引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

4.引き篭り師弟と、お酒の時間 【3】

 飲み直しを始めて数時間後。日付も変わってからしばらく経ちました。時折、ふくろうの鳴き声が聞こえてきます。居間に設置された暖炉から、火の粉が弾ける音と煙の匂いが漂っています。不思議と心が落ち着く香りです。
 心地よい状況に瞼が閉じたがりますが、今日はまだベッドに潜り込む気にはなれません。

「アニム、部屋に行って寝ろよ」

 目をごしごしと擦っていると、隣の師匠が呆れたように階段を指しました。
 下ネタパレードが落ち着き、師匠たちは昔話に花を咲かせています。なので、私は居てもいなくても変わらないでしょうけど、話を聞いているだけでも楽しいんです。二人だけの時とは違って、師匠が水晶の森に引き篭る前に旅していた話や、ラスターさんやホーラさんと出会うきっかけとなったナンパ騒動など、全ての話が新鮮なんですもん。

「まだ、大丈夫。ここで、うたた寝でも、良い」

 瞼を横に引っ張ると、意識が少しはっきりします。
 どうしてでしょう。得たいの知れない寂しさを、上手く隠すことが出来ません。一人になりたくないんです。ラスターさんの瞳の奧に見た映像のせいでしょうか。

「馬鹿は風邪ひかねぇらしいが、突拍子もない問題が起きそうだから、ちゃんと寝ろ」

 てっきり頭を叩かれるか揺さぶられるかと思ったのですが、溜息をつかれただけでした。
 無意識でしょう。気が付けば、不満げに口が歪んでいました。

「寝るだけで、何か起こる、ない。私、手品師じゃない」
「ウィータ、相変わらず素直じゃないのです。それより、早くお風呂に行ってくださいなのです。式神ちゃんたちが、沸かし直して待ってるのです」

 そうだそうだ。とっとと行ってきなさい。忘れてたんですけど、師匠、お酒を頭から浴びていたんですよね。乾いてべたついてきたようです。
 我が家のお風呂は、いわゆる五右衛門風呂(ごえもんぶろ)というやつです。大きな窯みたいな湯船に水をはり、薪(たきぎ)を燃やして湯を沸かすお風呂です。昔はネコ足ユニットだったんですけど、私が元の世界の話をしたら気に入ったようで、作りかえてしまったんですよ。
 
「良いか、アニム。お前は酒飲むんじゃねぇぞ」
 
 師匠が私にお酒を飲ませたくない理由は二つ。ひとつは、すぐ眠ってしまうから。しかも、その場で。ふたつ目は、それを乗り越えても記憶が曖昧になりがちだから。だそうです。普段からお酒を嗜(たしな)む方ではないので、自分では良くわかりません。普通に眠すぎても、寝た直前の様子ってわからないですよね。

「つーか、ラスター、絶対に飲ませるんじゃねぇぞ!」

 先にお風呂でアフロを直していたラスターさん。さすがに懲りたようで、引きつった笑いで手を振りました。自分の髪を撫でながら、茹でた豆をかみ締めています。

「あんたアニムちゃん絡みになると容赦ないんだもん。自重するわよ」
「うっせぇ」

 ラスターさん、小さく「しばらくは」と付け足しましたよ。揉めてもらっても困るので、とりあえずスルーしておきましょう。
 師匠はしばらく訝しげに眉を顰めていましたが、やがて、溜息をつきながら部屋から出て行きました。
 足音が遠のいたのを確認して、ラスターさんとホーラさんの方へ席をつめます。コの字形に座っているので、あまり意味はないですけど。内緒話気分として。

「ししょー、前は違ったです? えーと、怒りっぽく、なかった?」
「えぇ。何事にも深い興味はなしーって、冷めた感じだったわねぇ」
「なのです。悟った風なのでした。だから、昔からの仲間は、ウィータをからかうのが楽しくて仕方がないのですよ」

