! こらー!」

 ラスが赤くなって両腕をあげると。フィーニスとフィーネはおててを繋いで、すでに小走りで駆け出したホーラさんに飛びつきました。うん、たぶんホーラさんの肩が、一番の安全圏。
 小さい三人が人ごみにまぎれるのを心配したのでしょうね。「いこ!」と一言発したラスの背中が、あっという間に遠ざかっていきました。

「ウィータちゃんには内緒ね? アニムを此処と特権階級の建物におく条件だったの、軍師から提示された。センだけ参加なら、置くのはいいけれど特別扱いはダメ。ウィータちゃんが出てくれるなら、ウィータちゃんの要求全部飲むって。軍師もウィータちゃんが受けるとは思ってなかったのね。あの時の、顔といったら」
「ウィータが、私のために。お礼しなきゃ、ですね」
「ん。ウィータちゃんが自分で決めたのだから、お礼なんていらないって言うかもだけれど。そうね、そのネックレスの術式に興味津々《きょうみしんしん》だったから、いじらせてあげたらどうかしら」

 なるほど。胸元で静かに輝いているネックレスは、師匠の魔力が凝縮されています。おまけに、私の魂と師匠の魔力が調律してあるという、珍しい魔法道具でもあります。たぶん、魔法石自体も珍しいんだろうなぁ。
 結界外にこれるくらいだから、外しても問題ないとは思います。ちょっと不安だけれど、胸元に接近されるよりは、いいかな。
 そういえば。師匠は私がしているのと全く同じものを、召喚時に持っていました。石は原石のままだって言ってたけれど……ウィータが興味を示しているのなら、現時点では持っていないはず。私が過去から消えたあとに見つけたなら、私の魂と調律なんて出来ないでしょう。うーん。

「アニム? 問題があったなら、ごめんなさい?」
「あっ、違うです。ごめんなさい。大丈夫なんです。ただ、これ、私がししょーにもらった、初めてのアクセサリーで。思い出して、浸っちゃってたです。同時に、私の魂と存在値、固定する道具でも、あるですから、ウィータが興味持つの、自然だなって」
「えぇ。私も正直、びっくりなのよ。魔力に興味持つのはいつもだけれど、まさか『オレは知っておくべきなんだろうな』って呟いちゃって。たぶん、未来でアニムと会う選択肢が、ウィータちゃんの中で大きくなってるのね。アニム、すごい」

 ぎょっ! 私としては、変わった道具に興味を持つっていう意味だったんですよ?! ディーバさんは、ウィータが私に興味を抱くのを当たり前ってとられちゃったんでしょうか!
 それなら申し訳ないのです。決して、自惚れた訳ではなくてですね。万が一、現時点でのウィータが『私』に会いたいと思ったのなら、まさに異世界への興味でしょう。

「いやいや! 間違いなく、私個人なくて、ネックレス単体ですよ!」
「あら、アニムはウィータちゃんに好意を向けられるのは、迷惑?」
「まさか! でも、たぶん……私、怖いです」

 そう。私が一番、嫌だなと思っていること。ウィータからというよりも、私が好意を持つのが怖い。泣きたくなる、動機。ごめんなさいって、思う理由です。
 お祭りの音が、やけに遠くに聞こえます。
 ぎゅっと下唇を噛んでみても、短いスカートの裾を掴んでみても。私を受け入れてくれるディーバさんの眼差しの前では、無意味な虚勢《きょせい》でしかありません。

「一番、怖いのは。ししょー――ウィータは、責任感、強いから。情、移った私、それにフィーニスやフィーネの、存在、変えるのに、気負っているなら、すごく、辛いの。私、わかんなくて。私の感情は、とても、独りよがりだから。ウィータの百年、ううん、それ以上を縛る、価値あるのかって」

 堪えても溢れてくる熱さ。
 たぶん、師匠もウィータも、すごく人を大切にする人。誤解されているところがあるかもしれませんけれど。どっちもね、この運命の流れを理不尽だと考えず、受け入れてしまうのだと思うんです。
 現にウィータは、私を傍に置いてくれている。全く、自分に関係ない、未来の自分の弟子っていうだけで、私を守ってくれている。
 嬉しいのに、悲しくて。苦しい。

