引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

27.引き篭り師弟と、辿り着く処6

「とっとと」

 前につんのめり、こつんと硬い音が鳴りました。
 ふわりと吹いた風に、髪とスカートが舞い上げられます。太ももを撫でてきた涼しさに、一瞬身が竦みました。ですが、すぐにぴんと伸びた背筋。
 瞼を閉じたまま、大きく息を吸い込んでみます。

「空気、すっごく、澄んでる」

 水晶の森も、全身が清められるような空気が満ちていました。ここは、それ以上。
 深呼吸を繰り返すと、より一層、この場が特殊なのを感じられました。
 うまく表現出来ないけれど。私自身が、前と違うような。純粋に空気が綺麗なだけじゃなくって、魔力的な不思議な存在を肌に感じている。

「目、閉じているから、かな」

 感覚が研ぎ澄まされているのかもしれません。
 俯いたまま、ゆっくりと瞼をあげていきます。

「うん?」

 視線の先に現れたのは、樹でした。足元に? 根っこというには、随分太いです。フローリングに近いかも。
 でも……でも、浮かんでくる疑問さえ、瞳を熱くする。
 心臓がどっどどと高鳴っていきます。
 
「不思議な、光景が、懐かしいの」

 香っている。
 私、知っています。この、溢れんばかりの花の匂いを。甘い香りを鼻から吸い込んで、深呼吸を繰り返します。なのに、落ち着くどころか、鼓動は大きくなっていく。
 故郷ではありえないものが、当たり前に感じられる。なのに、ちゃんと、不思議にも思えて……。

「私、かえって、これた?」

 俯いたまま呟いた私をせっついて、また大きな風が吹きました。
 靴に舞い降りてきた可愛い色に、頬が上がっていきます。
 あぁ。あぁ!!

「私、かえって、これた!」

 私、師匠の傍に戻って来られたんだ! 大事なだいじな、私の家に!
 意をけっして顔をあげた先、私を迎え入れてくれたのは……どこまでも広がる青い空でした。でも、真っ青じゃなくって、私との間に七色の魔法陣がある! 
 反射的に空に伸びる腕。

「結界の中、だ! メメント・モリだ!」

 突き上げた指先に呼応するように、結界の魔法陣に色が流れます。
 って、安心している状況ではありません。ここはどこ?
 周囲をぐるりと見渡してみます。どうやら、私が立っているのは桜の樹の枝みたい。カローラさんが夢の中に現れる際みたく、桜の花吹雪が触れてきます。とは言え、差し出した掌にのった花は、本物。幻じゃ、ない。

「すっごく、大きな桜だ。見上げても、てっぺん、わからない。それに、大木いうよりも、太い幹。水晶の森の、家以上は、あるです」

 時折、魔法陣の光から落ちてくる光雫が、下に広がっている湖に溶けていきます。

「結界内は、わかるけど。ここ、話にも、聞いたのないかも」

 結界内って、訪れたことがなくても、大方は師匠が話してくれているんです。地図を使いながら。特に、故郷語りで桜の話って、たくさん出していたはず。師匠のことだから、真っ先に教えてくれそうな景色です。
 改めて見渡して、呼吸がとまりかけました。あまりの眺めに。
 両手を広げたくらいの太さがある枝に立っているみたい。落ちないように慎重に膝をついて……さらに驚きは増しました。

「すごい!! この桜、湖に、浸かってるんだ!」

 ここよりもずっとずっと下まである樹は、土から生えているのではありません! 花びらの滝の下にあった水みたく、神秘的な光を映している湖から姿を現しているじゃないですか。
 幻想的な景色は見慣れたと思っていたのに。私、まだまだですね。そのまだまだが、嬉しい。だって、これからも師匠の傍で素敵に出会っていけるんだ。

「えっと。ここから、どうやって、降りよう」

 幸せに浸っている場合ではありません。一刻も早く師匠に会いたい。抱きしめあわないと、師匠の体温を感じないと、実感できない。
 座り込んだまま。腕を組んで考えて見ますが方法を思いつくはずもなく。
 とりあえず、師匠を呼んでみましょうか。
 
