引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

21.引き篭り師弟と、別離のち出会い9


「うっせぇ。お前ら、オレに恨みでもあんのか」
「わたしはラスと違って、色沙汰の恨みはないのですよ。でも、ウィータが! 人に無関心なウィータが、煩いなんて、言ったのです! 初めて聞いたのです! 今日はウィータが周囲の『雑音』に耳を貸した記念日なのですよ!」

 うっせぇは、私も大好きな、師匠の口癖。師匠のうっせぇは赤みや拗ねを帯びているのがほとんどだから。
 でも、確かに。ウィータは興味のないことの方が多そうです。煩いという感情は、周囲を受信しているからこそ出る言葉ですよね。我関せずなら、何を言われても、投げかけられても、知ったこっちゃないっていう。
 と言いますか、色沙汰の恨みって……睨むのも忘れて俯いてしまいます。黙った私に、「大体」とウィータが声をかけてきました。立ち上がって仁王立ちです。偉そうな態度が、余計に師匠を連想させます。

「さっきも言ったが、ガキに下心なんざこれっぽちもねぇよ。ついでにもう一度言わせて貰うが、お前、『師匠《オレ》』とは色のある関係なんだろうが」
「わっ私だって、何度でも、返すけど! ししょーが、触ってくれるのと、ウィータが触れるは、同じないよ! 元々、ウィータが、自分はししょーない、言った!」

 そうだ、そうだ。元をただせば、最初に「俺じゃない」と言い出したのはウィータなんだから。拒否したのは、ウィータが先ですもん。
 びしっと指差してやります。ベッドの上では、フィーニスとフィーネが私とウィータを交互に見上げています。不思議そうな瞳ですので、ウィータが師匠じゃない宣言自体が理解出来てないと思われます。

「触れてくれる、ねぇ。胸を打ち抜かれるくらい可愛いじゃないか、ウィータ」
「どこがだ。オレは違うって、拒否されてんだぞ。可愛げもありゃしねぇよ」
「あー、なんか俺。地味にへこんだわ」

 ウィータに可愛くないと溜め息をつかれ。自業自得なのに、思わずラスと一緒にへこんでしまいます。ラスのへこみポイントはよくわかりませんが。
 可愛くないとか可愛げがないとか。師匠に弟子入りして間もない時期が思い出されます。あの頃はさして気にも留めなかったのに、今はウィータの突き放しにさえ傷ついてしまう。それだけ、師匠を好きになったという証なのかな。ぎゅっと握った指が痛い。

「ウィータだって、ひどいよ。私にもちゃんと、ししょーにもらった名前、あるのに。お前とかこいつって」
「『アニム』は真名じゃないのですね。まっ、ウィータの弟子なら当然といえば、当然なのです。ちなみに、詠唱名はあるのです? 魔法使えないのなら、ウィータがつけることもないですか」

 ベッドの反対側から戻ってきた私の服をひっぱったのは、ホーラさんでした。あっけらかんと笑っていらっしゃいます。ホーラさんて、いつでもブレないですね。
 私の貰った名前って、詠唱名って言われたことはないかな。確かに魔法が使えないなら、真名を隠すための詠唱名って必要ないですし、そもそも私の真名は元の世界の名前ですしね。

「詠唱名、じゃないと思う、ですけど。『アニム』の続きも、あるですよ?」
「ふぃーね、しっちぇるの! あにむちゃは、あにむ・しゅ・りがちゅる、いうにょ!」
「ふぃーね、違うのぞ」

 あい! と元気に挙手をして答えてくれたフィーネですが。額を押さえて頭を振ったフィーニスの言う通り、発音しきれてません。周りの皆さん、というかセンさんとディーバさ、おまけにウィータが渋い顔になりました。なぜ。
 りがちゅるっていうのも、可愛いですけどね! 私はそれでも良いですけれど!
 にへらと笑って、喧嘩しだしそうな二人を抱っこします。

