引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

22.引き篭り師弟と、呼ばれた真名1

 ふっと、足元が暗くなりました。地下に差し掛かったようです。ひんやりとした空気が肌を刺激してきます。ちょっとぶるっと身体が震えましたが、すぐおさまってくれました。繋がっている手から流れてくるぬくもりのおかげで。
 ウィータの半歩後ろにいる私には、彼の表情は伺えません。けれど、ホーラさんの部屋で顔を合わせた時とは比べ物にならないほど、柔らかい雰囲気のように思われます。

「へんなの。慣れてる、はずなのに」
「あ? 地下室にかよ。ってか、寒いのか?」

 石階段を鳴らす靴音が響いています。それに紛れてくれると思っていた呟きは、しっかりとウィータに届いてしまっていたようです。ぶっきらぼうな質問が返ってきました。でも、視線は気遣わしげだから……どきどきしちゃうじゃないですか。
 うぅ。さっきまでは興味ない風だったのに。急に師匠みたくならないで欲しいですよ。

「うぅん、だいじょーぶ。あの、手がね、あったかいし」

 尻すぼみになった言葉に、熱があがっていきます。自分の言葉に照れてたらせわないですよ。そう言い聞かせるほど、頬が熱くなってしまって。きゅっと唇を噛んで、俯くしかありません。
 ウィータが振り返ったのを、衣擦れが教えてくれます。おっお願いだから、流してください。不快感あらわになっていたら、悲しいです。
 たまらず、いっそのこと離してしまえと、指の力を抜きます。成り行きで繋がれたのだから、あっさり解放されると思ったのに……。

「あっそ」

 ぎゅうと。驚きのあまり、顔があがってしまう力で、握られました。そっけない声なのに、痛いくらい強い力。
 もう前を向いてしまったウィータの様子は、わかりません。
 ちょっと早まった歩み。速度に合わせて、私の真ん中も激しく跳ねています。苦しい。
 恐る恐る、私も握り返してみます。ちらっと振り向いてくれたウィータ。へらっと笑いかけると、「まぬけ面」と鼻で笑われてしまいました。
 けどね。ちょっとだけど、目元に色がついていたから。

「うん。ありがと」
「礼を言われる意味がわかんね」
「んー。じゃあ、ウィータの、体温、もらって、ごめんね?」

 お礼が駄目ならと謝ったのに。「あほたれ!」と、がなったウィータに頬を引っ張られてしまいました。いひゃい。
 引き篭っている師匠ならともかく、ウィータだったら、もっと甘い台詞で語られ慣れててると思うのに。
 師匠よりも早い時間で解放はされました。上目に睨んでやると、溜め息をつかれました。

「良いか。ラスには絶対言うなよ」

 なんで、ここでラスが出てくるのでしょう。
 足元と壁には魔法灯が備え付けられています。煌々とまではいかないくとも、地下といっても、真っ暗ではありません。ウィータの顔も廊下も、しっかり見えます。
 未だ、挟まれた感覚が残る左頬を摩りながら、首を傾げてしまいます。

「ラス? そもそも、ラスと、手繋ぐ機会、ないよ。それに、ラスの場合、私、しゃべるより、ラスの行動、早すぎて、思考回路も行動も、ついていかないもん」

 そうなんですよね。ラスターさんやホーラさん含め。ラスも私が反応するよりも二歩も三歩も進みすぎて、ついていけないんですよね。会話はそんなことないんですけど、触れ方が。
 そう考えると、師匠って私の反応をちゃんと待ってくれるんですよね。瞼を落としたり、唇を尖らせたりするのはあっても、私の口から返事や考えが出るまで、待ってくれるのが多いんです。私がどう考えているのかを引き出してくれて、それに対してどう感じたのかを、ちゃんとくれる。当然、誤魔化すこともあるけど、その裏の感情は見せてくれる。

「まぁ……お前、ぼけっとしてるしな。気がついたら押し倒されてるなんてないようにしろよ」
「その点は、問題ないよ! 私、こーみえて、好きな人、以外には、警戒心、もりもり!」
「うそ、つけ」

