引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。
軽くですが、残酷表現や刹那的快楽性表現があります。
苦手な方はご注意ください。
※他者視点です※
  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い3


「相変わらず、酷い状態だな」
「指南役、そんな酷い場所で魔法草(たばこ)なんて吸わないで下さいよぉ」

 岩場に腰掛けて煙をふいていると、後ろから情けない声が投げかけられた。声の主は予想に違わぬ調子で、肩を落とし、よろよろと近づいてきていた。数日前、彼女からの贈り物だと自慢してきていたハンカチで、口を覆っている。顔もあおっちろい。
 仕方がねぇか。
 煙管から落とした草をかかとで消すと、幾分か血なまぐさい臭いが消えた気がした。それも数秒のことだったが。

「しかし、いつもに増して死体が多いもんだ。お相手さんたち、例の新兵器(まどうぐ)の実験に一体どれだけの糧を使ったんだか」

 見渡した岩場は、死体の山だ。焦げて炭になったものから、武器を身に刺したまま絶命している者まで。形は様々だが、一様に無残な死に様だ。視界を細めても、胸糞悪い光景は途切れない。
 つんと。鼻を刺激してくる臭いにはいい加減慣れたし、幾分かの感覚くらいは遮断が可能だ。けれど、視覚ばかりは切るわけにはいかない。

「さらりとおっしゃいますが」

 生真面目な部下は、片眉を思い切り跳ねさせた。本国から前線に赴き、俺の下について半年。十代後半の神経質な面持ちの男は、何かとたしなめてくるのだ。
 お前も長生きすればわかるさと、冗談交じりに交わしても。その度、俺の手から酒や煙草を奪っては、倍以上の説教を口にする。
 予想出来た小言に肩を竦めると。

「反乱軍でさえ、あれだけ強力な魔道具を開発しているのです。我が国――古より続く魔法国家として、ですね。次の戦では威信をかけて、指南役をはじめとした特別階級の皆様に、反逆者どもを殲滅(せんめつ)して頂きたく。そのためには、自分の命をも捧げる覚悟であります!」
「お前さぁ、それ本気で言ってんの?」
「もちろんであります! 尊国の礎(いしずえ)となるのであれば、喜んで――」

 あぁ、こいつもか。数日顔を合わせていない間に何があったのかは、明らかだ。あの変態野郎、俺らが駐屯地を留守にしている隙に、術をかけやがったな。
 溜め息混じりに横目に入れた部下は、ぶっちゃけいってしまっている。唾を飛ばして熱弁する姿もだが、何より、焦点が定まっていない。どこを見ているのか不明な瞳は、完全に精神を蝕まれている。情景で発動する術式か。
 俺なりに配慮はしていたつもりだが……。

「お前、とりあえず先に戻ってろ。真っ先に医務室に行け。これは上官命令だ」
「はぁ。とおっしゃいましても、自分は負傷などしておりませんし、戦地調査という重大な任務が」
「遅いんだよ。もう俺があらかた見てまわっているし、何よりあいつが同行者(パートナー)なんだ。お前、あいつを前にしても自分の必要性を主張できるの?」

 満面の笑みを浮かべ鼻をつまんでやる。ついでにと、俺の同行者の存在をちらつかせてやると、部下は完全に顔の色をなくした。ぶんぶんと大きく頭を振る可笑しさは、いつもと同じだ。内心安堵の息を吐いた。
 あえて医務室の件には触れず、ありったけの力で背中を叩いてやった。精神干渉の魔法が、わずかながら緩和されたのを確認し。ひらひらと手を振ってやる。
 咳き込みながらもかけていく後姿を見送り、軽い溜め息が落ちた。
 さてと。足を進めるとしますか。この場に着いてからひとつだけ、どうしても気にかかっている件がある。無表情無関心のあいつが珍しく動き回っているのも、それが原因だ。

「ってもなぁ。随分と気配は薄いし、どうしたものか。今回は魔法戦が主だっただけあって、色んな魔力が入り混じっていて、探りにくいったらありゃしない」

 一人ごちたところで状況は変わらないのだが。混沌と渦巻いている魔力の残像とにおいに、頭を掻かずにはいられない。しかも、気にかかっている魔力はある意味では強いのだが、実際の感覚で表現すれば、とても微弱だ。
 積み重なる死体を乗り越えつつ、魔力探知機を天に翳してみるが。全く役に立ちそうにない。

「大魔法使い様製だってのにねぇ。文句のひとつでも言ってやろう」

 本気ではないのだけれど、愚痴でも吐いていないとやっていられない。本当なら、今頃旅団の艶めいた女たちと、酒盛りの予定だった。であるのに、可笑しな気配がするとあいつが言い出し、俺がお目付け役で足を運ぶ自体になったのだ。
 世の中は実に不平等だ。強大な魔力を持つあいつは、見た目も麗しい。少年と青年の間で歳を止めている姿に薄い金の髪とすけるような水色の瞳は、否が応でも人目を引く。最上級の魔力を持つ者の特徴でもある。
 あいつを受け身と捉え、自分でもいけるのではと言い寄る女もあまただ。ただし、自分が全く個として認識されていない事実に気がついていない愚かな女も多いし、そもそもあいつは受け身なのではなく『無関心』なのだよ、女性陣。