「アニム・ス・リガートゥル。ししょーくれた、大切な名前です」
「さしずめ、魂を縛るとか、縛りつけ的な意味なのですね。魂そのものに自分の魔力を絡み付けてなお、言霊による、ある種の呪縛を存在に対してかけるのは、ウィータらしいのです」
「はい。私の曖昧な、存在。この世界に、留めるためって、ししょーが……」

 ふむふむと、納得したように顎を撫でたのは、ホーラさんだけでした。ラスはベッドに腰掛けたまま「へぇ」と感嘆の声をあげています。
 が、だがしかし。ウィータが……ウィータは、見事に「げっ」と口を歪め、目元どころか耳まで染め上げました。
 はてと首を傾げると、ものすっごい勢いで顔を逸らされてしまいましたよ。そのまま口元を覆って、距離をとられます。
 まぁ、センさんは案の定というか、安定のセンさんというか。床に突っ伏して息も絶え絶えです。

「あの、笑い死、寸前なくらい、変な名前です?」
「アニム、違うのよ? でも、うちのセンが、ごめんなさい。これは、好奇心からだから、答えたくなければ無視していいのだけれど。アニムがその名前を貰ったのは、最初から?」

 無視するような内容でもありません。むしろ、華憐なディーバさんに首を傾げられたら、答えたくもなりますよ!
 変なおやじ心を出しつつ。センさんの背中を摩っているディーバさんの前にしゃがみ込みました。間近で見るディーバさんは、水色の綺麗な髪と澄んだ瞳で、めまいが起きちゃいますね。まさに、妖精さん。はぁ、美しい。
 今の名前を貰った日は、鮮明に思い出せます。水晶の花畑から帰った夜でした。フィーニスたちがまだしゃべれないくらい、赤ちゃんだったなぁ。南の森で、花飾りを編んだ日に思い浮かべたのを、さらに思い出します。

「異世界にきて、目が覚めて。最初は『アニム・ス』だけ、だったです。でも、しばらくしてかな。私、やっとこの世界の、言葉で、お礼くらい、言えるように、なったころ。突然、ししょーに、魔法陣の間、呼ばれて、貰ったです。ししょー、珍しく、すごーく緊張してたから、よく覚えてるですよ」
「ウィータちゃんが、緊張。それはそうよね」
「生《ウィータ》に魂《アニムス》か。おまけに――がっ」

 起き上がりかけたセンさんから、似つかわしくない悲鳴があがりました。って、ウィータが、センさんの頭を床にぐりぐりと押し付けてる。鬼のような形相で。青筋たっちゃってますよ。
 そして、何故か私の髪も掴まれてます。先っぽだけなので、痛くはないんですけどね。
 というか、両手一気に違う仕草をこなすのは、さすがです。性格に反して、手先は器用です。

「センもディーバも黙っとけ。それに――アニムも、未来ではどうだか知らねぇが、ここにいる間は、ぜってぇーアニム以下は名乗るんじゃねぇぞ」
「うっうん、わかった。理由、よくわかんないけど、約束する、です」
「名乗っても、僕とディーバ以外には気付かれないのにさ。あっ、自分が悶絶するからか」

 理由もわからず命令されて、本当なら文句のひとつも口にしてやるところです。でも、全く色を変えなかったウィータが、目に見えるほど鮮やかに色づいているんですもの。しかも、迫力あるのかないのかな調子で凄まれて、まるで師匠に言い聞かせられている錯覚に陥ってしまいました。
 ぷぷぷと、おかしな様子で笑ったセンさんは、再び師匠に押さえ込まれています。

「うっせぇ! たく、信じられねぇことしてくれるもんだぜ。未来のオレは」
「私に、名前くれるは、ダメだった? 元の世界の真名は、ししょー以外、教えるなって、言われて、名前、くれたのだけど。私、純粋に、嬉しかったの。ししょーも、意味聞いたら、ホーラさん、みたいなこと、教えてくれたし。でも、もし、問題あるなら、未来帰ったとき、ししょーに、返上するから」

 ただの言霊と考えていちゃいけなかったのなら、面目ないです。師匠の元に戻れたら尋ねてみなきゃですよね。
 申し訳なさから、ウィータにも聞いておこう。そう思って、髪を掴んでいる手を握ったのですが。
 じっと見上げた先。ぐっと顔を引いたウィータは、私が言葉を出す毎に、熱をあげていきました。

