引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い7


「念のため、袋の中身は調べさせてもらった」
「……着替えも、見たですね?」
「ガキのもんになんざ、何にも感じねぇよ」

 ぐぅ。リュックを返してくれたのはいいですが。見たという肯定を示す言葉なのに、随分しれっとしています。でも、師匠相手ではないので、ひどいとも照れてくださいとも叫べません。やり場のない切なさを胸に、とぼとぼとウィータの元に移動します。
 リュックを受け取ると。見られている光景を、想像してしまいました。想像豊かな自分が恨めしい! 赤くなったであろう顔を誤魔化すよう、恨めしそうな瞳になっちゃったのは仕方がないと、笑っておきます。とほほ。

「アニム、心配しないで。道具のような物以外は、ちゃんと、私やホーラが調べたから」
「え? そうなんですか? じゃあ、ウィータだって、最初から、否定してくれれば、いいですのに」

 ディーバさんの気遣いに安堵しつつ、ウィータの意地悪さにむむっとなっちゃいます。違うか。この人の場合、意地悪とかじゃなくて、単純に面倒臭いだけですよね。
 むなしいやら切ないやらで、軽い溜め息が落ちました。

「俺は否定もしていないが、肯定をしたつもりもない」
「肯定も否定も、面倒臭いのに、人が動揺するは、面倒じゃないですか」
「……どちらに捉えて、どんな反応するかは、興味がある」

 あぁ、はいはい。そーですかい。人間観察はお好きなんですね。ちょっと意外です。いや、そんなこともないですか。ウィータって、興味があることないことがはっきりしている上に、極端なだけなんでしょうね。魔法にしか興味ないっていうより。
 ところで、私の今の反応って、ウィータ的に面白かったのかな。

「それで、私の反応は、ご意向に、あいました?」
「そうだな。大抵の女、しかも俺はお前の身内に似てるってことから、多少なりとも失礼だの最低だの、罵られると思ったんだが。少女や女性、関係なくな」
「少女って……私、立派な女性。年齢だけは。それは置いても、ウィータの口振り、女性にとっては、とっても失礼は、確か。でも、私のに興味ないは、事実でしょ? それを、怒っても、しょーがない、ですよ」

 内心、しょんぼりはしていましたけれど。それはウィータに非はありません。『私に興味がない』じゃなくて『私のに』と表現したのは、せめてもの抵抗です。師匠のそっくりさんに、私自身というのを自らの口で肯定するのは、苦しい。
 というか、私たち二人の会話を、楽しげに見つめている皆さんの方が気になります。ラスは未だにしくしくとベッドに埋もれているし。「俺は手に取りたかったよ」なんて発言が聞こえてきたのは、無視しておきましょう。私個人のというのは差し引いても、健全な男性だったら普通の思考ですよね。うん。口に出すかは別として。それに、ラスターさんと一緒で、変ないやらしさは感じませんもん。
 一方、ウィータは腕を組みなおし、にやりと口の端をあげています。笑みが凶器。さっきまでけだるそうだった視線が、妙に生き生きしてますけど?

「ほぅ。その割には、随分と恨めしそうに睨んでなかったか?」
「それは……だって、ししょーに言われた、思うと、切ないじゃない。顔も声も、同じなんだから。自分の、想い人に、照れ隠しなくて、興味ない宣言された、変換すると、しょんぼりよ。心の中で、落ち込むくらいは、許して欲しいの、です」

 なぜにこんな気持ちまで暴露せねばあかんのですか。言葉ごとに丸くなっていく背中。丸まった背で、柔らかい感触が跳ねました。フィーニスとフィーネの肉球ですね、きっと。ありがとう、私の癒し成分ちゃんたちよ。
 アニムはくじけない。とりあえず、無難な仕様の物を入れておいて正解だったと、自分を慰めておきましょう。
 下着話より、異世界人の証明でしたよね。ウィータの隣、出窓にリュックを置いてチャックを開けて――って、ものすっごいがっつり見られてる! ウィータが半目で睨んできてる?!
 リュックの中身は一度確認してると言っていたので、警戒することないのに。

「って、あぁー!」
「どーしたのじゃ、あにみゅ?!」

 なんという事態でしょう! フィーネとフィーニスが、南の花畑でくれた花飾り。泉の主様のお手伝いや泳ぎまわって、作ってくれたのに。地球色の魔石がかけて、シャボン玉の中に欠片が散らばっています!
 魔法がぶつかり合った衝撃の影響か、戦場に落ちた際にかはわかりませんけれど。壊れちゃったんだ。
 フィーネとフィーニスに見せると、おめめをぱちくりさせました。ごめんね、二人が一生懸命作ってくれたのに!