 やっぱり、皆さんわざと怒らせてたんですね。師匠、弄ばれてますよ。っていうか、私はだしにされているわけですね。楽しいので、良いのですけど。出来れば、恥ずかしいネタではやめて欲しいです。
 とはいえ、私の知らない師匠の話は、胸が躍ります。

「百年引篭もって、友達大事、気付いたですかね」

 人から離れて初めて、ありがたみがわかるっていうやつですね。私も、大学生になってから1年ちょい一人暮らしをしていたので、気持ちはわかります。親への感謝といいますか。家族や友人てありがたいなぁって。

「ちょっと、聞きにくい、ですけど」
「いいのよーウィータがいないうちに、女子会しましょ! あたしの好みはね」
「ラスター明らかに違うのですよ」

 異世界で引き篭っている状態で女子会が出来るとは思ってもいませんでした。ちなみに、ラスターさん、先日教えた異世界の言葉をすぐに活用できるなんて、さすがです。今度はチャラ男的言葉を使ってみてもらいましょう。
 ラスターさんとホーラさんの親しみやすい空気も手伝ってか、他の方には聞けないような疑問も、つい口にしてしまいます。

「ししょー、家族いるですか? 違う? いた、ですか?」
「んー、どうかしら。まぁ、親はいるだろうけれど、兄弟がいたっていうのは聞いたことないわね」

 きわどい応え方です。ラスターさんは誤魔化している様子はありませんので、本当にご存知ないのでしょう。まぁ、うそでも、私みたいな赤ちゃんには見抜けないです。
 二百六十年も生きていれば、忘れてしまう記憶もありますよね。普通に生きていても、会っていない人の名前や記憶は薄れていきます。それを家族に当てはめていいのかは、自分でも疑問ですけど。

「わたしは、母親に関してはちらっと聞いたことがある気がしますのです」
「ほんと、ですか?!」

 興奮のあまり、腰が浮きました。それに驚くのでもなく、ホーラさんは愉快そうな笑顔になります。

「はーい。でも、百年も前なのですからねーわたしも、よくは覚えてないのです。それに、ラスターや私は、元々長寿な一族の出なので記憶能力の幅は広いのですが、ウィータは後天的に不老不死になったっぽいので。世界を放浪している間に、家族や出身地の記憶は薄れているかもですね」
「あたしは、生まれは長寿の一族だって聞いた気がするわよ? あぁ、でもそうね。長寿は長生きなだけで、ゆっくりとは老いる。けど、不老不死は『老いず死なず』だものね。違うわ」

 それは、とても寂しいこと。普通の人間な私には実感できません。けど、親しい人たちがいなくなって、ひとりぼっちになる師匠。どれだけ繰り返したら、思い出をありがとうなんて笑顔で見送れるようになるんでしょうか。きっと、何度別れを経験しても、送る人が大切な人であれば、慣れるなんてない。そんな気がします。
 師匠を思うと、胸が痛みます。

「だから、ししょー。百年も、引き篭り」
「あっ、それは違う理由よ。今は教えてあげられないけど」
「えっ」

 感傷に浸りかけていたのに、あっさりと否定されてしまいました。センチメンタルな理由ではないんでしょうか。ってことは、なんだ。純粋な出不精かい。筋金入りの引き篭りにブレはないのか。いやいや、さらりと重大な秘密があるんです的な言い方された気がします。
 ラスターさんを噛み付く勢いで見つめますが「いやん、感じちゃう」と謎な返しをされたので、早々に諦めました。

「ラスターさんもホーラさんも、ししょーいっぱい知ってる。羨望嫉妬(せんぼうしっと)です」
「意外に激しいわね、アニムちゃん」

 どんだけだ、自分。覚えた言葉を深く考えず使ってしまうなんて。この間のセンさん来訪時の『愛』発言で懲りたはずなのに。
 内側からこみ上げてくる熱を下げるため、お茶を流し込みます。まだ、足りないです。

