引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

24.引き篭り師弟と、想いの行く末6


 ウィータが不可視の結界をはったということは、人に聞かれたくない話。もちろん、教えて欲しいと伝えた時に、重要性は受け入れていました。
 覚悟は決めたはずなのに、実際魔法を発動されて喉が詰まってしまいます。動揺を隠したりはせず、ぐっと口を結んで仁王立ちです。
 衣装に見合わない男気溢れる……と言い聞かせているのは無視しましょう、私の姿を見てウィータは苦笑しました。馬鹿にしてるんじゃなくって、しょうがねぇなっていう私の好きな、笑い方。

「ディーバは封印の地にいた精霊族の中でも特殊な一族だ。とはいって、南の守護精霊のようにあの地に生きているのではなく、メメント・モリと直接繋がった、精霊界でも希少な種族と言うべきだな」
「だから、ウィータとセンさんとも、ちっちゃい頃から、知り合いだったんだ。……いいなぁ」
「そういうもんかねぇ」

 ウィータは不可解だと言わんばかりに、後頭部をかきました。
 ちょっとむくれかけて、すぐに、にやにやしそうになっちゃいます。だって。初めてカローラさんに出会った日。不安に揺れる私に、師匠がくれた言葉を思い出して嬉しくなったんです。

『だけど、知識欲が満たされるつーかさ。一を形作っている欠片を吸収する度――自分の中で穴が埋まっていく程、自分が実際、過去の欠片として並んでいなかったのに、その、つまり、なんだ。もやっとするわけだ』

 目の前のウィータは全然そんな風には考えていない。師匠は、私に関しては、過去で隣にいなかったのに嫉妬してくれるようになった。
 同じだよって、ぽっと胸があったかくなって、全身が震える。たくさんの色から、嬉しい。
 むずむずと動く私の口元に不信な視線をぶつけつつも、ウィータは再び口を開きます。

「一般には忘れられた存在である始祖を、現世でも信仰し存在を知っている数少ない種族でもある。ディーバは生まれついて、始祖と直接対面する能力――役割を担っている一人だった」
「なるほど。ウィータ、住んでた場所に、ディーバさんも、きてて、知り合ったですか。ウィータは、始祖さんも欠片《カローラ》さんも、ちっちゃい頃から、存在、知ってた? ウィータも、センさんと同じ種族?」

 ウィータの体が、ほんの数秒ですが固まりました。
 違うの、でしょうね。ウィータはもっと、直接的に始祖さんと繋りがある。だからこそ、宝だって呼ばれている。そもそも、カローラさんたち欠片を使役してますもん。
 それとも、滅んだ一族とかで、始祖さんの魔力を魂レベルで貰っているという意味なのかな。

「いや……厳密に表現するなら、オレの同族はもうこの世界にはいない。オレを除いては、とっくの大昔に滅んでいるからな。あぁ、地上じゃない場所にはいるのか。生存してるか、しらねぇけど」
「地上じゃ、ない? お空? 地下? 大昔って、ウィータ、生まれたは、えと、ここでは百五、六十年前だよね」
「似たようなもんだな。ただ、たかだか二百年前は、大昔とは言えねぇな。それくらいじゃ、始祖だって伝説やら幻やらなんて称されねぇだろ」

 え? 師匠ってば、年齢詐称だったんですか? 実は、もっと長生きしてるとか。でも、三桁の年齢をごまかす意義とは。二百歳を十代だって騙すのならともかく、千歳を三百歳近い歳にしても意味ない気がします。見た目は若いもの。
 私のハテナマークは顔に滲み出ていたようです。ウィータから楽しげな笑い声が飛び出しました。

「どの事実も間違っちゃいねぇよ。間違っちゃいねぇが、情報全部が詰まってるわけでも
ない。まぁ、現段階で裏側まで読もうとすると、脳が溶けるぞ」
「ウィータ、知りたくて、教えてもらってる。反対に、謎が深まった、ですよ。頭も心も、ウィータで、いっぱい」