「ししょー! フィーニスー! フィーネー! みなさーん!」

 やっほーの勢いで叫んでみたものの、虚しく響き渡っただけでした。
 木登りの要領で幹をつたって下りるか、枝から枝に飛び降りていくしかありませんかね。はっ! 師匠に木登りさせられていたのは、この時のためだったのでしょうか!
 って、あほな考えに納得していては夜が来てしまう。

「――む」
「ん? 今、幻聴が?」

 師匠を好き過ぎて幻聴が聞こえるまでになってしまったようです。私、危険だ。
 鳥さんが通りかかれば、お願いするのも可能ですよね。そうだ、鳥さんです。よしんば一番下の枝まで降りられたとしても、広大な湖を泳がないとですもんね。
 ぽんと。無意味に掌を打ってみた音に、から笑いが出ちゃいます。

「アニム! アニム、どこだ!」
「し、しょー?」

 大好きな声が背中を叩いてきて。恐る恐る振り返った先、いえ何メートルか下、走りながら周囲を見渡している師匠が見えました!
 師匠だ。半透明じゃない、師匠です。
 はらはらと舞い降りる花びらの合間にいる師匠。力の限り師匠って呼びたいけれど、喉が詰まってしまいます。大声じゃないと、届かないのに。

「ししょー、ししょー。私は、ここだよ」

 泣き笑いが、ぽとりと落ちて。よしと、花を吸い込む勢いで深呼吸した刹那。振り返った師匠と視線が交わりました。
 遠いけど、師匠が私に向き直ってくれたのがわかる。師匠よりも小さな白と黒が、私に向かって飛んでくる。

「あにむちゃー!」
「あにみゅー! よかったのぞー!」
「フィーネ、フィーニス!」

 胸に飛びついてきた、ふたつの可愛い体温。まるまるころっとした体を、ぎゅうぎゅうと抱きしめちゃいます。
 胸に押し付けすぎていたのか。ぷにゃっと吐き出された息も、やっぱり可愛い。

「ふぃーねたち、あるじちゃまの魔法陣に落ちたのでしゅけど、あにむちゃいなくて、びっくりしまちた! ここ初めてきまちたけど、とっても綺麗で、しょれにもびっくりでしゅ」
「ふぃーね、のんきないのぞ! ありゅじもせんたちも、必死なってあにみゅの魔力探ったのじゃけど、全然わからんくてにゃ。結界中、飛び回ったのじゃ。朝が、すっかりお昼過ぎにゃ」

 全身をばたばた動かしながら説明してくれるフィーネとフィーニス。ぴこぴこ、せわしなく動く両耳に、笑みが零れます。
 私の魂に絡んでいる師匠の魔力で探知出来なかったのは、始祖さんの影響でしょうか。

「そういえば、ししょーは、飛んでこないね? 浮遊魔法、使えるのに」

 首を傾げながら、師匠に顔を向けると。皆さんも集まっていました。師匠は魔法杖を握ったまま、微動だにしません。
 これは、もしかして……。

「ありゅじはにゃ、たぶんこわいこわいなのぞ。ふぃーにすたちも、ぎゅうって、おしくらまんじゅうされたのじゃ。あんなありゅじ、はじめてじゃよ」
「あい。あるじちゃまは、あにむちゃは自分が見てた夢じゃないかって、こわいこわいなの」

 自分のほっぺをぎゅうっと押さえてたこ口になったフィーニスと、ぺいっと垂れ耳を押さえたフィーネに、愛しさがこみ上げて来ます。
 愛嬌があって、師匠の心の奥を見てくれる二人が大好き。始祖さんにも、ちゃんと会わせてあげたいな。幸せをくれるフィーネとフィーニスを、ドヤ顔で紹介したい。

