引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

18.引き篭り師弟と、不吉な訪問者9

「アニムちゃん、ウィータ!」

 地面に直撃する覚悟で歯を噛み締めます。
 ですが、直後、体が浮遊感に包まれました。そのまま、水晶の地面に背中がぶつかりました。ラスターさんの魔法でしょうか。
 師匠に押しつぶされながら見上げた先には、こちらに向かってきたメトゥスと魔法戦を始めたホーラさんがいらっしゃいました。水晶の地面が高い音に鳴らされているので、ラスターさんが駆け寄ってきているのがわかります。

「……悪い、アニム。おもい……よな」

 わずかに体を持ち上げた師匠ですが、瞼はきつく閉じられているんです。跳ねた眉から苦悶の度合いが伺えます。
 息を荒くしながらも、腕をつっぱって自力で体を起こそうとする師匠。こんな時くらい、思いっきり頼ってくれたっていいのに。押し潰す位の勢いで乗りかかってください。

「重いないよ。そんなことより、ごめんなさい。私、あっさり、敵の術にはまるなんて、ししょーの弟子、失格ですよ。ふっ」
「あー、あれは……かなーり、堪えたな……」
「全部! 言ったの、全部反対だから! 私、ししょー、嫌いなんて、本気で思ったの、ないの!」

 力任せに師匠の頭を抱きしめます。髪を濡らしてしまってごめんなさい。ただでさえ体温を奪われている師匠の体を冷やすなんて、バカすぎる弟子です。
 もちろん、師匠の声色はからかいの色が濃かったです。けれど、それが余計に胸を締め付けてきました。
 私の意思かは別にしても、私から発せられた言葉が師匠を傷つけた。私が揺らいだから、メトゥスにつけ込まれてしまった。傷ついた師匠に隙が生まれて、大怪我を追わせる羽目になってしまった。
 その事実は変わりません。ちゃんとひとつひとつ否定していきたいのに。やっと自分で声が出せるようになったのに……。私の口からは、単調な謝罪しか出てきてくれません。

「ウィータのばか! 被害者のアニムちゃん泣かせてどーすんのよ!」
「じょーだん……だよ。冗談にしねぇと……死んじまうだろ、オレ……ていうか、一回、死んだかも」

 師匠が自分の口から死にそうだなんて! 本当に危険な状態です!
 ラスターさんは汗を流しながらも、呆れ様子でしゃがみこみました。ぼろぼろと涙を流す私の頭を優しく撫でてくださいます。ぐちゃぐちゃであろう顔で見上げると、目が据わってしまいました。けれど、私にではなかったようです。私を撫でると同時に、器用にも、師匠の頭をぐりぐりと拳でなじっていらっしゃいます。
 止めるよりも、もう一度呟かれた「まじで、あの世が見えた」という師匠の発言に、ぎょっと心臓が縮みました。

「ししょー! しんじゃやだー! 早く、傷、塞がないと!」
「……こんな時まで、ずれてんな、アニムは」
「ずれてるのはあんたよ! 意気消沈しながらも遠まわしに告ってる暇があったら、ちゃちゃっと回復しなさい!」
 
 何故ずれてると突っ込まれたのかわかりませんが……。ラスターさんが突っ込み返しされたので、私はスルーしておきましょう! それよりも、師匠の傷!
 ラスターさんが回復魔法を発動しています。柔らかい白い光が師匠の背中を包みますが、目を見張るほどの回復はありません。

「やっぱりあたしの回復魔法は、ウィータに効きにくいわね」

 ラスターさんの舌打ちが響きました。回復魔法にも相性があるのでしょうか。なら、センさんとは相性が良さそうです。不老不死同士だし。
 カローラさんの夢の中で知ったこと。師匠たちは不老不死だけれど、源の血を多く失えば死んでしまうという話。
 はっとして師匠の背中を確認しようとしますが、当の師匠に覆いかぶされていて適いません。師匠のことだから、わざと私が視線落とせないようにしているのかも。
 ただ、最初に手に触れたぬめりから、相当な出血量だと思われるのです。

「ラスターさん。ししょー、自分では回復魔法、ムリなのかな?」
「回復魔法ってのは、自分の生命力も関係してくる複雑な術式なの。一歩間違えれば、無傷の術者をも死に至らしめてしまう位ね。ウィータの回復魔法が一番強力なのは間違いないのだけれど、本人が重症じゃあねぇ……そうだ、アニムちゃん! さっきの回復玉もらえるかしら?」

