引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

24.引き篭り師弟と、想いの行く末1


「そいでね、ふぃーね、思っちゃの。ふぃーねはふぃーねだけど、はなちゃのこちょもお話したいって。夢の中でね、はなちゃがアメノねーたまのしゅてき、いっぱい教えてくれるのでしゅ」
「ゆきやもぞ! ……ゆきやは、アメノねーちゃのドジ話のが多いにゃ」

 屋上の庭園は、今日も涼やかな風に花びらを乗せています。頬を撫でる風も、真っ青な空にとけていく花も、心地よい。夜とはまた違った景色も、とても綺麗です。
 胸元ほどの高さの壁上で、ちょこちょこと動き回るフィーニスとフィーネ。身振り手振りで、雪夜《ゆきや》と華菜《はな》の話をどうやって知ったのかを、説明してくれるんです。
 というか、雪夜め! お姉ちゃんとしても、お母さんとしても、威厳《いげん》が!

「だからね、ふぃーねもはなちゃと、ふぃーにすもゆきやちゃと、あにむちゃのだいしゅきを、交換こしゅるのでち」
「なのぞ。したら、ふわふわってなって、ふにふにって幸せになるのじゃ」

 自分のほっぺをふにふにと揉むフィーニスは、ぱくっと食べちゃいたいくらい。フィーネは両手の肉球をあわせて、ぺちぺち弾ませています。どっちも可愛いなぁ。
 持ってきた紅茶は、保温性があるカップのおかげでまだ温かいまま。こくんと喉に流れていく香りと、フィーネたちの甘い声を堪能して。私が幸せ気分です。

「そっか。じゃあ、フィーネとフィーニスは、華菜と雪夜と、おともだち、なのかな?」
「あい! あのね、あにむちゃ」

 小首を傾げて、遠慮がちに上目で見つめてくるフィーネに、自然と頬が緩んでいきます。
 次にくるおねだり、というか質問は予想出来ます。秘密を知ってから一度太陽は沈んでいるけれど、幾度と繰り返されているから。
 おいでおいでーと、全身をくすぐっちゃいます。ほっとしたのか。ふみゃんと崩れた空気。

「ないない、じゃにゃい? ふぃーねも、ふぃーねの心ここにあるにょも、全部。きたなくにゃい? ないないしないで、いい?」
「うん。フィーネはフィーネが、いい。フィーネやフィーニスの中にある、華菜も雪夜も、あって欲しい。召喚獣ちゃんも、いて欲しい。私は、おかげで、ここに、あれるから。フィーネを、フィーニスを、形作る、全部があってほしいの。ぴかぴか、きらきらって、綺麗なの」

 初めて尋ねられた時は、私もいっぱいいっぱいで、大まとめにしか表現出来ませんでした。フィーネとフィーニスが安心してくれるまで、何回でも答えます。私も、同じだからわかるんです。疑っているわけじゃない。けれど、受け止めて欲しいという願いも、不安に揺れる気持ちもね、痛いほどわかる。
 言葉は貰えるほど、嬉しい。大好きな人から伝えてもらえるモノは、くれるシチュエーションによっても、タイミングによっても、色を変えて届いてくれるんです。師匠の言霊が、そうだから。

「うみゃー! あにむちゃ、ありがちょー! ふぃーねはね、しゃーわせなにょ。はなちゃのも、ないないは嫌にゃ。でも、ふぃーねはふぃーねでいたくて。ふぃーね、自分でもどーちたいのかわかんなくて、ずっとがちがちって、怖かったのでち。あにむちゃが両方いいよって笑ってくれちぇね、ふんわりちたの」
「うな。ふぃーにすも、ふぃーにすで、けど、ゆきやもないないしないで良いは、嬉しいのぞ」
「ありがとう」

 二人、お揃いの笑顔で可愛く鳴いてくれて、私も嬉しくなります。
 ぎゅうっと抱きしめちゃいます。鼻腔に広がってきたのは、ミルクの匂い。頭上に口づけを落としより強くなった甘い香りに、うっとりです。