「まったく、ししょーってば、しょーがないの。ししょーに、ぎゅうぎゅう抱きついて、いやってほど、圧し掛かっちゃおっか!」

 悪戯めいて片目をつぶってみせると。きょとんとしたフィーネたちも、「うななー!」と万歳して賛成してくれました。
 フィーニスたちは肩に乗せて、すくりと立ち上がります。仁王立ちで、下から色々見えていようが構いません。

「ししょー!」

 ぶんぶんと両腕を振れば、師匠が一歩前に踏み出してくれました。
 それでも、強張っているのが遠目でも悟っちゃうくらいには、動きがぎこちない。

「ししょー! ちゃんと、受け止めて、ねー!」
「おっおい! まさか、お前!」
「いっくよー!!」

 前に突然飛び降りた際には、心配させすぎて怒られちゃいましたからね。今度はちゃーんと予告付です。ご丁寧に、カウントダウンもつけちゃいますよ。
 すっごく怖いけど。バルコニーからと比べ物にならないくらいの恐怖だけれど。師匠がさっと魔法杖を突き出したのを確認したので、えいやっと枝を蹴ります。

「うななー!」

 落下を感じたのは一瞬だけ。すぐに、景色の移り変わりがゆっくりに変わっていきました。
 ふわりふわりと降りていく中、ふいに思い出しました。前に、こうやって樹から下ろしてくれた時、視線の先にあったのは水晶の森の屋根でしたっけ。樹の上から、師匠にむかって水晶の実を投げつけたりしたなぁ。
 あの頃と今では、色々変わりましたね。ううん。ずっとずっと積み重なっている。

「よっと。あれ、ししょーの、とこない」

 とんと降り立ったのは、まだ師匠と距離のある地点でした。てっきり、前みたいに腰を掴まれるか、メトゥスの時みたいに抱きとめられるかなって考えていたのに。
 もう、ほんと仕方がないの。
 でも、嬉しい。師匠が強がってない感情を見せてくれるんですもの。

「ししょー! 突撃、ですよー!」
「あに、む」

 枝を蹴って走り出した私に、師匠も駆け出してくれます。
 あと数歩というところで手を伸ばせば、広げられる両腕。笑顔の私に対して、師匠はぐっと何かを堪えた表情を浮かべています。

「ししょー、ただいま!」
「――っ、おか、えり。アニム」
「うみゃなー!」

 首に腕をまわして、くるくるっと回転した体に、楽しげに鳴いたのはフィーネとフィーニス。
 いつまでも回っていたいのと、もっとしっかり抱きしめて欲しいのと。幸せな葛藤に、笑みが深まっていく。
 背伸びしていた体は、腰を掴まれてしかりと地面に足をつけました。

「ししょーだ、ちゃんと、抱きつける。あのね、ししょー、ありがと、私ね――」

 覆うように塞がれた唇。
 言いたいことがたくさんあるのに。
 不満だけど、不満じゃない。師匠の背中を掴んで応えれば、角度を変えて、また唇が絡みました。
 フィーネとフィーニスが見てるけど、今日くらいはいいですよね?

「帰って早々、いちゃこらなのですよー」
「回れ右をしておきましょうよ」
「ラス兄、涙ぐんでるの?」

 師匠の奥から、皆さんの声が聞こえてきて。焦って、師匠の背中を叩きます。
 名残惜しげに唇を離しても、瞬時に額が擦れ合う。師匠以外、映させてくれない。師匠も、アイスブルーの瞳に、私だけを映してくれている。

「ディーバ、もうちょっとだけ待ってあげなよ。ほら、僕らもいちゃいしゃしよう」
「私だって、アニムに会いにきたかったのよ? でも、話ちゃったらいけないと思って、我慢してたのに」
「僕の可愛い奥さんの気持ちは、痛いくらい理解してるけどさ。それだけじゃなくって、お腹に赤ちゃんがいるのもるだろう? 僕との愛の結晶」

 えぇ?! ディーバさんが結界に来られなかった体調って、おめでただったからなんですか?!
 驚きと感動で、ディーバさんに駆け寄ろうとしたのですが。あっさり師匠に抱きすくめられてしまいました。ちらりと師匠の肩ごしに見えたのは、ディーバさんのお腹を興味深げに優しく撫でているフィーネとフィーニスでした。

