引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い11


「よっ……よかったね、ウィータ。ぶほっ。将来は、熱烈に、愛されててさ」
「未来のウィータちゃんは、頑張れる子なのね」
「うっせぇ! 魔法使いとして頑張りどころが、ちげぇだろうが! どうせ弟子にするなら――」

 センさんとディーバさんの慰めに、耳まで染まったウィータ。やっぱり、ディーバさんの言葉には顔色、変えるんですね。
 しかも、後に続く台詞は容易に予想可能で。一瞬だけ、しょんぼりしちゃいました。目ざとく視界に入れていたのか。ウィータが、ぐっと言葉を飲み込んだのがわかりました。勢いだったってやつですかね。
 やっぱり。心根は師匠と同じで、残酷なくらい優しいんだから。今しがた出会ったばかりの人間なんて、全面的に否定しちゃえばいいのに。出来ない貴方。
 そんな無責任に、私を好きにさせないでよ。「魔法に特化した弟子をとるだろ!」とか「まだ、外見だけでも可愛い女のがましだ!」って、私を全否定しても良いんですよ? というか、してくれた方が、私も割り切れるのに。
 絡み合った心が、そのまま笑みに乗ったのがわかります。心でだけではなく、実際、上手く笑えてないかもしれません。でも、笑った者勝ちです。

「ウィータは、ずるいね。はっきり、私の存在なんて……何もかも、否定してくれて、いいのに」

 ぽつりと。湿った声で漏らした呟き。たぶん距離的に届いていたとしても、ラスやウィータくらいにしかの、声量でした。
 ウィータが否定したって、師匠の過去だからって、泣きじゃくったりしないのに。むしろ、早く師匠の元に帰りたいって気持ちをわかせてくれるって考えた、ずるい私を肯定してくれるのにね。

「今思えば、召喚された、直後、私は――きっと、そうやって、ししょーの心に、滑り込んだの、だから」

 きっとね。召喚後に向き合った私は、今と同じで可愛くなくて。それがどう変化していくのか、ウィータ《ししょー》の興味をくすぐったのかもしれない。だから、私は過保護に違いない、庇護を受けられた。ウィータが知っている私とは違う、私。私が一緒に過ごしてきた師匠とは異なる、ウィータ。
 けれど、やっぱり、ウィータの優しさを感じられて。へにゃんと笑いかけてしまいました。もう一度、ずるいと口にすると。ウィータは苦しげに、私から目を逸らしました。
 ごめんなさい。これじゃ、私に興味のないウィータをだしにしているだけですよね。
 ウィータは怒った風もなく、ただ、気まずい調子で首筋を掻いてます。あぁ、また。そんな姿が、私の胸を締めつけるんだ。どうしたって、師匠はウィータ、ウィータは師匠という現実を突きつけてくる。
 師匠は、一体私のどこを好きになったんでしょうか。
 過去に未来の自分の想い人として出会った責務から? 単に接触をはかろうとしていただけの人間を、誤って召喚してしまったから?

「私は、あなたのこと、ただ、優しいから、好きになったんじゃ、ないの」

 だれに伝えるのでもなく、口の中で消した想い。師匠だけじゃなくって。ウィータを含めた貴方。ぼんやりとだけど、ウィータも師匠だなって感じたんです。
 確かに。師匠は無条件に私を守ってくれたと思っていました。それに黙って依存していたのは否定出来ません。けど。だけどね。ただ、無条件に保護してくれていたわけじゃない。そんな師匠を好きになったんじゃ、ないの。……今更、気がついた。
 南の森で、無条件に優しくしないでと、ひどいことをいった私。師匠は、ちゃんと私を見てくれていたのに、私は――。
 私だって、優しいだけの師匠を好きになったわけじゃない。

「難儀な、性格です。でも、だから、周りに、あったかい人、集まるんですね」

 私のことなど知らない、ましてや未来の自分と繋がりがあるなんて信憑性もない戯言ををかまされたウィータは、私と目を合わせて、お前はオレの領域にいないって断言して否定でも良いのに。そうしない。
 嬉しくて、悲しくて。絡み合った感情をよそに、笑みは深くなるばかりです。
 突き放されているのに。ばかみたいに微笑みを蕩けさせる私は、ウィータからしたら奇妙なことこの上ないでしょう。
 横目で私をとらえていたウィータは、口を覆って、舌打ちをかましました。でも、迫力はありませんよ? ほんのり。人にはわからないかもですが、私には見て鮮やかに染まってますもん。