「アニム……たぶん、アニムにたりないのは、そこね。アニムの人を優先して考えるところは長所だけれど、とても危うくもあるわ。特に、どうしても欲しいモノを掴むためには、自分もだれかも傷つかなきゃいけない」
「たりない、ですか。この世界残る、覚悟です?」

 すっと。頬を滑った冷たい体温。そのまま手を握られ、壁際に連れて行かれました。ちょっと人ごみから離れただけなのに。ぐんと、人の声が遠くなりました。
 さよさよとそよぐ樹の葉や花たち。促されて腰を落としたベンチからは、ひんやりとした温度が流れてきました。

「アニム自身、というよりも、ウィータちゃんや周りに対してかしら」
「ウィータ? それって、ししょーです? 私、自分が、決められないのを、責任転嫁《せきにんてんか》してる、ですかね。責任負うのが、怖い?」
「責任転嫁は置いておいて……アニムはウィータちゃん、好きでしょ?」

 ディーバさんの真っ赤な瞳に、顔を覗き込まれ。引いたと思っていて熱が、蘇ってきてしまいました。しかも、外部からの熱気じゃなくて、内側から燃える。
 それは、師匠に対してもあるのですが……自然と浮かんできた、ウィータの姿にでもあったから、で。っていうか、好きな人の姿が二人って! 私って浮気性?!
 ディーバさんは私の心中などお察しのように、笑みを深めるじゃないですか。

「うっ。ししょー、大好きです。とってもとっても、好き。ししょーの、全部が、好き、です。えとっ!」
「涙目でそんなに愛を囁かれたら、ウィータちゃんいちころね。けど、その口調だと――」

 ぎゃっ! ディーバさん、全てをお見通しだ!
 自覚はあります。いつも師匠が好きって口にする時は、内側からじんわりと溢れてくる気持ちがそのまま声にのるんです。師匠自身に告げるのも、他の人に伝えるのも。
 だけれど。今の私の口振りは、他に浮かんできた気持ちを隠すためみたいでした。

「ふふっ。根本は同じなんだもの、当然じゃない? ここのウィータちゃんも、嫌いじゃないでしょう?」
「うっ。ディーバさんは、全部、わかってるです。たぶん、私のが、自分のこと、わかってないです」

 心臓がばくばくしてる。全身が震える。ウィータの声、姿、触れてくれる温度を思い出そうとするだけで、胸が苦しくなる。
 これじゃあ、まるで――。ぎゅっと胸元を掴んでみても、鼓動はしずまってくれません。

「また、恋に落ちてる、みたいで、苦しいんです。しかも、出会って、三日目、なのに。いや、なんです。私が好きは、ししょーなのに、ウィータにも、なんて、おかしいです。私、自分が、ししょーが『アニム』を欲しくて、私と出会って、私に恋してくれた、悲しい思ったのに」
「うーん。アニムが、その気持ちを解消しないと、ね……どうして?」

 人差し指を唇に添えて呟かれたせいでしょう。加えて、独り言のようだったので、どうして、の部分だけがやけに大きく聞こえました。逆に、周りの喧騒は、よりいっそう、遠のいていきます。音楽さえも、消えてしまったような。
 まるでディーバさんと私しかいない、空気。

「だって、私、過去出会った私を前提、ししょーが、好きなってくれたなら、つらい。なのに、同じこと、しようとしてるです。これじゃあ、目の前にいる、甘えられる存在、好きになってるだけ、みたいで! 自分の想い、なんなのかなって!」

 言い切って、はっとしました。
 そうだ。私が怖いのは、ウィータと師匠を同一人物だって、認めること。ウィータへの想いを受け入れてしまったら、それまでの師匠との時間を、否定する、感じられて。
 師匠が一緒に暮らしてきた私を好きになったって、はっきり口にしてくれて、たまらなく嬉しかったのに。それと反することをしようとしている自分が嫌で、恐ろしくて……。