「あぁ、それ。やっぱり壊れちゃってるのですぅ? とってもとっても貴重な魔石っぽいのですよ」
「魔石の入手についても尋ねようと――」

 ウィータに肩を掴れ、振り替えさせられます。が、私の顔を見た瞬間、ぐっと喉をつまらせました。そうですよね。
 私、今、たぶん変顔です。泣き出しそうな情けない表情なのは、自覚あります。体もぷるぷる震えちゃってるし。
 
「師匠とやらに、叱責されるのかよ。そりゃ、まぁ、強力な守護魔法かけているぐらいだから、相当希少価値があるのはわかるが。壊れちまったもんは、仕方がねぇだろ」
「ししょー、怒る? 違う、ですよ。これは、フィーネとフィーニスが、私のため、一生懸命、結界中飛びまわって、泳いで、主様のお手伝いして、贈ってくれた、花飾り。元気でます、ようにって」

 両手に包んだ花飾り。無残にも散った欠片。
 初めて南の森の花畑に行った時、小さな体で持ち上げて渡してくれた光景は、今でも色鮮やかに思い出せます。つんと鼻を刺激した感情も。
 傀儡の怖い記憶もあるけど、何より告白した夜の記念でもあります。師匠だって、魔法をかけたのが良かったのか勝手だったのか、迷いを打ち明けてくれた。葛藤を教えてくれた。特別な日の贈物。

「大切な人からの、贈物、なのね?」

 ディーバさんが淡い微笑を浮かべます。静かに優しく響いた声で、周りの皆さんが息を飲んだような気がしました。少しばかり、気まずい空気が漂っている?
 皆さんは事情なんて知らないですし、魔法使いとって魔石の価値を優先するのは当たり前の考え。
 だけど、どうしてでしょう。ディーバさんの言葉に胸が熱くなります。小さく頷いた拍子に零れ落ちそうになった涙をぐいっと拭うと、フィーネとフィーニスが目元を舐めてくれました。守らなきゃいけない二人に心配かけて。ダメな、お母さん代わりですね。

「ししょーが、いつでも、いつまでも、眺められるよう、大切に保管できるよう、シャボン玉の魔法、かけてくれたです。それに……気持ちいっぱい、幸せいっぱいあった日の、記憶、つまってるです」
「ウィータちゃん、なおせないの?」
「並の魔石なら、俺の魔力を繋ぎにして修復も可能だが……こいつは相当時間かけねぇと無理だな」

 ウィータの指が、そっとシャボン玉に触れました。無理だときっぱり言った割に、手つきはとても柔らかくて、いたわりさえ伝わってきそうです。
 ちょっと前のホーラさんの発言からすると、ウィータはセンさんやディーバさんには心を許しているようです。なので、ディーバさんの質問だから丁寧に対応しているだけかも知れません。けれど、ちょっとだけど、ほんのちょっとだけ師匠みたいな優しさを感じて、嬉しくなりました。と同時に、複雑な感情が絡まって……。
 目が合ったウィータは、片眉を下げて微妙な表情でとまっています。ディーバさんに頼まれたのに、応えられなかったから?
 ふつふつと浮かんできたものを押し込め、ウィータにへらっと微笑みかけます。

「ディーバさんも、ウィータも、ありがとです。取り乱しちゃって、ごめんですよ。それより、異世界人の、証明ですよね! ちょーと、待ってください、ね! 皆さん、びっくりするの、あったかな!」

 私のめそめそは、皆さんには関係のない話です! 気を取り直して、リュックの中身に思考を移しましょう。
 無理矢理浮かべた笑みは引きつっていたし、おどけた口調はわざとらしかったでしょうか。現にウィータは眉間に皺を寄せました。えぇ、それは見事なまでに山! 谷! という様子で。

「お前――」
「しょーだじょ! 真っ暗闇の魔法ぞ! うにゃなー!」

 何か言いかけてウィータを見上げたのと同時。てしてしと垂れ耳を撫でていたフィーニスが、魔法を発動しました。一気に部屋が暗くなります。薄い暗闇のベールに包まれたみたい。がたっと、ホーラさんやラスが立ち上がる音が耳に届きます。
 私といえば、不意打ちの暗闇にびっくりして、足を滑らせちゃいました。が、ウィータでしょうね。よろけた体を支えてくれた感触に、わずかに頬が熱を持ちました。