「間違えました。羨ましい、です」

 完全に誤りかと言えば、そうでもないんですけれど。肯定するのは、恥ずかしすぎます。
 師匠と二人だけの時って、軽口の叩き合いがほとんどですし、意地悪を言われている回数の方が多いです。今日みたいに、私贔屓な発言や行動はないに等しいです。だから、今日みたいに自分の中に浮かんできた、やきもちに似た感情は戸惑ってしまいます。

「アニムだって、わたしたちが知らないウィータを、いーっぱい見てるのです」
「そう、ですか?」

 そうだと、良いな。
 思い返すと、この1年間、言葉を覚えるのや生活に慣れるのに一生懸命で、プライベートな質問てしたことなかったかもです。言葉の学習例で良くある家族構成の話も、私が答えるか、質問しても教科書というか定型文的な回答されてました。
 いけない、ちょっと落ち込んできた。よし、これからは、勇気を出してしてみよう! それで「その話には触れないでくれ」とか言われたら、いつも通り「暗い過去を隠す、影キャラ」とでも突っ込んで、自分を慰めましょう。

「それより、あたしはアニムちゃんを、隅々まで知りたいな」
「どんとこいです。でも、色ない、範囲で」

 これ大事です。からかいの対象である師匠が不在の今、おふたりがちょっかいをかけてくるとも思えませんけど。一応、自己防衛は試みます。
 ラスターさんは「すっかり警戒されちゃってるわね」と豪快な笑い声をあげました。

「そうね。話題に出たのだし、家族とか」
「お父さんにお母さん、五つ下の弟と六つ下の妹います」
「アニムは一番上のお姉ちゃん、なのですね」

 ホーラさんに、ちょっと意外そうな目で見られました。これでも、元の世界では炊事洗濯も手伝ってましたよ。弟や妹の面倒も見てましたしね。おかげで、ちょっと料理が出来るのには大感謝です。
 ラスターさんは納得いったようで、膝をぽんと叩きました。ホーラさんとの接し方でしょうか。だって、ホーラさん見た目幼女なんだもん。
 ラスターさんの膝打ちの意味に気がついたのか、ホーラさんが唇を尖らせました。

「みんな、仲は良かったのです?」
「はい。両親、仕事休みの日、良く、んーと、馬車みたいな乗り物のって、遊び行きました。ししょーの術、巻き込まれた日も、してました」

 ふと、そこで、目の前がちかっと光りました。なんだろう。そして、光の中を通り過ぎた影。いえ、映像。
 ずきんと、頭に激痛が走りました。息を飲んで体を丸めると、おふたりから慌てた声が掛けられました。大丈夫だと応えたいのに、喉が詰まって声が出ません。
 記憶の奥から漏れてくる音。声?何か、高い――。

「アニム! ちょっと、大丈夫?」

 はっと、我に返って目を開くと、汗がぽたりと落ちました。スカートに滲んだ汗は、しみを作って消えていきました。
 呆然と顔をあげると、心配そうに肩に触れているおふたりがいました。頭を抱えていた手を下ろすと、かたかたと可笑しいくらいに揺れています。

「えっと、すみません。急に頭痛くなりました。けど、大丈夫! さっきの騒ぎのせい、きっと」

 へらっと笑い返すと、ラスターさんとホーラさんは顔を見合わせました。なにやら、視線で会話されてる予感がします。気になります。
 ですが、すぐに、ホーラさんが膝をよしよしと撫でてくれます。頭は届かないんですね。小さい紅葉な手が可愛いです。
 うん、大丈夫。私、平常運転。

「ですです、疲れなのですよ。こういう時は、ぱあーと飲んで疲れを吹き飛ばすのですよ!」
「ホーラ、良いの? ウィータに釘刺されているのに」
「わたしは刺されていないのです」

