引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

12.引き篭り師弟と、南の森の花畑2


 花畑の際に来ると、さらに甘い香りが漂ってきました。
 師匠と手を繋いだまま、大きく胸を開いて深呼吸します。エルバに近い爽やかな香りですが、柔らかい甘さも含んでいます。風に混ざって香ってくるのは、喉を震わせる、はっきりとした果汁。
 鼻腔をくすぐってくる香りに、心が安らぎます。

「不思議な光景。外の世界も、こんな感じ?」
「まぁ、個々の植物としては大差ないだろうな。花も、結界を張る百年前から、ぼちぼちは咲いてたし」
「百年、かぁ……」

 横目で盗み見た師匠は、遠くへ向けられています。百年という歳月。師匠の瞳の奥には、私が知りえない過去の風景が映っているのでしょう。
 前を見ると、変わらず、絶景とも言える花畑があります。静かな風にそよいでいる花びら。百年前、師匠はどんな思いで、この場にいたのでしょう。過去の記憶の中で、結界に守られた森は『アニムさん』のために作れられたと聞きました。私を隣に、違う『アニムさん』を想っている?
 懐かしそうに過去を呟いた師匠を目の当たりにして、歳月の重みを突きつけられた気がしました。

「んだよ。また、年寄りの回顧とか言うんじゃねぇだろうな」

 いつの間にか、握られた手は、指が絡み合っています。ぱっと見た目、繊細で綺麗な師匠の指ですが、実際触れ合っていると、やっぱり男の人らしい固さです。
 ふつふつと沸いてきた嫌な嫉妬を、優しく解いてくれる温度。
 指の腹に力を入れると、ごつっとした骨に触れました。
 子どものように拗ねている師匠。思わず、苦笑が浮かんでしまいました。それにまた、師匠は口を歪めます。魔法を使役したかっこいい師匠も好きですが、幼い表情の師匠も愛しく感じてしまうのは、惚れた欲目と言うやつなのでしょうか。

「違うの。百年前、も、私、こうして、ししょー隣、いたかったなぁって」

 ぽろりと零れた本音。どれだけ師匠を好きなんだと、自分でも突っ込みを入れたくなる台詞です。師匠をロマンチストと笑えないじゃないかとか。言ってから物凄い告白をかましているんじゃないかとか。恥ずかしくなってしまいました。
 地面に視線を落とすと、言葉にならない「え、あ、うぇ」という声が漏れていきます。顔が熱いです。
 でも、そうです。もし私がこの世界に残ったとして。師匠と同じ時間を生きていけるのか、根本的な不安が生まれてきました。どうして、今になって……。自分の中で、何が変わったのか。
 それは、きっと、明確で不透明な想い。

「お前は、オレを壊す気か」
「え?! そんな腹筋崩壊、ツボだった?!」

 笑いで腹筋崩壊しそうなくらい、臭い台詞でしたか! 
 はい、自分でもわかってます。突っ込みいれるくらいには乙女臭い言葉でしたが、師匠でさえも笑い死に出来そうだったとは。ある意味、自分をほめてあげたくなりましたぜ。
 けれど、今回は受けを狙ってのではなく、私的には真剣だったのも手伝って、冗談には変えられません。ぐぬ。

「あほ弟子が」

 ぐいっと、強い調子で頭を寄せられます。髪を滑った手と、触れた唇であろうぬくもりに、体が音を立てて固まりましたよ。
 ぴしっと、やけに背を伸ばして立つ私を、師匠が笑ってきます。

「それにしても、なかなかのモンだろう。ウーヌスがここまで育てたんだぞ?」
「ウーヌスさん、すごい!」

 純粋な賞賛もありますが、肩を掴まれた強さに跳ねた鼓動を誤魔化すために、ひときわ大きな声を出してしまいました。
 やはり、煩かったようで、師匠がわずかに体を離しました。

「恐縮です。ですが、これも全て、ウィータ様の魔力が成せる業です」

 本日二回目ともなれば、もう驚きませんよ?
 バスケットを抱えて、師匠の後ろに控えているウーヌスさん。わずかに口の端があがっています。肌は真っ白のままですが、緩んでいる雰囲気から、喜んでいるのがわかりました。