 手を握られてるので、実際頭を抱えるのは叶いませんけれど。発想力が乏しい私には、訳がわからないよー! と叫びたくなる混乱っぷりです。フィーニスとフィーネに関しての妄想なら、だれにも負けないんだけどなぁ。ぽっこりお腹が爆発したら、超子猫が飛び出てくるとか。
 眉間をぐりぐりしていると、握られている手に力が込められました。いてて。 

「……あほたれ。アニムの言葉は油断ならねぇな。いちいち危険だ」
「ひどっ! 確かに、言葉覚える過程、ししょーは、うんうん悩んで、しゃべれなくなるくらいなら、全部、口に出せって、言ってくれたから、突拍子もないこと、口出る時も、たまーに、あるけどさ」
「別に、いいけどよ。深い意味なんて、ないんだろーし」

 ぐったりした様子で、そっぽを向かれちゃいました。への字口で。
 しゃがんで顔を覗き込んでやります。手が下に引かれたからか。ウィータが私を見てくれました。それでも、口を開かないので、私もじっと見上げてやります。額を突っつかれたら、だまるみたいに、ころんて後ろに転げしまいそう。ウィータならやりかねないかと踏ん張ってみたのは、少しの間だけ。
 軽く額を叩かれただけでした。視界を遮られるように。

「まっ。とにかく、オレは普通の生き物より始祖の加護を受けていると同時に、制約も多いってこった。今日はこのあたりにしておくか。一気に話しても、アニムが爆発するだけだ。ほら、立てよ」
「うぅ。否定できないのが、悲しいですよ。でも、ありがと。ウィータを、教えてくれて。へへっ。一歩、前進」

 立ち上がって、繋がっている手をぽんっと一回だけ撫でてみます。
 痛くはなかったと思うのです。それなのに、ウィータは師匠と同じ半目になって睨みあげてきました。調子に乗りすぎましたかね。
 ここは素直にかるーく謝っておきましょう。心の中で頷いた矢先、ウィータがぱちんと指を鳴らしました。不可視の結界を解除したのでしょう。ふわっと、風が髪に舞い込んできました。

「オレじゃなくて、師匠だろうが。ついでに、つま先ほどの移動か、下手したら後退の材料だ」
「後退って、なぜに。それ以外は、百歩譲って、無視しておいて、あげる」
「無視する上に、なんか偉そうだぞ」

 やれやれと、肩を竦めたウィータ。師匠っぽい。
 ウィータの雰囲気が可愛くて。こみ上げてきた笑い。一応我慢しようと口を押さえましたが、それでもやっぱり、くすぐったさがまさって肩を揺らしてしまいました。目があったウィータは、それはそれは嫌そう。ふわりと舞った髪の先を摘まれ、全身、ウィータに捕まっている錯覚に陥ります。心地よい、囚われ。

「なんで、この話、なったんだっけ。そうだ、サドルナさんのことと。ウィータは私、同じ異質な存在」
「まぁ、なんだ。オレは幼い頃から人より、異なる命と触れる機会の方がはるかに多かった。それに、外界に出てからは殊更だ。オレもお前も、気にしなければいいだけの話。オレに近づいてくる人間の算段なんざ、読心術なんざ使わなくとも、ありがたいほど手に取るようにわかるからな」

 無意識に手が伸びていきました。
 ウィータは少し目を見開いたものの。私の指を払いはしません。はっと我に返って、腕が宙で止まりました。自分でもへにゃへにゃな顔なのがわかります。
 苦しいとも迷惑とも口にしないのは、出会って間もない私だから? 違う。それでも、ウィータは――。守護精霊様の言葉が、ありありと蘇ってきます。

