6.引き篭り師弟と、吹雪の訪問者たち 【6】
「じゃー、縛りなしの魔法戦ってことで良いっすかネ」
アラケルさんは、夜着を着替え自分のコートを羽織っています。テラスから顔を覗かせると、指をぽきぽきと鳴らしている姿が見えました。
一方、まだテラスにいる師匠は、私の少し離れた場所で、魔法杖を練り上げているところです。七色の粒子が集まっていく様子が、とても綺麗。積もった雪に光りが反射しては、幻想的な光景を作っています。
師匠が片手を宙に翳(かざ)すと魔法映像が現れました。映像に声をかけます。もう一度下を覗くと、アラケルさんの正面にも魔法映像がありました。
「あぁ。その前に結界を二重に張るから、少し待ってろ」
「時間稼ぎにならねーようにナァ」
嫌味ったらしい口調です。だったら自分で結界を張ればいいのにと、むっとしたのは私だけのようです。師匠は苦笑いを浮かべただけでした。
師匠の指が魔法映像に触れると、消えてなくなりました。
「ししょーのコート、ほんと、私使ってて、平気?」
「あぁ。オレのコートなら、魔法耐性が強いからな。オレは自分の魔法で充分だ」
師匠は、薄い魔法のベールに包まれています。師匠は私が抱きつくまで――って思い出すと顔から火が出そうです。じゃなくって、雪を弾いていた魔法を、再び纏っているんですね。
かつんかつんと、杖が地面に打ち付けられた音が響きました。杖の質量を確認しているそうです。
「アニム、ちょっとこっち来い」
「ういっす!」
「そう、その辺りで立ってろ」」
手摺りから離れた指定位置で、「きをつけ」をして次の指示を待ちます。
森の中では、師匠以外が魔法を使うのを禁止しています。理由としては、私の存在を異世界に繋ぎ止めている師匠の魔法と反発して、身体に影響が及ぼしてしまうとのこと。
アラケルさんの精霊魔法で力が抜けたのも、そのせいですね。
今は、師匠が、アラケルさんの魔力を遮るための結界を張ってくれています。上空を旋回していたフィーネとフィーニスが、すいっと降りてきました。
「ありゅじ、こっちも、だいじょーびゅぞ!」
「じゅんびばんたん、にゃのでしゅ!」
最初は離れた場所で決闘する予定だったのですが、アラケルさんがあまりに煩くて。「弟子の見てる前でやられたくねぇんじゃん?」とか言われて、私の腹が立ってしまいました。
とはいえ、体調を崩したり後々師匠に迷惑をかけてはと思い、口を噤んでいたのですが。フィーネとフィーニスが、主をこけにされて許せないと怒っちゃったんです。
「長時間は保てない強力結界だが、アラケルをのすくらいは持つはずだ」
「ししょー、圧勝! 私、しっかり、元気に、見てる!」
「そりゃ、頼もしい」
おー! と腕を振り上げます。フィーネとフィーニスも「んにゃー!」と前足を掲げました。可愛いなぁ、もう。
師匠の勇姿を見られる貴重な機会です。目に焼き付けなければ。高揚してきた気分で頬が熱を帯びていきます。ぐっと両手を握りしめると、師匠に笑われてしまいました。
しばらくの間、口元を押さえてくつくつと笑っていた師匠ですが、再びアラケルさんの催促が聞こえると、表情を引き締め、杖を翳しました。
樹で作られているように見える杖の先はうねり、空間が出来ています。その中心に浮いている球が、光を放ち続けています。
師匠の瞼が閉じられました。凛とした空気に胸がざわめきました。黙っていれば綺麗な師匠ですが、今は殊更かっこよすぎです。ほうっと、息が漏れました。
