引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

24.引き篭り師弟と、想いの行く末8


「ウィータはウィータで、いいよ。無理に、してくれるは、悪いし。ウィータない触れ合いは、逆に、悲しくて、嫌だ」

 目の前のウィータは師匠じゃない。でも、『ない』は負の方向とは違う。
 師匠じゃない悲しみよりも、ウィータがウィータじゃなくなる気遣いの方が寂しいです。師匠《ウィータ》の命が愛おしいから。違いに悲しむよりも、知れる今が嬉しい。

「いいから」

 素直な気持ちを笑顔と声にのせたのに、ウィータは短く吐き出しました。月明かりが頼りな廊下。遠くから流れてくる喧騒とは反対の、低い声色。
 不機嫌よりは、拗ねてるみたい。

「んー、でも、ウィータ的、気持ちよくないよ?」

 手を繋ぐのはまだしも、好きでもない女を抱きしめてとはお願い出来ません。さっきは話の流れ上、触れてくれただけだろうし。
 迫られていた際も、女性を突き飛ばしはしないものの、至極面倒臭そうでした。同じ行動をとって、嫌われたくはないですよ。
 強制的に引っ張って、移動するしかない。そう、手を掴もうと伸ばした腕は、あっさりかわされてしまいました。

「ウィータ?!」
「うっせぇ。間違ってるか?」
「違う、ないけど……嫌じゃ、ない? っていうか、よくないで、思いついたの?」

 聞き返し合戦です。冷静ぶって尋ねましたが、心臓は爆発寸前です、はい。
 だって。私は、ウィータの腕の中にいます。
 思い切り、抱きすくめられています。大きな掌が頭を肩口に押さえつけているので、ウィータの表情は見えません。
 抱きしめるという発想に行き着いたヒントに、若干しょんぼりとしちゃう。

「んなわけ、ねぇだろうが」
「ほんと?」

 ぽつりと零された否定。表情が見たくて捻った体は、より強い抱擁《ほうよう》に閉じ込められてしまいました。
 熱い。いつもはちょっと冷えているはずの彼の掌から、これでもかっていうくらいの熱が伝わってくる。

「ちょっと、黙ってろ」
「ひどい! 自分が、聞いてきたのに! とっても、理不尽!」

 師匠と一緒ですよ。理不尽。
 だめ。ほっとするはずなのに、泣きたくなってしまう。落ち着くのに、心臓が暴れる。小さい震えは、もう完全に消えてくれているけれど。
 抗議の意味を込めて暴れても、背中に回されている腕にあっさり押さえつけられてしまいました。
 強いくせに、包み込む優しさが染み込んで来る。
 見えない口元を尖らせても、体は正直です。力が抜けていきます。どきどきするのに、苦しくない。意識とは裏腹に、うっとりと擦り寄ってしまいます。ぎゅっと背中を掴んだ指先が、くすぐったい。

「はふっ。気持ち、いい」
「なんつー声出しやがる! このあほ娘!」

 ならばいっその事突き飛ばしてよと思う反面、もっととウィータの体温に擦り寄ってしまいます。見た目よりも大きな腕の中も、肌にしみてくる体温も。他の女性《だれ》にも伝わって欲しくない。
 これが、ウィータと私、両方の気持ちが溶け合った触れ合いなら最高だけれど。そこまでは望めません。

「んー。だって。ウィータに、ぎゅってしてもらう、落ち着く。ししょーとは、違う力加減けど、ウィータのも、好き、だよ。もっと、欲しい」

 ウィータが好きとは、恥ずかしくて……真っ直ぐ口にするには、まだ感情が絡み合い過ぎている。でも、本当の気持ち。
 師匠のも、ウィータのも。両方好き。好きな人の色々を知れるなんて、私は果報者。幸せ。だから、お願い。もっと、ウィータを頂戴《ちょうだい》?
 強調するように、区切ってみたのは私の精一杯です。気持ちに気がついてね、なんていうヒントです。って、うん? 区切る、強調? 私の場合、普段から片言だから対して主張にはなってないかもですが。『あの時』、未来のセンさんも――。