「どうした?」
「ん。ちょっと、手、はなして?」
「……悪かった」

 おかしいの。人の心には敏感なくせに。口調は普通なくせに、自分がどんな空気を漂わせたのかなんて、微塵も気がついていない。
 瞳が勝手にとろけていく。

「違くてね。触ってもいい?」
「は? 触れてるのが嫌で、解いてくれって意味じゃねぇのかよ」
「触られて、嫌ないよ。それなら、とっくの昔、逃げてる。ね、だめ?」

 じれったいウィータ。不可解だと、器用に片眉だけを跳ねているウィータの瞳を覗き込んで催促してやります。微妙に後ろに体を倒しつつも「別に」との了解を得られました!
 ぎゅっと。空いた手をウィータの耳上に添えます。ほら。一瞬だけど。詰まった距離に、潤んだ瞳。師匠の傍にいた私だから探せる色だって、想ってもいいよね。
 つっと前に踏み出して。頭を抱きかかえました。

「なっ!」
「ん、心地良い」

 ウィータの身体が固まったのが、視界と感触から伝わってきました。拒否とも泣きそうとも思える色。胸元で揺れた感情。
 一歩と、後ろに引こうとしたのを逃しません。肌に触れる前髪がくすぐったいけれど、幸せ。もっとと、ウィータの顔を胸に鎮めて、頭を抱き込むと。さすがに吐息に体が熱くなりました。
 つい漏らしてしまった音のせいか。ウィータに腰あたりを叩かれてしまいました。抱きつくのはやめたものの。長いレモンシフォンの髪に滑らせる手は止めません。手に馴染む、心地よい感触。多少なりとも、恐れはあります。固まったウィータに反して、私の指は小刻みに震えている。

「な……ん、で」
「撫でたかった、の。うん。安心、した。ありがと。ほら、フィーネ、一緒いてくれた時、勝手触ってだけど、落ち着いたから」
「アニム、お前……。撫でるのも大概だが、頭を抱きかかえるとか。さすがのお前でも、他の意図がぜってーあるだろ」

 つとめて明るく返し、おどけて隣に座った努力は虚しく。ウィータは額を擦り付けるように詰め寄ってきました。
 本当だよ。私が貴方に触れたかっただけ。今のウィータにとっては出会ったばかりの私だけれど、未来では能天気な私がずっと傍にいるよって。

「私はね、異世界人。この世界では、異物。おまけに、身体は、この世界受け入れてもらえなかった。ししょーが、きれいしてくれた、空気ないと、生きていけなかった。最初は。ほんと、最初だけは、どうしてって、想ったの」

 額をあわせたまま、ウィータは静かに私の声に耳を傾けてくれています。
 私が感じた孤独と、師匠が体験してきた疎外感はきっと全く同質じゃない。だけれど。師匠じゃない、ウィータが師匠を教えてくれた。ここで、ウィータを知れた。
 そっと両頬に触れた指先も、驚く位、ウィータの肌に馴染んでいく。あわさっていた額が外され、残念だと思ったのも束の間。すぐ、わずかに瞼を落とした顔が近づいてきました。あぁ、これは。

「けど、私。異世界人で、よかった、思った。ううん。思える、なった。だって――」
「ほぅ。これはこれは。お邪魔しましたかな」

 突然割って入った、底冷えする声色。耳の奥でガラスが割れるような不快音が鳴り響きました。肺も耳も、痛い。
 あがっていた頬の熱どころか、全身に氷が張り付いたと錯覚するほどの殺気です。私にでもわかる。メトゥスから向けられたものと同質の視線。違うのは、大方がウィータに向けられているという点です。
 咄嗟に、ウィータが背後に庇ってくれました。闇の奥からゆっくりと靴音を鳴らして近づいてきたのは、深い皺を刻んだ老人でした。

「人間の性――性欲など魔力が払拭する毅然たる大魔法使いウィータ様も、おなごを愛でるふりをして遊ばれることがあるのですね。それも、魔力補填提供ではなく、一般の娘で。さて。明日にでも、拠点中の女性が貴方様に群がる絵がありありと浮かびますな。いえ、その娘、どこか不思議な存在値ですね。新しい使い魔――式ですか?」
「こいつは『そういう』対象じゃねぇ。一時的に、だが正式な『軍命』で保護している人間だ」
「ほぅ。それは、残念。ウィータ様をほだす式神《ペット》なら、ぜひ私《わたくし》も残り少ない人生の思い出に、褥しとねをともにと願いたかったのですが」

