引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

23.引き篭り師弟と、子猫たちに息衝く魂たち5


  無意識に、月を恋う指先。自分じゃない、だれかになったみたいに、焦がれている。尽月は月であって、師匠の蒼《アイスブルー》を纏っていたって、師匠じゃないのに。
 師匠の過去であるウィータは、すぐ隣で寝ているにも関わらず、私は何故、空に手を伸ばしているのでしょう。

「私じゃない、だれかの、想いみたいな、宙ぶらりんな、熱」

 翳した私の掌よりも、断然大きな月。撫でるように動かしてみても、当然、月は静かに蒼い光を纏っているだけです。なのに、どうして、こんなにも泣きたくなるの? 苦しくて、胸が締め付けられて。うまく、息が出来ません。
 何やってるんだろう、私。
 私は、星が宇宙の塵から出来ているのも、月が泣いたりしないもの、知識としてあるのに……。自己満足な行動をとってる。
 けれど、そうしたいと強く願った自分がいるのも確か。

「カローラさん――欠片たちに、包まれたのと、一緒」

 泣かないで、泣いても良いよ。楽になって、でも忘れないで。ただ、その身に抱いた想いだけは、無駄だったと、恋をしなければ良かったとは思わないで。貴女の大切な人のために、貴女自身のために。
 こんなの、おかしいってわかってます。自分でも訳がわからない。けれど、願わずにはいられない。ちらつく光景――切望から。
 私が乞うた願いは、私の願望に重なりました。だから、入ってこないでって拒めないんだ。

「撫でなで、なのぞ? お月さん、寂しいのかいな」

 耳に流れてきた、甘い問いかけ。フィーニスの声色に、はっと我に帰りました。
 フィーニスも私を真似て、あげた手を左右に振っています。何かを飲み込みたくなるくらい、清らかで疑いのない仕草。
 フィーニスだなって、こそばゆさに奥歯を噛むのと同時。どうしてか、自嘲気味な笑みが浮かんでしまいました。自分の感情が、自分のじゃなかったみたい。かといって、メトゥスに操られた時みたいな、禍々しいものではありませんでした。

「泣いてるならね、どーしてなのかなって。前に、フィーネが、教えてくれたでしょ? お月さんには、古代のすっごい魔法使いたちが、いるって。一番すごい魔法使いさんは、地上に、大好きなお嫁さん、置いてきたって。新月は、そのお嫁さんを想って、魔法使いさんが、泣いてる日だって」
「なのぞ。地上のお嫁さん、心配させたくなくって、隠れてるのじゃ。ふぃーにすなら、あにみゅやありゅじが、ぎゅうってなるほどに、ひとりなってるは嫌じゃけどにゃあ」

 フィーニスに、何も返せません。フィーニスの言葉は、あまりにも純粋すぎて……。どうしていいのか、わかりませんでした。
 私に出来たのは、満天の星空を眺めることだけ。

「そしたらさ。あの星たちは、一番の魔法使いさんが、たくさん、零したのかなって、心配だな。綺麗だって思う、あの星は、だれかの犠牲の上に、成り立った、綺麗さなんだよね」

 胸の奥が熱くなるのは、泣きっぱなしで涙腺が緩んでいるせいでしょうか。それとも、師匠と離れて、心が弱っているから?
 人が聞いたら、馬鹿だなって笑われる考えかも知れない。けれど、今出た疑問は、正直なもの。雪夜と華菜は、フィーニスとフィーネの中に息衝いてくれています。召喚獣の悲痛さえも、背負って。一方、私はこの世界を美しいと感じて――ここで、幸せだと笑っているだけ。なんの苦しみも背負っていないんじゃないかって。

「んー、犠牲とかようわからんが。星さんは、いっぱいいーっぱいじゃからにゃ。ふぃーにすもあにみゅも、泣くは悲しいだけじゃないもんにゃ」
「え?」

 ふわりと羽を広げたフィーニス。楽しくて興奮すると、羽を広げて動き回りたくなるフィーニスたち。風が、フィーニスの羽を空に舞い上げていきます。
 くるんと一回転したフィーニスは、月を背負って、ぎゅうっと身体を丸めました。もとから丸めの体型が、より可愛らしくなっています。
 と、勢いよく伸ばされた両手足。