「あー、ここまで来て、なんで俺はあいつのことばっか考えてるの。俺にもいるじゃん。さっさと戻って、アノ子とやろう」

 だぼっとしたコートのポケットを探っても、目当てのものは見つからなかった。腕を捕まれる形で出てきたんだったか。予備の魔法草さえ、持ち出す余裕もなく。
 三日ほど前に寝所に忍び込んできた食堂の女の子を思い出す。名前はなんといったか。ケイ何とかとか、サーとかだったか。
 うん、覚えてない。
 まぁ、あっちも俺に抱かれたのをステータスと考えているような子みたいなので、いいか。利害の一致と言う奴だ。舌使いの上手さや喘ぎ方から、そーいうのが大概に好きな女なのは充分すぎるほど感じた。俺が振ったところで次を探すだけだろう。

「って、だれに言い訳してんの。俺ってば」

 よっと。一際高い岩場に飛び移り深呼吸すると――胸糞悪い空気の中に、すんと澄んだ魔力が鼻腔をくすぐった。おまけにと、甘い鳴き声が耳に届いた、気がした。今しがた思い出した甘美な時間よりも、心をあたためてくれるような鳴き声に心が急かされる。
 魔道具を練り、気配を探る。

「見つけた! さーて、どんな化け物が出てくるのやら!」

 あたりにあいつはいない。
 岩場から飛び降りると、少しばかり足底から痺れが流れてくる。いささか興奮しすぎたな。けれど、当の本人より先に魔力の元を発見したのは、やはり嬉しいものだ。宝探しに浮かれる子どものような心持ちだろう。
 魔力に付随する力から、完全な魔道具とは言い難い。あいつだって、自分が生成した魔道具程度では、わざわざ足を運ばないだろう。魔法研究と生成が人生そのものな男だ。百歳も半ばとなれば、数も相当なものだ。
 ということは、改造された人間か召喚獣、魔物の確立が高い。

「よっと! 甘い鳴き声ってのは若干ひっかかるが。念のため、制御はしておくか」

 あとひとつ、岩を越えれば遭遇する。深呼吸をし、岩場にしゃがみこみ……顔を覗かせるが。獣らしき影はない。むしろ、あいつの魔力を宿せるような存在値すら感じない。
 一体、どういうことか。頭を左右に動かしても、大層なプレッシャーはない。

「うみゃぁ」
「――猫?」

 場所を見誤ったかと。瞼を閉じ、再び位置をはかろうとした時、子猫特有の甘い鳴き声が風に乗ってきた。まさか、子猫の鳴き声を出す巨大な獣なんてことはないだろう。てか、あって欲しくない。想像するだけで、なんとも奇妙だ。
 ぐだぐだ思考をめぐらせていても仕方がないか。腹をくくって武器を練り上げる。
 か細く、今にも消えてしまいそうな声に耳をすませ、足元に転がるものを避けていけば――。

「おんな、のこ?」

 血なまぐさい場に、有り得ないほど不似合いな少女が、仰向けに倒れていた。違和感があるのは、寒いとはいえ心地よいレベルの気候の中、コートだけではなくマフラーまで巻きつけた服装だけではない。
 乱れてはいるものの、艶のあるふわりとした長い髪。日にあたっていないと思えるくらい白い肌。肌の白い人間は多いが、俺が知る限りの人種とはまた違った透明感だ。血を見せるものではなく、薄いミルク色の膜を一枚挟んだような透明感だ。それを助長するような、可憐な雰囲気に、形の良いふくらはぎに目を奪われた。
 幻でも見ているのではと見蕩れてしまう。はっと息を呑むと、彼女の胸の上にいる子猫が、もぞっと動いた。
 黒いコートに紛れてしまっていたが。少しばかりの紺色を混ぜた黒い子猫が、少女の体を這い上がっているじゃないか。声と動きから、子猫も意識が朦朧としているのがわかる。なんとも健気な調子だ。よくよく見ると、ほどけかけたマフラーの中でも、もぞっと身をよじっているのを察することが出来た。ふくらみの大きさから、黒い子猫と同じ大きさの動物だろう。

「なんだって、こんな所に。使い魔や傀儡の類か?」

 いくら見た目が可愛い女の子とはいえ、油断は大敵だ。
 ゆっくりと前髪を払うと――はらりと、桃色の花びらが舞った。いや、舞うというほどに多くはない。ただ、白い肌を滑った数枚の花びらは、涙を浮かべた少女の雰囲気とあいまって、そう思えたのだ。それにしても、この花びら。尋常じゃない魔力を放っている。平常であれば、花びらを魔法瓶に閉じ込め、鼻息荒く持ち帰るのだが……。今の俺の胸を埋め尽くしているのは、謎の花びらなどではない。