「知るかっ! 未来に帰って、お前の師匠に言え!」
「そりゃ、もちろん、ししょーにも、尋ねては、みるけれど。ウィータの様子、見てると、なんか、ししょーないウィータが、笑われるは、ごめんね、って」

 これは素直な気持ちです。あまりに爆笑されているウィータを見ていたら、とてつもなく申し訳ない気持ちでいっぱいになってきました。
 私の感情は別にして。確かにウィータの立場から考えたら、身に覚えのない行為で爆笑されるのはたまったもんじゃないでしょう。当事者である私でさえ、笑われている理由が全く検討つかず、少し不安になるくらいすもの。
 師匠に似た態度で、声を張り上げたウィータに心を解されたのか。自分でもちょっと意外なくらい素直になれました。

「お前――アニムが、謝罪する必要もねぇだろ」

 案の定、不可解だと口を歪めたウィータ。今度は、目元も柔らかくなれました。
 さらに不機嫌になったウィータに、にへらと笑いかけてしまいました。別に、気を許したとか師匠と同一人物だって認めたわけじゃないんだからね! とツンデレ台詞が脳内を過ぎりましたが、見てみぬ振りをしておきましょう。素直がモットーです。アニムって音にしてもらえて、ちょっぴり嬉しかったんです。

「うん、でも当事者は私。無関係なウィータ、嫌な思いさせたなら、ごめんなさい。ししょーと私の、問題なのに」
「無関係、ね。アニムって、無意識に人の心を揺さぶるタイプだね」
「セン、余計なの言わないで。あなたが、笑いすぎだから、いけないのでしょ」

 相変わらず。王子様容姿に似合わない胡坐をかいていたセンさんに、ディーバさんの拳骨が落ちました。いっ痛そうです。ごつんとか、豪快な音が鳴りました。ただし、殴られた本人は至極幸せそうなので、特に言葉はかけずにおきます。
 それよりも、ウィータです。師匠みたく仰け反って、赤い顔で固まっています。膝をついて目線を近づけ、最後のつもりで「ごめん、ですよ」と袖を引っ張ります。聞いてますかね。肩に乗ってきたフィーニスたちと一緒に、頭を横に倒してみます。
 さらりと長い髪を揺らして。ウィータはあーだのうーだの。私が照れている時みたいに、意味の成さない唸り声をあげるばかりです。まぁ、可愛い爆笑に背中を叩かれ、すぐに終わりましたけれど。
 なぜに笑うのですと振り返ると。ぐいっと強い調子で腕を上に上げられました。持ち上げたのはラスでした。えっと。めちゃくちゃ拗ねているというか、怒っているというか。初めて見るラスの表情に、ぎくりとしてしまいました。
 あっ。初めてじゃ、ないかも。ルシオラが初めてうちに来て師弟交換した際、女言葉じゃなくなったラスターさんとそっくりです。

「ラス?」
「膝、汚れる。アニムに非はないんだからもういいって。笑っている裏を話す気もない奴等は放っておけよ」
「そっか。ラスやホーラさんも、放置で、ごめんね。私の名前、ともかく。カローラさんの、話しだよね」

 おぉ。自分たちの世界に入ってましたよ。よくよく考えれば、ホーラさんとラスも、私の名前関連やカローラさんについては、全く情報なさそうですもんね。どちらかといわなくても、カローラさんについてのが興味あるでしょう。
 立ち上がらせてくれたお礼を口にすると、無言のラスに手を引かれました。そのまま、肩を押され、ベッドに腰掛ける形に。ラスに手を繋がれたまま、なのですよ。
 振り払うのも気が引けて、遠慮がちに目を合わせてみたのですが。ラスは深く微笑んでくるだけです。
 あの、笑顔が、とても腹黒くて怖い。ついでに、何故かラスの前に立って見下ろしているウィータの視線も、恐ろしい。おまけに、ラスの手にフィーニスとフィーネが噛み付いているのですが、痛くないんでしょうか。
 蛇と蛙と、ナメクジ。三竦みのにらみ合いという構図が頭に描かれてます。

