引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い8

「やはり、見覚えがあったか。つか、花びらに名前付けてんのかよ」
「うっ。だって、お話する時、お名前あった方が、いいかなって」

 ウィータが冷静な色の瞳を、ぎょっと見開きました。師匠ほどじゃありませんが、ウィータも眠たそうに瞼を落としています。それがめいっぱい開かれると、迫力満点です。
 というか、驚くのも当たり前ですよね。花びらと言葉を交わすなんて発言、いくらファンタジーな世界でも、頭が可笑しいと思われても仕方がないか。
 おっとと口を覆います。
 フィーネとフィーニスは、小瓶に鼻先をくっつけてカローラさんを凝視しています。後頭部と愛らしいお尻しか見えませんが、くんかくんかと魔法の香りを嗅いでいるようです。

「お前、こいつと会話も出来るのか?」
「会話できる、いうか。カローラさんから、話しかけて、くれるから」
「ウィータの魔力を魂に絡めているから、なのかなぁ。未来からって考えると、まだ有り得るか」

 小瓶の中で暴れているのでしょうか。身をよじっているように見受けられるカローラさん。ウィータはまるっと無視して、私だけを見てきます。うぅ。師匠の過去かもしれないウィータだと思うと、余計に居心地が悪いですよ。
 ごもっともな意見をくださったセンさんですが、後半はもうちょっと突っ込んでくださってもいいかと。
 混乱していた内容への答えを貰ったはずなのに。体が硬くなっていきました。よろよろと腰を下ろしたベッドが、小さな悲鳴を上げます。

「ここが、過去、です? うそ……」
「オレだって、にわかに信じがたい。だが、肯定する材料もいくつかある。今のオレの歳から百歳以上うえ。今のオレには成長型の式神を生み出す技量もねぇ。それに、身に覚えのない弟子や、お前に絡んでる魔力にも合点がいく。異世界人って特殊な立場とはいえ、魔力もない人間がメメント・モリの存在を知っているどころか、今は忘れられている地で生活してるつーのも、『師匠《オレ》』が一緒なら、な」

 師匠の出身地であるメメント・モリ。南の森の守護精霊様が、師匠は成人と同時に出て行ったとおっしゃっていました。その際に封印を施し、再び生まれ故郷に戻り、結界をはったということでしょうか。
 ウィータは師匠。
 横目で捉えているウィータの横顔が「魔力もない」という言葉を強調してきて、胸が締め付けられました。
 同一人物だとしても、ウィータは師匠じゃない。だから、傷つく必要なんてないのに。

「わたしが、小さいっていうのも、理由のひとつですねー」
「おいおい。俺の情報もあるだろって」
「どちらにしろ、アニムが未来からきたという可能性が、一番信憑性があるのよ」

 口々に意見を出す皆さんですが、センさんだけは口を噤んでいらっしゃいます。かといって、私を睨んでいるわけでもありません。ただ、ディーバさんを後ろから抱きしめた状態で、宙を眺めていらっしゃいます。
 フィーネとフィーニスはまだ、ウィータの持つ小瓶をちょいちょいと突いています。ウィータは僅かに口の端を緩め、見守っているようです。

「ここが、過去」

 ということは、私がずっと悩んできた『アニムさん』というのは、もしかしなくても、私自身。
 師匠が弟子をとらなかったのは、私の言葉を知っていたから? 今、目の前にいるウィータが、未来からきたとは言え、私の言葉を百年以上守る理由は見当たりませんけれども……。
 いえ。それよりも、何よりも。師匠は、私が師匠を好きになるのを知っていた? 私が気持ちを伝えるより、ずっとずっと前から。ううん。私が無自覚でも、師匠に惹かれる前から。だから、私に優しくしてくれたの? 無条件に優しくしないでとひどいことを言った私に、自分はそんな愛情を注げるほど心は広くないと返した師匠。
 それは――。