「ウィータってば、ひどい男なのですよぉ」
「本当に。ぷっ。いやぁ。女性、しかも女の子に形無しなウィータなんて、ディーバとホーラ以外じゃ、はじめて見たよ」

 ホーラさんとセンさんが、ウィータの後ろから、やいのやいのとからかいます。奇妙な表情をしているだろう私も見ているので、本当に冗談半分だとはわかります。 私も思わず、大きな笑いが零れてしまいました。

「でも、こればっかりは、私の、自業自得、ですから、仕方がないです。まさに、しっぺ返し」
「えー? アニムが可愛げないとか、ウィータってば、女を見る目がないよなぁ。あれか、普段から、受け身一方だからか」

 ウィータからの態度は本当に自業自得だとして。どちらかと言うと、ラスの言葉の方がショックなのですよ。でも、さっきの呟きはラスには聞こえてしまっていたから。十中八九、私を庇ってくれたのでしょう。
 ショックを見せないようにと、目を据わらせておきました。ウィータがぎろりと睨んだのは、ぶすくれた私ではなくラス。なぜに。ウィータの意図が知りたいとディーバさんに向き直ったのですが。ディーバさんは、ただ静かな微笑をくれただけでした。いやはや、本当に可愛いというか華憐です。見惚れてしまいます。

「おい、ラス。可笑しなことを言うな。オレはお前みたいに安くねぇ。アニムは、面倒くせぇから勘違いするんじゃねぇぞ」
「勘違いするな、ねえ。すでにオレの女的発言じゃないか。あー、やだやだ。可愛くないって宣言しておいて。オレは、アニムの性格も外見も可愛いって、思ってるからな? つか、長い人生初の一目惚れ的な?」

 ラスにウィンクされ、一気に全身が沸騰していきます。真っ赤になって慌てているのが、余計に恥ずかしくて、さらにです。ラスに噛み付こうとしているフィーネたちを抱きしめて、抑制することしか出来ません。
 ウィータに対抗したいだけの冗談なのは百も承知なのですよ? でも、男性に真っ直ぐに誉められた上に、一目惚れとか口にされ、「その手には乗りませんことよ」と大人力フル活動で交わす能力は持ち合わせておりません。
 何か言わねばと思考を巡らせるほど、挙動不審になっちゃいます。

「いやいやいや! だだだだって! 私ってば、好きな人の、過去にも、可愛くない、突っぱねられる、女だよ?! あのね! ラスが冗談は、理解だけど、でも、えっと!」
「俺、口調は軽いかもだけどさ。冗談じゃねぇよ? 気を失っているアニムの透明感にもやられたけど、やっぱさ、起きてるアニムの瞳に打ち抜かれたってーか、性格が好きっていうかさ。真っ直ぐに見つめられて、心臓掴まれたんだ」
「あの、その、もったいない、お言葉で」

 真っ直ぐに見つめられ。どどどっと、凄まじい効果音を伴って心臓が打ち鳴ります。いやいや。ラスの軽い笑みから、からかわれてるだけってのは充分に伝わってきますけれどね! 
 女としては純粋に嬉しい言葉の数々は痛み入ります。でも、満面の笑みで手を握ってこないでくださいませ!

「ほら、可愛いじゃん。いやぁ、嬉しい反応だなぁ」
「ラス! 冗談でも、微塵なる本気でも、嬉しいのは、嬉しいけれど! そろそろ、お口に、チャック、ですよ!」
「アニムはもっと自分に自信持つべきだと、思うけどな。周囲にほんきでくどく奴いないのか? 未来の俺は、違うのか?」

 ぎゃっ! また!
 しかも、艶っぽい笑みで髪を撫でられ、私のキャパは限界を向かえます。限界に達する前に、いつも師匠が止めてくれてたんですね。とか、今わかりましたよ! これは、フィーニスたちを解放し、守護神になってもらうべきか! いやいや、他力本願ではなく、ノーと言える異世界人にならないと!
 混乱マックスになった私は「恐縮です!」と意味不明な言葉を吐いて、右手を振りかざしました。

「いってっ!」
「ごっごめん、ですよ! 心臓、限界! って、私じゃない?」

 確かに髪を滑る感触はなくなったのですよ? 閉じていた瞼を開いても、ラスは額を押さえて悶絶していますし。でも、私の腕を振り上げられたままです。
 はてと。漏れ聞こえてくるセンさんの笑い声を横に、あたりを見渡すと。凶悪顔、しかも笑顔バージョンではなく、目を据わらせて静かな怒りを纏っているウィータが、魔法杖を振り下ろしていました。てか、いつの間に魔法道具練ったんですか!

