引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

23.引き篭り師弟と、子猫たちに息衝く魂たち2

 どれくらい。呆然と、フィーニスと見詰め合っていたかはわかりません。けれど、フィーニスの言葉を理解するのに、かなり時間が掛かったのだけは変に悟っていました。
 前に、フィーニスのがもうお兄さんだって主張しちゃったのに、不安な夜だから、お姉ちゃんって甘えていいっていうこと? アニムとしては恥ずかしいけど、雨乃《あめの》なら平気っていう意味?

「アメノ、ねーちゃん?」

 違う。私はわかってる。認めるのが怖いだけ。
 ばらばらだった記憶のピースが、一気にくっついていく。まさか……だって、それは、つまり……! やだ。私はいいの。でも、だって、なんで?!
 逃げ出したかった。フィーネみたいに。目の前の現実全てを投げ捨てて。知りたくないって、この期に及んで耳を塞ぎたくなります。
 震えが止まらない。頬を伝う熱いものが、うっとおしい。

「あに……みゅ? やっぱ、気持ち悪い……のぞ?」

 実行に移す直前。フィーニスの瞳に堪った、いっぱいの気持ちが、私を押し留めてくれました。師匠の時みたいに、聞きたくないって逃げてちゃ駄目なんだ。私は知らなきゃいけない。
 私よりも、小さくて。本当にちっちゃいのに。だれよりも純心な優しさを持っているフィーニスのお願い。
 私、知っています。フィーニスが――フィーニスとフィーネが、迷っていたのを。後悔していたのを。
 フィーネが、泣き叫んで拒否していたのは、フィーニスの言葉通り、そう思われたくなかったから。
 それに、自分が嫌われるって恐怖だけじゃなくって、私や師匠のことまで考えてくれてたのを、見てきました。私なんて、いつも自分の気持ちにばかり感情を動かしていたのに。

「ううん。私、フィーニス、気持ち悪いなんて、ないよ?」

 やっとの思いで絞り出せたのは、ひどく掠れた音でした。
 それなのに……。私の震える両手に乗っているフィーニスは、私の動揺をちっちゃな身体で感じているはずなのに。

「よかったのぞ。ふぃーにす、あにみゅが大好きじゃから。あっ、ふぃーねもじゃからにゃ」

 笑ってくれたんです。気持ち悪いなんて思うはずない。けれど、明らかに目が泳いで、笑顔がかたくて。声だって、どうしようもないくらいなのに。ほにゃんて、笑みを咲かせてくれた。
 ほにゃんは、どこかいびつなんです。心から安心しているものじゃないのは、ずっと傍にいた私にはわかります。

「ご……ね」

 膝から崩れていきました。
 あぁ、あぁ。どうして。
 私は、自分が魔法を使えないっていうことに――私は師匠の隣に立ってていいのかなって、劣等感を抱いていただけだったのでしょうか。
 召喚時の記憶がないのを、言及しませんでした。師匠にもカローラさんにも、縋って教えてくれってお願いしなかった。落ちていく中に見た、後ろの影についても深く考えないでいた。フィーネとフィーニスの可愛さと優しさに甘えてたくせに、お姉さんぶって……。
 最低です。

「ごめんね。ごめんね。ごめんね。私、最低、だ」
「なんで、あにみゅが謝るのぞ! 黙ってのは、ふぃーにすとふぃーねで――!」

 違う。目を逸らしていたのは、間違いなく私です。
 フィーニスとフィーネが、召喚獣の生まれ変わりだって可能性には気がついていました。だからって、ごめんなさいはいらないよなんて、上から目線でいた。
 師匠のせいじゃない。センさんの責任でもない。ましてや、召喚獣がわざとやったんじゃないって、亡くなった命の重みを、全部メトゥスに押し付けてた。
 私には、正直、自分が師匠と出会えた事実を幸せだと浸ってしまっていたのを、どこまでの人たちへの罪悪感に変換すれば良いのかわかりません。茫然なる現実。
 でも、自分だけが召喚に巻き込まれたと楽観的に考えていたのは、これ以上ない罪。