「えっと、フィーニスたち、抱っこしてあげたいので、ラスは、手を離してくれると、助かるの、だけど」
「子猫たちを抱いてやりたいからか。了解。ウィータと違って、嫌がられてるわけじゃないなら、喜んでアニムの希望にそうし」
「遠まわしに拒否されてるのがわからねぇとは、おめでたい奴だな。あぁ?」

 ウィータって負けず嫌いなんですかね。師匠と一緒で、ラスターさんもといラスに多大なる対抗心を抱いているようです。というか、私をネタにするのはやめて頂きたい。切実に。
 がじがじと歯を立てているフィーニスたちを引っぺがし、ぎゅっと胸に抱きます。柔らかさとあたたかさが癒しをくれました。ぽっこりお腹が気持ち良い。

「あのにゃ。ふぃーにすたち、ありゅじ、呼んだらダメなのぞ?」
「あい。ふぃーねたち、あるじちゃま呼ぶは、わりゅいこでしゅか?」
 なんだかフィーネたちが赤ちゃんがえりしてる気がします。さっきからの言葉遣いもだし、口調も格段に甘さが増しています。いつも以上に舌ったらずです。私は頼りないし、師匠《ウィータ》も主じゃないって言うし。揺らぎもしますよね。
 抱っこしたふたりの頭を撫でていると。私の前にしゃがみ込んだウィータが、二人の顎をくすぐってくれました。顔つきは相変わらずそっけないけれど、手つきはとても優しいです。

「好きにすればいい」
「うみゃー! ありがとなのぞ! ありゅじ、大好きなのじゃー!」
「うなな! よかっちゃー! ふぃーね、こっちでも、あるじちゃまの、お手伝いがんばりゅの!」

 思う存分、ウィータに甘えるフィーニスとフィーネ。私も嬉しくなって、蕩けていきました。うん。やっぱり二人には極上甘いふにふにとした笑みが似合います。可愛いなぁ。ウィータって、なんだかんだいって、式神には優しいです。
 ほくほくと、ウィターとフィーニスたちを眺めていると。

「ウィータってば、やっさしー! 明日は空からホーラが降ってくるってなぁ」
「それは困ったね。シャズじいの畑を食いつぶされて、軍が飢えちゃう」

 センさんの冗談は笑えませんね。ホーラさんなら、畑どころか全ての植物や食べ物をお腹におさめてしまいそう。乾いた笑いが出てしまいます。
 ウィータも笑えなかったようで、力の限りという調子で、ラスの足を踏みました。無表情で。悶絶しているラスに声をかけようとしたのですが。ウィータに髪をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、それどころではありません。
 師匠みたい。そう思ったのがいけなかったのか。急にあふれ出して来た、負の感情。

「私……未来に、帰れる、ですか?」

 涙ぐんでしまったのは、ばれてないといいのですけれど。
 幸い、特に突っ込まれず。皆さん一様に腕を組んで考え込んでしまわれました。

「何か媒体があれば、可能かもしれないわ」
「ディーバの言う通りだね。僕らから接触をはかるのは難しいかな。というか、試した事例は知識としてはあるけれども、成功例は知らないしね」

 媒体。カローラさんも同様の内容をおっしゃっていたような……。ただ、どれが媒体に当てはまるのかはわかりません。ひとまず、全部試して頂くしかないですよね。とはいえ、そもそも手法自体があるのかが、私にはわからない。
 でっでも! 師匠は世界に数人しかいない、次元を監視できる人だったはず! カローラさんに導かれた夢の中、センさんがおっしゃっていたのを思い出します。

「ししょーは、次元監視、出来る人でした! 水晶に囲まれた場所で、ずっと、見てたって! 私を、召喚巻き込んだときも、次元監視して、干渉もしてたの!」

 目の前のウィータに。懇願する想いで詰め寄ります。あまりに切羽詰っていたのか。ウィータは身を引いてしまいました。
 そうか。ウィータからしたら、異世界人をよんでしまった召喚の失敗は、有り得ない事象ですものね。
 決して嫌味なつもりはなく手段としての提案だったのです。けれど、ウィータにとっては身に覚えのない失態を晒されたも同然ですよね。これも身に覚えがないことですもん。
 私、自分のことばっかり考えてる。