「あにみゅぅ。だいじょーぶ、なのぞ? ぽんぽん、いちゃいのか?」
「え?」
「あにむちゃのお顔、いつもにまして、まっちろでしゅの。さみゅいでち?」

 不安げな声で、我に返りました。お腹を撫でてくれているフィーニスと、頬ずりして暖めようとしてくれているフィーネ。フィーニスのおててがお腹のお肉ではねる。とほ。
 じゃなくって。ラス――ラスターさんて呼んだ方がいいのでしょうか。でも、さっきまでの調子から、どうにもラスターさんと同一人物として接しにくい。ラスで、いいか。
 ラスも気遣うような視線を向けてくれています。けれど、私は曖昧に微笑み返すのがやっとでした。

「ありがとう。ちょっとどころか、異世界きたのと、同じくらい、びっくりしちゃって」
「だよなぁ。けど、そうとわかれば、俺たちもアニムが未来に戻れるのに協力しないわけにはいかなくなったんだし。アニムは、さっきまでみたいに可愛く笑ってればいいって!」

 腕を組んで大きく頷いたラスが、最後にはばちこんとウィンクしてくれました。ラスターさんと同じおどけた調子で励ましてくれるラスに、今度は心からの笑顔が浮かびます。
 ふたりして、へへっと笑いあっていると。なぜか、フィーニスとフィーネが間に割ってはいってきましたよ。両手を広げて、ディーフェンス、ディーフェンスと言わんばかりに、左右に動いてます。ラスターさんとのやり取りをみているようで、和みます。

「ラスってば、すっかり子猫ちゃんたちに警戒されちゃってるのですよ。うひゃひゃ。色男は辛いのですねぇー」
「俺、動物には好かれる性質なんだけどな。って、んなことより、ウィータが持ってる花びらの説明してくれって。アニムを拾った時にも、数枚舞ってたぜ?」

 ラスターさんに捕らわれたフィーニスは、ウィータに手を伸ばしています。苦笑を浮かべたラスが、フィーニスたちをウィータの肩に乗せてあげました。ウィータはさして嫌がる様子もなく、ただカローラさんと思われる花びらが入った小瓶を軽く持ち上げます。
 一度ディーバさんたちと視線をあわせ、頷きあいました。

「ラスとホーラにだから聞かせるけれど。くれぐれも口外はしないで欲しいんだ」

 神妙な面持ちのセンさん。濃くなった空気に、ホーラさんとラスも口元を引き締めて短く肯定の返事を口にします。
 自然と、私も膝が揃い、背が伸びます。

「これは封印の地メメント・モリでしか、しかもあの場に生息する精霊や動物、ましてや人たちでさえ、滅多にお目にかかれねぇモンだ。いわゆる――古代樹やら始祖と呼ばれている存在の、一部だ」
「始祖って――世界が一度滅亡した際、あらゆるものを浄化し世界を再生させたっていう伝説の存在なのですか?!」

 途端、ホーラさんの珊瑚色の瞳が、きらきらと輝きだしました。鼻息荒く飛び出し、ウィータが持つ小瓶に向かって、ジャンプです。
 師匠から聞いたり、本で読んだりしたことはあります。詳しく書かれた歴史書などは、難しくて読めないので、あくまでもおとぎ話的にですけれど。師匠も大雑把にだったしなぁ。
 伝説の樹って、なんというファンタジーとか。始祖って人みたいだけれどしゃべれるのかなとか。会ってみたいと興奮していた私に「まぁ、今となっちゃ忘れられてる存在だ。全てが真実だとはかぎらねぇよ」と、苦笑をお供にデコピンを食らわせてきただけでした。
 ホーラさんの勢いと、過去の思い出で、ぼけっとしていると。ラスが苦笑しながら耳打ちしてきます。

「ホーラは禁書収集家にして、歴史マニアなんだよ」
「そういえば、ししょーも、ホーラさんから、禁書もらってた」
「まぁ、禁書つーか魔法に関しては、ウィータも似たようなもんだからなぁ」