 そりゃね。センさんやラスターみたく、旧友な男性には甘えっぱなしですよ? だって、私に艶のある感情を向けてこないって、わかりきってますもん。けど、アラケルさんみたく興味本位で手を出してこようとする方にはちゃんと暴言、おっと、抵抗してます。
 ウィータには詳細を語るわけにはいきませんからね。空いた腕を振り上げて気合を見せてあげます。
 なのに。ウィータは私の腕を掴み、眉間に皺を寄せました。うそつけの声色が、詰まって聞こえたのは気のせいでしょうか。

「ウィータ、知らないのに、うそつき、べぇ」
「べぇ、じゃねぇよ。ガキか。実際、オレ――いや、いい。行くぞ」
 
 長い溜め息に交じった硬い音は、ちゃんと聞こえなくて。でも、尋ねる前に、ぐちゃぐちゃっと前髪を掻き混ぜられてしまいました。
 再び、靴音が響きます。なんとなく、黙っているのが気恥ずかしくて、つい口を開いてしまいます。

「階段、もう、おりないよね。この階なの?」
「いや。こっからは転位魔法を使用して、特異な空間に飛ぶ。センとディーバが取りに行ってる鍵ってのは、空間同士を繋いでいる魔法陣を発動させる魔法書のことだ」

 なるほど、です。鍵って封印された部屋の扉を開ける道具だと思ってました。ゲームなら、鍵の真意を理解せず、延々と探し続けるパターンですね。こちらの世界にきてからだいぶ頭が柔らかくなったつもりでした。まだまだです。
 きゅっと口を結んだ私を不信に思ったのか。ウィータが振り向いてきました。

「転位魔法って、鍵いるですか。ししょーは、魔法陣の発動、だけだった。特別な場所、だから、鍵?」
「転位魔法つったって、どこかしこにも自由に移動可能なわけじゃねぇからな。基本的には印《ポイント》をつけている場所、もしくは干渉契約を取り交わしてある所だ。今から向かう部屋には封印が施してあるから、鍵として媒体にした魔法書も必要なんだ」
「そっか。結界内は、ししょーの、魔力満ちてる。それにね、南の森、守護精霊様が、契約、かわしてる言ってた」

 師匠みたく、私にも理解可能なよう、かつ丁寧に説明してくれるウィータ。魔法使いの弟子のくせに知らないのかと馬鹿にしてるのではなく、真剣な面持ちです。
 そんなウィータが嬉しくて。頷きにまぜて、繋がれている手に力を入れてみました。あったかくて、安心する手。
 握った力は関係ないのでしょうけれど。ウィータは口元を歪めました。

「げっ。南の森の守護精霊まで知ってんのか」
「うん。私は、数回だけど。フィーネたち、もっと、仲良しみたい。そうそう、ウィータが、子どもの頃の、話も、ちょっとだけ、教えてもらったよ」

 私の表情から、ある程度の内容を察したのか。ウィータは「あいつは、かわんねぇのな」と苦々しく呟きました。微笑ましく笑ったからか、ほんのり目元が赤いので、迫力はありません。
 ふふっと笑いを零すと、ウィータは大股で歩き始めました。
 ややあって、前方に薄っすらと人影が現れてきました。

「きたきた! おーい、ウィータ! 許可はとれたよ」
「ウィータもアニムも遅いのですぅ! 早く、魔法陣に乗るのですよ!」

 二人の声が耳に届くと、ぱっと離れたウィータの手。あまりにも、何事もなかったかのように離され、溜め息が落ちそうになってしまいます。
 けれど、ちらりと横目を向けたウィータと目が合います。片眉が落とされていたので、心情を察してくれたんでしょうか。ほんとに、そんな性分。
 気にしないでと、にへらと笑いかけます。ウィータは居心地悪そうに頬を掻きました。「こけるなよ」と差し出されたのは、かかとまである長い上着。
 いや。足元が心もとないかったわけじゃ……とは呆れ笑いが浮かびそうになったものの。ウィータの気持ちは嬉しいから。遠慮なく、腰辺りを掴ませて頂きました。だめだ、ふへへとか不気味に笑っちゃう。

「途中でサスラとメトゥスにつかまってな」

 少し進むと、廊下の奥からセンさんが手を振っているのがはっきりと見えました。ホーラさんが足踏みしているのも。魔法陣の上にいらっしゃるからか、靴音はこだましていません。
 足元から魔法陣の光を受けたセンさんは……かなり不気味な笑みに見えます。

「あれー? ラスと子猫たちは、だいぶ前に合流したのになぁ。なんの時間差だろう」
「セン、とっても野次馬。人の恋路を邪魔しない」
「ふぃーねが、恋の天使しゃんになるでち! しゅべてを破壊する、巨大ハンマーで、お邪魔虫は、ぶっつぶすのでしゅ!」

 フィーネの愛らしいお口から、ぶっ潰すなんて! お母さん、びっくり! 勢いよく振り下ろされた小さな手に、白目をむきそうになっちゃいますよ。
 って、うん? 恋天使のハンマー?