「ごめん、なさい。ウィータが、召喚失敗したとか、なくて。言いたい、わけじゃなくて。元の時間、戻れる、手がかりなればと、思っただけで……ただ、私、ししょー、会いたくて。自分のこと、ばっかり――」

 とまれ、とまれ。ここで泣いたって、皆さんに迷惑かけるだけだ。
 あの時。カローラさんに見せられた過去みたく。今、師匠は私を探してくれているのかな。次元どころか、時間を越えて。師匠に何度も探してもらえる価値が、私にはあるのでしょうか。ウィータや皆さんから受けた印象。『魔法のない』人間と皆さんとの価値観の違いに、どんどん自信がなくなっていきます。
 師匠が私を探してくれてるって信じてる。だけど……私は、師匠の傍にいていいのでしょうか。

「だれも責めたりしてねぇだろうが、あほ。さっきまでの強気はどうした」

 師匠みたいに抱きしめたりしてくれないけれど。髪に指を滑らせてもくれないけれど。呆れたように笑ってくれるウィータ。
 折角我慢していたものが、ぼろぼろと零れ落ちていきます。ひどい。師匠じゃないって言ったのに。私の心を乱してやまない。

「ちょっ! ウィータがあほとか馬鹿にするから、アニムがへこんでるじゃねぇかよ!」
「ウィータちゃん、ひどい」
「いや、待てって。ったく、面倒くせぇな」

 ラスの言い分はともかく。ディーバさんの冷たい口調に動揺したウィータ。
 ぷくりとやきもちが芽を出しつつ。同時に、感情を動かした一因に私も絡んでいるのかなと考えると、ちょっと嬉しかったり。ごめんなさい。面倒臭いのは否定出来ませんよう。

「違う、ですよ。ウィータの、せいないの。それに」
「あぁ? じゃあ、その涙はなんだよ。これだから女は――」
「それに、私、ししょーに、あほ弟子とか、あほアニム、言われるの、好き。ししょーはね、あほ投げるとき、大体、拗ねてたり、真っ赤なってたりで怒ってる。ししょーの、あほは、どきどきするの。だから、懐かしくて、涙腺緩んじゃった。ししょーが、傍いてくれてる、みたいで、苦しくって。ウィータの声に、ししょー、重ねてちゃったの。ウィータは、スルー、よろしくどうぞ」
 ごめんなさい。これだって、ウィータに関係ないこと。私が勝手に、師匠がくれる『あほ』を思い出して、焦がれただけ。師匠を求めただけ。
 あほ弟子からあほアニムに変わったのが、師匠からの想いの変化な気がして、どうしようもなく嬉しかった。勝手に解釈して、女としてみてもらえてのかなって思ったの。
 だから、ウィータが単純に「あほ」って口にしてくれて。師匠が言ってくれたみたいで嬉しかった。
 うへへと微笑んだ先。ウィータが苦しそうに顔を顰めていました。ぐっと、制服の胸元を掴んで息をつめています。

「あっ」

 漏れた、小さな喘ぎ。私……師匠が、アニムさんを想っていたのに傷ついたのに。私も、もしかしたら、師匠を想ってウィータを苦しめてる?
 想いの深さから、必ずしも私とウィータは同意義ではないと思うのです。けれど、程度の差はあっても。自分を通して、だれかを見られている切なさはわかります。はっと、ウィータの頬を撫でた瞬間。

「アニムと師匠の関係はさておき。同じ時間軸の次元を監視するのと、異なる時間軸へ干渉するのとでは、術が異なる。後者の方が圧倒的に困難だ」
「同じ世界で、異なる時間への接触の方が、難しいのですねぇ」

 すっと身を引いたウィータ。空を握った爪先は、無常にも自分へと突き刺さりました。ただ、食い込む痛みは、自分の思い違いだと願うばかり。



読んだよ


 





inserted by FC2 system