 師匠の魔法ならば、師匠の魔力が詰め込まれた魔法道具であれば、相性の悪いラスターさんが使っても効果があるという意味でしょうか。
 考えている間に、ラスターさんによって師匠が剥がされました。師匠、瞼は開けないものの、物凄く眉間に皺がよっています。
 慌ててスカートから回復玉を取り出すと、受け取ったラスターさんは一度ぎゅっと玉を握り締めました。

「お願いだから、効いてちょうだいよぉー」

 ぱりんと、破裂音がしたかと思うと。師匠が魔法を発動した時と同じ、とっても綺麗な光が溢れ出てきました。龍さんのうろこと反響しあっています。光の一部が師匠の体にすっと吸い込まれていきました。
 よかった! 少しですが流血量が減ったように見えます!

「よっしゃ! 狙い通り! でも、この傷を塞ぐには全然足りないわね。毒も入ってるようだし――メトゥスの奴、ほんっと趣味の悪い攻撃が好きだわよ」

 そんな。私が貰ったのはひとつです。きっと私が傷を追っても師匠が回復してくれるつもりだったからですよね。
 まさか、師匠本人が重症になるなんて、だれが予想出来たでしょう。
 解毒魔法ならフィーネが使えます。私も傀儡にやられた際、かけてもらいました。師匠の魔力を源にしている式神なので、師匠と相性がいいどころではないでしょうし。でも、ここにいません。私は魔法が使えません。どうしよう。
 最初から諦めてちゃ駄目だ! 私にだって出来ることがあるはずです。師匠が教えてくれた魔法関係――日常の中にだって、突破口はあるはず。
 ぎゅっと両手を握り締めた瞬間、よぎった光景。

「あっ! ラスターさん、私、回復玉、いっぱいある所、知ってるです!」
「さすが一番弟子と大魔法使いウィータ! 回復玉って材料が貴重だから、普通は注文受けても大量には作れないのよ!」
「前に、お掃除してる時、ししょーの寝室で、回復玉いっぱいつまってる箱、見たです! いつも同じ場所、置いてあったはず! 昨日も、寝る前、棚の中あるの、ちらっと見えた覚えあるかもです!」

 飴玉に見えたので、さっき師匠に回復魔法道具だと手渡されるまでは、師匠をからかう材料にしてやろうとか思ってましたけど。動機は不純ながら、覚えてた自分グッジョブ!
 そうだそうだと掌を打つと。ラスターさんがちょっと微妙な顔になってしまいました。

「ものすごーく複雑になっちゃう事情を知ってしまったわ」
「へ? 回復玉、寝室置いてあるは、おかしいです? 確かに、魔法道具ですけど、ししょーは、寝室にも、たくさん魔法道具、置いてあるですよ」
「……そこではなくてね。アニムちゃんが、ウィータと、ごく自然に寝所をともにしてるんだなぁってねぇ。手は出してないのでしょうけど。悶々とするのがわかってても隣に置くなんて、ウィータってば相当まいっちゃってるのね。色んな意味で」

 ぎゃ! そこですか! 今、そこに引っ掛かりますか! 確かに傀儡の件以降、半強制的に師匠の部屋で寝かされてましたけど。理由をつけられて連れ込まれてましたけど!
 冷たかった全身が、一気に熱を持っていきます。いやいや、照れてる場合じゃないですよ。師匠も師匠で、「ざまーみろ」とか言い出しそうな表情になってるし。
 真っ赤になっていると思われる顔で固まっていると。ラスターさんがくすくすと笑い出しました。

「ちょっと顔色よくなったわね。アニムちゃんには、血色がいいのが似合ってるわよ? 気負ってると、うまく運ぶことも、躓いちゃうでしょ?」

 ラスターさん、私を和ませるためにわざと全く関係ない話をしてくれたんですね。おかげで緊張感がほぐれました。
 少しばかりぎこちないウィンクが、ラスターさんにも余裕がないことを教えてくれます。ラスターさんだって、自分の魔法が効かない現状を気に病んでらっしゃるかもしれませんよね。なのに、元気付けてくださっている。自分だけが辛いなんて思っちゃいけません。