「フィーネ? なんで、恋天使に、ハンマー?」
「廊下の壁に、あいあい傘と天使の落書き、あったのぞ。んで、違うだれか思うのじゃけど、邪魔してやるって、あってにゃ。さらに、ハンマーで邪魔の文字、潰してる絵あったのじゃ」

 もしかしなくても、ラスターさんとセンさんが言ってた、恋天使とハンマーってフィーネのこと?! でっ、でもこの一回だけで使い続けるのも、ちょっとおかしいか。
 この古城に伝わる伝説でもあるのかも。

「へぇ、子猫ちゃんたち、よく見つけたな。俺、何度も通ってるけど、気付かなかったわ」
「ふぃーにすたちは、飛べるからにゃ。うえのほう、あったのぞ」
「あい! ふぃーねは、あにむちゃの恋天使なるでし! おまかせでち!」

 ラスの肩の上に立ち上がり、しゃきーんとかっこいいポーズをとったフィーネ。
 ラスがやたらと感心しているようですが、ここはスルーしておきましょう。

「うっせぇ。未来に帰る打合せだ。セン、邪推するなよ」

 よいしょっと、弾みをつけて魔法陣に乗ります。ウィータは、センさんたちの側にいっちゃいました。魔法陣の中心に、センさんとディーバさんがいらっしゃいます。淵にはホーラさんとラスたち。魔法陣は、がらんとだだっぴろい広間いっぱいに描かれています。
 フィーニスたちがラスの肩に乗っているので、私はそちら側へ行きましょうかね。と思ったのに。

「お前も、こっち」
「ぐぇ、ですよ」

 横から伸びてきた腕が、首に絡んできました。
 突然の衝撃。不意打ちで、いつも師匠に向ける声が出ちゃいました! ほっほら、蛙をつぶしたような声に皆さん、目を見開いて驚いてるじゃないですかい。帰る間際に変な印象を残したくないですよ。

「さらに地下へ飛ぶ魔法陣だ。お前、発動直前にはみ出そうだからな。真ん中にいろ」
「魔法陣、結構、大きいから、突然、魔法陣の外まで、すっとぶないよ。それに、急に、ふくれあがる、しないですよ」
「うっせぇ。黙ってねぇと、舌噛むぞ。それより、違う方法で塞いでやろうか」

 むすっと睨みあげても、一蹴されてしまいました。
 私より、魔法陣の上で笑い転げているセンさんの心配がした方が、いいと思います! ウィータには完全無視されているけれど。というか、私も、もう無視してる。ディーバさんから魔法書を受取、さっさと呪文を唱え始めてる。
 腕を組んでそっぽを向いた先では、ラスが苦笑していました。やっぱり、フィーニスたちの側にと踵を返そうとした瞬間、まばゆい光が地面を走りました。蛍のような光が、浮かび上がったかと思うと。

「目、つぶっとけ」

 ウィータの声に、ぎゅっと瞼をつぶります。瞼の裏側からもわかるほどの、白い閃光。襲ってきた浮遊感に、身体までかためてしまいます。
 腰が抜けそう。実際、膝の力が抜けかけましたが、肩に触れてきた支えのおかげで免れました。ゆっくりと目を開くと。横にいたのは、ウィータ。
 視線は魔法書に落とされています。綺麗、と呟きそうになり、慌てて口を塞ぎました。白い光の中、魔法書から溢れてくる夜行貝のような色に照らされているウィータは、とても神秘的です。風が起きているのか。寒さはないものの、長い髪が舞っています。もちろん、私のも。
 見とれた私を捉えたウィータは、口の端だけをあげて笑いました。

「ぼさっとしてる間に、着いたぞ」
「わーい! 始祖の欠片様! どんな術式を敷けばよいのですぅ?」

 ウィータの声は、ホーラさんのものに掻き消されます。大きな声が響いたのは、魔法道具がたくさん置かれた、先ほどの広間と同様の広さの部屋です。フラスコやら魔法書、それに地球儀みたいなガラス玉など、たくさんの道具。
 ただ、部屋の中央だけは開けています。大理石に見える床に描かれているのは、大きな円だけ。