「だって、ふぃーにす、さっき、あにみゅにふぃーにすはふぃーにすで良いって言ってもらえて、嬉しくって、幸せにゃーって身体がぽっぽしたら、涙が溢れてたのじゃ!」
「フィーニス……私は」

 私は、何て言うつもり? フィーニスの優しさに縋るつもりなのかな。
 口を開けなかった。謝りたいわけじゃなかったから。フィーニスに、私が背負うべき迷いを押し付けたいんじゃないから。なのに――。

「あにみゅはにゃ。寂しいも、悲しいも、幸せも、楽しいも。ぜーんぶ、ふぃーにすたちにくれたのじゃ! こっちの世界きて、あにみゅは寂しいって泣いてた時もにゃ、夜泣ききしてたふぃーにすたち、ぎゅうってしてくれたの覚えてるじょ! ふぃーにすもふぃーねも、あったくて、じんわりしたの、今でも思い出せるのぞ」

 ふにふにと笑っているフィーニスが眩しくて、わずかに瞼が落ちました。
 喉が鳴った理由なんて、明白で。ディーバさんがおっしゃってた『世界を見て』というのは、こういう意味なんだって実感した気がしました。
 世界にあるのは、ひとつの想いじゃない。世界は綺麗で、怖くて。残酷だけど、優しい。悲しいけど、幸せもあって――好きで、嫌い。
 それは、まるで。世界っていう名の、想いの塊のような存在。それは、どの世界だって一緒。
 だけど、だれと何を見て、だれを想うかは、やっぱり違う。

「あにみゅも、ありゅじに嬉しいもらって、いっぱい泣くもんにゃ。ふぃーにすやふぃーねが、お花飾りの贈物した時も、幸せって泣いてたの覚えちょる」
「お月さまも、新月で、悲しみの涙、ながして。お顔見せてる時、幸せで泣いて。たくさんの感情、重ねて、色んな気持ち、混ざった星空、なんだね」
「嬉しいだけないけど、悲しいだけでも、ないのじゃ。だから、きらきら綺麗だし、色も違うじゃって、ふぃーにすとふぃーね、あにみゅやありゅじに教えてもらったのぞ」

 きっと、私の目は、満月よりまん丸でしょう。私の世界《しかい》いっぱいに、踊っているフィーニスがいてくれます。姿は無いけど、フィーネも。
 直接口にしたわけじゃない。でも、一緒に生きてきた時間の中、そんな考えがフィーニスの胸に生まれてくれた。それが、私に返ってきてくれた。
 月が、ゆらんと揺れています。笑って良いのか、泣いて良いのか。さっぱり検討がつかない。

「あっあにみゅ?! しょんぼりなのぞ?」

 頭をぶんぶん振って、涙を飲み込みました。一粒だけ落ちたのは、嬉し泣きだから良いですよね。
 月は掴めなかったけど。フィーニスは、確かに両手の中に触れてくれます。あったかい。ちっちゃくなった羽がぴこぴこ動いて、指をくすぐります。

「嬉しくて――星は、お月さまだけの、涙じゃないと、良いね。私の嬉し涙も、フィーニスのも、世界中のぜーんぶ、お月さまの傍に、いってるね」
「素敵じゃな! 涙は消えるもんにゃ! お空に飛んでるんじゃね。ふぃーにすの嬉しいがお月さまに届いてると、また、嬉しいのぞ!」
「ほんとだ! 素敵!」

 だと、いいな。前向きな感情だけではないけれど。それでも、幸せがあれば生きていける。つい、手を鳴らしてしまいました。
 煩かったのでしょうか。
 ウィータの頭が、かくんと前に倒れていきました。フィーニスと顔を見合わせて、「しー」とすると、おかしくて。静かにしなきゃとは思いつつ、笑いが漏れていきます。
 楽しい気分だけど、頭を垂れているウィータからは、寂しげな空気が出ているような不思議な感覚に襲われました。

「寂しい夢、見てるのかな」

 躊躇った私の手を通り過ぎ。フィーニスの小さな手は、てしてしとウィータの頭を撫でています。
 通り過ぎざまに、お腹がきゅるっとなったのにさえ、目じりが下がっていく。