「アニムとウィータちゃんはさ。出会いからして特殊ですものね。色んな感情や事情が絡み合って、ぐちゃぐちゃになってしまうのもね、わかるわ。同時に、とても贅沢だとも思えるけれど」
「贅沢、ですよね。私、本来なら、稀代の魔法使いの傍、いられるような、人間ないです」
「アニムは稀代の魔法使いだから、ウィータちゃんが好きなのかしら? 保護してくれていたから、好きになったの?」

 沈みかけていた顔が一気にあがりました。体が強張っているのがわかりますが、必死に頭を振るのに精一杯です。
 違う! 私は出会えたのが奇跡だって思いはしても、間違っても、師匠が大魔法使いだから好きになったんじゃない。そっちで好きになったて認識される意味の方が、理解不可能です。魔法も知らない、使えない。異世界の人間である私は、漠然とすごいなとしか!

「私は、ししょーの、全部、好き言いましたは、嘘ないです。かっこいいとこも、ちょっと抜けたとこも、ごはんおいしそうに食べるところも、子どもみたく、拗ねるとこも。ししょーっていう、存在、全部が好きです! これは、絶対です! 保護とか、関係ないんです!」
「うん、だと思った。ウィータちゃんの『全部』が好き。それが、まさに全てじゃない?」

 にこりと笑って、ベンチから降りたディーバさん。
 全部が好き。師匠を形作っている、全てが。何度となく口にしてきた想い。だけれど……ディーバさんが発した音は、私のとは別次元にある言霊《ことだま》で。
 どこが違うのでしょう。ディーバさんの声は、ずっしりしていて、とても深いところから生み出されているようなんです。しゃらんって。どこか遠くで鳴っているのに、近くでもある不思議な距離感。
 自分の言葉が、ひどく薄っぺく感じられてしょうがない。

「だったら、別段、今のウィータちゃんにだって、変な引け目を感じる必要ないじゃない。出会った順番が違うだけでしょ? アニムだって、師匠っていう前提があっても、ウィータちゃん自身を見てるのは、最初から言動の端々で伝わってきたし。例え、交じっていたとしても悪いことじゃないわよ。本人なんだもの」

 にこにこと、満面の笑み。ちょっと張り詰めていた空気が嘘みたいです。目の前に立ち、髪を撫でてくださる仕草は、泣きたくなるくらい、優しい。
 出会った順番が違うだけ。
 不思議なくらい、すとんと心に落ちてきた言葉。好きになっても、いい? 師匠もウィータも好きになれるのを、幸せだって、考えてもいいのかな。

「じゃあ、ウィータも知らないウィータ、知ってるんだよって、えっへん、胸張って、意地悪言ってみても、いいのかな」
「いいんじゃない? 本人も知らない部分知ってるなんて、すごい特権」
「二回も、好きにさせて、ずるいって、文句言ったら、あほアニムって、染まって、怒ってくれるかな」

 一瞬だけ、きょとんと瞬きをしたディーバさんでしたが。すぐさま、お腹を抱えて笑い声をあげました。高めの甘い笑い声が、空気を揺らします。
 なんだか、妙に私も可笑しさがこみ上げてきて。二人して、涙が出るほど笑ってしまいます。

「ごっごめんな、さい。いえ。未来のウィータちゃんのアニムに対する溺愛っぷりを思い出しちゃって。そしたら、アニムの言うように、しそうだなって」
「私も、想像しちゃって、幸せなったです。しかも、ウィータが横にいたら、めちゃくちゃ、眉間に、皺寄せて、項垂れそうって。それを見て、センさんは、窒息するまで、爆笑です」
「確かに!」