「ぐぇ、ですよ」
「ぐぇ、じゃねぇ! アニム、お前。ヤバイ台詞投げるだけ投げて、意識逸らすなんざ、良い度胸だ。心かき乱し放題で、師匠との思い出に浸ってんじゃねぇだろうな。人の腕の中で。上辺なら、いくらでも、踏み込めたのに――ざけんな」
「やばい、ないよ。素直な、だけ。ウィータが、ししょーみたくする、言ったのに。あ、でも、別に、ししょー、考えてたないよ? さっき、告げたとおり」

 嘘はついてません。うん。考えていたのは、ウィータと未来のセンさんのことですからね。ごめんなさい、と。ウィータの肩に、ぎゅうっと頬を押し付けてやる。くっつくっていうより、ぐりぐり額を擦ってるのが正解かな。
 ウィータが寂しくなっちゃったのかと甘えてみたのに。頭上からは長い溜め息が落ちてきました。しかも、疲労感たっぷりな。あ、師匠っぽい。

「アニム」

 とんと、壁に背中がぶつかっていました。ゆっくりだから、痛くはありません。
 えと。なぜに、両肩を掴れてるんでしょうか。なにより、目の前にはウィータのどあっぷ。傾げられた顔。薄っすらあいた唇から漏れる、アニムと紡ぐ音が耳に優しい。
 甘い声色を堪能したくて、瞼を落とせば。ふぅという、ささやかな吐息が肌に触れてきました。師匠と想いが通じ合う前、冗談めかして押し付けられた指先と同じ感覚です。
 上唇に曖昧な痺れを感じた瞬間。さっきの女性とウィータの映像が、ばんと浮かんできて――。

「ウィータ! だめっ!」
「ちっ。まだ駄目なのかよ。瞼は閉じるくせに。身体は師匠と同じ存在なんだから、浮気にはなんねぇだろうが」
「ばっばかばか! 口づけしたいだけ、ひどいよ! ウィータの口づけ魔! さっき、違う女の人と、した、ばっかりなのに! 私、どれだけ、切ない――いい、もう、先行くから!」

 なんだい、なんだい。雰囲気に流されただけなくせにっ! 浮気って問題じゃないよ!
 お祭りのノリでよりは断然ましだけれど。抱きしめてくれたウィータには、確かにウィータとしての感情があったように思えた。でも!
 勇ましい様子で、かっかっと石畳を鳴らして先を行ってやる。後ろから、ちゃんとウィータがついて来てくれているのが、音でわかります。

「見てたのかよ。迷子かと思ったぞ」
「覗き見、邪魔する、つもりなくて! 待ってる人、探すは、当たり前」
「ふーん。すると、あれか。アニムはやきもち妬いてるのか。へぇ、オレにねぇ。それとも、やっぱり師匠か?」

 否定の言葉が出せないので、足音を大きくしてやる! 耳に痛いヒール音にも関わらず、ウィータは楽しげな笑い声を漏らしてきます。顔なんて見なくてもわかります。極悪人の三日月お口なんだ!
 可愛い衣装に似合わないガニ股で、地面を踏みしめてしまう。

「しらない! どっち言っても、迷惑な、くせに」
「だれがいつ、迷惑つった。拗ねるなよ。あの女とは何もねぇって。あぁいうタイプの女は拒否すればするほど、燃えるからな。適当にあしらってただけだ。アニムが嫉妬する行為はしてねぇよ」
「ウィータ、わかってない、です! ウィータは、私が、例えば、ラスとか知らない男性、抱きしめられても、肌触れても、なんとも思わない、から」

 口づけしてないのには、安心したけど。ウィータはほんとわかってない。
 例え、口づけとか、それ以上の行為とか……はもってのほかだけど、好きな人が他の女性に、そんな感情を持って触れられてるだけで、嫌なのを。
 でも、触れられないでなんてお願いは、分不相応。頭では理解してる。

「思う、ない、もん」
「ったく。お前、オレの忠告の裏を全然読んでいなかったのな」

 後ろから投げられる呆れた溜め息なんて聞こえない。
 擦り付けられるように繋がっていた掌を見つめると、途端、怒りよりも切なさが勝っていきます。それに、治癒のためとは言え、苦しい部分に押し付けられていた指先の熱さが蘇ってきて。
 うーん。栄養補給が欲しい! 自分勝手は、重々承知です。
 正面から近づくのは恥ずかしいので、後ろ歩きで下がります。ウィータには、絶対奇妙なものを眺める視線をぶつけられているでしょうね。師匠なら、絶対けったいな歩き方するなって、頬を引きつらせるんだ。