「魔力が全てじゃないぜ、ウーヌス。お前が手間隙かけて育てたからだろう」
「ですです! 私のお母さん、花とか野菜とか、小さいけど、育ててた。お母さん、言ってた。心込めて、可愛い言って育てる植物、一生懸命、綺麗育ってくれるって! 私、魔法効果、良くわからない。でも、魔力じゃなくて、ウーヌスさん、花大事思うも、十分、魔法思う!」

 師匠の言葉がお母さんとの思い出と重なり、心が躍りました。
 最後まで言ってから、はっとなります。私の言葉の意味するところが、ウーヌスさんには理解し難いですよね。嫌な顔ではありませんが、静かに瞬きをしています。
 そうですよね。『魔力じゃないけれど魔法』という考えは、ウーヌスさんの中ではイコールにならないすよね。
 きっと、師匠も同じに違いありません。いえ、もしかしたら、この魔法が当然のモノとして存在している世界の中、だれにも理解されない考えかもしれないです。

「ともかく、ウーヌスさんすごい、言いたかっただけ! ししょー、どれ摘めばいいか、教えて?」

 師匠に否定されるのが怖くて、つい誤魔化してしまいました。それに、懐かしいはずのお母さんとの思い出が、心の底から、薄暗い影を引っ張り出してきてしまうよう思えたんです。これは、元の世界への帰郷を促されていると思えてしまうからでしょうか。
 ウーヌスさんから、ちょっと無理やり気味にバスケット奪います。鼻息荒く顔の前にバスケットを持ってきて、ひきつっている笑みを隠します。
 ずいっと師匠に近づくと、いとも簡単に横へずらされてしまいました。

「魔力じゃねぇーけど、魔法ってのは、アニムならではの発想じゃねぇか。おもしれぇ」
「私には良くわかりませんが、ウィータ様がおっしゃるならそうなのでしょう」

 くしゃっと髪をまぜられ、涙が溢れてきました。何も言えません。
 別に良いとも悪いとも言われてはいません。けれど、おもしろいの一言は、私の心を軽くしてくれました。

「ししょー、ありがと!」

 思い切り。子どもみたいに真っ直ぐな気持ちで伝えたお礼に、師匠はにかりと笑い返してくれました。
 あまりに嬉しくて、師匠にそっと寄り添います。ちらりと上目に師匠を見ると、目を逸らされてしまいました。けれど、わずかに露出している白い肌に色がさしていたので、また嬉しさが増していきました。
 しばらく、寄り添って風に吹かれていました。ですが、ウーヌスさんが静かに森へ向かっていったのが合図になり、師匠が額を小突いてきました。

「じゃあアニム、頼んだぞ。薄いもの濃いのも均等になるように、適当に摘んできてくれ。花の種類はとわねぇから、ひとまず籠(かご)いっぱいに頼むな」
 
 年上の余裕ですね。あっという間に、空気が変わりました。
 随分とざっくりした指示だけくれた師匠は、早々にマントの上へ寝転がりました。ネコみたいな可愛い欠伸をして、あっという間に瞼を閉じましたよ。
 それはいつもと変わらない態度なので、気にはしないのですけども。

「了解です! でも、結構おおざっぱ」
「主で使う花は、ウーヌスが果樹のてっぺんに取りに行ってるからな。あとは、あの花畑に咲いているモノなら、どれでも効果は出る。ただし、量がモノを言うしから頑張れよ」

 花畑と反対方向に密集している樹を見上げます。こちらも様々な実が、たわわになっています。南国フルーツみたいなものもあれば、始めて見る、ふわふわしてそうなモノもあります。
 フィーネたちが好きそうですね。実際、小さい体に大きな果物を抱えて、お土産を持ってきてくれたことがありました。梨みたいな外見なのに、みかんのような甘酸っぱさがあって、驚きましたね。