「ありゅじが、あにみゅのこちょ、ぎゅーってして寝るのと、似てるのにゃ。ありゅじはにゃ、あにみゅが寝た後、いっちゅも、起きてるよりも、ぎゅっぎゅしてるのじゃ」

 フィーニスの呟きで、今度はまっすぐウィータの髪に手が伸びてくれました。ウィータは師匠じゃないのに、根っこは同じ。寂しいのかなって想った自分の心を、信じてみよう。間違ってたら、違ったで謝ればいい。
 寝ぼけ眼にも。師匠が私を湯たんぽとしてだけじゃなく、きつく抱きしめていたのは知っていました。あの頃の私は、ただ心地よいなんて浸っていましたけど。だけど。今思い出せば、あの強さは――。
 なるべく柔らかく、起こさないように細心の注意を払って触れる髪は、えもいわれぬくすぐったさをくれます。私の方が、ウィータの髪触りに癒されそう。

「ウィータの髪、きらきら、綺麗だね。羨ましいなぁ。女なら、憧れちゃうような、手触り。ウィータなら、女の子だとしても、もてもてだね」
「ありゅじはどんなでも、しゅごいのぞ。樹の実の灯りと混ざってるのじゃな」

 フィーニスと頷きあいながら、うっとりと指を滑らせます。
 次第にウィータの全身が震えてきました。予想通り、これは、いつぞやと同じく……たぬき寝入りでは。師匠には前科があります。というか、こっちが先なのかな? どっちでも、いっか。

「そうだ、フィーニス! ウィータが、起きたら、美人の秘訣《ひけつ》、教えてもらおうね! 弟子として! でも、教えてくれないかもー。ししょー、可愛い方が、好きだしなぁ。あっ、でもでも、ししょーは、可愛いとこもあるし、大丈夫だよね? 可愛いよねー、ししょーって」
「ありゅじは、あにみゅのおししょーさまだもんにゃ! ありゅじにゃら、美人のひけつ? いうのも可愛いも、ぺぺっと教えてくれるのぞ!」

 あっ、やっぱりたぬきだったようですよ。
 ウィータが全身を震わせてます。しかも、これはお怒りの空気。なかなか上がらない顔を辛抱強く待ってやりますよ。フィーニスと、「ねー」って笑いあいながら。
 とはいえ、あまりの振動でフィーネが起きちゃったかわいそう。とどめにと、つむじをツンツンと突っ突いてやる。

「お前、なぁ。いい加減に、しとけよ?」
「おはよう、ウィータ。長い時間、寝ぼけ眼、だったのかなぁ」
「ぐっ」

 つむじを触っていた手首をがしっと掴れました。ゆっくりあがった顔に浮かぶ、鋭い眼光。
 ふんだ。睨まれても怖くないんだから。樹のランプと光った花が、ウィータの色づいた目元を教えてくれたんですもん。
 ついでに、私の渾身の笑みに、おもしろく喉を詰まらせたウィータ。これはもう、ふへへと、不気味な笑いも出ちゃうってもんでしょう。

「良い性格してんな。つか、よくわかったな」
「ふふん。だてに、ししょーの弟子、やってないですよ。どっちの意味、でも」

 離れていった体温を、名残惜しむ暇もなく。ぐいっと、頬を引っ張られました。
 だから! 師匠と違って、ウィータのは痛いってば。ですので、私も遠慮なく力の限り、腕を叩いてやりましたとも。目には目を歯に歯をの、ハンムラビ法典ですぜ!
 とと。剥がされたブランケットの下では、まだフィーネが丸まって寝ています。フィーニスが不安げに顔を覗いているのを横目に、自分の頬を撫でていた手が、止まりました。

「ぎゅうは、怖いから? 消えて欲しく、ないから?」

 さっき、寝ているウィータを見て、寂しい夢を見ているのかなって呟いたあと。フィーニスは、師匠が私をぎゅうってして寝てる姿勢に、置き換えました。
 それと、今までの師匠の言動と、ウィータとのギャップが唐突に重なりあいます。

「もしかして……」

 もしかして。
 その続きは考えられませんでした。ウィータに顎を無理矢理、方向転換させられたから。ぐぎっていいましたよ?! 師匠にやられたのを、私に仕返ししてる?!
 っていうか、折角、何かを掴めそうだったのに! ウィータのばか!
 顎をあげられたまま、恨みを込めて睨みあげても。ウィータは跳ね返すくらい、不機嫌を浮かべているじゃないですか。なんで。

