引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

27.引き篭り師弟と、辿り着く処1


「ふぁ」

 大きな欠伸が、厳かな雰囲気を壊してしまいます。
 けれど、大きな口をあけた私やフィーニスたちを咎める方は、だれ一人としていません。隣に腰掛けるディーバさんが、目を細めただけ。
 本拠地の中でも一際ひっそりとしている裏庭にいます。夕刻前の空はまだ青く、地上を照らしているのは眩しい太陽の日。

「うみゃ。ありゅじ、まだ南の森の守護精霊さまと、おはなし出来んのかいのう。ふぃーにすたち、おうち帰れないのじゃ」

 不安の色を浮かべたフィーニスの頭を、ぐしゃぐしゃ撫でます。ふわふわの毛が、指に絡んでくる。珍しくぷんすこしないフィーニス。されるがまま、左右に身体を揺らしています。うつらうつらしているんでしょうね。
 フィーニスの視線の先にいる、離れた場所で魔法陣の中心に座っているウィータ。胡坐をかいて、そっと瞼を閉じています。

「魔法使ってるウィータ、きらきら綺麗だね」
「うな。ありゅじに集められる魔法は、みんなうれしいーって光るのじゃ。ありゅじは、ほわわじゃからにゃ。だいじだいじに、魔法の一粒ひとつぶを、使ってくれるのぞ」
「フィーニスちゃん……」

 フィーニスの言葉に泣きそうになったのは、私よりも、隣に座っているディーバさんでした。赤い瞳をつぶして、フィーニスの垂れ耳に指を滑り込ませました。
 ウィータは太陽の光に負けないくらい、きらきらと輝いている魔法の蛍を纏っている。綺麗。姿だけじゃない。ウィータって存在が魔法を綺麗に彩っている。
 ここ一時間くらい、あの状態です。

「大丈夫だよ。この時代、メメント・モリは、封印されてるからね。連絡取りにくい。守護精霊様、お昼寝してるだけかもね」
「いまにょ南の森行くの楽ちみでしゅけど……ぽかぽかでふわわんなのでち」

 今にも落ちそうな瞼を擦っているフィーネとフィーニス。ふよふよと危うい感じで浮いている二人を胸にだけば、ぎゅっとブラウスを掴かんでくれました。とんとんと軽く背を撫でると、一呼吸後には可愛い寝息が手をくすぐってきました。
 眠さを忘れ、頬が緩みます。
 ディーバさんもふんわりと微笑んで、二人の鼻先を突っついています。

「アニム。まだ夜には時間あるわ。少し目を閉じていたら? 当たり前だろうけれど……昨日は夢見悪かったのでしょう?」
「ありがとうです、ディーバさん。ぼんやりしか覚えてない、ですけど、変な夢見た気がするです。フィーニスたちは、たぶん、私の不安定に、引っ張られたですね」

 昨晩、なにやら不思議な夢を見た気がするのです。よく覚えていないけれど……私じゃないのに私で。怖いのに幸せで。でも、やっぱり切なさだけは、心に残っている。カローラさんの、ほんのり甘い香りがしたのは気のせいだったのかな。
 また暗い表情になっていたのでしょう。ディーバさんが、ぽんぽんと頭を撫でてくださいました。

「だいじょーぶよ。今のアニムなら、絶対。アニムの想いや言葉を聞いて、ウィータちゃんが手を伸ばさないようなら、百年後、私がぼっこぼこにしてあげるんだから!」

 むんと拳を握ったディーバさん。可憐な容姿に似合わない言葉に、思わず笑い声をあげてしまいました。あったかい。
 封印の地と通信しているからでしょう。ラスやホーラさんも、興味津々の様子で魔法陣の傍らに腰掛けていらっしゃいます。そんなおふたりにちらっと見られ、咳払いが出てしまいました。

「ししょー、ディーバさんに弱い。頼もしいです!」
「ウィータちゃんがあんな風に、口悪くなる前からの幼馴染ですものね。アニムが未来に戻って、この七日間をネタにしたら、もっと上がらなくなるかも。うふふ」