「アニム、よだれ垂らすなよ」
「果物、美味しそう。よだれ垂らさず、いられますか!」
「……乙女言いまくったのと、同じ口から出た言葉とは思えねぇな」

 お師匠様、それとこれとは別問題ですよ。食欲旺盛なのは、素敵じゃないですか。とは口にせず、片口をひっぱり、可愛げなく歯を見せておきました。
 瞼を閉じていた師匠が、計ったようなタイミングで起き上がったので、ばっちり見られてしまったんですけど。奇怪なものを見る目を向けるのは、やめて下さい。

「私、ひたすら摘んでくる。じゃあね、ししょー」
「さっきも言ったが、花畑の花たちには不思議な特性があって、歌いながら摘まねぇと枯れちまったり色が変わっちまったりするからな。まぁ、音程は関係ねぇから、外してても問題ねぇとは思うが。ウーヌスは歌苦手だから、弟子の腕の見せ所で頑張れよ」
「一言、多い!」

 師匠、もしかして、適当で問題ない仕事という点に、私が落ち込んだとか思ってフォローしてくれたのでしょうか。
 大丈夫ですよ、師匠。私は自分が出来ることを、精一杯頑張りますから。
 心の中だけで呟きます。その代わり、顔には思い切り笑顔を浮かべました。眠そうな瞼の師匠が口を開きかけますが。言葉が出る前に、花畑へ足を踏み入れました。

「アニム、調子に乗って、戻れないくらい遠くには行くなよ!」
「がってん! 迷子なる、自信あるから、気をつける!」

 振り返って大きく手を振ると、師匠が「あほ弟子」と呟いたのが、口の動きでわかりました。でも、呆れ笑いの師匠が可愛かったので、仕返しはしません。
 それよりも、花を踏み潰さないように歩くのに、集中しましょう。とりあえず、グラデーションが鮮やかになっている中心部まで行けば、薄い花も濃い花も詰めますもんね。実際花畑に足を踏み入れてみると、花の背丈にはばらつきがありました。色んな種類の花が、喧嘩せずに綺麗に咲いているってすごいなぁ。

「というか、歌って言われても。春らしい歌、学校習ったとか、好きな歌手とか、くらいしか、通し歌えないな。覚えてない言葉、あるのは、無理だし」

 歌っていないと枯れてしまうのは、花畑の際に辿りついてすぐ、師匠が実践して見せてくれたので疑いようはないんですよね。
 もちろん、枯れた花には、師匠が魔力を注ぎこんで、元の綺麗な状態に戻したんですけど。師匠いわく。今回は、出来れば、花が咲いている段階の魔力で収集して欲しいそうです。
 
「まっ、いっか! 片っ端から歌う。足りなくなったら、作詞作曲アニムで!」

 花から零れるほのかな甘さと、ぬけるような青空。水晶の森よりも透明に近い魔法陣を挟んだ空は、虹の欠片を零しているようにも思えます。
 思ったよりあたたかいので、ストールは置いてきちゃいました。
 道すがら、一番馴染みのある童謡を口ずさみながら、いくつか花を摘んでいきましょう。師匠に言われた通り、花と茎の間を軽く捻ると、容易にもげました。椿の花が、ぽとんと綺麗に落ちる状態。コサージュみたいで、可愛いです。

「茎に、すぐ、つぼみできる。すごい」

 花がなくなった場所から、光の粒子が溢れてきて、やがて蕾(つぼみ)になりました。
 摘ませてくれてありがとう、と音程をつけて蕾を突くと、葉っぱが揺れました。蕾から、七色の雫が可愛らしく飛び出てきます。シャボン玉みたいです。
 持っていた花弁に雫がつくと、みずみずしい実がつきました。すごい!
 気持ちをこめて花に接する、お母さんの魔法を体験した気がして、頬を緩みました。

「よーし、お花さん、アニム、誠心誠意、摘ませて、頂きまーす!」

 バスケットを頭の上にのせて叫ぶ姿は、全くお花畑に似つかわしくないと思うのですが。ご挨拶ということで、許してください。
 花が風に吹かれたかと思うと、ちょっと先に見慣れた小さな尻尾が見えました。私が動くより先に、お花の中から、ひょこっと愛らしい顔が出てきました。