 すとんと。隣に腰掛けたラスは、呆れつつもどこか楽しそう。
 ついに、ウィータから小瓶を奪うことに成功したホーラさん。ウィータは、うっとりと小瓶を眺めるホーラさんを、特に感情のない表情で見下ろしています。いえ、よくよく見れば、長い前髪に隠れちゃってますけれど、ちょっとばかり目が据わっているような気も。
 私の視線に気がついたウィータが、顔をあげました。

「私も、えーと、カローラさんみたく、花びらの状態でしか、お会いしたの、ないです。それも、夢の中や、幻的に一瞬、だけとか」
「始祖も、眠りついてるようなものだから。百年後の世界では、わからないけれど。だけれど、姿を現したどころか、話しかけたなんて、アニムはよほど、気に入られたのね」

 この時代では眠られてるんですね。師匠は普通に花びらさんたちを使役していました。それに、私最初に話しかけてくださったのは本体さんらしいので、師匠がメメント・モリに戻ってきてからは起きていらっしゃるのかもですね。
 うーんと考え込む私に、視線が集まります。

「私、気に入られた、いうか。たぶん、ししょーの弟子、だから? カローラさんたち、私の前現れるは、ししょー絡みだけ、ですよ」
「お前は、どこまで知っているんだ?」
「カローラさんたち、どんなかってこと? 次元越えられたり、ししょーの魔法の、お手伝いしたりとか、ぐらいだよ。あっ、綺麗な花びらさん。それに、カローラさんは、自分で、人間の感情、よくわからない言うけど、ちょっと人間臭い、ですよ?」

 普通に考えたら、人間じゃない方に人間臭いは失礼かも。でも、師匠を心配するカローラさんは、まるでお母さんとか家族みたいで。ついつい、笑みが零れてしまいます。師匠って、色んな方に愛されてるなぁ。
 肩を揺らしてすぐ、目を瞠っているセンさんと顎を押さえて何やら納得しているディーバさん、それに額を押さえて溜め息をついたウィータが目に入りました。三人三様の反応に、体が縮こまります。

「驚いた、としか言いようがないね……おそらく、ウィータの質問の意図とは、微妙にずれてる回答だけれど」
「アニム、ウィータちゃんに大切にされてるのね」

 って、ディーバさん。なぜここで、私が師匠に大切にされてるという結論に達するのです?! カローラさんにとって師匠が大切なのは知っています。そのカローラさんが私の前に姿を見せたからという意味でしょうか。センさんも、回答がずれてるって、私間違えましたかね?!
 どちらに先に質問すればよいのかと、お二人を交互に見ますが。あがっていく体温のせいで、判断がつきませんよ。
 あわあわしている内に、ウィータが私の前で屈みました。目線をあわされて、胸が無責任に高鳴ります。師匠だけど、師匠じゃない。でも、師匠なんだ。自分の知らない師匠の姿に、今更ながら激しく動揺してしまいます。
 でも――師匠は、私を。アニムを、知っていた。つきんと胸に針が刺さったのと同時、ウィータの掌が頬を撫でてきました。師匠より、少し冷たい温度。それに、乾いている。あぁ、師匠じゃないんだと、寂しく思いながらも、反射的にすり寄ってしまいました。
 切ない気持ちとやるせない感情が絡み合ったまま、ウィータを見つめます。
 私の遠慮がない視線が気に食わなかったのか。ウィータの眉間にじわじわと皺が寄っていきました。しまった、です。

「あっ、ごめん、ですよ。つい、ししょーに、するのと――」

 汗を飛ばす勢いで後ろに体重をかけたのに。腰をつかまれ、引くことは許されませんででした。
 何事かとパニックになる寸前、耳元を掠ったのは、柔らかい感触。それと、頬に触れた、レモンシフォンの髪。
 肩に乗っていたフィーネが眼前に迫っていました。