「ウィータエ・アエテルナエたるウィータ・アルカヌムが、気高き魂の守護者に願い奉る。みましの深き慈愛をアニム・ス・リガートゥルに与え給え。ケルサス・クラルス・アルジズエオル」
師匠の杖先が私の胸前に振りおろされました。吹雪が切り裂かれ、周囲の雪が舞い上がっていきます。杖先の光りは、一段と眩い輝きを放ちました。
心臓が掴まれたような感覚。ぐっと喉が詰まったかと思うと、次の瞬間全身が焦がされている錯覚に陥りました。けれど、苦しい熱さではありません。
四方八方に散っていた光が小さく集まり、私の胸元の光と溶け合っていきました。一瞬だけ、視界が揺れましたが、すぐにふわりと心地よい感覚に変わりました。
「アニム、大丈夫か?」
「うっ……ん、だいじょーぶ」
大方の魔法を詠唱を介さずに発動可能な師匠。そんな師匠が詠唱を要するほど、高難度の魔法なんでしょう。術を発動している師匠にだって負担がかかるのに、それを微塵(みじん)も見せずに、ただ私を気遣ってくれました。
私の頭頂部から足の先まで、魔法陣が取り囲んでいます。先程部屋で見たモノよりも大きく、色も鮮やかです。浮いている光の玉も線が細いです。
「おし。もうちょっとの辛抱だ」
両足を踏ん張って何度も頷き返すと、やはり、師匠は可笑しそうに笑いました。まぁ、神秘的な光景の中には、非常に似つかわしくない姿勢だとは思いますけど、仕方がないですよ。気を抜くと膝をついてしまいそうなんです。
飛んでいた玉が全て魔法陣に吸い込まれると、師匠が杖を掲げました。空中で円を描いたかと思うと、勢い良く地面に叩きつけました。見た目には結構な力強さに感じられたんですけど、振動は全くなさそうです。ちなみに、積もっていた雪はすっかりなくなっています。
軽い衝撃音が鳴ったあと、私を中心としてテラス一面に魔法陣が描かれていきました。足元から円上に広がっていくのは、光りの魔法文字。
師匠を見ると、伏し目で小さく口を動かしていました。私には理解出来ない言葉をずっと口ずさんでいるようです。いつもの簡単に使ってみせる魔法とは違う空気を纏っている師匠、やっぱり素敵です。いえ、普段も充分すごいと思ってはいますけど。
「いやいや、そんな場合、違う」
「あん?」
思い切り頭を振ると、師匠が訝しげに顔をあげました。もう一度、髪を乱して横に振ると、苦笑されてしまいました。くそう。
ちょうど、術が完了したみたいです。邪魔にならなくて良かった。
師匠が軽やかな足取りで、数歩下がります。勢い良く杖が右から左へ振られると、魔法陣から光が横へ上へと伸びていき、あっという間に、テラス全体を薄い光のベールが包み込んでしまいました。手摺りより腕一本ほど先にまで結界が張られたのが、わかります。
「よし。これでアニム自身にと、テラス全体に結界を張ったから、くそ餓鬼の魔法程度なら全く影響受けないだろ」
「さすがです、ウィータ様! このように精度が高く最高難度の結界を目に出来るとは、幸せです!」
「結界魔法、治癒魔法並んで難しい、ですよね?」
攻撃系の魔法にも属性的な相性があるらしいんですけど、護る結界や人体を治癒する回復魔法は、相性に加えて術形態自体がとても難しいんですって。本来は、神職に就いている方や血統でしか使えないらしいです。例外として魔法道具を身体に埋め込むっていう方法もあるらしいですが、大体の方は肉体や精神が耐えられないんだそうです。
ちなみに、全てに治癒が効くかと言えば、そうでもないんです。外傷の大方は中級者にも治せますが、内蔵損傷や捻挫など体内や健康的な皮膚を挟んでのモノは、それこそ上級者の中でも極わずかな人しか使えないとのこと。