 私が飲むなと言われている以上、師匠が怒るのに変わりはないのでは。
 とはいえ、珍しく、お酒を飲みたいと思ってしまった私。快く、ホーラさんの提案にのりましょう。

「私、ちょっと飲んでみたい、です」
「その意気なのです! 反抗期万歳なのです!」
「よーし、じゃあ、あたしも!」

 とくとくと注がれたグラスをぶつけ合います。そして、一気に飲み干しました。美味しいです! 先程までは葡萄(ぶどう)の芳香だけでしたけど、実際口に含んでみると、嗅ぐ以上の香りが広がっていきます。しかも、フルーティーと言うんでしょうか。想像していた味よりも、断然癖がないです。
 美味しいお酒は、暗い考えや靄のように浮かんできた不安を流してくれるみたいです。

「いい飲みっぷりなのですよ。飲みねぇ、飲みねぇなのです」
「はーい! 遅ればせながら、アニム、参加させて頂きます!」

 グラスの半分にまで注がれたお酒は、あっという間に空になっていきました。ほわんほわんと、綿毛が飛ぶように気持ちが軽くなります。むしろ、なんか心地いい。
 へらへらと笑っている私を、おふたりは満足そうに見ています。

「ところで、アニムちゃん、他に聞きたい話とかある?」

 よくよく見れば、ラスターさんもホーラさんも、ほんのりですが頬に赤みがさしています。あれだけ飲めば当然でしょう。
 今なら聞いてもいいかなぁ。でも、教えてもらっても、自分が落ち込んで終わりそうなだけという気もします。
 無意味にグラスを弄ってしまいます。おふたりは、そんな私を楽しそうに見ていらっしゃいます。これは、バレバレな予感。

「うーと、ですね」
「はーいはい、なのです。遠慮はいらないのです」
「師匠、恋人、いたですか?」

 意を決して質問を投げかけました。言い終えた瞬間、居た堪れなくなりお酒を飲み干しました。勢いが良すぎて、むせ返ります。鼻にはいったような。

「アニムちゃんてば、ウィータ関連ばっかりよねぇ」
「え?! すみませんです。夕方に、ラスターさんとの関係言われた時、ししょーってば、微妙な顔してました。気になってて……」

 最後は尻すぼみになりました。新たに注がれたお酒に視線が落ちます。映ったのは、情けなく顔を歪めた自分。
 いけない! これでは弟子としての興味本位ではなく、思い切り女子として悩んでいるみたいです。私は、あくまでも師匠への反撃材料として、確保しておきたいだけです。

「百年は引き篭っているからねぇ。あっ、あたしとは勿論、清い仲よ。アニムちゃんならいつでも大歓迎だわ」
「そうです、ね! 師匠、引き篭り、今、間違いなくフリー」

 師匠が全く外界へ出なかったのかは知りません。けれど、少なくとも私が呼ばれてからは、出たことも、それっぽい女性が訪問された記憶もありません。
 自分でもわかるくらい、明るい声が出ました。にこにこと飲んだお酒は、先程よりも甘く感じました。

「でも、手紙のやりとりという手段もあるのですよ。それに、この森も広いのです。植物の森とか湖の森とか、違う場所で逢瀬(おうせ)を重ねている可能性もなきにしもあらずなのですよ」
「……そう、ですよね。私、知らないだけかも」

 一気に気分が沈んでいきます。居住スペースは水晶の森ですけど、結界の内側はとても広いんです。私たち以外が住んでいるとは聞いていませんが、そちらに恋人さんがいることをきっぱりと否定出来る材料もないです。私、気がついてないだけかも。
 はぁと溜息が漏れます。そうだったら、嫌だなぁ。いやいや、事実なら一言伝えておいて欲しいだけです。

「ぷっう――」
「ホーラさん?」

 身体を震わせているホーラさんを心配する声も、暗くなってしまいました。
 急性アルコール中毒でしょうか。けいれんでも起きているのでしょうか。それとも、ぷっうって、口からオナラが出る病気でも発症したんでしょうか。っていうか、私。しょうかしょうかって、心の中で呟いていても、しょうがないよ。
 なんだか瞼が落ちてきます。