――アニムと式たちは待っていて。他の者は円へ。余計な魔力を取り込まないために、基本形を整えてから、最後に媒体を取り入れるわ――
「はーい、はいなのですよ!」
「ホーラ、興奮しすぎて、異空間とつなげて、召喚獣とか招き入れないでね?」

 センさんが苦笑交じりに足を進めます。皆さんも、カローラさんに続いて円に入っていきました。ラスは持っていてくれたリュックを私に渡してくれました。お礼を述べると、後頭部を掻きながら踵を返します。
 しっ失敗したら、とんでもないとこに行っちゃうのでしょうかね。いやいや。カローラさんもいらっしゃるし、師匠とウィータもいるんだから、大丈夫。媒体である私が揺らいだら、それこそ危険でしょう。
 魔法を発動させたり、カローラさんから説明を受けたりしている皆さんを、遠めに眺めていると、ふと思い出しました。

「そういえば、フィーネたち、お話あるって、言ってたよね」

 私の前で浮いていたフィーニスたちの尻尾を、ちょいちょいと引っ張ると。二人の目がぎょっと見開きました。
 きょろきょろと、挙動不審にあたりを見渡しだしちゃうし。私、おかしなタイミングだったかな。

「ないなら、いいのだけど」
「ちゃっちゃんと、話すのぞ!」
「あるじちゃまのとこ、帰ったら! あにむちゃ、いっちょ、戻ってから!」

 フィーニスたちが後からが良いと望むなら、私に異論はありません。
 汗を飛ばして、右往左往する二人に頷き返します。言葉もなく、何度か頷き返した私に、フィーネはほっと笑って擦り寄ってきました。ふにふにと頬ずりしてくるフィーネに、ほろりと笑みが零れました。
 けど……だけど、フィーニスは浮かない表情で瞳を伏せています。赤ちゃんみたいな体型に見合わない眼差しに、息が詰まります。それは、記憶の中のあの子が、必死に何かを堪えている姿に重なったから。

「フィーニス?」
「うなっ! 瞑想じゃ! ふぃーにす、せーしん統一してたのぞ!」

 親指で頬をなぞると、びくりと身体が跳ねました。どこか怒った口調です。
 自分の中に沸いた、得体の知れない感情。もがくフィーニスにお構いなしに、抱き込んでいました。最初こそ暴れていたフィーニスですが、やがて、ぎゅっとブラウスを掴んできました。泣いているのか。全身の震えが伝わってきます。

「わかんにゃいのぞ。ふぃーにす、どーしたらいいのか、何が一番、ありゅじとあにみゅのためなるか、わかんにゃいのじゃ……! でもっ、でも! ちゃんと、言わなきゃなのぞ!」
「ふぃーにす、なかにゃいでぇ。ふぃーねは、ふぃーねになれて、ふぃーにすといっちょで、あにむちゃとあるじちゃまと、いっちょで、嬉しいにょ。それだけじゃ、だめなんでしゅか? あにむちゃは、ふぃーねたち、嫌いなっちゃうにょ?」

 あぅあぅと号泣する二人。直実に準備を進められる魔法陣から、皆さんが心配そうに見ているのがわかります。にへらと笑い、大丈夫と手を振っておきます。
 メトゥスの撃退以来続く、二人の不安定さはどこからくるのでしょうか。主である師匠と離れているからではなさそうです。師匠と合流した後からです、波ありですもん。
 とは言っても、私が二人を嫌いになる理由なんて皆目検討がつきません。いつも真っ直ぐて、優しくって、一生懸命なフィーニスとフィーネ。
 二人がいたから、私は異世界でも頑張れたと言っても過言ではありません。守りなくなる二人。けれど、いっぱい守ってもらった。大好きも嫌いも、怖いも楽しいも。全身で伝えてきてくれた二人がいてくれたからこそ、私も気持ちを出そうって、頑張れたのに。

「あのね――」
「アニム、こっちに」

 口を開きかけた私にかけられたウィータの声。術の準備が整ったのでしょうか。円しか描かれていなかった場所にはまばゆい魔法陣が描かれていました。七色の光が走る床。魔法陣の周囲だけが切り取られた空間のように、神秘的です。
 ほぅっと見とれたのは一瞬で。魔法杖を片手にしたウィータに手招きさえ、反射的に一歩踏み出します。