 くっ黒い! ブラックディーバさん参上ですよ! さすがセンさんの奥様。
 それはともかく。ディーバさんには昨日、私の決断と想いをお伝えしました。ずっと寄り添って支えて頂いたディーバさんには、全部お話しておきたかったんです。ウィータには言えないことも。

「守護精霊様から、聞いた、ウィータの口調も、今と違うですよ。外界出て、すれちゃったですかね」
「ウィータちゃん、からかってあげて」

 前置きをしたディーバさんに頷き返すと。すいっと腕をひかれました。
 風に舞い上がったディーバさんの銀髪が、頬に触れてくすぐったいです。フィーニスの鼻先も掠めたのか。くちんっという可愛らしい音が鳴りました。
 跳ねた身体は、すぐに、ぽすんと胸に沈んできます。ディーバさんとほっとしあい、また笑いが零れ落ちました。

「成人前はどちらかというと、かたい言い回してたの。でも外界に出てからは……ウィータちゃん、あの容姿じゃない? 身長も今ほどじゃなかったし、魔法使役している彼ってさらに綺麗だから。年上や王族に迫られることも多くてね。極めつけは、女性に間違えられることが、本当に多くて」
「……わかるって頷いたら、怒られちゃうですかね。ししょー、色素薄くて綺麗けど、髪長いウィータ、それ以上。魔法使うししょーは、かっこよくて綺麗。綺麗いうか、神秘的?」
「あら。ご馳走様」

 にんまりと笑みを浮かべたディーバさん。
 うぇ?! 今のどこにのろけが! 同意しただけなのに!
 あわあわ挙動不審になると「瞳、とろけてる」と目の下をなぞられました。華奢で綺麗な指に、どきりと心臓が跳ねます。美少女恐るべし!

「うっと、えっと。でも、普段のししょーは、眠たげに瞼落としてるけど、きりっとした眉とか、からだ、つき、いうか、手や指綺麗けど、ごつってして、ちゃんと男性」
「世の中いろんな趣味の人がいるの。それに、みんながアニムみたいに、ちゃんとウィータちゃんを隅々まで見てるわけじゃないし」
「へっ変態さんみたいですね、私! ……まだ、知らないです。もっと、知りたい。ししょーを」

 いえいえ! 隅々までは知りませんなんて叫びかけて。さすがに危険な言葉だと自覚して、ぐっと喉に押し込みました。代わりに、出たのは自分でも驚くほど、掠れた声でした。
 前はディーバさんにやきもちを妬いたりもしたけれど。今は、嬉しい。師匠を大切に想ってくれている方から、私が知らない師匠に触れられるのが。
 私の心の内はお見通しなのでしょう。ディーバさんの瞳が、優しい色を浮かべました。

「うん。知ってあげて。私も、もっとアニムにばらしたい。それでね、私が知らないウィータちゃんの姿も、のろけてね?」

 師匠以外にも未来で私を待っていてくれる人たちがいる。
 それに、過去ここでも。わかる。今ならちゃんと。ディーバさんは師匠ウィータだけじゃなくて、私の存在も望んでくれている。思い上がりだって笑われてもいい。私は、そう感じられたんです。
 泣き出しそうになった私の目元に擦り付けられた、魔法衣の袖。余計に涙が落ちそうになって俯いた頭を、ディーバさんの腕が抱きかかえてくれました。
 お礼は喉に詰まって出せなくて。ただ、こくこくと頭を揺らします。

「そうそう。だからね、最初は人を遠ざけたり、女性に見られないようにって始めた口調だったのよ。それが存外、性分にあってたみたいでね。今じゃすっかりアレなの、いい年なのにね」
「ほんと。二百六十歳越えても、同じ言葉使い、ですよ?」

 呆れたように肩を落とせば。ディーバさんからは、鈴を転がした笑い声が零れ落ちてきました。センさんがディーバさんを大好きなのも、師匠が大切に思ってるのも全身で感じられる。
 未来では少ししか触れ合えなかったディーバさん。もっともっと仲良くなりたい。
 師匠の好きから始まって、広がっていく世界。それが、私の世界。