「あんにゃ、あにみゅ。ふぃーにすとふぃーね、ふたりで決めたのじゃ」
「でち。ふぃーね、ふぃーねで良いって、ぎゅってしてもらえたから、ほっとしたのでしゅ。だからね、満月さんまで、ちゃんと待つこちょにしたの」

 なんのことでしょうか。振動で私が首を傾げたのが、想像ついたのでしょう。身じろぎした二人を、両手に乗せて顔を見合わせます。指に絡んでくる尻尾をくすぐったく思いつつ。もう一度と、催促してみます。
 二人の澄んだ瞳の中から、先日までの恐怖はすっかり姿を消しています。

「ふぃーねたちの正体と願い知ったら、あにむちゃが嫌にゃって帰っちゃう思ってたにょ。こっち来ちゃう前に、ふぃーねがわがまましちゃから、あにむちゃはこの世界に残っちぇくれるって言ってくれたでちょ?」
「ゆきやとはなに戻って欲しいから、元の世界に帰りたいってなるかも思うて、怖かったんじゃ。でもにゃ――」

 一端言葉を切ったフィーニスですが、躊躇《とまど》っている気配はありません。フィーネとしっかり目線を合わせたあと、お互いに頷きあいました。

「けどにゃ。ふぃーにすたち、あにみゅの気持ち教えてもらったから、あにみゅが答えだすの、ちゃんと待つことにしたのじゃ」
「でち。もう、だいじょうぶなにょ。ほんちょはね、やっぱ、こっちの世界でいっちょ暮らしたいでしゅのよ? でもね、ふぃーねたちは、あにむちゃとあるじちゃまといっちょが一番大事」
「うん……ありがと。ふぃーにすもふぃーねも、頑張ってくれたもんね。次は、私の番だね」

 吹雪の中でフィーネを探している最中、必死に叫びました。私はこの世界に残るから、戻ってきてって。
 はて。私がこっちに残るのと、師匠と一緒にいるの。フィーニスたちにとっては、同意義じゃないんでしょうか。
 どちらにしろ、この世界に残りたいっていう想いは、今も変わっていません。変わって、いないと……思うのです。
 ただ、始祖さんを納得させられる答えを出せる自信がないの。いえ、言い訳ですね。納得させられないということは、私の気持ちが揺らいでいるという事実に、他ならない。

「フィーネとフィーニス、言い訳にしないで。自分で、判断しなきゃ、駄目」
「言い訳なんて思ってないけどにゃ」
「あにむちゃ、ひとりで苦ちいは嫌にゃの」

 きょとんと瞬きをしたフィーニス。隣のフィーネも大きく頭を振ってくれます。
 嬉しいなぁ。本当に、二人が傍にいてくれて良かったです。私が一人だったら、ちゃんと考えもせず、自暴自棄《じぼうじき》になっていた。

「だから、あにみゅにいっこ、伝えなきゃなことがあるのぞ。ありゅじには、めちゃくちゃ怒られちゃうじゃろうけど。ふぃーにすたちは、あにみゅが大切じゃもん」
「うん?」

 今度は私が瞬く番です。フィーニスの瞳が真剣な色に変わりました。そよぐ風に揺れるお髭。赤ちゃん座りなのに、表情はきりっとしています。
 師匠がフィーニスたちを本気で怒る姿なんて、思い描けません。割と短気な師匠ですが、フィーニスとフィーネには目くじら立てたりしませんもの。

「ふぃーねが写真持って逃げちゃう前、ふぃーにすは聞こえたのぞ。耳がいいからにゃ。そんで、ふぃーにすたち、ありゅじとせんたちのケンカ、思い出したのじゃ」
「それって、こっち来る直前、掠れて聞こえてた、ししょーやラスターさんたちの、会話?」
「あい。ふぃーねもね、聞こえたでち。逃げちゃったのはね、しょれもあるでしゅの。こわいこわいなあるじちゃまのお話、思い出しちゃったにょ」