「人の隣で他の奴のことに頭悩ませて、変顔してんじゃねぇよ」
「人じゃないかも、ですよ」
「小娘の思考回路くらい、見抜けないでか。どうせ師匠とやらのことで、いっぱいなんだろ」

 この場合、赤ん坊と称されなかったのを喜ぶべきなんですかね。鼻で笑われてる事実は、変わらないでしょうけれど。しかも、悪魔降臨の笑顔で、にやりって見下ろしてくるし。
 反論は出来ないし、実際師匠のことを考えていました。かといって、認めるのは悔しい。

「フィーネとフィーニスも、いるですよ」
「……否定になってねぇだろうが。ったく。どうせ、嘘寝してんのも、癇に障る内容も、師匠を参考にだろ」

 えっと。ウィータが拗ねてる理由は、一体。胡坐になった足首を掴んでるのだけじゃなくって、全身から拗ねてますオーラが出てます。
 だれですか、この人を無表情鉄仮面なんて称した方は。師匠っていう前情報ありきなのを省いても、ありありと醸し出されているじゃありませんか。
 私、すっごく変顔かもしれない、

「それもあるけど、全部じゃないよ」
「んだよ、残りの判断材料は」
「判断材料って、かたいですよ。深い理由なくてね、んと、ウィータだって、可愛いって言ったら、怒ってたよね? それに、嘘寝かどうかくらい、じっと隣いて、ウィータだけ捉えてたら、わかるよ。ウィータ、手に取るように、わかる反応も、くれちゃうんだから」

 正確に表現すると、師匠プラスウィータっていう感じです。じーと観察してたらわかったのも、本当です。お得感てやつ。
 ふっと心に浮かんだ考え。
 師匠はウィータ、ウィータは師匠。なら、師匠にとっての私だって……。
 どつぼにはまるのは、止めておきましょう。今、大事なのは、フィーネに思いのたけを伝えることです。

「あとね。屋上あがってきた際に、人影も、見た気がしたの。こっちは、どちらかというと、お化けじゃあないようにって、願望要素を、混ぜて」

 ウィータって警戒心高そうですからね。神経質――じゃなくって、繊細そうですもん。目撃したから辿り着くまでの短時間の間に、触っても目覚めないくらい爆睡したとも考えにくいです。まぁ、なんでたぬき寝入りしてたかまでは、読めませんがね。
 あれこれやり取りしている間も。フィーニスは、ウィータの腕中のフィーネを撫で続けていました。その光景に、微笑みが零れてしまいます。

「ウィータ? ぼんやりしてる。ホントは、私たち、起こしちゃった?」
「……いや。そうじゃねぇよ。そーじゃ、ないんだが」
「変なの。ところで、フィーネを保護してくれて、ありがと」

 なにやら考え込むように、また頬杖をついていたウィータ。尋ねても要領を得ない回答しか返ってこず。駄目だ。今日はこれ以上、他のこと考えると頭がパンクしちゃう。本格的に、キャパオーバーの信号がちかちがし始めちゃいました。
 フィーニスとぶつからないよう、フィーネを摩るのに集中しなければ。

「オレ一人で部屋に戻る途中、ディーバが飛び出していったのが見えた。追いかけてきたら、こいつ――フィーネが逃げ回ってたんで、捕獲したんだが。今度は逆に、しがみついて離れねぇもんだから、ひとまずアニムを呼びに行かせた。その間に、泣きつかれて寝ちまったよ」
「そっか。たくさん、泣かせちゃったね」

 ぴくりと、フィーネが身じろぎをします。仰向けになって、フィーニスの手を掴んだのは、いつもの様子。でも、目じりに堪ったままの涙や濡れた顔が、フィーネが泣きじゃくっていた姿を容易に想像させきます。そよ風に乗るおひげも、心なしか切なそう。
 早く起きて欲しいような。夢がフィーネの瞳が乾かせてくれるなら、もうちょとでも、いくらだって待つよとも、思ったり。

