引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い13


「もう! 荒野戦の功労者であるあたしを無下にするの? あれで、すっかり魔力撃ち果たして、なかなか回復しないんだから」
「お前が自分でやるっつたんだろうが。大体、魔力補填はメトゥスに任せると、ついさっき告げたはずだ」

 ゴージャスな女性は豊かな胸を強調するような姿勢で、ウィータを睨んでいます。強調どころか、大きく開いたシャツからはみ出してますよ、お姉さま。
 はっ! 師匠は巨乳さんが好きだったはず。ということは、ウィータもですか。
 前に立つウィータを、恐る恐る覗き込んでみます。胸をがん見してたら、昇天しちゃう自信があります。が、ウィータの視線は、メトゥスらしき青年にだけ向けられていました。しかも、すっごくけだるそう。

「あれ? 見慣れてるからとか?」

 後ろから覗き込み、一人熱を上げたり冷えたりしていると。ウィータがへの字口を向けてきました。そのまま、ぐいっと後ろに押された額。私について、説明するのが面倒だから大人しくしておけという合図でしょうか。
 気がつけば、ラスもウィータの横に立っていました。ラスは結構長身だし、ウィータもラスやセンさんまでではないにしても、高い方です。壁みたい。
 あぁ、そうか。ぞくりと背筋を走った悪寒を思い出します。私でさえ気がついた殺気を、二人が察していないはずない。

「ウィータ様、後ろの女は?」

 女性は私に興味はないようで、ずっとウィータに熱い眼差しを向けています。ぎらぎらとした。ですが、メトゥスは敵意を隠しもせず、するどい目つきを投げてきます。ウィータが私の手首を掴んだ、あの瞬間からずっと。
 腕の中でふしゃーと毛を逆立てているフィーニスとフィーネ。よほど高ぶっているようで、小さな爪が加減なく腕に食い込んできます。

「拾った。だが、すぐに帰る」
「おまっ……もうちょっとましな言い方しろよなぁ。まるでオモチカエリのヤリニゲみたいじゃねぇか。っていうか、あれか。こっちの口調のが、普段のお前だもんな。この時間がおかしかっただけで」

 拾ってくれたのはラスみたいだけれど、間違ってないですよね。ちょっと頬が引きつっちゃったのは、しょうがない。
 それにしても。これがホーラさんがおっしゃっていた、必要以上にしゃべらないウィータなのか。あっ、でも。ひらひらと、顔の横でけだるそうに振られている手は、なんだか可愛いので嫌味な印象は受けません。
 
「オモチカエリに、ヤリニゲ?」

 ラスの言葉の一部、発音――音自体は理解出来ましたが、意味までは知らない言葉です。つい、知らない単語をオウム返しにする癖が出てしまいました。
 腕に抱いたフィーニスたちも、一緒に首を傾げているのが見えました。こちらもつい癖で、師匠に尋ねるようにウィータを見上げてしまいます。きょとんと、あほ面で。
 ウィータは眉間に皺を寄せて、頬をぺちぺちと叩いてきました。痛くないしどっちかと言うと気持ちよいけど。変な感じにひりひりする。主に、女性の視線が。

「お前は忘れろ。二度と口にするな。師匠とやらが卒倒するぞ。そんでもって、お前、いいのかと尋ねられてうっかり頷きそうだからな。お前の口から出たら、大概の男には猛毒だ」
「猛毒! 呪術ですか! 私、忘れるです。ぽい、するですよ!」
「うん、まぁ。ある意味な。つか、その片言自体が、お前の雰囲気を助長してるだろ」

 溜め息をついた後、何故かラスの後頭部を思い切り叩きました。わぁ、良い音が響いてる。時間差攻撃ってやつですね。
 ごめんなさい。私は自分への言葉を解読するのに必死です。片言だから、子どもっぽく見えるならわかるけど、猛毒とは。

「いってぇー! なにすんだよ、ウィータ! 俺の素敵な後頭部が変形したらどうしてくれる!」
「なによ。ラスの頭の変形なんてどうでもいいのよ。あたしの疼く身体のが問題でしょ」

 頭を抱え込んでしゃがんだラスから、悲痛な叫び声があがりました。言い訳の内容からして、余裕はありそうです。よかった。
 ぎゃいぎゃいと騒ぐラスと、間近で聞いているにも関わらず耳を塞がないウィータ。ウィータは非常に面倒臭そうに視線だけを横に流しています。女性がウィータの腕にしがみつくと、深い溜め息をつきましたけど。