「ご、めんね。気がつかなくて。目を、逸らしてて。いつだって、フィーネとフィーニスは、ヒント、くれてたのに」

 何ヶ月も前に、気付かなきゃいけなかったんです。カローラさんが見せてくれた夢――過去の出来事。なぜ、私の記憶としてでなく、第三者の視点だったのか。私は考えるべきでした。本来なら知りえなかったことを、教えようとしてくれてたのに。
 師匠の悲壮な面持ちと……。掌に浮いた、三つの魂。そう、ひとつじゃなかった。三つ、だったのに。

「ごめんね、ごめんね。私は、自分、ばっかり」
「アメノねーちゃ……違うのじゃ。願ったのは……」

 召喚を垣間見た私は、師匠が想う『アニムさん』にばかり、目がいっていました。あまつさえ、寝起きに師匠やフィーニスたちを一度拒否して、過去に浸った。自分だけが被害者みたいな面をして。
 布団の中で、家族の名を呼ぶ私に飛びついてきた二人。どんな心境だったのでしょうか。目の前の自分たちをおざなりにして、一人悲観くれていた私を、どう思ってたの? フィーニスとフィーニスのことだから、真っ直ぐな気持ちなのは予想がついて。さらに、申しわけなさが強まっていく。
 喉が詰まって、言葉が出ない。流れるのは、鼻水と無責任な涙だけ。

「ごめんね。気付かなくって。目を逸らしてて。ごめん……雪夜《ゆきや》」

 しがみついているフィーニスの身体が、岩みたいに固まったのが、頬から伝わってきました。
 自分で口にしておきながら。事実だと肯定されたのが苦しくて仕方がない。
 私は、声をあげて泣いてしまいました。泣きじゃくっている私に、ずっと触れていた掌。人のものではない柔らかさを持った、ちいさすぎる手が何を想っているのか。今の私に考える余裕はありません。優しい掌が、肉球が痛い。痺れるほどに。
 馬鹿みたい、じゃなくて本物の馬鹿だ。私が今、目を向けるべきは、後悔じゃなくて、フィーニスの心の奥なのに。それでも。いつも通り、てしてしと頭で弾む感触に、涙がやむ気配はありませんでした。


******


「ハンカチ、ありがと」

 泣きじゃくって。散々、自分だけ泣いて。
 フィーニスが風邪をひいちゃうんじゃないかと考えられたのは、月が位置を変えてからでした。
 この世界は、とても元の世界と似ています。それは、何も生態系に限ったものではなく、月の動きや暦にも言えるんです。時計がしめす時間も同じです。とっても不思議。だからこそ、私はわずかな違和感だけで生きて来れた。
 一ヶ月は全て三十日なので、元の世界とは異なっています。私の誕生日はあやふやです。十三ヶ月で区切られているので、そこにのっとって師匠に教えました。師匠を始め、周りの方々は不老不死かご長寿さんなので、誕生日には興味ないようで。この二年、こっそりフィーネとフィーニス、それに準備を手伝ってくれたウーヌスさんたちとだけ、お誕生日会をしてたっけ。私はさておき、二人の誕生日を。
 それは、よくよく考えなくても、私が召喚された日でした。

「ふぃーにすは、濡らしただけぞ」
「うん。でも、ありがと」

 私は椅子に座って。フィーニスは、目線を合わせるために円卓上の積み重ねられた本の上に、ちょこんと座っています。
 目線の高さに積み重ねてくれとお願いされ、言われるがままに積みあげた本たち。本来なら、私が掌に乗せてあげるべきなのに。動揺を伝えたくなくて、ディーバさんの棚から、分厚いものを数冊重ねました。

「ふぃーにす、上手くしゃべれないだろうけど、一生懸命話すのじゃ」
「うん」

 いつもの赤ちゃん座りではなく、本当の子猫みたいに座るフィーニス。私の即答に、ぶるんと身を震わせました。飛び散ったのは、汗ではなく涙。
 私は、落ちるものを堪えるのに精一杯でした。フィーニスが、私と距離をとろうとしているように思えたから。

「あにみゅは、もう、わかってるのぞ? ふぃーにすとふぃーねは、アメノねーちゃを召喚に巻き込んだ召喚獣の魂持ってるって」

 重々しく落とされた音。静かな部屋に、やけに響いた気がしました。
 淡い魔法灯《ランプ》と、差し込んでくる月明かり。明るくなくてよかったです。距離は近いし、式神であるフィーニスの目には見えてしまうかもしれません。それでも、泣いた名残をはっきりとは見せたくない。
 今すぐにでもフィーニスを抱きしめたい衝動を、必死に抑えます。ぎゅっと両手を握って。