「お前、興味深いな」

 耳に流し込まれるように、低く囁かれ。全身の血と言う血が沸騰していきます!
 ぎゃーぎゃー!! 信じられない!! 師匠からだって、聞いたことない声色ですよ! 意地悪さと獲物を狙うようなハンターが入り混じったような、ってハンターってなんですかい、自分! うまく表現できない!
 貴女は乙女ゲーなるもので「今まで会ったことないぜ、面白い反応するやつ。くくくっ」とかいう奇妙な笑いを浮かべて付け回して来る俺様キャラですかい!! 亜紀の家で、見たことありますよ! いえ、確かに師匠は俺様な部分がなきにしもあらずですが、師匠的な立場の意味でして! 心拍数的な意味において、中二病の方がまだありがたい!
 頭の中でエクスクラメーション・マークが跳ね捲くってます。だれか、鎮静剤をください。

「わぁ。ウィータが女性に向かってそんな言葉かけてるの、初めて見たのですよぅ」
「ウィータちゃん、変態。未来とアニムの存在に高ぶってるのはわかるけれど、魔法や召喚獣に向かって囁くのと、わけが違うのよ?」

 こんな初めて嬉しくないですよ。むしろ、嫌です。私じゃなくって、アニムの立場と存在に興味を持ったっていう意味でしょう?
 じわじわと滲んでくる水分は、触れられている緊張からか悲しさからか。自分でもわかりません。

「はぁ? 別段、オレはこいつが女だから興味を持ったって告げたわけじゃねぇよ」
「じゃあ、どういう意味合いなのかなぁ?」
「そうだ、そうだ! 俺はウィータが女の子に向かって、あんな囁きしてるなんて噂でも耳にしたことねぇよ! 普段は魔力のためだけで、恋や愛情に興味ねぇって顔してんのによ」

 何故でしょう。女として興味を持っていないと言われたのに、どこかほっとしています。とても切ない事実なのに。まだ、不思議な物体と思われる方がましなのかな。というか、ラスの言葉の裏にある事実が、気にかかりますです。
 上品な笑いを零しているセンさんは、正面にウィータがいるので様子は不明です。でも、師匠をからかうのと同じような笑い声。

「あー、それは、なんだ。つまり、未知の存在っつーか。あれだ、未来の自分が女を気にかけているのが、興味深いっつーか」

 初めて言いよどんだウィータ。片眉を下げて顔を覗きこんできたウィータに、胸がざわついたのは言い訳しようのないこと。だけど、だけど――。
 ぎゅっと口を結んで、ありったけの力でウィータを突き飛ばしてやりました!
 屈んでいたウィータは、思ったよりもあっさり、後ろにいってくれました。しりもちは突かず、かっこいい姿勢で膝をついたのが、悔しい。

「興味深い、ないよ! 凶悪顔で、許可なく、乙女に触れる、ないよ!」
「凶悪顔って。お前、師匠とそういう関係だったんだろ。今更じゃねぇかよ」
「それに、私が好きは、ししょー! ウィータじゃ、ないもん!」

 いい逃げ上等。ベッドの反対側に降りて、がるるとウィータを睨んでやります。自分でも正直何を言ってるのかって呆れてしまいますね。師匠とウィータが同一人物だと判明した今、師匠が好きって宣言は、つまりはウィータにも繋がるのだから。
 承知はしていますが――ううん。違う。ウィータは師匠なんかじゃない。
 一瞬、しーんと静まり返った部屋。私の荒い息だけが、部屋にあります。
 フィーネとフィーニスが、ぴょんとベッドに降りた直後。爆笑が響き渡りました。

「ぶっ! くっ苦しい!! ウィータが振られた! ざまーねぇな」
「しかも、はっきり凶悪顔って言われちゃったのですよ」

 ばしばしとウィータの背中を叩くラスと、床で全身をばたつかせているホーラさん。センさんにいたっては、いつものごとく、声も出せないくらい体を震わせています。ディーバさんだけは呆れ顔で「ウィータちゃん、人生で一番、残念な言い訳だった」と呟きました。
 ウィータは舌打ちをかましてきました。非常に恐ろしい顔つきで。
 あぁ、早く帰りたい。
 ざわついた空間で、私は窓の外を眺めることしかありませんでした。風に飛ばされる新緑が、やけに目に痛く感じられました。



読んだよ


 





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