「にゃあ、あにみゅ! めとぅすのやつぞ!」
「あいちゅ、今のうちに、やっちゅけまちょ!」

 フィーニスたちの気持ちもわかります。私だって、師匠に傷を負わせ、私たちを過去に飛ばす要因となったメトゥスは、絶対に許せません。でも――。
 黙っている私に痺れを切らしたのか。ぐっと、爪が腕に食い込んできました。おぅ。結構、というか、かなり痛い。ブラウスの袖にも、穴があいたもよう。二人は無意識でしょう。ぐっと堪えます。階段の真ん中にいる皆からちょっと離れ、踊り場に降りましょうか。

「私もね、フィーニスとフィーネと、一緒の気持ち。でもね、カローラさん、言ってた。未来のこと話すは、この時代の、未来に、影響出るかもって」
「みらいに影響出る、どうなるのじゃ?」
「私にも、具体的、わからないから、予想だけど。もしかしたら、私、ししょーと出会えない、かもだし。フィーネとフィーニスも、生まれてこない、なっちゃうかも」

 幸い、ラスや女性が大声を出しているのと、距離をとったおかげで、私たちの会話はあちらには届いてないようです。
 掌に乗せた二人が、しょぼんと項垂れちゃったのはかわいそう。二人にもわかりやすいようにと選んだ例は、残酷だったかもです。けれど、実際、カローラさんがおっしゃっていた理屈も理解出来ますもんね。 

「ウィータ様のご判断は当然だ。あぁ、ラス様。ウィータ様の視界から即刻消えてください。下品な空気はウィータ様には、まさに猛毒です」
「ったく。ラスはガキの前でおかしな言葉使うな。とはいえ、メトゥスも上官に対して言いすぎだ」

 胸に抱きついてきた二人の背中を、とんとんと撫でてあげていると。ウィータが止めに入りました。ウィータに軽く諌められたメトゥスは、しゅんと目に見て明らかに肩を落としています。耳がついてたら、絶対にぺったんこになってますね。この時代のメトゥスは、まだ純粋にウィータを慕っているよう。
 一体、どこで道を誤ってストーカーになっちゃったんだか。
 でも、ウィータに軽く背中を叩かれると、しゃきんと復活しました。そんなメトゥス――いえ、『眼前の彼』を憎むことは出来ません。私は、表面上だけに左右される……人の本質が見抜けない愚者なのでしょうか。

「うん? さりげなく、私、また子ども扱い、された?」

 知らない単語だっただけだもん! しかも、ラスのアクセントにも癖があったし!
 そりゃ、さっきセンさんが百年後に大樹が目覚めるって言ってましたから、今の時点のウィータだって百六十歳ほどでしょうから。自分へ向けられた意味は組めなかったけど。ラスへの言葉はさすがにわかりましたよ。
 周囲にあんなお色気むんむんな女性がいれば、化粧もしてない上、ぼけっと間抜け顔してる私なんて、眼中にないでしょうけど!
 少なからず、ウィータが私を心配してくれたのは伝わってきました。でも、むかむかと腹が立ってきて。
 もう、いいや。先にいっちゃおう。

「おい、待てよ。とにかく、サスラ。メトゥスはれっきとした魔医療班の一員なんだ。年若いとはいえ有能なのはオレが保障するし、軍に身を置く以上は規律は守れ。欲求不満だからって自分の色を入れるな」
「ウィータって、ほんとデリカシーがないわね! それに、わかってるんだったら、相手してよ! ラスに頼んでもいいのよ。それでもいいの?!」
「あー、悪い。俺も忙しいんだ。じゃあ、メトゥス頼んだぞ」

 背後から聞こえてきた女性の台詞はともかく。自分ワールドっぽいウィータから、規律や年長者らしいのが少しおかしくて。ついつい、笑ってしまいました。追ってくるウィータには気付かれてはいないと思いますけれど。
 とはいえ、隣に並ばれて、わずかに恨めしい視線を投げたのは許して下さい。

「んだよ、その目――つか、服、どうした。さっきまでは破れてなかったろ」
「え? あぁ、うん。だいじょーぶ」

 ほんと、師匠みたく、関心ないようで細かい部分まで見てるんだから。
 違う。わかってる。
 女性への注意はデリカシーなかったけど。さっきのも私を気遣ってくれた結果で、ラスを叩いたんだって。メトゥスを庇っていたのだって、彼なりの気配り。周りに興味がないなんて、うそばっかり。