「ぐだぐだ、余計なことばかりぬかしてねぇで、とっとと話を進めるぞ」

 熱も下がらぬまま、ウィータを見上げると。今度は、私が睨まれました。おまけにと、流したままの髪の先を掴れました。ついっと、引っ張られた感覚が、苦しい。
 きゅっと口を結んだのは、睨まれてるだけじゃなくって。ウィータが言葉を飲み込んだように、喉を鳴らしたから。思い切り眉をしかめて、でも、髪のさきっちょを握る手つきは柔らかい。いじけてる、子どもみたいなんだから。
 ラスのお世辞も女子としては嬉しかったのです。でも、やっぱり、私は――。

「ごめん、なさいです。媒体探し、でした」
「お前も、隙が多すぎだ。俺の弟子なら、もっと警戒心を持って男と対峙しろ。良いように利用される可能性もあるだろうが。大体、人の心を揺さぶっておいて――ラスにばかり、んな反応しやがって」
「そんな、反応?」

 警戒心云々は、最初の頃から師匠に口酸っぱく忠告されてましたっけ。懐かしい。
 じゃなくって。ラスへの反応とは。真っ赤になるっていうやつですかね。でも、ウィータは私のこと可愛くないって捉えているのだから、赤面されたところで、なんとも思わないでしょうから。違うか。
 自分が染まっているのを再認識し、恥ずかしさからつい髪をいじってしまいます。片腕ではフィーネたちを抱いているので、右頬しか髪で隠せません。ぐぬ。涙目にはなっていないはず。

「だから。あぁ、もう良い。理解しねぇ奴に注意するだけ、時間が無駄だ」
――私、理解したわ。一連のアニムの反応は、所謂、人間の男性が抱く女性を『抱きしめたくなるような反応』というやつだったかしら。庇護欲なのか欲情なのかまでは、判断つかないのだけれど。人間感情に関する情報だから、少し引き出すのに手間取ってしまったわ。それにしても、次元を越えているから、作業が鈍くなっているのかしら――

 カローラさんの淡々とした口調が、これまた羞恥をくすぐりますね。ははっ。
 といいますか、そういう発想に至ったということは、つまり。ウィータが私をそう思ってくれたってこと?
 やっぱり、嬉しいな。私の鼓動は無責任に早まっていきます。どきどきして、口から飛び出してきそう。師匠が思ってくれるのも幸せだけど。可愛くないって口にしたウィータに、ちょっとでもそう思える瞬間があったのなら。
 目元を染めてカローラさんを掴もうとしているウィータ。ディーバさんの言葉に反応したように、私にも動揺してくれたのなら、嬉しくてたまらない。
 思わず蕩けていく頬。
 ただ、そんな私を見て、瞳を三日月にしているホーラさんとディーバさん。
 
「ほんと? 可愛くないって、言ったのに。でも、ウィータが、そう思ってくれたなら、嬉しいな。って、違うです! 横道逸れるは、これまで、ですよ! カローラさんも、どれが媒体いいか、教えてください、ですよ」
「お前……それ、全っ然、軌道修正になってねぇって、わかってんのか。この天然爆弾発言娘め!」
「罪な女なのですよ、アニム」

 自分の暴走を棚にあげて、カローラさんに責任転換です。って、また桃色にちかちか光ってるし。絶対「あらあら、うふふ」と見守られてますね。
 ウィータから聞き覚えのある単語が落とされました。が、ウィータにぐいぐい頬を引っ張られ、いつだったのか思い出す余裕はありませんでした。師匠の真似でしょうか。

――そろそろ、あの子からの通信が届く頃合でしょうから。媒体と術の説明をしておくわ――
「時間稼いでたなら、きちんと説明しておけ」

 ウィータのぼやきはごもっともです。なんだか、無駄にぐったりしちゃいました。
 師匠の真似だったのか。ウィータに引っ張られた頬を摩っていると、センさんが小刻みに震えだします。センさん、ひどい。師匠ほど加減されず、結構痛かったんですから。
 
――まずは、アニム自身とネックレスが一番の媒体ね。それがあるからこそ、過去と未来が繋がる。それに、通信機の欠片、花飾り……つまりは、持ってきた物全てが使えるかしらね。アニムの所有物は、魔力も存在値も特殊な物質ばかりだから。あとは、あちらの世界に落としてきたリボンも利用出来るかしら――
「そういえば、いつもしてるリボン、フィーネ追いかける際、落としてきたかも。フィーネのと、お揃いで、一枚の生地から、作ってもらって、もんね」
「でしゅの。いちゅも、あにむちゃと、おしょろいのお色、つけてもらってるにょ」

 師匠がくれた桃色のリボン。フィーネの首に巻いてあるのと同じ素材です。
 確か、ディーバさんが作ってくれた特注品に師匠が魔法をかけたものだと、当初に教えてもらいましたっけ。何本か同様のリボンを作ってもらいましたっけ。
 フィーネを抱きかかえたウィータは、物珍しそうに見つめています。フィーネはちょっと照れくさそう。ほっぺを押さえて、耳をぴこぴこ動かしています。可愛いなっ!