「お前も、泣いてたんだろ? 笑ったり泣いたり、忙しい奴だな」
「主に、だれかさんの、未来の、せいでね」
「ふぃーにすも、あにみゅを泣かせちゃったのじゃ。ごめんなのぞ。しょうじゃ! ありゅじが、あにみゅの瞼にちゅうしたら、治るのぞ!」

 ウィータに対する嫌味だよー、と返すよりも早く。フィーニスがぽんと掌を打ち鳴らしましたよ! ウィータからじゃなくって、フィーニスからのブーメラン! 変化球!
 慌ててフィーニスを抱き上げて、お口を塞いじゃいました。フィーニスの大きさじゃ、お顔ごと覆っちゃってますけど。
 ウィータに極自然にスルーされるとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいです。

「ほぅ」
「ウィータ? 私より、フィーネを――」

 私が一歩後退したにも関わらず。ウィータってば予想に反して、顔を寄せてくるじゃありませんか。まるで口づけ前みたく、瞼を軽く落としたウィータ。反射的に、ぎゅっと目を瞑ってしまいました。吐息が額に触れ、傍に熱を感じた一瞬後。

「ありゅじ、ちゃま? ふぃーね、寝ちゃってまちた。ごめんちゃ」
「おぅ。気分はどうだ?」
「んー。にゃんだか、ぼんやりでしゅの。でも、おいちそうな匂いがしましゅ。あにむちゃの香りもしゅる。ほわほわ」

 フィーネの声が耳を掠めた直後には、すでに風だけがありました。ひょっ拍子抜けなんて、残念がってません!
 それよりも、フィーネ! 起き上がったもののふらついています。ウィータの胸に、とすんと横にもたれかかって、ごしごし目を擦ってます。私が止めるよりも早く、フィーニスがその手を掴んでいました。みるみる間に大きくなっていくフィーネの瞳。

「ふぃーにす、でしゅの」
「ふぃーね、しゃっきは叩いて、ごめんなのぞ。ふぃーねのこちょ、嫌いないからのう。ふぃーにすは、ふぃーねが大切じゃ。お詫びに、ふぃーにすのほっぺも、ぱちんしていいのぞ!」
「ほんちょ? ふぃーね、嫌いないの?」

 フィーネに右頬を差し出しているフィーニスを、きょとんと眺めるフィーネの瞳。フィーネの言葉に大きく頷いているフィーニスに、わけがわからないまま、ぺちんと肉球を触れさせました。叩くって言うより、添えてる印象を受けます。
 フィーニスは「もう、いいんかい」と、恐々とフィーネの顔を覗きこんで。フィーネは、ただこくんと頷いて。喧嘩は終了、仲直りです。

「フィーネ」
「あにむちゃのお声が――ひょうっ!」
「待って、フィーネ。あのね、全部聞いた。フィーニスが、教えてくれたよ」

 私を認識した途端、また飛んで逃げちゃいそうになったフィーネ。漫画さながらに飛び上がりました。
 今度は逃がしてあげないんだから。少々強引にではありますが、両手でがしっと捕まえます。泳ぐように暴れているのは、無視です。ふにふに揉んじゃうんだからね。

「私、フィーネもフィーニスも、いっぱい傷つけたの、ようやく知れた。フィーネが、悲しいや、苦しい。それに、どの私も大切、想ってくれてたから、生まれてきた、ちぐはぐな想いに、もがいてたのも」
「ふぃーねは、ふぃーねは……」

 親指でお腹を擦ると、フィーネもなんとか顔をあげようと頑張ってくれます。
 柔らかく出している声調が、フィーネを怖がらせちゃってるのでしょうか。かと言って、早口で捲くし立てたり、明るく元気にしたりも違う気がするし。うーん。

「ふぃーね、大丈夫じゃよ。じゃから、ちゃんと、あにみゅの目、見るのぞ」

 フィーニスの鶴の一声で、ゆっくりですが、フィーネが可愛い顔をあげてくれました。久振り、という時間も空いてないのでしょうけれど。そんな気がしてなりません。
 フィーネの綺麗な瞳に、私が映ってる。こんなに嬉しいって教えてくれて、ありがとう。フィーネの中にいる私は、自分でも奇妙なくらいの笑顔です。さっきのフィーニスのどん引きさを否定出来ませんね。
 湧き上がってくる気持ちをそのままに、フィーネに届けたい。フィーネが私から目を逸らさずにいてくれたのは、他ならぬ私自身の揺らぎがなくなったからだと思うのです。フィーネが逃げたのは、私がちゃんと理解していないのを、悟っていたから。