「ラスターさん、ありがとです。私、しっかりします! 私、回復玉、目にも留まらぬ速さで、とってくるです!」

 師匠のピンチに弟子が頑張らなくてどうする!
 ウーヌスさんは地下で結界の修復を頑張っているし、ホーラさんは頭上でメトゥスと魔法戦を繰り広げられています。こっちにメトゥスが来れない様に、龍さん以外の召喚獣をよんで応戦してくれています。ラスターさんには師匠の回復どころか、私のメンタルケアまでしてもらちゃってる。

「アニムちゃん一人に行かせるのは不本意だけれど。あたしは魔法玉の効果がなくなるまでは制御してなくちゃだから、ウィータの傍から離れれらない。メトゥスの魔法に支配された空間では、転位魔法も発動できない……お願いできるかしら?」
「はい! 弟子、頑張るです! ししょー、待っててね! あと、さっきの嫌いは、ほんとに、私の気持ちないから」

 膝をついた水晶は雨の影響もあってか、いつも以上に冷えています。師匠がかけてくれた寒さをしのぐ魔法が切れている証拠です。きっと、今も師匠の体温を奪っているに違いありません。
 本当は師匠の傍にいて、今すぐ傷つけた内容、ひとつひとつ否定したいけど。自分の罪悪感よりも、師匠のことを考えなければです。

「アニム……これぐらいの怪我、大丈夫だ……お前が……無茶する必要なんて、ない。あんなこと……お前に言わせた……メトゥスは……あの世をみせてやる」

 良かった。師匠、私にかけられた術からの台詞だったの、ちゃんと把握してくれてたんですね。でも、師匠にすぐ見破られるのをメトゥスは検討ついてなかったのでしょうか。悟られてなお、効果があると思ってたとか?
 師匠だって、術からの言葉だというのは、私の謝罪で始めて知ったのかもですし。
 どちらにしろ、メトゥスが何をしたいのかはさっぱりです。

「ウィータ、強がりもほどほどにしなさい。まぁ、あたしとしては? あんたがくたばっても、アニムちゃんを引き取れて、うはうはだけれどね!」
「うっせぇ……だれが、つか、だれにも、渡せねぇ」

 強がってみせても。むせかえった師匠は吐血しています。またうるっとしてしまいましたが、両頬をぱちんと叩いて気合を入れましょう! メトゥスの思惑なんかを予想している暇はない!
 私が譲らないと師匠も悟ったのか。白を通り越して紫色になっている指を地面になぞらせました。小さな光の魔法文字がふっと踊って消えました。
 光が走っていた方向を振り返ると、至極細くはありますが、光の線の先に家が見えました。

「頼むから……怪我なんて、してくれるなよ。あと……ぜってぇ、メトゥスには……捕んな」
「善処します、です」

 苦しそうな息を吐きながらも、いつもの半目くらいまで目を開いてくれた師匠。どうしようもなく。張り裂ける勢いで鼓動が跳ねました。
 今、こうして見てくれている私も、私じゃないのかなとか。師匠は間違いなく私の言葉に反応してくれてるんだとか。色んな考えがごちゃまぜになって。

「善処じゃねぇだろ。ここは全力で遂行します、だろうが」

 気がつけば、師匠の額に唇で触れていました。わずかに吸い付くように踏み込めば、汗の味がしました。それが師匠と繋がっているからこその味覚だと思うと、嬉しくて。はむと、唇に力を入れていました。無理矢理発せられた言葉の反撥か、どうしようもなく大好きという気持ちが溢れかえってきます。

「ししょー、あつくて、汗の味するけど、つめたい」
「アニム、お前さ――!」

 額は汗をかいているのに、指が触れた耳はとても冷たいです。感触そのまま吐き出せば。師匠からは抗議めいた声があがってしまいました。
 軽口を言い合っていても、師匠の体は悲鳴を上げ続けているんだ。胸元に噴きかかってくる熱い息からも、触れている部分からも伝わってきて、心臓がぎゅっとなります。

「ごめんね。戻ったら、いっぱい謝るから」
「……ここは、普通、唇だろう……が。それも、深くて……甘いやつ」
「ししょー、ちゃんと全部、話してくれたら、なんでもしてあげる。うぅん。させてね?」