 確か――座っていた師匠は震えていて、ラスターさんやホーラさんは怒っていた記憶があります。そして、センさんは壁に凭れて、師匠を睨んでいらっしゃいました。
 私を手放すとか時期がって言い合いしてたっけ。
 今にして思えば、過去に来る時期っていう意味だったんですよね。でも、師匠は全部打ち明けてくれるつもりだったので、タイムスリップを止めようとしてくれていたのかな。

「魔法映像のとき、でぃーばとせんが教えてくようとしてたのも、たぶんしょれじゃ。ありゅじは、あにみゅには関係ないって怒鳴ったは、あにみゅを動揺させたくないからじょ。あにみゅが嫌いないのぞ」
「あるじちゃまは、あにむちゃだいしゅきでち。あるじちゃまはね、あにむちゃが元の世界に戻っちゃったらね、ないないなの。ずっといっちょいたいくらい、愛してましゅの」

 愛してるって口にする際は、頬を押さえて幸せいっぱいにふわっと笑うフィーネ。けれど、目の前のフィーネは、これ以上ないくらい真摯《しんし》な目つきです。
 師匠がないないって――まさか死んじゃうってこと?! 嫌だ! 引きとめない上に、勝手に死んじゃうなんて! ばか師匠!

「たぶん、あにみゅが考えたのと、ちと違うのぞ」
「ごめんちゃ。ふぃーね、うまく言葉にできなかったでち」
「え? ごめん、ごめん。最後まで、聞かないうちに、びっくりしちゃった」

 フィーニスの可愛い右手が、左右に振られました。突っ込み風に。反対の手は、しょんぼりしちゃったフィーネの垂れ耳をてしてしと。
 せっかちでした。ごめんなさいの気持ちを込めて、フィーネの耳に軽く頬をこすり付けます。くすぐったかったのか、髪をちょいちょいっと引っ張られちゃいました。

「えっとね。あるじちゃまは、あにむちゃが帰るいっちゃら、元の世界に生まれ変わる術、使うって、すんごくお胸、いたいいたいな顔してまちた」

 うぇ?! 喉の奥で変な音が爆発しましたよ! ちょっちょっと、待ってくださいまし!
 師匠が、生まれ変わる術って。私の世界に転生するの? それとも、今の師匠のまま、ついて来るのでしょうか? って、問題はそこじゃないよ、自分!

「じゃがにゃ。計画的? んにゃ、意図的? じゃったっけかにゃ。転生は、この世界でも禁忌《きんき》なのぞ。ゆきやとはなの魂、教えてもらったみたいに。どんなにありゅじがしゅごくても、お月さま行くより難しいらしいのぞ」

 絶句、です。言葉が出てきません。
 ぽかんと、開け放った口は、氷が張ったように微塵も動きません。驚きすぎて零れ落ちるんじゃないかってくらい、目が見開いているのがわかりますが。乾いてひりひりしても、一向に瞼が落ちてはくれません。
 私が元の世界に帰ったら、師匠も追ってきてくれるってことですよね。でも、それって――。

「あにみゅみたく、召喚獣の涙とか利用して、ありゅじの肉体のまま次元越えたとしても。魔法ない世界は、始祖さんの宝なありゅじには毒じゃから、すぐ死んじゃうらしくてのう。しかも、次元越えてするは、時間軸言うやつもぶれる可能性あるし。始祖さんの宝なありゅじは、こっちに縛られてるから、無理矢理は魂まで消失しちゃうって」
「だけど、あるじちゃまはね。あにむちゃが傍にいないにゃら、生きてないのもいっちょって。にゃら、あにむちゃと会える可能性に、かけるって。だから、ないない。せんしゃん、しゅっごく怒ってて、あるじちゃまべしってしてまちた。ふぃーねたち、びっくりして、かごの中でじっとしてまちたの。あるじちゃま、ないないも、こわくちぇ」