師匠はどの部類に当てはまるのかと訪ねたところ「オレは天才だから」とだけ返ってきました。神職っていう可能性だけは、否定しておきました。私が。
「年寄り魔法使い! 聞こえるっての! ごたくは良いから、早く降りてこいヨ! 怖気付いたのかぁー?!」
すっかり忘れていたアラケルさんが、腕を組んで叫んでいます。つま先で地面を叩いています。結界を張っているの、わかるでしょうに。
しかも、口だけ魔法使いから年寄り魔法使い呼ばわりに変わっています。結界魔法を目の当たりにして、焦っているに違いありません。
「うっせぇな。まあ、とっとと終わらせて寝るか。フィーネにフィーニス、グラビスもアニムを頼んだぜ」
「かしこまりました! アニム殿、自分の剣はウィータ様の魔力で作られております故、ご安心めされよ! 愚息の魔法がこちらへ向かってきた場合は、結界の外から即座にお守り致します!」
グラビスさん、目がきらきらしてます。いかつい身体に似合わず、瞳は少年のようです。よっぽど、師匠に頼られたのが嬉しいんですね。鼻息荒く飛び降りていかれました。
さすが体を鍛えてらっしゃる。なんなく着地を決められました。
「まかちぇてくだしゃい、あるじちゃま! ふぃーね、がんばりゅの!」
「あにみゅは、ふぃーにすとふぃーねが、まもりゅのぞ!」
「じゃっ、じゃあ、私、頑張って、逃げ回る!」
気合を入れる皆につられて、勢い良く拳を振り上げました。鬼ごっこで逃げ回るのは得意でした。初めて見る攻撃魔法合戦に腰を抜かさない自信はありませんが、這ってでも逃げてみせます。
「おう。じゃあ、行ってくる。って、アニムは戦場へ向かうお師匠様に、励ましの一言とかないのかよ」
手摺に片足を乗せた状態で、師匠が拗ねたように横目で見てきました。
戦場っていうか、ちょっと近所に遊びに行ってきます的な雰囲気です、師匠。何もない訳じゃありませんよ。けれど、張り切っているグラビスさんと、同じく興奮しているフィーネとフィーニスに気圧されて、さっきの逃げる宣言をするのが精一杯だったんです。
「えっと。ほどほどに?」
「オレじゃなくって、くそ餓鬼の心配かよ」
「だって。ししょーのが、強い、わかってる。負けない、もん。あっ、でも、怪我、しないでね?」
お年寄りなので腰は特に、とは口に出しませんでした。若い外見で腰を摩る師匠とかは、実際あんまり想像つかないですから。ぎっくり腰の師匠と腰を抜かした弟子とか、嫌ですね。
親指をぐっと立ててみせると、師匠が微妙そうな顔になりました。あれ、もっと気の利いた応援送れると思ってるのかな。恋心を自覚してしまったとはいえ、急に可愛らしい発言が出来る訳もなく。内心、しょぼんとなってしまいます。
ハンカチを握り締めながら「ご無事で私の元におかえりくださいませ」と儚げに微笑めれば可愛げもありますよね。うん。想像とはいえ、似合わなさすぎて、つらい。
「あー、アニム、ちょっとこっち来い」
師匠に手招きされています。というか、手摺りの上に片膝ついてますけど、落ちないかな。あっ、もう浮遊魔法使ってるから問題ないのか。
首を傾げながらも師匠に近づくと、両手が伸びてきました。どくんと、胸が飛び跳ねました。ゆっくり視界に広がる両手。
「ふぎっ!」
痛い。胸の痛みとか乙女チックモードではなく、本当に痛い。
びろんと伸ばされているのは私の頬。むにではなく、びろんです。しかも、ばちんと離されました。擬音も多くなるって。師匠、なんの恨みがあって頬を抓ったのですか?!