 しなれないキスなんてして、死亡フラグを立てるわけにはいきません。
 師匠が『アニムさん』について、全部話してくれると言ったのは忘れてません。それも、『私に関してなのに』というようなことも、口にしていたのを覚えています。
 脅迫をしたわけではなかったのですけれど。師匠とラスターさんが、げっという顔になってしまいました。怪我人に余計なの言ってしまいましたかね。

「この近距離でいちゃつき見ると、結構なダメージだわ……」
「アニム、お前……今の台詞、忘れんなよ」
「え、私? 私が、脅迫されてる、どーして」

 一瞬、首を傾げて。とんでもない約束をしてしまったと、気がついてしまいました。が、全く持ってそんな場合ではないので、華麗に逃げさせていただきます。
 頭上を見上げると、小さくホーラさんとメトゥスが見えました。よくよく見ると、私たちがいるところも、光のドームに包まれていますね。ラスターさんでしょう。

「じゃあ、行って来ます!」
「くれぐれも、気をつけてね!」

 大きく頷いて踵を返します。走り様、ちらりと視界に入った師匠は、先ほどの軽口が嘘のようにぐったりしていました。大きく肩で息をしています。腰元に出来た血の溜まりが、現実を突きつけてきます。
 さして距離はないはずの玄関ですが、空から降ってくる火の粉を避けながらだとなかなか進みません。自分に降ってくる分はラスターさんがかけてくれたのであろう守護魔法が防いでくれます。ただ、いつまで持つかもわかりません。避けられる分は自力で何とかしないと、です。

「はぁはぁ。運動不足、かな。言ってる余裕ないか! 目指せ、ししょーの部屋!」

 住み慣れたはずの家は、今までにないくらい冷気に満ちていました。不気味なくらい、静かです。これもメトゥスの魔法影響でしょうか。
 入り口にかけてあったコートを纏うと、幾分か寒さが和らぎました。師匠のも持っていこう。大きさはありますが、魔法糸で編まれているマントは見た目より軽量です。
 暖炉の火は消えてしまっているものの、私が進む一歩先のランプにぽっと灯りがともってくれます。抱きしめているマントとあいまって、傍にいなくても師匠が導いてくれているようで、心強くなります。

「調合室……だめだめ。今は辞書に、気を取られてるない!」

 数時間前。ここでみた辞書が、今日の悪夢のきっかけだった気がして。全身がぶるりと震えました。
 メモに書かれた、謎の言葉と私の本名。メトゥスの言葉。
 心を掻き乱されるには充分すぎる材料たち。加えて、メトゥスに操られた時に浮かんだ考えに、めまいが起きてしまいます。

『貴女じゃない』

 メトゥスの声が、いつの間にか師匠に変わってしまいそうで。大きく頭を振りました。まだ術の効果が残っているみたい。
 それにしても、メトゥスも『アニムさん』を知っているようでした。知っているどころか、何かあったような口振り。それに、師匠は怒っていた。
 師匠が結界を作った百年前、きっかけとなった『アニムさん』に、師匠は特別な感情を抱いていなかった。メトゥスは明言しました。単なる、好奇心だと。

「私、聞いて、嬉しかったのかな。それとも、寂しかった?」

 普通の人間からしたら、百年間森に閉じこもって次元を監視するなんて、気まぐれや好奇心で出来ることかと甚だ疑問です。
 けれど、そもそも寿命の尺が違うから、疑問を抱くだけなのでしょうか。実際、カローラさんと見た過去でも、師匠の口からも気まぐれだとか長い人生の中の暇つぶし的な言葉を聞きましたし。
 自分が不思議です。嬉しいというのは、わかります。師匠が『アニムさん』を想っているわけじゃない可能性が大きいから。出会った地点からの私を受け止めてくれたということだから。と同時に、ほっとしてしまった自分が恨めしくもあります。

「やな女、だな。だれかを、好きになる、気持ち。とっても素敵なのに。その気持ちに、嫉妬するなんて。過去のししょー、否定してるみたい、じゃない」

 私にもっと恋愛経験があれば、こんな醜い嫉妬を抱く機会もなかったのでしょうか。
 それはそれとして、寂しいと感じた理由に関しては、皆目検討がつきません。
 いかん、前向きというか、まずは回復玉を持って戻るのが先です。