「かわ……いい」

 正直、好みのど真ん中だ。
 瞼はしっかりと閉じられているものの。きっと艶めいた紫とも黒とも言える髪と違わないだろう瞳が、容易に想像可能だ。
 浮世離れしたような無防備さが、保護欲をそそる。いやねぇ。寝ている人間はみな無垢とは言ったものだが。彼女が纏う無垢さは、戦場に咲く鈴蘭のように可憐で愛らしく、それでいて強引に抱けば隠された毒に蝕まれてしまうような……。

「ししょ」

 おそるおそる。上半身だけ起こしてやると、脳を痺れさせる舌ったらずな甘い音が零れた。まるで幼子が落とす声調のようであるのに、どこまでも甘く恋う色。アンバランスな響きが胸を打ち抜く。
 思わず、愛らしく柔らかい色を乗せた唇に自分のモノを重ねかけたところで――背後に殺気を感じ、片手をあげた。ついでに、意識のないはずの子猫に、片手を容赦なく噛まれたわけだが。

「なに人の魔力が詰まったもんに口づけしようとしてんだ。気持ち悪ぃ奴だな」
「へーへー、すんません。まっ、どんだけ辛口をぶつけられようとも、俺が先に見つけた事実は変わらないけどな」

 寝込みを襲ったところで、咎める正義感がある奴ではない。単純に、ほんと自分の魔力を感じるモノに手を出されたのが気に食わなかったんだろう。
 あー、てかこの子、もしかしてこいつのお手つきか? それにしては純粋な空気だよな。まぁ、寝てる人間は大抵が純粋な様子だからなんとも言えないが。ついさっきの自分の思考を否定しようとも、現在進行形の保身が大事だ。
 挑発してみたものの、奴はまったく乗ってこず、無表情。鉄仮面のまま遠慮もなしに、女の子の喉元の布を引っ張るしな。
 呆れながらもつい目線がいく。予想していた通り、胸にしがみついて呼吸を荒くしている黒ネコ同じ大きさの子猫が現れた。
 おっと。こいつは早く処置してやらねぇとあぶねぇかもしれない。

「この子、お前の関係者か? ネックレスどころか、魂自体にお前の魔力が絡んでるぞ? それに、この子猫たち。いつの間に生み出したんだよ。他の奴ならともかく、お前の魔力を真似るなんざ、無理だろ」
「……心当たりはねぇな。大体、ラスも知っているだろう。オレの式はウーヌスだけだ。だが――興味深い」

 それはこの子の存在に対してなのか、自分の魔力が己の知らぬところで利用されていたことか。十中八九、後者だろうけれど。
 魔法に関してのみ表情を変える男は、見ようによっては非常に凶悪な笑みを浮かべた。三日月の唇に長い髪がかかり、ぶっちゃけ悪人にしか見えない笑い顔だ。
 部下どもが俺の位置にいたなら、泡をふいて倒れるか陶酔に浸るに違いない。残念ながら、俺はそんな可愛らしい心臓は持ち合わせていないので、わざとらしく肩を竦めてやる。

「確認だよ、いちおーな。大魔法使いウィータ」

 嫌味を込めた呼称も、平然と流すウィータ。わかってましたよ、お前がこれくらいのからかいなんざ屁にも思わないのはさ。
 俺をまるっと無視したウィータが、少女の頬に掌を当てた。別段、心配しているわけではなく、単に魔力と体温を確認しているのだろう。胸元の石も手に取り、目を細めている。

「んっ。ししょお」
「……。」

 すりっと、当てられた手に擦り寄った少女。肌に馴染むのが当たり前のような反応だ。涙を含んだ声色でもたれ掛かられ、ウィータがわずかにかたまった。
 長い付き合いの俺でも、固まったの『だろう』と思うくらいの一瞬の出来事だった。けれど、確かに、目の前の無表情大魔法使いは動揺してみせたのだ。
 百年に一度の場面に遭遇したようで。きょとんと瞬きを繰り返してしまう。つーか、心臓が止まりかけましたよ。おい。

「女はともかく、式たちへの治療は必要だ。さっさと連れて帰るぞ」

 撫でるように滑った指は、さっと引かれていった。むしろ、怯えて身を守ったように感じられたのは、考えすぎだろうか。
 連れて帰るといいつつ、自分は子猫たちだけを抱き、さっさと転位魔法唱えてやがんの。俺としては役得だけどな。
 よっと持ち上げた女の子から、ほろりと涙が伝った。横抱きにしたまま、よしよしと肩を叩いてやると、何故かウィータが睨んできやがった。なんですか、より取り見取りなウィータ様。
 あぁ、お前も好きそうだよな。こういう子。前に一度だけ吐かせたことがあったっけか。つか、あんな風に擦り寄られたら、男なら悪い気はしないってか?

「フィーネ、フィーニス……ししょー」

 どこまでも悲しげに呟かれた名前たち。俺は「大丈夫」としか、返してやれなかった。





読んだよ


  





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