引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い14


「なんなら、今のうちにしめておくか」
「でも、今は、しっかり仕事、してる子なんでしょ? 身に覚えがないので、叱るは、かわいそうだし、逆に恨まれそう。ほら、ウィータだって、俺じゃないって連呼して、怒ってたしね」

 ラスのにやりという企んだ表情と口調から、冗談なのは充分に伝わってきます。が、ちょっと手首を掴れただけであのヤル気満々の視線ですからね。悪化しそうな気がしてなりません。
 ウィータもフォローしてくださいと見上げたのに。当の本人は喉を鳴らしただけでした。あれ、嫌味っぽく聞こえちゃいましたかね。そういう意図は全くなかったのですが。

「怒ってはいねぇよ」
「じゃあ、迷惑がってた。って、私、別に、ウィータに、拗ねてるわけじゃ、ないから。ともかく、女性の言ってた、云々は、どうかと、思うけれど。先、急ごうよ」
「そこは拗ねておけよ。そもそも、サスラの言い方の問題で、実際そういう意味合いで肌を重ね――」

 えぇ、本当は多少なりとも寂しく思ったり、拗ねたりしてましたけどね。絶対、口にしてはやらないんだから。
 思いっきり、たこ口でそっぽを向いてやろうと思ったのに。けだるそうなウィータの声がぴたりと止まり、つい見上げてしまいました。また私のこと子どもあつかいして、言い方を誤ったとか考えたんでしょうかね。もう!
 意図せず睨むと、ウィータは反対に綺麗に微笑みました。が、爽やかな部類ではなく、口の端をぐいっとあげる、意地悪な笑み。美麗悪魔な表現で!

「アニム、お前。妬いたのか?」
「なっ!」
「おまっ。つか、こえぇよ。笑い顔が」

 ぼんっと真っ赤に爆発する音が鳴った気がします! これが師匠なら、素直に悪いかと詰め寄れるのに。ウィータは自分の顎を撫でながら、にやにやと楽しげに顔を近づけてきます。
 っていうか、凄く懐かしいやり取りなような。
 そっか。師匠に告白する前は、私、こんな反応してたっけ。知らないと逃げる私の背中を、師匠は楽しそうな声調でついて来た記憶があります。

「ふぃーね、しっちぇるの。やきもちおやきは、あるじちゃまのがお得意魔法なのでしよ」
「ふぃーにす、覚えてるのじゃ。ありゅじがなんぞ妬いたって叫んでるにょ。あれは確かやきもち、いうてたぞ。ふぃーにす、意味聞いたのじゃが、教えて貰えんかったからのう」

 フィーネにフィーニスってば、ナイスフォロー! やきもちおやきってお菓子の名前みたい。ぶるりと、本当に身震いを起こしたラスは、かわいそうだけど。腕を摩りながら、日が差し込んでいる窓に近づいちゃいました。

「へっへぇ。なんか俺、知りたくなかったかも。まじで、怖いんですけど。そんなウィータ。先、降りてるぞ」

 ラスはどたばたと先に下りて行ってしまいました。私としては、そんなにギャップないんですけどねぇ。当初はともかく。
 実際は、師匠の過去を含め、私が妬く回数のが断然多いと思うのですが、黙っておきましょう。墓穴はほらない。アニムは大人になったのです。
 微妙な顔つきで頬を引きつらせたウィータには、得意げにふふんと鼻を鳴らしておきました。

「聞きたくなかったぜ。いらねぇ情報ばっかり入ってくるな」
「ごめん、ですよ」

 あまりに。ウィータが予想外に可愛く背を丸めてたものですから、ほだされてしまいました。私ってばちょろ過ぎ。重くて長い息も、どうしてか耳に心地よい。
 瞼を閉じちゃいそうな疲労感いっぱいのウィータ。とぼっと、足を踏み出した彼の上着を引っ張ります。ゆっくりと振り向いて「んだよ」とぼやいたウィータは、師匠そのものでした。背中に抱きつきたくなった衝動を、必死におさえます。
 とくんと、心地よく心臓が鳴ります。やっぱりウィータは師匠。師匠はウィータなんだ。さすがに短時間で魅かれすぎだろ自分と、正直呆れますが。でも、本質は変わらないんだもん。