「ふぃーねは、きらきらの魔法でしゅの!」

 フィーネの魔法陣が、シャボン玉の斜め下に現れたかと思うと……。七色の光が、私の手を透けて、花飾りを照らします。
 突然目の前に現れた光景に、思わず感嘆の息が漏れました。

「きれい……」
「なのぞ! 花飾りのまわりに、お星しゃん、あるみたいじゃ! 星の川ぞ!」
「きれーねー。ふぃーね、うっとりでしゅの。あにむちゃ、お元気、出た?」

 フィーニスの言う通り。花飾りの周りにぷかぷか浮いている欠片たちが光を浴び、まるで天の川のような輝きを纏っています。
 私の髪と同じ色だと探してくれた魔石も、明るい紫に衣替えをして、本物の宇宙みたい。
 「ねっ? ねっ?」と、水色にも翠にも見える、ムーンストーンのような瞳で見つめてくるフィーネとフィーニス。

「ありがと。ほんとに、ありがと。幸せいっぱいだよ、フィーニスにフィーネ。とっても、綺麗。二人は、素敵な、私の魔法使いさん。ししょーにも、見せて、あげようね」
「うなー!」

 順番に体を撫でると、二人は甘く鳴いてくれました。
 それを合図に、部屋が明るさを取り戻します。なおも頬ずりして擦り寄ってくる二人の甘さに酔っていると。

「っていうか、ウィータはアニムにくっつき過ぎだろ。暗闇利用して距離つめるなんて、男の風上にもおけねぇっての」
「僕らは純粋に子猫たちに感心してたっていうのに。君ってば」
「ちっ違う、ですよ! ウィータは、私よろけたの、支えてくれた、だけです!」

 ちょっと、ラスってば! 立てた足に頬杖をついて、目を細めてないでください。ウィータは悪くないんですってば。センさんは思い切り噴出しているので、からかっているだけなのが丸わかりですけれど。ホーラさんは「それ欲しいのですぅ」と、私の腕の中にある花飾りを見つめてくるし。どこに反応していいのやら。
 助けを求めてディーバさんを見ると、何故かぐっと親指を立てられました! 頭上からウィータの溜め息が落ちてきます。そして、さり気なく距離をとられてしまいました。うぅ、なんだか、胸が苦しい。ウィータは師匠じゃないんだからと、何度目になるのか、自分に言い聞かせます。

「ともかく、お騒がせ、すみません。えっと、機械の通信機、映写機、あと――私の、世界の、辞書とか?」
「へぇ。随分と小さいんだなー映写機が機械仕掛けなのはともかく、通信機が機械ってすごいよな。動くのか?」
「エネルギー、切れちゃってるから、起動はしないの。それに、通信機は、魔法の変わり、うーんと、通信の、見えない網、みたいのないと、いけない言うか」

 電波ってどう説明すれば良いのでしょうか。師匠に説明した時は、紙に電柱やら通信所みたいの書いて、ほとんど絵で話たんでしたっけ。
 近寄ってきた皆さんは、興味深げにデジカメやらスマホやらを、色んな角度から見たり触ってます。けれど、ウィータだけは、辞書に興味を持ったようです。ぱらぱらと開いて、食い入るように読んでいます。

「手書きの文字は、ししょーが、勉強のため、書いてくれたの。印字のは、私の世界の、二ヶ国語」
「ふーん。単語自体は、古代語で似た系統のもんは読んだことがある。だが、確かに現存する――使用されている言語にはねぇ形態だな。後ろに挟んである紙、これに書かれたのは文法だろ? 全く見たことねぇし。辞書の紙素材も、珍しい」
「ほとんどの言語が頭に入っているウィータが言うなら、間違いないんだろうね。でもさ、どこか秘境の古代民族だったりして」

 やっぱりウィータは師匠じゃないんだ。師匠は日本語を理解していたみたいだし。
 センさん、まだ疑ってらっしゃるのでしょうか。まぁ、どれも決定的な証拠としては弱いかもですよね。あとは、文房具でいうとシャーペンとかボールペン? 修正テープとか!
 と、フィーネとフィーニスが小さく咳をしています。私もさっきから肺の辺りがむずむずするんですよね。ひとまず二人を抱き寄せて、とんとんと背中を軽く叩いてあげよう。