「なっなんだよ」
「ん。ウィータ」

 足元にウィータのブーツが確認でき、顔をあげないまま手を滑り込ませます。
 予想に反して、ウィータの声があまりにもうわずっていたので。勇気を振り絞って、恐る恐るですが、顔をあげてみます。
 見詰め合って、しばらく。ばっと顔を横に逸らされてしまいました。でも、ちゃんと横目には、私を視界に入れてはいてくれます。

「あのね、勝手なやきもち妬いて、ごめんなさい。もやっと、しちゃって。それに、助けてくれて、ありがと。お礼、言ってなかった、から」
「お前な、ほんとに、タチが、悪すぎるだろうがっ! ありえねぇ、本気で、ありえねぇ」
「なっ! 恥ずかしいの、我慢して、本音で、謝ったのに! って、拳、大丈夫?!」

 自分が照れとむくれから真っ赤になった自覚はあります。
 でも、ウィータが横の壁にどんと拳を打ち付けて、夜目にわかるほど耳を染めて、ぷるぷる震えだした方のが心配です! 怒っているのも忘れ、顔を覗き込もうと寄せた額は、ぐいっと押されました。手は繋いだまま。
 目に熱さが伝わってきて気持ち良いかも。

「追撃してんじゃねぇよ。すげぇ疲れた。魔法戦で人目に晒されたのと比較になんねぇ、くらい」
「え?! じゃあ、寝室、戻る? 送ってくよ。肩、かすよ」
「あほアニム! 悶えてる奴を寝室に送って、ただで戻れると思ってんのか! どんだけだ!」

 悶えるとは。
 男性の寝室っていう注意ならわかりますが、ウィータ限定で私に手を出す意味はないです。ぼいんなサスラさんを拒否するくらいですもん。
 手は離してくれないのに、額を押されてるってすごい体勢ですよね。腕を剥がそうと両手で試みますが、無理でした。
 指の隙間から覗き見たウィータは、般若です。お師匠様顔負けの、恐ろしい形相です。噛み殺されそう。

「あっ、ん」
「だめだよ、声、ひびいて、る。ひとが、いる」

 風に乗ってきたのは、その、あれです、いわゆる嬌声ってやつですよ。途切れ途切れの諌めも、息が荒くて。これは、つまり。茂みが、ごそごそっと動いたと思うと、気配が離れていきました。
 ぽかんと、茂みを眺めて数秒。ウィータと目が合い、馬鹿のように瞬きを繰り返してしまいます。ウィータは顔を覆って溜め息が落とすだけ。
 
「あっあっ、あれって……!!」
「まぁ、祭りの雰囲気と酒が振る舞われる弊害《へいがい》だ。よくあるハメ外しだから気にするな。せめて、人通りのある外では控えろって、注意はしてんだけどな」
「そそそ、そーいう問題?! あ、うん、そーいう問題、なんだよね。うん、私、戦場とか、戦勝会とか、よくわからないけど、わかったに、しとく!」

 動揺しすぎでしょう、自分。いやいや。一人なら逃げるだけなのに、好きな人が隣にいるんだから、動揺もするってもんでしょ。
 私だって、師匠と途中までは経験あるんだし、純情ぶるないよ。片言でも気にしない。もちろん、外じゃないけど! おっけー落ち着け、アニム。ここはクールに乗り切ろう。今更だけど。ちっ千紗からは、彼氏とそーいうDVD見るって聞いてはいたけど。人のなんて聞いたのないです!
 
「ふーん、照れすぎだろ。アニム、オレを意識してんのか? つか、師匠と何年暮らしてんだっけ? 肉体関係、あるんだろうが。それにしては――」
「ぶわっ! 近いよ! にやにや、するないよ!」

 ひーん。助けてください。クールになんて乗り切れるはずないんですよ。
 脱兎の如く逃げようにも、背中にウィータの腕がまわってるし、握っている手は、ねじり込むみたいにウィータの胸に押し付けられてるし。
 ぎゃいん。変な声を聞いた影響か、なんかやけにウィータの囁きが艶かしく届いちゃう。