「全部、知らなくても、手を伸ばすことが、私にとっては、世界を好きってこと。師匠を通じて、広がっていくです」
「うなっ!」
「ふふ。子猫ちゃんたちも、でしょっ! 笑ってる」

 ディーバさんの言う通り。片腕に抱き直したフィーニスたちは、ふにふにと頬を弾ませています。大好きな笑み。
 全てを知らないと、好きだって言っちゃいけない訳じゃない。一歩ずつ歩み寄ったり、時に離れたりして。また新しい世界あなたを好きになっていく。

「アニム。ウィータちゃんを――ウィータちゃんを知るほど、好きになってくれて……ありがとう」

 ふわりと。ディーバさんの唇が綻んで。つんと、鼻の奥が痛んで仕方がない。
 向き合ったディーバさんの微笑みに、どうしようもなく切なくなる。この感情は何だろう。嬉しいのに、悲しくて。ただ肯定して笑いたいのに、胸が苦しいの。
 今までの好きとは違う。大好きだって心が叫んでるけど、痛くて。けれど、痛いだけじゃなくって深く心を突いてくる。師匠がただ好きってだけじゃない、不思議な感覚。

「――っ。は、い」

 ごめんなさいと、ありがとう。
 涙の向こう。一瞬、夢の記憶が蘇ってきました。あれは有り得た未来、この先に待ち受けているかも知れない先。
 けれど。私があの夢の中願ったのは、本物の気持ちなんです。忘れたくない。全部、なかったことにしたくない。両親との思い出も、雪夜と華菜の存在も。フィーネとフィーニスが葛藤した時間も。
 なにより、この世界で師匠と出会ってめぐり合って、師匠とウィータを育んだ私たちを。私たちだけじゃない。師匠を通じて繋がった関係や世界。

「ししょーもウィータも、口悪くても、人を傷つけるのじゃ、ないです。声も仕草も……存在が優しいから、きつい思うないの。むしろ、大好きです。私、あの声が紡ぐ、あの言葉が好き」
「なにが、好きだって?」
「びやっ!」

 うっとり幸せたっぷりの声色から一転。奇妙な叫び声があがってしまいました!
 いっ一体、いつの間に魔法を解除していたのでしょう! 私とディーバさんの前には、腕を組んで仁王立ちしているウィータがいるじゃないですか。師匠みたく瞼を落として、恨めしげに見下ろしています。

「うなぁ。ごめんちゃ。ふぃーね、すいましゃんに負けまちた」
「くかぁ。あにみゅぅ。おこっちゃのか? ごめんなのぞー」

 あまりの叫びに、フィーネとフィーニスが起きちゃいました。耳をぺったりして、ごしごしと眼をこする仕草は可愛いけど。かわいそうでしたね。
 起き上がりかけた頭を、胸に引き寄せます。よほど眠いのでしょう。ぽすんと、あっさりくっついてくれました。

「ううん。帰るとき、起こしてあげるから、寝てていいよ? 私も、おねむなフィーニスとフィーネ、あったかくて、心地良いもの。おやすみ」

 ゆっくり。交互に撫でてあげても、必死で瞼をあげようとする二人。
 ウィータが前に屈みました。でも、視線は私じゃなくてフィーニスたちに向けられています。

「悪かったな。守護精霊とは連絡がついた。本来なら封印が施されている結界は、術者のオレでも容易に侵入出来ないようになっている。けれど、守護精霊が直接花畑に飛べるよう、術をはってくれるらしい」
「うにゃ? ちゅまり、未来のあるじちゃまみたく、転位魔法しゃんじゃないけど、ばびゅんでち?」

 私の胸に背を預ける状態で、両手をばたつかせたフィーネ。隣のフィーニスもうとうとしながら、うななと鳴きながら同じ仕草をしています。可愛い……!!
 あったかい眼差しを向けていたウィータが、ぷっと噴き出しました。二人とも可愛すぎますからね。ウィータは噴出すだけじゃおさまらなかったようです。くつくつと喉を振るわせ続けています。
 苦しそうだけど、楽しげで。きゅっと寄った眉間にも、あがった眉尻にもどきどきが止まらない。