「あはっ! 苦しいのですよ! あははっ!」

 ホーラさんが弾けたように笑い出しました。あまりの爆笑っぷりに、眠気が吹っ飛んでいきます。ホーラさんは、小さな身体を丸めて、ばしばしとソファーを叩きまくっています。いつぞやのセンさんを彷彿とさせる姿です。可愛らしさは、全然違いますけど。
 わずかに舞い上がった埃で、鼻がむず痒くなりました。呆気にとられていると、ラスターさんから苦々しい声が溢れます。

「ホーラも意地が悪いわねぇ」
「だって、アニムの反応が可愛すぎるのですよ。これで、自覚してないなんて、詐欺なのですよー」
「あんたねぇ。万が一、アニムちゃんが自覚しても、ウィータがなんて言うかくらい想像つくでしょうに。どうせ、閉鎖的な空間に二人だからとか、すり込みだとか、理屈つけて逃げるのよ。本能のまま、動けばいいのにねぇ」

 おふたりの会話について行けないです。自覚って、師匠をからかいたいって企んでいることでしょうか。嫌がらせの自覚はありますよ。
 っていうか、確かに師匠が言いそうな台詞ですよね。すり込みって、鳥の雛のお話でしょうか。どこから、そんな話に。
 私、相当酔いが回ってきてるようです。瞬きを繰り返すしか出来ないです。笑いすぎて涙を拭いているホーラさんが、膝に触れてきました。

「アニム、ごめんなさいなのですよー」
「え? あっ、私、笑われてたですか」

 良くわかりませんけど、ここは怒る振りでもしておきましょうか。
 ホーラさんの頭を拳で両側から挟みます。ぐりぐりと動かすと、ホーラさんは痛がりもせず、きゃっきゃとはしゃいぎました。心が洗われる笑顔です。後ろで黒いしっぽが踊っている錯覚を洗い流してください。

「お詫びに、もっとウィータと仲良くなれる方法を伝授するのです!」

 胸を張って指を左右に振ったホーラさん。
 私も、普段なら警戒心丸出しに身を引きそうな提案です。けれど、今は、減ってしまったスキンシップを寂しく思う気持ちの方が、疑いより勝ったようです。胸のまで手を握り締め、こくこくと頷いてしまいました。

「あんた、お詫びっていう割には、偉そうよ」
「ウィータは見たまんま、人に触れるのに慣れていないのですよ。だから、アニムから積極的に触ってあげるのがオススメなのですよ。あとは、誘導してあげるとか。基本、好意的な人間を拒みはしないのですよ」

 誘導って、どういう風にでしょう。ラスターさんなら、上から目線で「触ってご覧なさい」って女王様風な台詞も似合いそうですけど。足の指先から、とか注文もつけそうです。じゃなくて、母性を発揮しろという意味でしょうか。
 改めて、ラスターさんを眺めてみます。優しく細められた瞳から母性が滲み出ています。あれか。

「ししょー、ラスターさんは触るです。母性総動員して、甘えてこいよ、って誘導する?」
「ウィータのあたしに対する接触は、触るっていうより害虫退治的よ……それに、色気は嬉しいけど、さすがに男に対して母性を抱きはしないかしら。女の子になら何でも感じて貰いたいけれど」

 ラスターさんなら何でも歓迎だと思ったんですけど、元男性として、そこは譲れない一線なんでしょうか。こだわりってやつですね、了解です。
 ラスターさんに向かって、にかっと笑って親指を立ててみせます。酔っ払っているせいか、後半部分に突っ込む気力がありません。

「アニムのスルースキルがレベルアップしているのですよ」
「あんたの影響じゃないの? 悪影響及ぼさないでよね」
「防衛術なのですよ。それに、ウィータに幼児プレイな趣味はないと思うのですよ。でも、そういう理由の方がアニムにとって触れやすい後押しになるなら、それで良いのですよ」