「ウィータちゃん、最低。道端でなんて、アニムが可哀想」
「ディーバさん! 助けて、です! 変態大魔王が!」
「おい。だれが変態だ、だれが」

 救世主! ディーバさんとセンさん、追いついてくれた! 全然足音に気がつきませんでした。というか、ウィータは承知していたうえで、からかってただけなのでしょう、ね。絶対。
 とほほ。
 涙目で振り返ると、案の定というか。膝をついて、声もなく全身を揺らしているセンさん。それに、可愛らしく腰に手をあてて、頬を膨らませているディーバさんがいらっしゃいました。

「サドルナの話、一体なんだったんだよ」
「それがね、報告書の内容を二言、三言だけ確認されて、納得しましたって。意味不明だよ」
「すると、アニムからオレたちを引き離すためだったのか? ちゃっち過ぎるが、わざとわかりやすく、しかも短時間にしやがったんだろうな」

 ただのちょっかいにしては、メトゥスの所業は悪戯で済ませられる接触じゃなかったです。思い出しても、身震いする。
 動揺に気がついたのか。ウィータが軽く頭を撫でてくれました。目線は、近づいてくるディーバさんたちに向けられたままですが。

「まぁ! アニム、大丈夫だった?」
「平気です。心配御無用!」
「ディーバ、祭り抜けてからでも良いから、話を聞きだしてくれ。メトゥスの奴がちょっかいだして、アニムの魂と血の情報の一部を覗きみたのは、把握してるが。他は言おうとしねぇんだ、こいつ」

 私が誤魔化しているのバレバレってやつですか。髪を梳くウィータの手つきはとても優しいのに、目はこれでもかってくらい鋭い。ひぇ。
 うん? メトゥスが十日は監禁されてるってことは。未来でメトゥスの襲撃があった際、私が『アニムさん』の存在に動揺して催眠が発動するきっかけになった師匠とメトゥスのやり取りって、さっきの出来事?

『私は、異物の特性を調べたわけでも、たった今、この場で観察したのでもありません。私は体感させて頂いた過去《こと》がありますので――』
『体感って、おい!! てめぇ、やっぱあの時、あいつが言えねぇようなこと――!』

 体感とは血の情報でしょう。師匠が激怒してた。つまり、実際の中身を知らないわけで……。じゃあ、言わない方が良いってこと?! なら、「もちろん」と頷いてくださっている、優しいディーバさんにも嘘つかないといけないんですよね。
 一人、うんうん頭を抱えしまいます。

「で、メトゥスはどうしたんだい?」
「ひとまず、地下牢禁固罰をあたえた。軍名を無視しやがったから、監督不行き届きで師匠であるサドルナもな。ウーヌスに任せてある。あぁ、少し待っててくれ。あいつに魔法映像で報告だけでもしとかねぇと」
「わかったよ。ひとまず、アニムが決断する四日後までは、懸念材料が減ったということかな」

 あと四日。何事もないよう早く過ぎて欲しいと願う一方で。残された日数の少なさに、背が丸まってしいきました。
 すっかり冷静な雰囲気に戻ったウィータが、魔法映像を発動して淡々とした口調で報告しだします。魔法映像から聞こえてくる声は、緩いもの。領主様でしょう。私も、昨日挨拶にだけ伺いました。
 一人、離れた場所で見上げた月はいつも通り――いえ、魔法灯の影響か、ほんのり赤みがかって見えました。

「満月まで、もう少し」


*****


「ありゅじー! あにみゅー! こっちじゃよ!」
「ふぃーね、ぽんぽんすいちぇ、ぺっちゃんこでしゅー」

 賑やかな音にも掻き消されない、愛らしい呼び声。くるくるとまわって位置を知らせてくれるフィーネに私も手を振ります。
 ダンス会場に入ったは良いのですけど、センさんたちが一歩進む度に挨拶されていたのでなかなか。それに、さすがお祭り気分。はぐれそうになる度に、ナンパっぽい人に捕まってしまって。
 メトゥスとのいざこざがあったばかりなので、おかげで? 警戒警報感度はマックスです。ぎらんと睨むと、冷や汗まで掻いて逃げていきました! そこまで、とちょっと切なくはなりましたけど。とほ。おまけに、その度、必ずと言って良いほどですね。振り返ると、腕を組んだ仁王立ちのウィータがいてですね。誉めてと、にこにこ笑顔を向けてみるのですが、目を細められるだけでした。
 最後は、手ではなく二の腕を掴れての歩行になっちゃいました。