「あにむちゃ」
「うん、アニムだよ。フィーネはフィーネ、だよね」
「あにむちゃ……!」

 ぱぁっと。周囲のどれよりも可愛い花が、フィーネに咲きました。あぁ、どの花よりも、私はフィーネとフィーニスが舞わす花が好き。朝露みたいで、雨の中でも優しく雫を受け止めるようで……きらきらって、プリズムを生み出す煌き。眩しいだけじゃなくって、どこまでも愛らしい。
 フィーニスへみたいに、フィーネにも伝えたい言葉は尽きません。けれど、フィーネとフィーニスは、同じだけど違う存在だから。今のフィーネには、気持ちを凝縮して伝えましょう。フィーネには、フィーネへの形で。

「フィーネなフィーネが、私の宝物、ここに持っててくれるのも、嬉しい。同時に、フィーネが、代わりなんて、考えたこと、ないし、戻って欲しいとか、思わないから」

 びっくりさせない速度で、フィーネの胸に触れます。フィーニスにしたのと、同じように。小さい体から飛び出んばかりの鼓動が、私の中に入ってきます。流れ込んでくる。
 もう手を離しても、フィーネは逃げでないでくれます。逆に、指にしがみつかれました。

「ふぃーねはふぃーねで、そいで、えと、はな――なくて、宝物ちゃのこちょも、話しても、いいでしゅの? 気持ちわりゅい、ない? 召喚獣ちゃのこちょも、おこっちぇにゃい?」
「もちろん! 私も、今まで通り、お話できる方が、幸せ。フィーネのここにある、宝物の記憶をね、フィーネとして、形にしてもらえるのが」
「ないない、じゃにゃい? ふぃーねも、ふぃーねの心《ここ》にあるにょも、全部。きたなくにゃい? ないないしないで、いい?」
「私ね、フィーネの、ごめんちゃいの中身が、ようやく見つけられて、良かったって、思ってる」

 ウィータは、ただ静かな面持ちで隣にいてくれています。席を外すのでもなく、説明してくれと割ってはいるのでもなく。穏やかな雰囲気で、フィーネを見守ってくれている。
 ウィータがフィーネを気にかけてくれているのが、やけに心を躍らせて。笑みが深まっていきます。

「いっぱいね、お話しようね。過去《こっち》に来る前、襲われてる時にも、お約束、したもんね? 私ね、ちゃんと、聞く。フィーネとフィーニスの、本当の『怖い』がなにか、どれだけあるか、答え合わせ、したいの。もしね、足りなかったら、全部、教えて欲しい。フィーネとフィーニスが、生み出す、言葉《きもち》で」
「……あい! あのね、ふぃーね、ふぃーねはね! えーとね!」

 前に交わした会話と同じ。でも、そこに込められた色は全然違う。
 もじもじと恥ずかしそうにするフィーネ。そんなフィーネの隣に飛んできたフィーニス。両手に乗せると、二人は手を繋いで顔を見合わせて、ふにっと笑いました。私もつられちゃいますよ。寒さなんて、もう感じません。私を包むのは、大好きな存在たちの温度。

「ふぃーねとふぃーにすは、あにむちゃが、だいしゅきでち!」
「ふぃーにすもふぃーねも、ふぃーにすとふぃーねで、よかったのじゃ。ありゅじとあにみゅが出会ってくれて、ふわふわなのぞ!」

 今日はもう泣かないって決めたのに。二人はどうあっても、私を嬉し泣きさせたいようです。一度泣き出してしまえば、また嗚咽でしゃべれなくなってしまう。
 その前に、二人に私のありがとうを伝えたい。二人揃っている今、伝えたい。だから、想いが零れないように、ぐっと空を見上げました。空にいてくれる蒼いお月様。どうか、力を貸してください。
 心の中で願えば、仕方がないねと、笑われたようで。熱いものが頬ではなく、喉に落ちてくれました。

「フィーニス、フィーネ」
「うな!」
「この世界で、生まれてきてくれて、ありがとう。出会ってくれて、ありがとう!」


―子猫たちに息衝く魂たち編終―

読んだよ


 





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