「えっと、確か、窓際の棚に――あった!」

 窓際の棚の一番上、綺麗な箱いっぱいに詰められた宝石のような飴玉。もとい、回復玉! ちゃんと隅々までお掃除してた成果ですね。って、自画自賛してる時間はありません。
 落として割れたら大変ですからね。マントにぐるぐる包んでおきましょう。

「あとは、役に立ちそうなもの、ないかな」

 きょろきょろと見合してみますが、あいにく回復玉異常の回復魔法道具に思い当たりはありません。フィーネとフィーニスが入れば、魔法の香りで見つけられたかも知れませんが。
 ひとまず戻りましょう。回復玉全部合わせて師匠が全快するかも不確かですし。いつメトゥスが追ってきてもおかしくない状況です。
 でも――どうでしょう。メトゥスは師匠が心身ともに傷つくのを愉しんではいますが、師匠に死んで欲しいとは思っていないようにとれます。
 あくまでも。邪魔なのは私と、私を大切にしてくれる師匠が気に食わないだけで。
 いざとなったら、私が元の世界に戻れば、師匠の命は助けてくれるかも。

「って、自己犠牲なんて、駄目! 勝手な判断、ししょー、悲しませるだけ! それじゃ、まるで、メトゥスに言わされたの、本心みたい!」

 深く深呼吸を繰り返すと、冷気が体中の温度を下げてくれました。よし。ドアのノブを握った瞬間。
 鼓膜が破れるかと思うくらいの轟音が鳴りました。あわせて、突風も。なっなんかほっぺたも切れたような痛みが走ったような。
 恐る恐る横を見ると。うわぁ!! 見事に部屋の側壁がなくなってますよ! 部屋のドアノブが側壁と反対側にあってよかった!! じゃなくって、師匠の部屋が! 場違いでしょうけれど、思い出の品がぁとつい手が伸びてしまいそうになりました。

「全く。一度切れると手がつけられなくなるのは相変わらずですねぇ、ホーラは」

 瓦礫(がれき)の中から出てきたのは、最悪なことにメトゥスでした。
 お約束です、お約束な展開ですよ! この後、私はメトゥスに捕まって人質にされて、師匠たちが痛めつけられちゃう展開ですよね?!
 逃げろと足を叱咤しますが、がくがく言って動いてくれません。むしろ動けても廊下が崩れちゃってるので、アクロバットな運動神経がないと階下には行けなさそうです。ここもいつ崩れてもおかしくありません。

「とっとと出てくるのですよ! 腐った根性を龍ちゃんの炎で焼き尽くしてあげるのです!!」

 崩れた壁の外側から、ホーラさんとは思えない声色が聞こえてきました。口調は変わってないのに、すさまじくドスがきいていますです、はい。幼女なんて呼べない。
 起き上がったメトゥスは澄ました顔で埃を払っています。ナルシストっぽく前髪をかきあげるのは忘れずに。

「瞳全部を真っ赤にして。あぁ、そうだ。貴女は自分の縄張りを荒らされたり、召喚獣を利用されたりするのが何よりも嫌っていましたっけ。思い出しましたよ」
「うそこけ、なのです! 覚えていたところで変わりはないじゃないですか! 表に出ろですよ!」

 かちんと、固まった体。
 けれど、メトゥスは私を一瞥することなく、肩を鳴らしながら部屋から飛び立っていきました。私なんて、眼中になしという様子でした。師匠とセットじゃないと認識されないのかも。
 はぁぁ。助かった! じゃなくって、廊下が使えないので、ベランダから飛び降りるしかないですかね。いつぞやの吹雪の一件を思い出します。危険度は比較にならないですけども。あの時はフィーネとフィーニスが傍にいてくれました。二人は無事かな。
 ベランダに出てみると、意外に視界はひらけていました。メトゥスの行動範囲が広がったせいか、家の周りも闇が薄まっているので、なんとか飛び降りられそうです。ラスターさんに声をかけたら、魔法でキャッチしてくださるかもです。

「ベランダ、崩れてるの、端っこだけだ。よかった」
「あぁ、見かけないと思ったら、こんな所で油を売っていたのですか?」
「ぎゃっ!!」

 口から心臓が飛び出しかけました! フェイントなんてずるい!
 たった数歩後ろにいたのは、薄い微笑みを浮かべたメトゥスでした。人質フラグ、回避できてなかった!




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