「ところで、ウィータ――アニムの師匠が引き篭っているのは、世を儚んでなのです? それとも、単純に魔法研究にのめり込んでいるだけなのですか?」

 デジカメたちに飽きたのか。ホーラさんにちょいちょいっとスカートを引っ張られました。儚んで、という部分でぷっと息がもれたので、完全に楽しんでいらっしゃるようです。
 私も最初はそう思っていたので、人のことは言えませんけどね。乾いた笑いが出ちゃったのを肯定だと判断したのか。皆さんの視線が、一斉にこちらを向きました。誤解です。

「んーと。引き篭ってるは、結界内。結界内は、世界で一番、浄化されてる場所です。ししょー、綺麗な空気作るため、広大な範囲に、結界はってるです。研究いうよりは、結界を作る自体が、大事みたい。空気正常にするため、目的までは、わかりません」

 本当は、『アニムさん』のためだって知ってます。けれど、そこを突っ込まれても話がややこしくなるだけですもんね。ちょっとくらいのとぼけは許して下さい。
 身振り手振りで説明すると、ディーバさんがくすりと愛らしい笑いを零しました。

「ちなみに、私、異世界人で、ししょー以外の魔法ある空気、体に悪かった。フィーニスたちも、外に出たの、初めてです。ちょっと前までは、出られなかったです」

 あぁ、そうか。フィーニスたちの咳や私の体調は、もしかして外部の空気が原因なんでしょうか。そうすると、私はともかく、小さな体のフィーニスたちは、何とかしてあげないといけませんね。
 ウィータに頼んだら、魔力わけてくれるかな。
 
「世界一浄化されてる場所、かい? しかも、一人の魔力でって……少なくとも、僕らの耳には入ってきそうだけど。噂話でも、聞いたことないなぁ。ディーバは知っているかい?」
「心当たりは、ないわ」
「ホーラ、世界地図持ってたよな。アニム、場所わかるか?」

 ホーラさんが無言で指差した場所は、無残にも荒地の底でした。ラスの頬が硬く引きつります。指差しているご本人は、超絶笑顔ですけれど。
 って、私も世界の位置は把握してないので、無駄足になっちゃう!

「私、引き篭ってるし、ししょー、場所教えてくれない、ので。でも、森全体いうか、結界の名前は、知ってるです」
「結界に名前があるの?」
「はい。メメント・モリって――」

 言葉尻は、大きな音に阻まれて消えてしまいました。
 呆気に取られていたのは、私たちと――ラスとホーラさん。音の発信源は、センさんの近くにあった本棚でした。置いてあった時計や雑貨なども一緒に床に散らばっています。
 センさんは驚愕に目を見開いて。ディーバさんはセンさんよりは落ち着いているものの、やはり口を開きっぱなし。ウィータは、私の肩を掴んでいます。

「なぜ君が封印の地を知っている」
「封印の、地? どうしてって、だって、自分が、住んでいる、場所だし」

 何より、結界の名前はセンさんが教えてくれたんですよ? それは、何とか飲み込みました。封印の地というのは始めて聞きましたけれど。なにやら壮大な話ですね。まさにファンタジーな感じ。話が壮大すぎて、呑気に考えちゃってます。
 腕の中のフィーネとフィーニスは、ぴんと耳を立てています。が、食い込んでくるウィータの指がもたらす痛みを堪えるのにやっとで、撫でてあげられません。

「いっ……た」
「……悪い」

 堪らずあがった声で、ウィータは我に返ってくれたようです。すぐさま、回復魔法をかけてくれました。光のふくらみにあわせて、痛みも引いていきます。
 今にも飛び掛かってきそうな表情のセンさんは、ディーバさんが抑えてくださっています。なにこれ、どういう状況? 結界の名前を口にしただけで、ここまで反応されるなんて。一変した空気に、ただただ戸惑うばかり。

「ウィータにセン、落ち着けよ! アニムが怯えてるじゃないか! 大体、メメント・モリってなんだっての」
「ラスターは黙ってろ」

 今度は私が驚く番です。ラスはラスターさん?!
 びっくりしたのはフィーネたちもだったようです。腕の中から飛び出て、ラスの周りをくるくる飛び回っています。
 ラスは、突如周囲を回られたり、フィーニスに臭いを嗅がれたりで困惑の表情です。

「だって、ラスは、え、ラスターさん?!」
「あぁ。俺は普段ラスって愛称で呼ばれてるけど、本名はラスター。ウィータ、まじで切れる時だけ、本名で呼びやがる。もしかして、アニム、俺のことも知ってた? でも、気付かなかったってことは、名前しか聞いたことないとか?」