「あにみゅ、ごめんなのぞ。いくじょ」
「うっうん」

 ぐしっと涙を拭ったフィーニスに促されたのもあって。足元においてあったリュックをひろい、魔法陣の中央に駆けます。二人を片腕に抱いたまま、魔法陣に飛び込むと。全身が毛わだちました。鳥肌が立ちます。寒いのに熱い。不思議な空気が全身を駆け巡ります。
 カローラさんに促され、リュックを足元に置きます。

――ではアニム。魔法陣の中央に立って。ネックレスを握って、強くあの子を想って。そう、他の子たちはそのまま、アニムを取り囲むように。ウィータはアニムの正面に。式たちは上空、私の前に。私を囲うように手を繋いで――

 ほろほろと流れる涙をそのままに。フィーニスとフィーネは羽を広げました。いつもはふわふわとしている羽が、今は透ける様になり、色を流しています。綺麗だけど、泣きたくなるような美しさ。
 まだ、二人から溢れる熱い雫が降り注いできます。魔法陣に染みるたび、まるで泣いているような音が鳴り、耳に届きました。まるで、あの夢の中の懺悔のように。
 私、知っている気がする。二人を見上げた頬に触れる熱さを。夢の中より前に。
 ごめんなさいって声が脳を揺らす。純粋な雫。やっぱり、フィーネたちは召喚獣《あの子》の魂を持っているのでしょうか。
 顎を伝って落ちたのが、フィーネとフィーニスのものなのか。自分のモノなのか、わかりません。わかるのは、苦しいっていう想いだけ。それはどこか、私が元の世界を捨てて、この世界に残りたいと願う気持ちに、似ている気がしました。
 師匠の式神として生まれたフィーネとフィーニスが、何故、そこに重なる感情を流すのかは、わかりませんけれど。

――アニム、集中して。ウィータは、さっき説明したとおりの詠唱を――
「あぁ」

 鋭く降り注いだ、カローラさんの注意。
 フィーネとフィーニスをとらえる私の視線を、ただ一人見ていたウィータは、掠れた返事を出しました。他の皆さんは、瞼は開いていますが、瞳の色から詠唱に意識を奪われているのがわかります。
 見えているけど、見えていない。

「ししょー。ししょー。私の、唯一の人。大好きなひと」

 胸のネックレスを握り締め、ありったけの想いを言霊にします。

「ぅっ」

 瞼を閉じているはずなのに、走っていく映像。逆再生のように、時をさかのぼっていきます。師匠と過ごした思い出。結界で生きた記憶。全部がものすごいスピードで流れていく。
 調理場で、ベッドで、談話室で。調合室で、水晶の森で、きのこ狩りで、玄関先で、湖で。師匠と生きた、何気ない瞬間までが、私の中にあるのを、感じる。生きてきたのは二十ちょっとで。だけど、師匠と過ごしたのは、もっと短くて、たった二年で。
 でも、どうして?
 たった、二年なのに。ましてや、想いが繋がったのなんて、たった数ヶ月前。詰まってる。気持ちが、重なってる。二年で、それまでの人生を捨てるのかと責める声はあるけれど。薄情者って罵ってくるのはわかってるのに。たぶん、出会って「悪い、悪い」って軽く笑われた、あの瞬間からずっと、恋に落ちてる。やけに嬉しそうな笑みに、心奪われたんだ。それが、私じゃなくっても。
 どうしたって、大好きが、溢れてくる。時間なんて関係ないの。

「私、あなたが、好き。どーしようもないくらい」

 気持ち悪い。吐きそう。胃がねじれているような不快感。
 でも、会いたい。師匠に会いたい。大好きな師匠と、笑いあいたい。

「あに――、む、アニム!」
「ししょ……?」

 聞きなれた声。ウィータと同じだけど。違う感情がこめられた私の名を刻む音。
 瞬きを繰り返した先にいたのは、半分透けた師匠でした。あぁ、ひどい顔色にぼさっとした髪。澄んでいるけど、冷たいわけじゃない大好きなアイスブルーの瞳。
 目を見開いたウィータを半分映した師匠が、確かに、私を射抜いていました。

 


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