「だいじょーぶ、だよ。ほとんどね。妬いてるのは、私だから。余裕ないのも、私ばっかりなの。ししょーは、ちゃんと、かっこいいよ? かっこよくて、可愛くて、たまらない。ウィータと、一緒。とくんて、胸の奥、鳴らすの」
「やきもち妬くは、だめなのぞ? かっこわりゅいのかいな」

 ウィータが反応するより早く、疑問を発したのはフィーニスでした。可愛い手を突っ張って、見上げてきます。うん、上から見るぽっこりお腹も可愛いのう。フィーネは「やきもちおやきは、おいしいって、せんしゃん、言ってまちたのに」と垂れ耳を掻いています。二人とも、お揃いに首を傾げているのが可愛い!
 私の中の答えなんて決まってますが。ちょっと考えるふりして、天井を見上げてみます。おっと。フィーニスが不安げになっちゃいました。

「男の嫉妬は、だめ、言う人も、いるかもね。人、それぞれ、だから。ただ、私は、嬉しい。色んな、ししょー、見られるの、幸せだから、もっと、妬いてほしいなぁ。私ばっかり、ししょー、大好きだし。なにより、ししょーの、やきもちは、かっこいいし、可愛いんだもの」
「あにみゅとありゅじは、大好きどーしだもんにゃ! よし、ふぃーにすも、いっぱいやきもちおやきやくのぞ! ありゅじみたく、かっこいいなるのぞ!」
「わぁ! 嬉しいな! 頑張れ!」

 背を逸らし、鼻息荒く宣言したフィーニス。あまりに可愛くて、つい強く引き寄せ過ぎちゃったようです。ふみっと、両手ごと胸に沈んできちゃいました。
 フィーネも真似て、ぽふっと胸に顔を突っ込んできます。私のささやかなおっぱいで遊んで頂けるなら光栄です。

「というわけだから、ウィータ、気にするない! フィーニスが、かっこいい、誉めてくれてるよ!」
「おー! 頑張るじょ!」

 気合を入れたフィーニスと真似たフィーネは右手を掲げ、そのまま飛んでいきました。興奮状態になると羽を広げずにはいられないんですよね。二人とも。
 取り残されたのは、ウィータと私。
 自分としてもフォローになってなかったかなと、突っ込みを入れたいやり取りでしたけどね。すっかり背を伸ばしている気配のウィータに微笑みかけると。目に飛び込んできたウィータに、ぱちくりと瞬きを繰り返してしまいます。
 だって、大きな掌で口を覆っているウィータは、逆光でもわかるくらい、鮮やかな赤に染まっています。心なしか、アイスブルーの瞳も潤っているような気がします。名前を呼びながらかかとをあげ、前髪を払ってみると……。

「いやいや、ちょっと待て。なんだ、これ」

 てっきり払いのけられると覚悟していた手は、握られています。横からぎゅっと握りつぶされてる感じ。
 冷たかった指先は、じんわりと熱を持っている? これは、私の熱でしょうか、ウィータのでしょうか。

「ウィータ、大丈夫? さっき、私に、魔法使ったから、息苦しい? フィーニスの、可愛い宣言、茶番言ったら、耳、抓っちゃうよ?」

 うるさくなっていく鼓動を誤魔化すため、からかいの色を込めます。
 横を向いて、ついに顔全部を隠したウィータ。長い髪が邪魔をして、様子が伺えません。見たいような、知りたくないような。青空を背にしたウィータに、ともかく、目を奪われてしまいます。

「じゃなくて、原因は、お前だって。もういいから、口噤んでろ。いや、うん、それより、仮面つけて歩け。師匠のことも、語るな。ひとまず、オレから距離をとれ」

 えぇ?!
 ウィータから口早に飛び出てくる言葉は、怒っているようにもとれます。大体、口を噤むのと語るなは、二重にしゃべるなって注意してませんか。とどのつまり、声をかけるなって拒否なんでしょうか。
 炭酸が抜けた飲料のように、全身から力が抜けていきます。だらんと落ちると思った腕は、未だにウィータに捕まっています。離れろって言うくせに。後ずさろうとすれば、逆に手に力を込められるし。横目で見つめてくるし。どうしろと。