「あぁ。一度契約を解除してしまっているからな。結界内への転位魔法は使えねぇが、守護精霊の呼びかけに応えれば可能だ。安心して寝てろ」
「あい」
「うな」

 ウィータに喉元をくすぐられた二人は、こてんと頭を倒しちゃいました。すやすやと柔らかく鳴る寝息。
 二人も可愛いけれど。未だに口に拳を当てて肩を震わせているウィータから、目が離せません。
 不躾に眺めすぎていたのでしょうか。むっとしたウィータに睨まれてしまいました。でも、目元が大好きな色で縁取られている。

「んだよ。オレが笑い噛み殺してるのが、そんなに奇妙か?」
「ううん。逆」

 言葉が足りてなかったようです。ぎゅっとふたりを抱きしめて笑った私に向けられたのは、訝しげな視線でした。
 奇妙なはずない。師匠もフィーニスとフィーネの仕草に噴出すことはよくあります。でもね、違うの。当たり前のように笑う仕草じゃなくって。どこか不器用に思えるウィータの笑い方に、胸が苦しくなった。

「私は、好きだよ。ウィータの、そーいう笑い方。うん、とっても好き」

 気がつけば。ウィータの眉間を突っついていました。師匠なら、笑わないのって肘鉄を食らわせるところです。
 そのまま、滑らかな綺麗な髪を撫でていました。太陽の光を受けて煌くレモンシフォンは本当に美しい。
 手に馴染む感触に、心が蕩けていきます。
 ウィータの瞳は、みるみる間に大きくなっていきました。

「なっ」
「あ。私とディーバさん、だからいいけど。他の女性の前では、気をつけてね! フェロモン振りまきも、駄目けど、可愛いのも、自重するですよ!」

 どんなウィータでも、見つけられるのが嬉しい。そこまでは口に出来ません。勇気はない。
 名残惜しくはあるけれど。最後に、きゅっと毛先をきゅっと掴んで指の腹に滑らせます。
 ウィータが反論する前に、びしっと指さしてやりました! かっこよくて可愛いなんて、最強じゃないですか!

「私、ウィータの苦しみ、わからないけど。でもね、ただ、目の前にいる、貴方がいい。ね? ディーバさん」
「うん」

 こちらが注意する側なのに。人差し指を掴んだウィータに、噛み付かれる勢いで射抜かれています。少し、痛い。やっぱり師匠より加減のない力。師匠よりもさらに深い色に染まっていく耳。
 隣のディーバさんが大きな瞳をさらにまんまるにしているのが、横目に見えました。横に向きかけた顔は、ウィータの片手によって正面に戻されてしまいました。

「……色々言いたいことはあるが。ひとまず、南の森に移動する」
「うん。守護精霊様から、連絡きた?」
「あぁ。たった今な。あっちの魔法陣にまで、いくぞ。子猫たちは起こさないように、気をつけろよ」

 ウィータがフィーニスたちを気遣ってくれたのが嬉しくて。自然と笑みが浮かんでいきます。軽く頷くと、ウィータはさっさと踵を返してしまいました。すたすたと、心なしか大股で歩いていくウィータ。
 興味深げに魔法陣に手をついていたラスたちに、なにやら話しかけています。

「アニム。こんなこと、私が頼むのはお門違いかもしれないけれど」

 立ち上がってすぐ。ディーバさんが抱きついてきました。フィーニスたちを潰さない距離感で。
 ディーバさんの愛らしい声が涙色なのは気のせいでしょうか。

「どうか、お願い。ウィータちゃんの傍にいてあげて」

 私にはディーバさんがどんな想いで、お願いしてきたのかはわかりません。言葉で察するには、私は未熟な人間だから。
 でも、伝わってきました。ディーバさんが師匠ウィータを、本当のほんとに大好きで大切に思ってるのは。

「ディーバさんは、ウィータを大好きなんですね。やけちゃうくらい」
「えぇ、えぇ。だから、アニムはもっともっとウィータちゃん好きっていえるくらい、ウィータちゃんと時間を過ごしてね」