頬を摩りながら涙目で師匠を睨みます。が、加害者である師匠は、お腹を抱えて笑っているではありませんか。「ふぎっって」とか漏れる息に混じって聞こえてきますよ。折角、かっこいいポーズ取ってるのに、台無しです。
「ししょー! 早く行く!」
「まぁまぁ。嬉しさの反動っつーことで」
そう言われると、何にも言い返せないじゃないですか。やばい、私、重症かも。
むくれて余所を向いていると、中指で頭頂部を軽快に弾かれました。アラケルさんを待たせるのは気になりませんが、グラビスさんは申し訳ないです。
地上を覗き込もうとすると、師匠からあっという声があがりました。
「そうだ。褒美。褒美があった方が、俄然(がぜん)気合が入る」
名案と言わんばかりに頷く師匠。先程からのポーズも手伝って、かっこつけ姿勢に見えなくもないです。けれど、如何せん、当の師匠は少年顔に笑みを乗せているので、決まりきってません。
美少年なので、絵になるのは変わらないんです。が、ちょっと間抜けさは否めません。
「ご褒美ですか? うーん、お約束的、お背中流しますとか膝枕、っていう?」
「お前の世界では、お約束なのか。それ。つーか、普段から膝は借りてるし」
「男のロマン的な?」
あっ、口が変な風に歪んだ。ついでに「んだ、それ」と頭を揺さぶられました。間違ってたでしょうか。
残念。私としては、決して「いやん」な意味で言ったんじゃないです。腹筋割れてるか確かめられると思ったのです。でも、師匠の反応からして、かんすけさんには、なれなさそうです。
「ほら、何でも願いを聞いてくれるとかさ」
師匠、満面の笑みです。自分で考えたご褒美に、何度も頷いています。
べりっと師匠の手を離しましたが、勢い余って手摺にぶつけてしまいました。地味に痛い。赤くなった部分を摩りながら、ある可能性が浮かびました。というか、ない可能性ですね。
「でも、さ。ししょー勝つ、わかってる。負ける、ない。ついでに、条件なくても、私、ししょーのお願い、なら、なんでも聞くよ?」
そうです。ご褒美としてはお約束ですが、そうでなくとも、私は全然Okです。改まってお願いを申し込まれる理由がわからずに、首を傾げてしまいます。
師匠の性格からして、多少のむちゃぶりはあるかもしれません。けれど、私の本気拒否を、師匠が無理強いしてくるとは思えませんしね。
少しくらい強引なお願いも、喜んで、とはいかなくても、照れながらも受け入れる覚悟はあります。
「オレ、年甲斐もねぇーなぁ」
今度は優しい調子で右手をとられました。まってまって。まさか手の甲まで抓るきですか! 師匠ってばどえすさんでしたか?! この間の鬼畜系キャラが本性ですか?!
お肉がついている頬と違って、さすがに手の甲は肉も皮も薄いので勘弁してください。慌てて腕を引いても、残念ながらびくともしませんでした。
「アニムのために、負けられねぇな」
「――っふぅ!」
裏返った声が出るのも仕方がないですよね。なんでだろう、また、瞳がゆらむ。苦しい。
ちゅっと口づけが落とされたのは、中指の先っちょでした。これがまだ手の甲なら、騎士様みたいと夢心地に浸れたのかな。まぁ、私がそんな可愛い思考の持ち主ならっていう前提ですが。
いやいや、待ってください。これ、凄く恥ずかしいですよ。しかもね、軽く触れただけじゃないんです。はむって、はむって、ハムスター!! くわえられての、離れる瞬間のちゅです。あぁ、自分で考えていて、混乱してきました。
全身を真っ赤に染めていると、唇とは違う柔らかさを感じました。
「しっ舌、ぺろって!!」
「気にすんな。ちょっとした仕返しだ」
「っぁ」
そのまま、中指の爪と皮膚の間を舐め上げられて、瞼に皺が寄ります。やだ、なにこれ。じんと熱くなった部分が、きゅっと締まりました。舌の温度が吹雪と相まって、白い吐息を生み出しました。
ちろりと舐め上げられただけでも、どうしていいのかわからなかったのに。つっと指をなぞる舌は、指の間で一旦止まり。
「悪い。でも、無理」
師匠の舌がねじ込まれるように角度を変え、ぺろりと口の端に動きました。
ぶるりと全身が震えたのに耐え切れず、体ごと後ろに下がろうと力を入れましたが、叶いません。知ってるけど知らない感覚。自分では、どうしようもない痺れ。寒さではないモノで、膝が揺れています。
怖くなんてない筈なのに、得たいの知れない快感に瞳が湿っていきます。きゅっと唇をきつく結んでも、込み上げてくる衝動を抑えられません。
やばい、爆発できる。むしろ、今すぐ自爆魔法を唱えたい!
「し……しょー?」
師匠の背中で遮られて、グラビスさんたちには見えてないとはわかっていますが、ひやひやしてしまいます。
フィーネとフィーニスは、可愛い背中を見せています。どこで覚えちゃったの、そんな気遣い!