「ウィータに、近づくなって、意味だよね? しゃべりかけるな、いう意味? 私の顔、そんなに、不快?」

 本気で泣きそう。さっきまでは普通だったくせに。
 そりゃ、不気味な笑いしたり、可愛くない言動してたりするけどさ。突然、このタイミングで突き放さなくたっていいじゃない。
 でも、せめてこれ以上は嫌われたくありません。大人しく離れておきましょう。そう考えた矢先、ぐいっと強い力で引かれました。

「違う! あぁ、そんな顔するなって。くそっ」

 肩口にぶつかったせいか、上から降ってくる舌打ちは、やけに大きく聞こえました。
 って、あのあの! ウィータに密着してる! 腕をまわされているわけでもないのに、身動きがとれません。触れ合っている部分が、縫い付けられたみたい。
 ただ、手を握られているだけなのに。呼吸が上手く出来ません。触れ合った胸から、どくんどくんと重なる心臓の音。
 なっなんだろ。下手に抱きしめられてるより、恥ずかしい!

「うぃっウィータ? 立ちくらみ?」
「あぁ。くらんだ。すっげぇ、衝撃受けて」

 わかってます。直前のウィータの様子から、貧血でもめまいでもないのは。だって、腕を引かれた瞬間に見えたウィータの瞳には……熱がこもっていたから。吸い寄せられる視線。心が震える、潤い。
 それでも、ウィータがくらんだというなら、映ったものは私の願望だったのでしょう。ゆっくりと顔をあげると、こつんと額をあわせられました。師匠と同じ、落ちた瞼の隙間から覗くアイスブルーの瞳。薄い色に映る私は、反対の色を纏いすぎていて。
 というか、さっき私の顔きついと拒否されたばかりでは?!

「アニムの鼓動、すげぇな。こっちに侵入してきそうだ。それに、花みてぇに真っ赤」

 さっきまで、苦しんでいるのか泣きそうなのか不明な様子だったのに。私の眼前にある唇は、これ以上ないってくらい意地悪そうに弧を描いていますよ。薬草のような香りと、頬をくすぐるレモンシフォンの長い髪。薬草といっても、ほんのりとした苦味を含む、すごく良い香り。
 しかも……師匠とは違うけど、似た表現に、さらに体温はあがっていくばかり。

「これは! ウィータのせいだよ! それに、まっかは、こんな、近くこられたら、当たり前! さっき、私の顔、きつい、言ったばっかりなのに、近いよ! だれでも、なるでしょ!」
「きついなんて、一言も発してねぇだろうが。この百面相。お前、どんな顔で笑ってるか自覚ねぇのかよ。お前の師匠も大概苦労してんだな」

 苦笑で離れていく体温。まったくもって理解出来ない流れなんですけれど。パニックもいいところですよ。目まぐるしい状況の変化に、頭がついていきません。百面相って、愉快だって取れますけど。綺麗な顔からしたら、見るに耐えないって含み?
 固まっている私の頭を、ぽんぽんと叩いてくるウィータ。脱力した様子は師匠そのもので、苦しい。

「ほら、いくぞ。とっとと師匠とやらの元に、戻りたいんだろうが」
「うぅ。とっても、理不尽な、気がして、たまらないですよ。それに、傷ついた」
「うっせぇ。ぼさっとしてるアニムが悪いんだろ。無理やり口づけされなかっただけでも、ありがたく思え。置いてくぞ」

 笑い交じりに受けた注意も納得いきません。でもね。置いていくなんて言ったくせに、手を繋いだまま歩き出すウィータ。背中を睨んでみても、頬の熱さは変わりません。
 私の様子などお見通しのように、ウィータが肩を揺らしました。背中に目がついてるんじゃないかと疑ってしまいます。

「ひじょーに、愉快そう、ですね」
「あぁ。おもしれえ感情《もん》、見つけたぜ。まさか、オレの中に――お前、大層な術を使うな。大魔法使いの弟子は伊達じゃねぇってか」
「よく、わかりませんが。ウィータが、楽しいなら、なにより、ですよ」

 術ってなんですか、術って。変な言いがかりはよしてくださいよ。
 投げやりな声に、また、ウィータが小さな笑いを零しました。
 



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