「おーい、こっち! アニム、ここ座れよ」
「ラス! フィーネとフィーニスも、お待たせ」
「うにゃ! ふぃーにすとふぃーねにゃ、あにみゅとありゅじのために、ごはん、よそうのじゃ! どれがいいかのう!」

 やっぱり。フィーネもフィーニスも、待っててくれたんですね。ホーラさんとラス、それにフィーニスたちが座っているのは、踊り子さんたちのステージがよく見えつつも、一段上にある落ち着いた雰囲気のある場所です。特権階級さん用でしょうか。
 机には果物やお肉、香草など様々なご馳走がのせられています。焼き菓子やケーキなんかも。これを二人は我慢してくれていたんですね。

「嬉しいな。じゃあ、私は、そこの赤い果物と、香草がいいな。ウィータは?」
「オレは、どれでも――」

 ウィータは着席早々、お酒に手が伸びていました。たぶん、ご飯に興味はなかったんでしょうね。けれど、フィーニスとフィーネがらんらんと瞳を輝かせて、ご馳走の中から見つめてきていたので、うっと怯んだようです。
 これかにゃ、これかにゃと。果物や焼いたお肉たちの間を二足歩行でうろちょとしている姿は、可愛すぎます! ぷみょんと、歩く度に音がしそう!
 向かいに腰掛けたディーバさんも、ほっこり顔で頬を押さえ二人を見守ってくれています。可愛いもの好き同盟です!

「じゃあ、木の実数種類と、野菜を適当に頼む」
「了解でしゅー! えっとね、あるじちゃまがしゅきなの、ふぃーね、ちゃんと覚えてましゅの!」
「うなな! こりぇはあにみゅのでーこっちがありゅじのでー。あっ! ふんわり甘い実は、わけっこしたいのう」

 いそいそと、陶器のお皿に持ってくれる二人。はぅ。せっせと、盛り付けてくれる二人の可愛さにお腹がいっぱいになりそう。うんしょうんしょと、重そうなのは共同作業。ついでにと、ディーバさんにお願いされた、てしてしの実みに似たのも運んであげてます。
 さすがに湯気が昇るお肉は、ラスにお願いです。フィーニスたちのお願いを聞いてあげてるラスと見てると、頬が緩みます。やり取りにほっこりしてると、すでにお酒を飲み始めていたウィータに引っ張られちゃったんですけど。

「ほい、どーぞ」
「ラス、ありがとう」
「いやいや。でもお礼に、あーんって――」

 さすがに、ちっちゃな二人はお皿を持ち上げられませんからね。気を回してくれたラスが、私と挟んだ隣のウィータに配膳してくれましたよ。さすが、ラス! 男性としての気持ちにはこたえられないけれど。やっぱりラスは素敵な男性です。
 冗談めかして口を開いたラスには、ホーラさんが投げた木の実が吸い込まれていきました。
 
「じゃあ、今度は、私が、フィーニスとフィーネ、食べたいの、とってあげる。どれが、いい?」
「うみゃー!!」

 待ってましたと飛び上がった二人。あれやこれやと、とてとて歩き回る二人の希望の料理をお皿に持っていきます。とろーりチーズやお肉など熱いものと、果物やデザート類とはわけて。
 ウィータと私の前においてあげると、ものすごい勢いで、でもお行儀よくおいしそうに食べ始めました。美味しいって思ったものを、お互い交換してるのも可愛いよ。

「ウィータ、飲み比べなのですよ! 勝負です! 例の情報をもらうのです!」
「適当に置いてくれ。アニム、さすがに匂いだけで酔いはしねぇよな?」
「底なしな奴等だよな。ちょっとはディーバの楽しみ方を見習えよ」

 私とは反対側に腰掛けたホーラさん。鼻息あらく、ジョッキの黄金を飲み干しました。す、すごい。ウィータも涼しい顔をしながら、すぐに飲み干してますし。
 それにしても。折角ラスが私にお酒を注いでくれたのに、横からウィータに奪われちゃいましたよ。ワインみたいなの、おいしそうだったのにな。代わりにと、オレンジジュースっぽいのを手渡されました。