 結構投げやりな口振りなのは気のせいでしょうか、ホーラさん。しかも、さらりと凄いこと言われたような。

「ここ最近、ウィータもいらいらして怒ってばかりなのです。人肌は癒しの効果もあるのですよ。アニム、これは弟子としての義務なのです! 今夜のミッションは、ウィータを甘やかすあまあまお祭りナイトなのです! 二人きりになって、弱みを握る絶好の機会なのですよ!」
「二人で、お祭りですか? 弱音、聞き出せる自信ないです」

 弟子と言われて、はっとしました。ちょっと、弱みと弱音。言葉のニュアンスに行き違いがありそうですけど。深く考えないようにします。決して、弱みを握ってやろうなどとは、企んでいません。弱音を言える人って、必要ですよね!
 それにしても、お祭りですか。パーティーじゃなくてお祭りですか。二人だけのお祭りって、逆に寂しい雰囲気が漂いそうです。そうか。作戦は、線香花火的なしっとり感でいけって指示ですね。
 お酒で思考が纏まりません。こんな状態でさっぱりしてお風呂から戻ってくる師匠から、ネタ、じゃなくて弱音を引き出せるでしょうか。

「二人ってのに意味があるのです。ダメではないのですが、いやんいやんなのです」
「わかりました。私、頑張る!」
「頼もしいのですよ! じゃあ、燃料投下なのです。もっと飲んでの方が、勢いが出るのです」

 ホーラさんの頼もしいという言葉に舞い上がってしまい、何杯目になるのかわからない美酒に口をつけます。意気揚々と立ち上がって飲み干すと、ぷはぁーと熱い息が出ました。
 早く師匠戻ってこないかな。弾む胸を押さえてお風呂場の方を振り返ります。入る気合とは裏腹。準備をしろとでも言うように、急速に瞼が落ちてきました。ちょっとだけ寝てても良いかな。

「アニム、ちょっとでも寝ておくと良いのですよ。夜は長いのです」
「は……い」

 そうですね。師匠ってば、お酒を浴びてからお風呂に入るまで時間が空いちゃっているので、臭いをとるのに必死でしょう。もうしばらくは、上がってこなさそうですもんね。
 ソファーに倒れ込むと同時に、ふわりと優しい感触が被さってきました。置いてあったケープを、どちらかが掛けてくださったんでしょうか。それが後押しとなって、意識が薄れていきます。
 ホーラさんとラスターさんは顔を寄せて、もごもごと内緒話をしていらっしゃるようでした。師匠をからかう算段を立てていらっしゃる様子なので、心の中でファイトと腕を振り挙げておきます。

「ホーラ、酔っ払ってんの? あんな隠語使って、アニムちゃん嗾(けしか)けるなんて、あんたらしくもない。そりゃね。身体の関係から近づく距離ってのもあるけど。この二人には、当てはまらないと思うわよ?」
「人の不幸は蜜の味なのです、じゃなくて。ウィータは奥手過ぎるのです。一緒に暮らし始めて1年以上なのですよ? かといって、ウィータを突っついて行動させても、アニムにとったら急に感じてしまうかもしれないのですよ。なら、アニムから動いてもらった方が、あとあと気まずくなるリスクも減るのです」

 まどろむ意識の中、うっすらと聞こえてきた声はとても硬いものでした。耳に届いた傍から、意味を理解する前に消えていってしまいます。

「悠長なことは言ってられないのですよ。例の事件がいつ起きるかもわからないのですから。ふたりが相思相愛になる前に起きちゃったら、ウィータの百年は無駄になるのですよ?」
「……ウィータなら、きっと受け入れるでしょうね。心の中では泣き叫んでいても」

 師匠が泣き叫ぶ? 想像出来ません。けど、師匠が悲しむのは、私も嫌です。家族みたいな大切な人が泣くのは、辛いです。

「ししょー……泣く、どうして……?」
「アニム、大丈夫なのです。ゆっくり寝てくださいなのです。ねーむれーあーにむー」

 ホーラさんのちょっと音が外れた子守唄。高くて甘めの声に、くすりと笑いが溢れます。ついで、軽く肩を叩かれました。小さくて温かいぬくもりが合図となって、すとんと眠りに落ちてしまいました。





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