「ししょー? いっぱい話たい、聞きたい、あるけど。ちゃんと、ししょーのとこ、辿りつかせてくれて、ありがと」

 すりっと、肩に擦り寄って一呼吸後。師匠がちゃんと顔を見せてくれました。
 それが嬉しくて。つい一歩引いた師匠に飛びついちゃいます。フィーネとフィーニスのぽっこりお腹アタックに負けないくらいの、体当たり。
 ととっと、たたらを踏んだ師匠を下敷きです。

「いってぇ!」

 慌ててどくものの。跳ね起きた師匠はあぐらをかいて、じと目で睨んできました。
 あ、良かったです。摩ってるのは後頭部じゃなくて、背中だ。
 おぉぉ。それにつけても、恐ろしい。
 
「ごっごめんですよ。さっさすが、ししょー、思って。ウィータも、すごかった、けど」
「ほぅ。オレに、惚れ直したか?」

 打って変わって、にやりと意地悪な笑みを口の端に乗せた師匠。オレが強調されていますよ。またウィータに妬いているのかな?
 頬に添えられた手に、自分のものを重ねて。とくんとくんと、師匠のちょっと低めの体温を吸い込みます。耳に響いてきた心音より穏やかな流れ。
 
「うーん」
「アニム、ここは素直に頷いておけよ。まさか、過去のオレの方がよかったなんて、死刑宣告するつもりじゃなぇよな」
「まさか」

 きっぱり否定すると、師匠は複雑そうな面持ちながらも、ほっと力を抜きました。
 その分、両頬を挟まれちゃったんですけどね。親指の腹が、柔らかく肌を滑る。心も顔も蕩けていく。
 師匠の心内なんて、お見通しです。私の否定にちょっぴりへこみつつも、私が自分のアニムだって実感してくれたんだよね?

「だってね? ししょー、好き。ウィータも、好きなれて、ししょー、もっと大好きなれた。ということは、私、ししょーに、惚れっぱなしでしょ? ずっと、どきどきで、惚れ『直す』暇なんて、まったくないもの」
「おまっ――!」

 仰け反って、首まで染まりあがった師匠。でも、両手はくっつけたままにしてくれています。ぴんと跳ねた眉が大好き。わなわなと震えているのに、強気な雰囲気がたまらない。
 間違いなく、私もいい勝負に真っ赤なんでしょうけどね。
 気がつけば、髪や足に降り積もっていた花びら。そっと師匠の髪を撫でて、花びらを払います。その手首も、掴まれてしまう。

「アニムに、そっくりそのまま返してやる」
「望むところ、です! 弟子としても、アニムとしてもね。だから、毎日、かえしっこ、しようね! ずっと、ずっと」

 えっへんと偉そうに胸をはってやります。
 こっ恋人としてだけじゃなくて、ちゃんと弟子としても頑張っちゃうんだから。目下の目標は、師匠が苦手な辛味きのこの美味しい調理方をディーバさんに教えてもらって。魔法薬の調合の補助が出来るよう、ウーヌスさんに習うんだ!

「ったく。ほんとさ、アニムはアニムだよな。オレが優勢にたてる訳がねぇ」

 瞳をつぶして、くしゃりと崩れた師匠に、あっという間に腕へ閉じ込められました。師匠の心臓が、今日一番のにぎやかさです。どっどっどって、爆発しそうなのはお揃いです。                                                     
 耳に触れた唇からは、甘い吐息が流れ込んでくる。

「覚悟しとけ。これからはもう、手加減してやんねぇからな」
「うん! よろしくどうぞ!」

 師匠に手をひかれ立ち上がったところに、ラスターさんたちが駆け寄ってきました。
 皆さん、思い思いの言葉をかけてくださいます。ルシオラなんて、涙ぐんで何度も良かったねって背中を叩いてくれます。