「うん。フィーニスとフィーネの、涙はね。召喚獣の涙と、一緒だった。過去《こっち》に来てから、見た夢の中で、私に、ごめんなさいって、必死に、謝ってた。フィーネとフィーニスの、ごめんもね、聞こえてきた。ししょーと、話してる時、フィーネが、召喚獣のこと、口にしてたから、なんとなくだけど、そうなのかなって」

 カローラさんが見せた夢だから、間違いなく、私の考えが聞かせた声じゃなかった。

「しょっか。ふぃーねのやちゅ、自分が嫌だって駄々こねてたのに、自分から一部ばらしてたら、世話ないのぞ。ふぃーね、いっつも、考えなしで話すからにゃ」

 頭を傾げて、力なく笑ったフィーニス。一部、という単語が胸に刺さりました。フィーニスも口にする踏ん切りがついてないと思えたからでしょうか。それとも、私の心の問題?
 笑いを引っ込めたフィーニスは、窓の外に視線を投げました。フィーネを心配しているのでしょう。優しい、フィーニス。自分が辛い役目を負っているというのに、フィーネを案じている。
 フィーニスは長く息を吐いた後。意を決したように、見上げてきました。煩いくらい、心臓が暴れてる。お腹がすいていたはずなのに、吐きそう。けど、受け止めるって決めたんだ。
 やっとの思いで、小さく頷き返しました。

「ふぃーにすとふぃーねは、あにみゅを召喚に巻き込んだ魂を半分こしてるのじゃ。あと――あにみゅは、知ってるのぞ? あにみゅが召喚された時、一緒に次元を飛んできた魂の数」
「う、ん。私は、肉体と魂、持ってきたけど。ししょーの手には、みっつ、あった」

 そうだ。師匠が悲しげに見つめていた小さな光は、三つでした。私、ここも見落としてたんだ。『アニムさん』にばっかり気を取られてた。師匠は三つの小さな魂を霧の森に連れていくよう、ウーヌスさんにお願いしてた。
 まさか、自分の大切な人たちのモノなんて考えてなかった。
 ううん。フィーニスとフィーネが召喚獣の魂を持っているって可能性に気付いた時に、察せられたかもしれないのに――気付かないふりをしていただけなんじゃないでしょうか。

「みっつなのぞ。あにみゅは、召喚獣のなみだ、いっぱい浴びたじゃろ? じゃから、からだも一緒に次元、越えれたのぞ。でも……」

 フィーニスの立っている方の耳が、垂れていきます。尻尾を握っているフィーニスが、がぶりと噛み付きました。ふらりとした意識が、一気に鮮明になります。震えを止めようとしているのか。ぱしぱしと尻尾を叩くフィーニス。
 慌てて抱き上げても。フィーニスは目を見開きながら、牙を抜きません。私より、フィーニスのが痛いんだ。出来る限り柔らかく頭を撫で続けてようやく、尻尾は垂れてくれました。

「ごめんなのじゃ。話すって決めたのに、ふぃーにすも、自分でもどーにもならんくて。でも、もう降ろしてくれて、大丈夫ぞ」

 本当は抱っこしたまま聞きたかったけれど。きっと、それじゃ、駄目なんですよね。ちゃんと、目をあわせて――心も視線も、フィーニスと向き合わないといけない。
 積んだ本にフィーニスを降ろし、垂れた耳に指を滑り込ませました。「うなっ」と可愛く鳴った嬉しそうな声に、頬が緩みます。

「あにみゅ! 真面目にするのぞ! ふぃーにす、鳴かせるないのぞ!」
「はいはーい」
「くしゅくしゅ笑うにゃー!」

 ぷんすこと頬を膨らませて、両手を躍らせたフィーニス。いつもの調子が戻ってきて、お互いの震えはとまったようです。
 ぷいっと唇を尖らせて、そっぽを向かれてしまいました。けれど、すぐに「ありがちょ」と、小さな囁きがもれ。どうしてか、泣きたくなりました。わずかな時間の中で、フィーニスが急に大人びてしまったのが、悲しいのかな。