「うな! また、ダンスはじまったのじゃ!」
「太鼓の音、すごい! フィーニスとフィーネは、もう踊った?」
「あい! ふぃーねはね、ふぃーにすといっぱい、くりゅくりゅしたのでち!」

 見たかったなぁ、としょんぼりすると。二人は、手を繋いで空中で踊り始めてくれました。可愛い。ぷりっけつも、空中散歩も! 私もうずうずして、手拍子しつつ体を左右に揺らしちゃいます。
 はむはむとご馳走を堪能しつつ。入り乱れる会話と喧騒にテンションがあがっていきます。ウィータがセンさんやホーラさんに弄られている間に、ラスがこっそり果実酒をくれました。

「これあんまりアルコール強くないから、アニムでも飲めると思う。なんか、ちょっと気落ちしてるように見えるし、飲めば?」
「ラス、ありがと! ん、おいしいー!」
「よかった。まだまだあるから、呑めよ」

  苺みたいな味がする! すごく美味しいです。がぶがぶ呑んじゃいます。
 空中から戻ってきたフィーニスとフィーネも、喉が渇いたようです。ぺろっと舐めさせてあげると、めきょっと目を見開きました。
 ここにはフィーニスたちようのコップはありませんので、お皿に移します。たぷんたぷんと波打ったほんのり甘いお酒を、ぺろぺろ舐める姿は可愛いです。ぷりっけつ!

「ホーラさんとウィータ、すごいね。もう、樽《たる》から、直接掬ってる」
「あの二人は底なしだからな。俺も飲める方だけど、ホーラとウィータには適わないよ」
「未来でもね、よく宴会してるです。私の、お酒得意ないけど、ぺろぺろってしてる。とっても、楽しいの」

 今日も楽しいなぁ。賑やかな音楽に、わいわいと騒ぐ人々。大好きな人たちがいる空間が、たまらなく愛おしい。
 料理も美味しいし! ブラックペッパーが利いたステーキに、ほっぺたが落ちるよ! あまりに頬が緩んでいたのか。

「めちゃくちゃうまそうに食べるよね。俺にもくれる?」
「うん! どーぞ! かたいかな、思ったんだけど、すっごく柔らかくて、おいしい!」
「アニムの皿からじゃなくて、大皿から取れよ。アニム、子猫たちがヨダレ垂らしてみてる。あっちにやれよ」

 私のお皿を指差していたのでね、そのまま差し出したのですよ。断る理由もないし。なのに、ウィータに木の実をぶつけられたラス。
 ラスの心配をしつつ、本当にフィーネとフィーニスがよだれをいっぱい垂らしていたので、あーんしてあげました。私もあーんて口を開けると、「しかたにゃいのう」とか「ふぃーねもー!」と美味しさ配達さんになってくれました。

「うにゃ。ブドゥーでおてて、べたべたしゅるにょー」
「いやにゃのぞー」

 肉球を拭きふきしてと強請ってくるフィーネとフィーニス。綺麗になった手で、ウィータに果物をあげていますよ。それに、戸惑いながらも、はむってしてあげてるウィータも大好き。
 ふへへと見ていたら、こつんと叩かれちゃいましたけど。
 かたさが触れたのと同時、どんと花火があがりました。おぉ!! すごいです! 火薬ではなく魔法なのでしょうか。煙は流れていません。魔法陣のない空に、咲く光の華。
 フィーニスとフィーネが、歓声をともに羽を広げ飛び上がっていきます。

「あぁ。地上の華も綺麗けど。空にも、楽しい、届くといいな。うーん、違うか。お月さんと、こっちで、半分こ!」

 隣で、ウィータが息を呑んだ気がしました。子どものように、伸ばした両手。見っとも無いと思ったのか。すぐにウィータに強く掴まれちゃいました。
 ほわほわと。体が揺れます。心地よいなぁ。ウィータの体温と、フィーネたちの鼻歌が意識に霞をかけていく。
 ぼんやりとしていく視界の端、ウィータに近づいてくる女性と好奇心で私を見る男性の姿が目の端に映って。なけなしの意識の中、ウィータとラスの邪魔にならないよう移動しようと腰を浮かせたのに。
 逆にぐいっと肩を抱き寄せられ……寄りかかった腕のあたたかさに、瞼が完全に落ちてしまいました。




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