 赤い瞳を潤ませて、見上げてくるディーバさん。
 わかります。ディーバさんが言いたいこと。同じ人をとてもとても大切に想っている女性だから。時間じゃない。ディーバさんが願っているのは。
 励ましであって、それよりも深い願い。

「ディーバ、アニム! 準備出来たよ。おいで」
「まったく。センてば、空気読めていないんだから」

 ぷくっと頬を膨らませたディーバさんですが、白い肌はわずかに染まっています。ぎゅっと握られた手が、熱くて、苦しい。
 ウィータが作り出した魔法陣は、私も見知ったものでした。転位魔法の光の柱を、空に伸ばしています。

「ディーバさん、センさん、ホーラさん、本当にお世話になりました。過去でも心細い、なくて、安心して未来、考えられたのは、皆さんのおかげです。伝えたいこと、いっぱいあるけど、お礼は未来で、言いますね」

 前に並ぶ三人に思い切り、頭を下げます。未来でも私と関係を持ってくれていた皆さん。どんな気持ちで私と接してくださっていたのかは、わかりません。ただ、過保護なほど師匠と私の未来を案じてくださっていたのは、今になって噛み締められます。アニムありきだったとしても、ありがとうございますって笑える。
 顔をあげた先にいらっしゃる三人は笑顔でした。センさんだけは、苦笑を浮かべています。

「絶対ね。未来でまた、会いましょう」
「僕はね、正直複雑なんだ。ただでさえ、茨の道を歩むウィータが、異世界の君を選んだことが。僕はこれ以上、ウィータに重荷を背負わせたくない」

 翳ったセンさん。綺麗な薄紫の髪が風に靡いています。
 私に出来るのは、まっすぐ彼を見つめることだけ。
 センさんはウィータを守る一族。それだけじゃないのを、私は知ってる。センさんはだれよりも、師匠を大切にしてきた人だって、身を持って体験しています。
 初めて出会った時にぶつけられた感情。そして、その後だれよりも私と師匠の二人を見守ってくれた存在だから。

「けれど……どうか、未来のウィータとアニムの縁が結ばれるよう、願うよ。だれよりも」
「――はい。ウィータを、だれよりも、大切想うセンさんに、背中押されるは、何よりも、力になるです。センさん、だから。また、私に、同じこと、言ってくださいね?」

 満面の笑みが浮かびました。
 大きく頷いた私に、センさんがくしゃりと表情を崩しました。あぁ。こんなセンさんは初めて見ます。最後まで私を見つけるのに反対していたセンさん。なのに、最後の最後にウィータの背中を押してくれた人。私を警戒していたのに、結局私を甘やかしてくれるセンさん。だれよりも師匠ありきで私を見えている人なのは知っている。だからこそ、最もお願い出来る。
 湿った空気を払拭するように腕をあげたのは、ホーラさんでした。

「今はだめでしたけど! アニムが未来に帰ったあと、始祖様に関して教えてもらえるの、楽しみに生きるのですよぉ!」
「はい。ホーラさん。戻ったら、私からも、ししょー、お願いしますです」

 ぐっと親指を立てて見せると。ホーラさんはやったとジャンプを繰り返してくれました。
 ちょっと後方にいたラス。名前を出さなかったのを拗ねているのかな。
 フィーネとフィーニスをウィータに預けます。ぴっと可愛いつめがブラウスに引っかかりました。が、ウィータの体温だからでしょう。耳をくすぐられると、あっさり引っ込んでくれました。ウィータには微妙な視線をもらいましたが。

「ラス」

 ラスの前に立つと。ラスはあからさまに身体を跳ねました。
 彷徨う視線。
 そんな彼に泣きたくなったのは何故でしょうか。無意識だったのかもしれません。ラスの大きな胸に抱きついていました。後方でウィータの「ばっ!!」って意味を成さない叫びが鳴ります。

「ラス。ありがとう。私を、ここで、見つけてくれて、ありがとう。ラスが、見つけてくれなかったら、私、どうなってたか、わからない」
「――っ、や。俺は、だって、アニムを怖がらせただけで」
「私、嬉しかった。本当に、嬉しかったの。ラスが、私を想って、怒ってくれたのも。すごく勝手な、お礼、わかってる。でも――言わせて? 未来のラスターさんも、今抱きしめてるラスも、とっても大切」