 また、ぷっと噴き出しちゃいます。
 問題全部が解決した訳じゃないけど。妙にすっきりしています。それに、糸口をもらえた気も。



 どれくらい、笑っていたでしょうか。ふいに、耳にぶおんという低い音が響きました。
「おーい! ディーバの不可視結界だよねー?」

 センさん、ディーバさん探知機です。ぶわんと、茂みと道の境目に波が生じています。波に応えて、ディーバさんが瞳を輝かせました。恋する乙女仕様です。
 私がにやけていたからでしょう。こほんと響いた、小さな咳払い。ディーバさんが光を纏った掌を空に掲げると。ふっと膜が破けた感覚が、肌に触れました。                                                                

「セン、おつかれさま! 今、そっちに行くわ。ちょっと待ってて!」
「早く来いよ。オレが首根っこ捕まえられている間に。隣にいんのは、アニムか?」
「えぇ! ホーラとラス、それに子猫ちゃんたちは、先にダンス会場に行っているわ」

 道側、樹の奥にウィータとセンさんの影が見えます。ウィータが私の存在を確認してくれたのが、すごく嬉しい。
 っていうか、きっ聴かれてませんでしたよね?!
 ひとり、真っ赤になってあわあわする私に。ディーバさんは可憐な微笑みをくれます。そのまま、内緒話しです。

「大丈夫。未来の話だから、念のため不可視の結界をはっていたの。ゆるくだし、あっちこっちで魔法使ってるから、目立ってもいないと思うわ。気がついても、今みたいに外からだけの呼びかけが届くだけ」
「さすが、ディーバさん!」
「ありがと。続きは、また明日にでもしましょう。楽しまなくちゃ!」

 樹の向こうから覗き込んでくるセンさんの視線が、はんぱなく気になります。早くディーバさんを補充したいうずうずが、全身から発せられている。
 ウィータに視線を映すと。遠目なのに、目が合った気がしました。思わず、ついっと逸らしちゃいました。こっちは暗いから見えてない、よね。

「あっ、でも。アニム、これだけは。アニムは異世界人だからこそ、この世界のだれよりも、ウィータちゃんを『ウィータ』として真っ直ぐ見てあげられると想うの」
「異世界人、だから」
「そう。あと、ちょっと厳しいけれどね。だからこそ、本当に欲しいモノなら、もっと強欲に願わないと。始祖が、じゃなくって、アニムの意思の強さを考えて?」

 私の意思の強さ。始祖さんに認めてもらうイコール私の意思の強さではないんでしょうか。出た結論ではなく、その過程という意味?
 思考の海に沈みそうになります。が、ディーバさんを呼ぶセンさんの声に、我にかえりました。これ以上遅くなったら、センさんが発狂してしまうかもしれない。

「なーんてね。偉そうに意見しちゃってるけど、私の体験談からだから」
「ううん、です。ありがとうです。私、ちゃんと、自分の気持ちと、向き合うです。フィーニスもフィーネも、頑張った。今度は、私、踏み出さないと」

 最後の方は独り言になってしまいました。ディーバさんはセンさんに抱きすくめられていたから。おぉぉ。すごいです。周りに舞っている花びらが、ハート型と錯覚するくらいのでれでれっぷり。
 すりすりされているディーバさんは、恥じらいながらも、きっちりセンさんの背中を掴んでらっしゃいます。周囲は慣れているんでしょうね。長い薄紫の髪と、特権階級の制服でセンさんだと判断されたのか。特に驚かれている様子はありません。

「あぁ! ディーバ、普段の制服も似合っているし、今日の衣装も格段に可愛いよ! 花の化身だね! 流れる銀髪も、僕の心を打ち抜く赤い瞳も、まるで、精霊のようだ! 僕より先にこの姿を見た男がいるかと思うと……はらわたが煮えくり返るね」
「つか、実際、元精霊だろうが」

 ウィータの至極呆れた突っ込みに反応することなく。センさんは黒く笑っていらっしゃいます。というか、ウィータもディーバさんも流してますけれど! センさんのはらわた発言だけ、ものすっごくトーンが低かったんですけど! 背筋が凍りつく程度には!
 フィーニスとフィーネ、私の元に戻ってきてー! 癒し成分ちゃーん!