――ウィータ。この建物の地下に魔法陣を敷いた部屋があるわよね。そこに移動して、貴方たちに、とある術を発動させてもらうわ――

 ひらひらと、華麗に舞ったカローラさん。フィーネの脇を抱えていたウィータが、言葉なく頷きました。訪れたことのないはずの場所で、魔法陣のある場所まで特定できるなんて。始祖の欠片は伊達じゃないと! 強力な魔力が溢れているのかな。
 特に皆さん突っ込まれていないので、カローラさんがすごい存在だというのは承知されているのでしょう。センさんとディーバさんは始祖の存在自体ご存知ですし。ホーラさんは、感動いっぱいというオーラを纏い、両手を組んで瞳を輝かせていらっしゃいます。

「わわっ! 始祖の欠片から術の依頼なんて!! 一生に一度、ない確率のが高い、誉れなのですよー!」
「なんか、偉そうだなぁ」

 あっ。ラスだけは違った。あまり興味がないのでしょうか。立ち上がって、思い切り伸びをしています。皆さん、立ち上がり移動の準備を始められていますし、私もリュックに荷物をしまっておきましょう。
 フィーニスもよいしょよいしょと、はみ出ていた物を運んでくれました。自分の体と同じくらいか、それ以上に大きいのに。ありがとう、と頭を撫でると、フィーニスは恥ずかしげに「当たり前なのぞ」と汗を拭きました。可愛いのう。ちょいちょいっと、垂れ耳側に指を潜り込ませると、うなっと甘く鳴かれました。はぅ!

「じゃあ、僕とディーバは最上級術師《せきにんしゃ》に、軽い現状説明と地下室の使用許可をとってくるよ」
「えぇ。ウィータちゃんたちは先に地下へ行っていて?」
「善は急げ、なのです! ディーバ! ささっと鍵を受け取ってきてくださいなのです!」

 ホーラさん、センさんとディーバさんの腕を引っ張り、ドアから押し出してしまいました。ついでに、私たちのことも手招きしていらっしゃいます。
 フィーネとフィーニスは、ウィータの肩に張り付いて、ふにふにすり寄っています。フィーネばっかり抱っこしてもらって、フィーニスはやきもちを妬いちゃってるんでしょうね。ただ、師匠と違ってウィータは髪が長いので、ちょっとくすぐったそうです。
 よし。私もリュックしょっていきましょうかね。歩き始めたウィータを追うため、リュックに手を伸ばしたのですが。さっと、横から伸びた腕にさらわれていきました。

「ラス? 私、自分で持つから、大丈夫だよ?」
「良いって。目が覚めてから話っぱなしだし、体力も回復してないだろ? 甘えておけよ」

 軽くウィンクして、リュックを肩にかけたラス。私の返答も待たず、さくさく歩き始めてしまいました。おぉ! これが! スマート男子!!
 ラスの言う通り、ちょっと体がだるくはありますが。ぼけっとしている場合じゃありませんね。扉の前で私を見ている二人の視線に、はっと我に返ります。

「らすしゃん。お花飾り、入ってましゅの。おとしゃないでくだちゃいね?」
「おー、任せておけ!」
「魔石、また割れたら、あにみゅが泣いちゃうのぞ」

 ウィータの頭の上からフィーネとフィーニスが、ラスにお願いしているのが聞こえました。フィーニスの心配はちょっと恥ずかしい。ここ最近、涙腺が緩みまくってますもんね。ぎゅっと引き締めなければ。
 でも、きっと。師匠の顔を見たら、号泣しちゃうんだろうな。
 出た廊下は、石造りでした。外国の昔のお城みたいですね。水晶の森ほどはありませんが、少しだけ肌寒いですね。土っぽい匂いですが、嫌な感じじゃなくって。むしろ、懐かしい匂い。お母さんが土いじりをしていたような。

「ラス、ありがと。じゃあ、お言葉に、甘えちゃう。帰る前に、私に、何かお礼できるのあれば、言ってね?」
「まじかー! じゃあ、お別れの口づけでもしてもらっちゃおうかなー!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ。荷物ひとつで、恩着せがましい男だな」

 予想外に会話に加わってきたウィータに、ちょっと驚きつつ。二歩ほど前を歩いているウィータを見つめてしまいます。こちらは、案の定と言うか。目があったウィータには「んだよ」とぶっきらぼうな声を投げられてしまいましたけれど。
 師匠の拗ね交じりよりも、鋭いのに。物凄く心をくすぐられて。締まりのない笑みを、浮かべてしまいました。




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