 師匠は、そこまで覚悟してくれて……いる。なのに、私は言葉にしてもらえないからって怒ってしまった。私なんて、元の世界を捨てることになるのに、曖昧な罪悪感を抱いて、言い訳ばかりしているのに。
 しかも、師匠が私に言わなかったのは、負い目を感じさせないため。
 私にも大切なように。師匠にとってだって、この世界は大切なはず。引き篭っているっていったって、世界と断絶しているわけじゃない。魔法は師匠にとって全てなはず。

「ほんちょはにゃ。いっちゃいけない、思ってたのぞ。けど、せんが怒ってるの見て、ふぃーにすとふぃーねは、いちゅかあにみゅがひとりで悲しい泣くのも、ありゅじが魂ないないも絶対だめ思う気持ちのが、強くなったんじゃ」
「あい。こっちにゃら、あにむちゃが泣いてもふぃーねたちいっちょいるでちょ? お月さま帰って涙は、古代の魔法使いさまとお嫁ちゃまになっちゃうでち。ふぃーね、安心しちゃらね、そっちのが嫌にゃって気付けたのでしゅ」
「フィーニス……フィーネ……」

 長い溜め息が落ちました。胸がいっぱいで。二人は、どんどん心が成長している。私は、どうなのかな。
 師匠が消えるのは嫌です。迷うはずがない、絶対譲れない点。
 メトゥスに襲われベランダから飛び降りた私を、抱きしめ震えていた師匠。生まれ変わったら、それは今の私とは違うって。
 師匠が愛してくれているのは、元の世界で雨乃《あめの》として生まれ、アニムになって師匠と歩んできた私。今の私を形作ってくれている全部を含めて、大切にしてくれている。生まれ変わったって、師匠を好きになる自信はあるけれど、全く同じ想いにはならない。
 それと同様に。師匠だって、この世界で生まれて、魔法が大好きで、師匠なウィータだから……。

「私、もっと、知らなきゃ――ううん、知りたい」

 師匠《ウィータ》が、この世界を大事にしている気持ち。どんな目で、見ているのか。ウィータを育んできた、この世界と向き合いたい。例え、残酷さに失望して、元の世界に逃げたいって思う自分に絶望しても。
 ディーバさんは、過去に飛ばされたことにも意味があるはずだとおっしゃっていました。師匠じゃないウィータがいる過去。結界に守られていない、ここで。

「ししょーの、ばか。おおばか。そーいうのは、優しさなくて、自分勝手、いうですよ」

 届かないとわかっていても、呟かずにはいられませんでした。ブーメランだっていうのも承知しています。けどね、私、想像できちゃったんです。センさんもフィーニスと似たことを忠告されていました。

『本当にさ、ウィータって自分勝手だよね。僕、言ったろ? 本人に伝えられない行動なら、その後判明する可能性があって、どうせ後悔させるだけだって』

 センさんに反論せず、無言で睨みつけていた師匠。師匠のことだから、後悔なんてさせないって豪語すると思った。
 あの時は、関係ないっていう単語に傷つくばかりで、気遣い振りしていたけれど。
 フィーニスとフィーネ、それにセンさんの言葉を合わせて辿り着いた可能性は、ひどいものです。

「私、勢いで、口走った。だからって、本気ないよ。ししょー大好きな想い、消えたら、もう私、私じゃないくらい、ししょーでいっぱいだよ?」

 師匠は私が元の世界に戻ると決めたら、いえ、この世界に残るのを始祖さんが認めなかったら、こちらでの記憶、ひいては辛いこと全部、記憶から消してしまうつもりなのかもしれません。
 想像の域を出ませんが。八割がた正解だって、変な自信があります。メトゥスに操られた私の言葉に、見たことないくらい動揺していたのは、そんな考えが師匠の中にすでにあったからじゃないかって……。




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