「さーて、宴会やるんだからね! アニムちゃんおかえり会と、ディーバのおめでたお祝いと、ホーラの残念会!」

 随分とやけっぱちなラスターさんの声が響き渡りました。
 なぜか、フィーネとフィーニスの両手に掴んだラス、じゃなくてラスターさんですよ。二人は楽しげにきゃっきゃと両手足をばたつかせているので、問題ないようです。可愛い!
 一方、拗ねたのはホーラさんでした。ハリセンボンです。

「わたしだけ、負のオーラばんばんじゃないですかぁ! ラスターだって、決定的な失恋おめでとう会なのですよ!」
「中途半端なお祝いな分、ラスターのがダメージ大きいよね」
「ほんと。ラス兄、残念不憫、そーいうキャラだよねぇ」

 センさんとルシオラに、両側からぽんと肩を叩かれたラスターさん。
 なにやらタッグが組まれちゃってる。というか、ルシオラってばなんか語呂がいい。
 ぼやっと、感心していると。隣の師匠が、すぅっと息を吸い込みました。おっと! 耳を塞がなきゃ。フィーネとフィーニスも、垂れ耳をくいっとさらに押さえつけて準備万端。それを目視で確認した師匠が、魔法杖を掲げました。

「あー! うっせぇ、うっせぇぞ! お前ら、オレたち師弟の感動の再会に、もっと気を使え!」
「セン、逃げましょう」
「わーい、なのですよぉー! おっさけ、おさけー!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出した皆さん。
 腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした師匠を横目で見ていると、「んだよ」と、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられちゃいました。久しぶりのまりもです。もっさもさ具合は、バージョンアップまりもヘアーですよ。

「ほれ。アニムも、とっとと帰るぞ! 水晶の森――オレたちの家に」
「うん! ししょー、また、ここに、遊びこようね? 今度は、お弁当、もって」

 同意だと言わんばかりに、吹いた風。青空に舞い上がっていく花たちも、凪いでいる湖も、空の魔法陣さえも笑っている気がします。
 発動されている転位魔法に、えいっと飛び込むと。きゅっと指を絡めて手を握られました。掌から伝わってくる師匠の存在。擦れあう肌が、どうしようもない愛しさをつれてくる。

「おぅ。温泉に行きたいとも言ってたっけ? もう混浴できるし、楽しみだ」
「ししょーの、すけべ! ばかばか!」
「あほアニム。お前の悩みも解消されて、いいじゃねぇか」

 にやりと笑って、胸元の欠けたネックレスを突いてきた師匠。
 おっ覚えてる。師匠ってば、絶対私がウィータに愚痴った内容、覚えてますよ! ぐあぁ。恥ずかしい! 抱いてくれないなんて相談、するんじゃなかった! 本人に愚痴るより何百倍も深く穴をほれる!

「次元も時間も超えて、感動の再会なのに。ちっとも、ムードない、会話ですよ」
「オレたち師弟らしくて、いいんじゃねぇーの?」

 それもそうですねと、尖らせた唇に食いつかれ。降り注いでくる口づけの嵐に、はふっと息をもらせば。師匠は、唇がもたらす切なさとは間逆、少年見たくにかりと笑いました。
 浮かんだ笑みと、疼きをもたらす啄ばみ。
 翻弄されるのが悔しくて。でも、そのむむっとさえ嬉しい。なのに、ちょっぴり拗ねも交じったえもいわれぬ気持ちが、胸の中で渦巻いている。
 必死に唇を尖らせて、跳ね返そうと試みます。

「ぜんげ、っん、てっかい、です、よ!」

 啄ばみの合間に漏らした私に、師匠は極上の笑みを浮かべました。
 ひどい、ひどい。
 そんな微笑を見せ付けられたら、文句なんて言いようがないのです。
 私の惚れた弱みを理解している師匠は、

「おっ。珍しく、撤回する言葉、いってたな。成長、成長」

 なんて、愉快そうに笑ったのでした。





読んだよ


  





inserted by FC2 system