「私ね。召喚獣の涙、かぶって、落ちていった時の記憶、ちょっとだけ、あるの。でもね、すごく、曖昧な部分も、あって」
「あにみゅ」
「うん、大丈夫。私、ちゃんと聞くって、覚悟決めたから」

 決めたんです。心臓は破裂しそうだけど。頭もくらくらして、呼吸がこの上なく苦しいけど。フィーニスが私を『アメノねーちゃ』って呼んでから。認めたくない事実が現実だって肯定しかないけれど。
 フィーニスの口から聞くって、決めたんです。

「あにみゅが召喚獣の涙あびて、上から召喚獣降ってきて。召喚獣のからだ無くなってからにゃ。魂がむき出しで突っ込んでいった先に、あにみゅがいてにゃ。崖が崩れてにゃ。ゆきやとはなはびっくりしたけどにゃ。夢中でアメノねーちゃを助けようと思ってにゃ。しょしたら、ゆきやとはなの足元も崩れて、にゃ」
「……私が、巻き込んじゃったん、だね」

 記憶の中ある、召喚獣の後ろに見えた影は雪夜と華菜だったんだ。
 自分の頬を殴りたい衝動に駆られました。けれど、今ここで、私が行動に起こしたからって、自己満足以外の何者でもない。フィーニスに責任を感じさせてしまうだけなのは、愚かな私にもわかります。
 両の指を絡ませることで、なんとか堪えました。言葉だって飲み込まないといけないのに。嗚咽に近い、自分勝手な声がもれていく。

「ごめんね、ほんと、ごめんね。お姉ちゃんなのに。ふたりのこと……守れないどころか、巻き込んでて。なのに、一人だけ……こっち来たなんて……私、なんで異世界、来なきゃいけなかったのかって、最初のころ、拗ねてたのも、あった。フィーニスとフィーネは、まだしゃべれなくて、でも一生懸命、なぐさめてくれた。ふたりのが……つらかった、のに」

 今でこそ、師匠と出会えて幸せだと感謝する私だけれど。
 最初の頃は、私も、嫌でした。言葉も通じないし、魔法も使えない。お伽噺みたいに、私は目的があって異世界に来たんじゃないって勝手な自尊心。
 なのに、なにやってるんだろうって。平凡に過ぎていくはずだった日常を壊された一般人だって、被害者ぶる思考に飲まれていたことだってありました。そのうち故郷への想いが薄まって。
 カローラさんは、こちらの存在値高めようとする術の反動みたいのだと、声をかけてくださいました。
 そうなのかもしれない。けれど、違う。

「元の世界を、捨てようと……して。雪夜と華菜は、私を……助けようと……してくれてたのに。私は……自分のこと、ばっかり……で」
「巻き込んだ、ないのぞ! ふぃーにす知ってるのじゃ! アメノねーちゃは、自分が一番危なかったのに、ゆきやとはなに、来ちゃ駄目だって、逃げてって叫んでたの! 無視して、突っ込んだは、ゆきやとはなじゃ」

 フィーニスは優しい。それに真っ直ぐ。だから、私の懺悔《ざんげ》になんていうのかなんて、理解出来ているだろうに。私は卑怯者です。
 私があの時、気がついていたなら、どうにかなったのかな。

「どっちみち、ゆきやとはなが立ってたとこも崩れてたのぞ。ほんとなら、そのまま落ちてたじゃけど。アメノねーちゃって呼び続けたふたりを、召喚獣の魂が引っ張ってくれたのじゃ。だから、肉体はなくなっちゃったし、魂――記憶とか感情とか、色々削れちゃったけど、アメノねーちゃと一緒に、これたのじゃ」
「召喚獣……あの子が」

 感謝すべきなのか、元凶だと怒るべきなのか。どちらが正しいのかなんて、私には判断出来ません。
 けれど――。
 雪夜と華菜が死ななくて良かったと思ってしまいました。いえ、本来の意味で死んでしまったのかもしれない。でも、二人の記憶を持った存在があることに、あっていてくれるのに感情がとまらない。二人の存在の証明がいてくれる。私はただ、その事実に喜んでいる。
 そっと。フィーニスの胸に指を当てると。どくんどくんと、いつもより遥かに激しい鼓動が、小さな体の中で鳴っていました。