「センには、衣装出来上がった際にお披露目しているじゃないの」
「髪型が違うだろう? 今日の薄い翠と蒼い花飾りも、すごく似合っていて、可憐だよ」
「私はともかく。ほら、ウィータちゃん。アニムに何かないの?」

 ぶほっ! いえいえ、ディーバさん。私は放置でかまいませんですよ。ディーバさんの可憐さとは比較にならないですし。ウィータって、女の子の服装とかあまり誉めなさそうじゃないですか。師匠もだけど。
 とはいえ、期待してしまうのが女心。ぶんぶん頭を振ってみても、横目ではウィータを見ちゃいます。

「そんなに愉快な勢いで頭振ってると、折角の花飾りが散るぞ。垂れてるリボンが、解け掛かってる。髪も」
「え? ホント?」

 うん、わかってたのです。百も承知でした。なので、さしてショックを受けるのでもなく、リボンに手をかけられましたよ。
 って。えぇ? そっと握られた手。予想外の体温が触れてきて、かちんと固まってしまったじゃないですか。そのまま、下に降ろされて、直立不動です。
 ウィータが結び直してくれている?

「ウィータちゃんてば! もっと服とか、アニム自身にとか、あるでしょう?」
「あぁ? 服つったって、全員同じようなの着てるじゃねぇか」

 はい、想像通りが二回目です。悲しいですけど、これが現実です。決して、好きな人、っていうか、自覚し始めた男性に貰って嬉しい言葉ではありませんけれど。
 思わず、肩を落としそうになって、寸でのところで耐えましたよ。頑張った、自分。

「何言ってるんだい。アニムもとても可愛いじゃないか。さっき、すれ違った兵たちが噂してたよ? 声をかけようかって。僕のディーバが一番だけどね。だから、ウィータだって、足早に魔力を辿ったんだろう?」
「うっせぇな。誤解を招く発言は控えろ」
「セン、一言多い」

 本当なら、嬉しいな。兵士さんたちじゃなくって、ウィータがちょっとでも私に会いたいと急いでくれたなら。九割がたはセンさんのフィルター効果でしょうけど。
 けっと、悪態をついたウィータ。そんな姿も胸を躍らせてきて。へへっと笑ってしまいます。頬が緩んだのと同時に、吹いた風に髪を舞い上げられたので。ウィータには奇妙な笑顔を完全には見られなかったので、安心です。

「って、なんで、スカートの裾、押さえられてる、ですか」
「短けぇのはいてんな」
「うっ。だっだって、ディーバさんと、お揃い、です。わっ私だって、恥ずかしいの。あんまり、みないで?」

 がっつりじゃないんですけどね。ある意味では、腰を若干屈めて掴んでいるので、見方によってはめくろうとしている動作。センさんが爆笑したので、ウィータも察したのか、すぐに離れてくれました。
 じゃなくって! 全身、改めてじろじろ見られて。裾を引っ張って、なんとか足の露出を隠そうと試みます。っていうか、今度は胸の谷間が見えちゃうよ!

「あほ。はくなら堂々としてろ。恥じらいつきなんて、かっこうの餌食《えじき》だろうが。それに、上からの目線てものに、意識しろ」
「とっても理不尽な、忠告、受けてる気がして、ならないよ」
「うっせぇ。悪くはねぇんだから、警戒心もてって話しだ」

 悪くないって、言ってくれた! 目は据わっているけど、悪くないって部分だけ、やけに小さく呟かれたから。照れてるんだって、教えてくれます。可愛いじゃなくて、衣装が悪くないって意味でも、世界が輝いて見えちゃう。
 嬉しくて、にやにやしちゃいます。

「ウィータ、嬉しい、よ。可愛い花飾りと、衣装で、恥ずかしかったけど、着てみて、よかった」
「――っ! あほたれ。注意されてるのに、そんな風に喜ぶやつがあるか!」
「いひゃい! やっぱり、りひゅじんや!」

 お化粧がとれちゃうじゃないですか! 頬を想いっきり引っ張られ、変顔大賞です。
 センさんの爆笑とディーバさんの溜め息が落ちたのは、言うまでもありません。




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