 センさんもホーラさんも、とっても大切な人。けれど、ラスターさんは特別なんです。センさんが師匠を思って私に接してくれたように。ラスターさんは、いつだって私を最優先で考えてくれていた。
 ラスターさんはいつだって私の気持ちを見てくれていた。師匠を怒ったり、私の話を聞いたりしてくれた。
 私は酷いのかも知れない。ラスの気持ちに応えられないのに、ただ感謝の気持ちを伝えたいなんて。

「……未来の俺、ウィータに葬られてないといいな」
「大丈夫だよ。ししょーとラスターさんは、喧嘩友達だもん。小突きあってるけど、仲はいい。フィーニスもフィーネもね、ラスターさん、大好きなの」
「そっか。……そっか」

 ぎゅっと背中にまわる逞しい腕。私も応えたくて、彼の背中を掴みます。厚い胸板が私を受け止めてくれる。師匠よりもある身長差。
 ごめんなさい。ラスの想いに応えられないくせに、貴方も大切なんて思って。でも、貴方がいたから、今の私があるのは痛いくらい理解しているの。

「ありがとう」

 背中にまわした腕に力を入れます。
 ラスに痛いほどに抱きしめられました。体が軋むほどに痛い。息が出来ない。あの時は怖かった。ラスターさんとは違う感情を向けてくるラスが。
 今はただ、ありがとうって泣ける。私の話を聞いて怒ってくれたラスターさんの気持ちが見えたから。何も知らなくてごめんなさいって謝るのは違う。目の前にいるラスと、ラスターさんの想いの色は異なるから。
 ラスにだけ届くように、小声が零れます。

「センさんはね、ししょー好き。けど、ラスターさんはね、いつでも、私の味方で、いてくれた。ありがとう。ラス。本当に、ありがとう。ラスに、ラスターさんの後、追って欲しいはないの。でも。身勝手だって、わかってても、ありがとう。ラスが、いてくれたから、私がある」

 目があったラスは、えもいわれぬ色を灯していました。当然ですよね。未来のお礼を告げられたって、戸惑うだけです。
 それでも、額をあわせてくれたラス。瞼はきつく閉じられているけれど。

「――俺、未来の自分に同情するよ」
「うん。ごめんね。私、無神経だよね」
「じゃなくてさ。……アニムは、優しいのに、残酷だ」

 頬に落とされた口づけ。ぽたりと頬に触れた雫はあったかい。
 ありがとう。私の身勝手なお礼に、同じ距離で答えてくれるラスが大好き。師匠の次に、大好きな男性。
 ごめんなさい。ひどいって自覚はあるの。でも。私、貴方が大好きなの。私だけじゃない。フィーネとフィーニスも。
 頬に、同じだけの熱で唇を添えます。

「――待ってる。未来で、待ってる。アニムを欲しいのは、ウィータだけじゃない」
「ありが、と。私、絶対、未来に、戻るから。未来で、また、抱きしめて」

 熱い。目元を撫でる指先が。ひどいってわかってる。わかってても、私は貴方に出会いたい。
 揺れた眼差しに、静かに微笑み返します。

「おい。もう、いいだろ」

 ぐいっと後ろにひかれた体。お腹にまわってきたウィータの腕に、息が詰まります。
 いつの間に起きていたのか。フィーネとフィーニスは、ぱたぱた小さな羽を動かして浮いています。てっきり、ラスにおなかアタックをかますと思ったのに。ただ無言で、ラスの目元に口づけを落としました。
 二人の静かな触れ方に、ラスは背を向けてしまいました。
 震えている背中を見て、だれもが優しい笑みを浮かべています。
 フィーネもフィーニスも、ラスが、ラスターさんが、大好きですもんね。

「転移するぞ」
「うん」

 見慣れた魔法陣の光。腰を引き寄せられたのは、違う感触。それでも、身体を熱くする力です。
 見上げたウィータは、への字口でした。



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