「あにむちゃ!」
「なにいっちぇる、ふぃーね。あにみゅが、ここにいるわけにゃいぞ。それより、ちゃんと、そっち持たんかい」

 薄藤色の花に囲まれているフィーネが、驚きながらも目を輝かせてくれました。やや離れた場所から、フィーニスが溜め息混じりに出てきます。頭より先にお尻が見えてますよ、フィーニスってば。
 よっ妖精がいる! 子猫の妖精です! 雪洞(ぼんぼり)のような花に囲まれている二人は、さらに愛らしさが増しています。

「フィーネにフィーニス、お散歩?」
「わーい! ふぃーね、あにむちゃのおうた、しゅぐわかったでしゅ!」

 背中の羽を広げて、フィーネが飛びついてきました。両手でキャッチして抱きしめると、嬉しそうにぺろぺろ顔を舐めてくれます。それでも足りなかったのか、肩に乗って、擦り寄ってくれました。
 フィーニスは相当いぶかしんでいるようで、ゆっくりと羽をはばたかせています。が、フィーネにしたように抱きかかえると、照れくさそうに鳴き声をあげました。

「あにみゅ、ありゅじも一緒なんじゃろーにゃ」
「もちろん!」

 フィーニスってば、保護者の目になってます。ぴしっと、短い手を突きつけてきます。
 言葉だけでは足りないようなので、頭にフィーニスを乗せて、草原の方を見せてあげます。鮮やかな色の空間では、師匠の黒い服は逆に良く目立ちますね。
 それでようやく、フィーニスも力を抜いていきました。

「私、南の森、来れるなったの! 今日は、お仕事だけど」
「しゅごいね、しゅごいねー! ふぃーね、今度ね、あにむちゃといっちょに、花びらの滝で、遊びたいでしゅ!」
「ふぃーにすだって、特別に、木苺の場所、つれてってやるのぞ! ありゅじにだって、内緒にゃのぞ!」

 垂れ耳をぱたぱた動かして、興奮した様子で飛び回るフィーネ。フィーニスはちょっと怒った口ぶりで、額を叩いてきます。めいいっぱい喜んでくれるのにも、照れ隠しにも、頬が緩みっぱなしです。
 花びらの滝とは、ここよりもうちょっと先にいった場所にある滝で、水の変わりに花びらが流れ落ちているらしいです。しかも、普通の花びらと違って、ぷるぷるしているとのこと。ゼリーみたいですよね。果実みたいに食べられるらしいです。

「うん、楽しみしてる! フィーネもフィーニスも、ありがと!」

 私以上に喜んでくれる二人。ぽっと、心があたたかくなりました。
 この花、お菓子や紅茶にも使えるか、あとで師匠に聞いてみましょう。可能なら、二人にお礼で何か作りたいです。
 なおのこと、はりきってお花摘みしないとですね。気合を入れてしゃがむと、フィーネとフィーニスも地面に降り立ちました。

「きょーは、あにむちゃのお手伝いするでしゅ!」
「がんばりゅぞ!」
「ほんと? 心強い、ありがと。じゃあ、お花さん、フィーネとフィーニスも、混じらせて、ください」

 私が花の前で手を合わせると、二人も前足を合わせて「んにゃ」とポーズを真似ました。
 嬉しいやら可愛いやらで、口ずさむ歌のトーンもあがります。
 フィーネとフィーニスも、舌ったらずな調子で歌い始めました。高く鼻にかかった甘い声に、この上なく癒されます。このまま夢の世界に旅立ったら、間違いなく幸せいっぱいお菓子の国の主人公です。なに、この天国。
 とはいえ、二人のピンク肉球で、茎を捻って詰めるのかなと心配してみたり。
 ですが、稀有(けう)だったようです。二本足で立っているような姿勢の二人が、てしっと花弁を挟むと、花の方が進んで茎から離れていきました。
 可愛いもの同士、通じ合うものがあるんでしょうね。うん。可愛いは最強。
 真面目な顔で花を摘み続けてくれるフィーネとフィーニスを見習、私も歌い続けながら手を動かしました。




読んだよ


  





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