 動揺しつつも、笑顔で手を握ってくるラス。確かに、目の前で、にこにことしているラスは、ラスターさんの面影があります。性格だって、似ています。
 けれど、私が会っているのは女性姿のラスターさん。初めて見る男性姿のラスターさんに、混乱しているのはフィーネたちも一緒のようです。

「私、会ってるラスターさんは、女性姿だもん。気付かないよ!」
「しょうなのじゃ! らすたーはいっつもくねくねして、あにみゅにひっついてくる『オカマ』いうやつなのぞ! ありゅじが言ってたのじゃ! うにゅにゅ。でも、しゃっきからふぃーにす、らすの臭いはらすたーと一緒、思ってたのぞ」
「でしゅでしゅ! らすたーしゃんは、いっちゅもあにむちゃに寄ってきて、あるじちゃまに成敗されてるのでち!」

 三人そろって、言いたい放題ですみません。ですが、普段との外見のギャップが激しくてですね。ぐるぐると視界が回ります。私の手を握るのは、いつもの綺麗ですらっとした指ではなく。ごつっと大きくて、ちょっと荒れている男性の手ですもん。
 フィーニスがラスの臭いを嗅いでたのは、そういう理由だったんですねと口に出すこともかないません。

「でも、フィーニスにフィーネ。ラスターさん、うちに来る時だけ、女性の姿って、言ってた気がする! でも、ホーラさんも、私たち、知ってるより、身長高いし! もうわけわかんない!」
「わたしの身長、なのです?」
「はい。私、お知り合いの、ホーラさんは、もっとちっちゃいです!」

 もう、平行世界でも何でもいいから。だれかこの状況への回答をください! そうだ、カローラさんはどこに行っちゃったんでしょうか! カローラさんなら、ご存知な気がします。

「ウィータ、もしかして、アニムは……」

 ここに来てから見たことのない、真摯な面持ちになったホーラさん。それに、小さく頷き返したウィータは、何故かフィーネたちを掴みました。まじまじと見つめられて、フィーネとフィーニスは、照れくさそうに尻尾をいじっています。可愛い! 思考ストップしそうだけど、二人の可愛さだけは、わかる!

「お前の師匠の年齢は、わかるか?」
「へっ? ししょーは、二百六十歳、聞いてます」

 何秒かの沈黙の後。ウィータは、フィーネたちを渡してきました。だれもが沈黙しています。自分の心臓だけがやけに煩く跳ねている空間。
 そのままの流れで、ウィータはあいた片手で顔を覆い天井を仰ぎ見ました。大げさな仕草が師匠と重なって、無性に泣きたくなります。
 ウィータは、きゅっと口を結んだ私をゆっくりと瞳に映し――。

「お前、未来から来たのか」

 爆弾を投下しました。
 いえね! 私も最初にちらっとは想像しましたけれどね! ホーラさんがちっちゃかったり、ラスが女性になれたり。どうして、そこからそういう結論に至ったんです?! あぁ、そうか師匠の年齢?!
 そもそも、ホーラさんの件については、ここが未来っていう方が正しいのでは。私とフィーニスたちを知らないという時点で、ゼロパーセントに誓いでしょうけれど。

「アニム、わたしは長寿の一族なのです。けれど、普通の長寿と違って、ある程度の年齢を過ぎると、加齢に反比例して、身体的には幼くなっていくのですよ。これは秘密にもしていませんが、公言もしてないのです」
「それに、俺が女性になるっていう冗談みたいな呪いをかけられのも、数日前で、もちろんここにいる奴らと、最高司令にしか伝わってねぇはずだ」

 ホーラさん、魔法で大人になれるのは教えてもらってました。けれど、反比例云々は初耳な気がします。言われてみれば、不老ではなくご長寿なので、師匠との付き合いの長さからも、何百歳で幼女のままというのは可笑しいですよね。
 ラスターさんが女性の姿になる呪いをかけられた時期について、全く知りませんでした。思考が散乱する。
 
「メメント・モリは俺やセンが育った場所だが、ある事情から、百何十年以上も前に封印を施した。今はだれも住んでねぇはずだ。あの場所に世界一浄化された結界をはられて、俺らが気付かないはずがねぇんだよ。それに――」

 ぺたんと床に座り込んでいる私の前に差し出されたのは、小瓶。腰を折って目線を近づけたウィータの掌には、小瓶に入った見慣れた花びらがありました。
 そっと。小刻みに震えている指をなんとか小瓶に触れると。蛍のように光を灯した花びら。

「カローラ、さん?」




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