「……とりあえず、これで終わらせておくよ。ありがとな」
「ありがと?」
「おぅ。やる気出た」
ふぅと白い息が出た直後、手の甲に軽く触れていたぬくもりが、離れていきました。すぐに雪が舞い降りてきて、温度はなくなってしまいました。
師匠が自分の袖で、指を拭いてくれています。
私としては、別に汚いとか思ってませんというか、むしろ残念的な。もっともっと触れて欲しいと思ったのに。って、自爆魔法唱えたいって思ってたでしょと、セルフ突っ込みです。
「やる気出る、良くわからない。けど、まぁ、いっか。ついでに、別に拭かなくても、大丈夫」
「……調子にのるぞ、こら」
師匠に半目で睨まれました。目元がほんのり色づいているのは、気のせいでしょうか。師匠ってば照れると、すぐに目の周りに出るんですよね。それに胸が高鳴った私は、おかしい?
結界の中では、吹雪が弱まっています。ちらちらと可愛い程度の雪が落ちてきているだけです。
師匠の言葉の真意を掴みたくて、裾を握ったところで。
「おい! こっちは寒ぃんだヨ!」
アラケルさんの魔法映像が、結界の外に現れました。声も出ないくらい、びっくりした! 魂が口から飛び出るかと、思いましたよ。先程までとは違う意味で、心臓が煩くなりました。
二人の世界に浸っていたのを痛感しました。いけない、しっかりしないと。乙女フィルターよ、解除されて下さい。頭の中で、戦いのBGMでも流せばいいでしょうか。
「うっせぇな。ったく、堪え性のねぇ餓鬼だな。って、今のオレも同じか」
師匠が大袈裟な調子で後頭部を掻きむしりました。横顔には自嘲気味な笑みが浮かんでいます。何が一緒なのか尋ねようと口を開きかけます。ですが、師匠が両頬をぱちんと叩いた音に驚いてしまい、言葉が出ることはありませんでした
師匠がすくりと立ち上がりました。私は、少し距離をとって顎を上げます。
「おっし、行ってくかな! 続きは後でな」
「続き?」
「とにかく、結界の外には出るなよーフィーネとフィーニス、頼んだぞ」
腰に手をあてて指さしてきた師匠には、愉快そうな笑顔が浮かんでいます。
とりあえず、これ以上お待たせしてはグラビスさんに申し訳ありません。本日二回目ですが。グラビスさん限定で。
敬礼してみせると、横に飛んできたフィーネとフィーニスも真似してきました。フィーネはうまく出来ていなくて、前足が垂れた耳に引っかかってしまっています。ちょいちょいと前足をいじってあげると「あにむちゃ、ありがちょでしゅ」と笑みを向けてくれました。撃沈です。だれか、カメラ下さい!
三人並んでの敬礼は、よほど可笑しな光景だったのでしょう。師匠が小さく噴き出しました。片眉を垂らしていますが、とてもあたたかい微笑み。
「いってらっしゃい!」
「おぅ」
勢い良く飛び降りた師匠に向かって声をかけると、ひらひらと手を振られました。相変わらず律儀です。
音も無く地面に足をつけた師匠に、安堵の溜息が落ちました。魔法を使っていると頭では理解しています。自分が浮遊魔法かけられている時は、元の世界で味わったことのない感覚を覚えるので、実感がわくのですけど。人が浮遊魔法で浮いてたり降りていったりするのには、まだ時折ひやっとしてしまいます。
「魔法戦、どんなだろ」
「ふぃーねも、はじめちぇみるのでしゅ」
「ありゃっぽいのは、しゅきにゃいぞ。でも、ありゅじのは、みちゃいのにゃ」
手摺に乗った二人を見ると、視界の端にアラケルさんが映り込んできました。うわぁ、目があった。にやりと嫌な笑みを浮かべています。師匠のにやりは好きなんですけど、あれは苦手です。
思わず手摺りよりも低く頭を下げてしまいました。
と、アラケルさんの前に魔法映像が現れました。師匠の前にも。数秒後、アラケルさんは真っ赤になって怒り出しました。師匠ってば、挑発的なことを言ったのかな。
師匠対アラケルさんの、魔法戦の幕開けです!
ところで、私、腰抜かさないでいられるんでしょうか……。師匠に負けたあとのアラケルさんにとって、恰好の標的になってしまうのは避けたいです。それが一番、心配だったり。
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