 ぞわりとする眼光。ウィータの背中にしがみつく形にならないようにと耐えますが。受けた経験のない感情に、心が折れそうです。
 ラスが抱いてくれた男性が女性を求めるのとも、アラケルさんの好奇心を向けられているのとも違う。ただただ、身の危険を感じる敵意。それでも、メトゥスは私に女性的な興味は持っていなかった。けれど、すぐ近くにいる老人は違う。脳裏に想像を絶する陵辱《りょうじょく》を浮かばせる。メトゥスの幻術と同じ?

「悪いことはいわねぇ。他をあたれ」
「さようでございますか。おっと、失礼。これ以上は瞳《め》に咎められまするな。私は、純粋にウィータ様をお慕いしているだけですのに。言を交わすのさえ、周囲の目が厳しいとは」

 愉快そうに笑う老人の声が、通り過ぎていきます。完全に消えるまで、ぴくりとも動けませんでした。動いたといっても、腰が抜けてへたりこんだんですけど。
 通り過ぎざまに横目に入った、あの老人の瞳。あれは、メトゥスの左にはめこまれた――。

「おい、アニム。平気か?」

 明るく返したい意思とは逆に、喉がしまって声が出ません。ので、必死に頷きます。私に向けられていた興味より、あの老人は明らかにウィータへ粘着な想いを投げていました。師弟揃って、迷惑な人たち!
 嫉妬、執念、尊敬、怨念。
 なぜでしょう。あの老人に、未来のメトゥスが重なりました。

「ご、ごめんね。もうちょっとしたら、立てるから」

 両腕をぎゅうっと握り締めてようやく。震えが止まってきてくれました。
 蹲っている間、ウィータは静かに待っていてくれました。師匠みたく抱きしめてというのはないけれど。それでも、ずっと髪を撫でてくれました。
 ウィータもどうしていいのか、迷っているみたい。さっさっきは、口づけしそうになってたくせに。
 空気に流されただけ?!

「うん、ありがと。もう、大丈夫」
「本当か? このまま、ディーバの部屋に戻っても……」
「やだ! お腹すいてるし、ダンスも見たいし、フィーニスとフィーネ、ほくほく、みたい! みんな一緒のが、安心する」

 すくっと立ち上がれました。フィーネとフィーニスが待っていてくれるって思うと。絶対、ご馳走を前に、私やウィータがくるまで、涎垂らして待っててくれるんだ。興奮して幸せいっぱいご馳走を頬張る二人に癒されたい!
 それに、ウィータともっと一緒にいたいんです。もっと色んなウィータを感じたい。

「……寝所に向かう色気もねぇな。まぁ、子猫たちの様子には同感だからな。行けるか?」
「あっ、うん。その前に、あの」

 実は、ダンス会場に行く前に、寄りたいところがあったのですよ。うん、お水をがぶ飲みしたのもあります。そして、これからお酒は少々としても、美味しいジュースもあるでしょうし。
 盛り上がっているさなか、大勢の前で抜け出すよりはましだと思いたい。

「なにけったいに、もじもじしてんだよ。はっきり言え」
「えとね。お手洗い、いっておきたい、です」
「なんだ、そんなことかよ。そこ。横の入り口入って二階にある。オレは階段で待ってるから、とっとと行って来い」

 ありがたいんですけどね。ウィータの言い方があまりにも、子どもに言い聞かせるみたいなんですよ。もっと早く言えっていう雰囲気がまるわかり。
 乙女の勇気をなんと心得る! と成敗したい気持ちはやまやまに。ネタを引っ張って痛い目を見るのは私に他ならないので、素直に階段へと踵を返しました。
 あとからゆっくり、でも離れない距離を保って来てくれるウィータに、胸を高鳴らせながら。




読んだよ


 





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