「……ありがとう」

 止まらない勝手な感謝が、溢れてくる。わかってる。フィーニスは雪夜じゃないし、召喚獣じゃない。なのに、ありがとうが止まらない。


 私は、自分の気持ちしか見えてなかったんです。だから、無責任にお礼が口に出来た。フィーニスとフィーネが、何を想っていたかなんて、わかれなかった。私のお礼が、どれだけ相手を傷つけたか、なんて……。


「あにみゅ?」
「雪夜と華菜の、存在、消されなかった。身勝手だけど、ありがとう」

 みるみる間に大きくなっていたフィーニスの瞳。これ以上、というくらいまでになった途端、今度はくしゃりと崩れました。
 柔らかい肉球で私の指を掴んできます。もみじのおてて。人間だった時期《とき》とは違うけど、同じ。閉じた瞼が、涙を押し流してしまいました。

「ほーらの召喚獣、消そうとしためとぅすに、あにみゅ言ったのぞ。召喚獣にだって、勝手してよくないって。ふぃーにすはふぃーにすじゃから、もう召喚獣ないけど、ここがぎゅうってして、すっごく嬉しかったのじゃ」

 数秒前まで、私が触れていた場所を、フィーニスが幸せそうに押さえました。両手で。美味しいお菓子を食べたとのとも、師匠が誉めてくれた時とも、違う色を混ぜた嬉しそうな顔。
 無我夢中でしがみついたメトゥスの腕。ホーラさんの召喚獣を消そうとしたメトゥスに沸いた怒り。あの子がとても悲しがってのを知ってたから。
 ふと、思考が止まりました。私、夢の中で、元の世界よりも、召喚獣よりの考えになっていたのにショックを受けていた覚えがあります。今は……心底、そう思える自分でよかったって、思ってる。どうして?


――やめてっ! 自分の勝手な気持ちで、戻すとか、戻さないとか、していいことないよ! あの召獣だって、泣いてた! 痛いって、悲しいって、涙流してたの、私知ってる!――


 本当は、家族を思えば、憎むべき相手でしょう。でも、咄嗟に出た言葉を私は後悔しませんでした。していません。
 でも……何かが引っ掛かってる。頭の隅に、何かが引っ掛かってしょうがない。たぶん、そこは私が気付かないといけない『何か』。焦るほどに、掴みたいものは流れていってしまいます。

「魂だけになったゆきやとはなは、ありゅじに、聞かれたのぞ。まったく新しい、存在で、生まれ変わりたいのか。それとも、辛いのも悲しいのも、全部、背負って生まれたいのかって」

 涙も鼻水も止まってくれません。もう、何に泣いているのかわからない。
 でも。全部の気持ちが流れてきて辛い。苦しいんです。自分だけじゃない。師匠の気持ちも、フィーニスとフィーネのも。雪夜と華菜のも。召喚獣のあの子のも、全部。掌で覆っても。涙も嗚咽も止まってくれません。こんな姿、フィーニスには見せたくなかったのに。とまらない。

「ありゅじは、いっぱい教えてくれたのぞ。式神って存在から、この世界、はては、ふぃーにすたち、どんだけ特異な存在で、どんな感情を向けられるか……もしかしたら、大好きなあにみゅに嫌われるかもしれない、可能性も」

 私が知りえないところで、どれだけの感情がうごめいていたのか。私は、知らなかった。知ろうとしなかった。
 私はどれだけ愛されていたのか。守られていたのか。
 知らなかった。知ろうとしなかった! だれか教えて。私はどうやって、報いればいいのですか。私を、雨乃を――アニムの存在と、心を守ってくれた人たちに。感情が止まらない。冷静でいたいのに。全てを受け止めたいと願ったのに。感情が溢れてとまらないんです。

「わっ……わたしは……どうしたら……想いに、報いれる?」

 悔いても、泣き叫ぶ声は止まってくれません。自分の膝に顔を埋めて泣くことしか出来ません。フィーニスとフィーネが抱えていた恐怖を、私はまったく汲んでいなかった。私が魔法を使えないからといって、師匠の隣に立てないどころの話じゃなかった。
 自分の存在自体を否定されるとわかってたのに、雪夜と華菜、召喚獣のあの子は、私に寄り添ってくれていたのに。



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