「たぶん、カバンのチャックとか、引っ掛けた、だけ、だから」

 師匠も横暴なようで、旧友さんたち以外には、年長者の顔してましたもの。あのアラケルさんにだって。だけど、今の私にはウィータの優しさは、それこそ猛毒なんです。師匠じゃないウィータに、甘えてしまう。心細いと、縋ってしまう。駄目。召喚された時よりは、全然恵まれた環境なんだから。こっちに来た時でさえ、恵まれていたのは承知しています。でも、全く知らない世界に来た状況の心細さに比べたら!
 だから。問題ないと、へらっと笑いを浮かべたのに。ウィータは首を傾げるフィーニスたちを自分の頭に乗せ、半ば強引に袖をまくってきました。強引なのに、ひどくない。

「おい、ウィータ! 女の子の袖を捲くるなんて! って、アニム。腕の傷、どうしたんだよ。真っ白だから、余計痛々しく見えるな。うわ、結構深くね?」
「ラス、やめとけ」

 おっと。ラスってば、心配してくれるのはありがたいですけど、大げさな表現はやめてくださーい。ここ二年、年がら年中長袖来てましたし、大方の時間を過ごす水晶の森は雪やら雨が多いので、日に焼ける機会は少なかったのは事実ですが。
 うげっと口元が歪んでしまうのと、ひょうっと可愛い叫びがあがったのは、ほぼ同時でした。ウィータの頭上から腕に飛び降りてきた二人が、悲痛な面持ちで傷を見つめてきます。ウィータに手首を掴れているので、隠すこともかないません。

「こりぇ、しゃっき、ふぃーねたちが、ぷんぷんしてたかりゃ、おつめが! いちゃいよね? ごめんちゃい!」
「ごめんなのぞ、あにみゅ! ふぃーにすたち、全然、気付かなくて! 真っ赤で血が出てるのじゃ! ひょう! あにゃが!」
「二人とも、大丈夫だから。泣かないで? ほら、えっと、二人の可愛いつめなら、いつでも、歓迎だよ!」

 私の馬鹿。もっと気の利いた慰めは出来ないものか!
 あぅあぅと、涙を浮かべるフィーネとフィーニス。一生懸命、ぺろぺろ傷を舐めてくれます。染みるけど、私はそんな二人の気持ちが嬉しいんだよ?
 空いた手で二人の喉をくすぐって上を向かせますが、腕を濡らす涙はおさまってくれません。

「おい、子猫たち。そんなに泣いたら、涙が傷にしみるぞ」
「ありゅじ……」

 取り様によっては、ウィータ言葉はきつい。でも、端整な顔には優しい苦笑が乗っています。フィーニスたちも、ウィータの声色の意味を感じ取っているのでしょう。私の腕にはしがみついたままですが、しゃっくりをしてぐっとお口を引き締めました。
 そんな二人に目を細めたウィータ。「良い子だ」と小さく呟くと、光を纏う指で傷をなぞってきました。

「んっ」

 熱いと身体を竦めたのは一瞬で。傷を刺激した温度は、すぐに心地よいものへ変わっていきました。何本か走っていた線や刺し傷は、あとかたもなく消えていました。
 むしろ、なんか肌の艶がよくなったような。解放された手首を残念に思いながらも、つい感動の声があがってしまいます。さすが、ウィータ! 詠唱なし!
 なによりも。ほっとした顔で傷があった場所に頬ずりしてくれるフィーニスとフィーネが可愛すぎて! によによと、締まりない笑みが浮かびます。ウィータには呆れた顔で眺められました。

「ありがと、ウィータ。ラスも、心配してくれて、ありがとね」
「いや、子猫ちゃんたち傷つけて、悪かったよ。しかし、なんだって、そんなに腹を立ててたんだ? アニムに手を出してた俺にさえ、甘噛みする程度だったのに」

 申し訳なさそうに頭を掻いていたラスが、二人の頭を撫でてくれます。うん、あれは甘噛みじゃなかったんですけどね。力の限りだったけどね。
 大人しく、というか割と気持ち良さそうに糸目になっていた二人が、はっとしたように頬を膨らませます。リスみたい。そのまま何度か頭を振った後、ぷはぁと息を吐き出しました。フィーネたちなりに、言葉を飲み込んだのかな。

「ふぃーね、あいちゅ、きりゃいなのでしゅ! めとぅすなんて、ないないでち!」
「ふぃーにすもなのぞ! ありゅじやあにみゅに、ひどい、いっぱいしたのじゃ!」
「ごっごめん! その、未来で、色々あって。でも、気にしないで」

 具体的な言葉は我慢出来たようですが、怒りまでは押し込めなかったようですね。
 眉を跳ねた二人。慌てて腕から剥がし、抱きしめました。ちょっとぎゅうぎゅうしすぎて、肉球でてしてし叩かれちゃったけど。
 ぷみゃぁとあがった声には、頭を撫でてお詫びしておきました。



読んだよ


 





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