引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

18.引き篭り師弟と、不吉な訪問者13


「ししょー、忘れてたけど――」
「そうだろ、そーだろ。アニムはオレに応えることがあるよな?」

 はっと振り返ると、師匠にがしっと両肩を捕まれました。そして、何故か笑顔で凄まれてます。言葉の途中だったのにと、文句を言える空気じゃないです。こわっ。
 というか、私がどうのこうのじゃなくってですね。すっかり和やかムードですけど、まだメトゥスを撃退した訳じゃないですよねって口にしようと思っていたのですが。
 私が言うより早く、師匠の背後にメトゥスがきちゃいました。ちょっとだけ距離はありますが。黒い魔法衣は、瓦礫(がれき)やら汚れやらでぼろぼろです。はだけた胸元以外も、破れた部分から肌が覗いています。

「全員揃いもそろって、呑気な輩ばかりですね」
「なんだ、まだいやがったのか。オレは今からアニムにじっくり聞きたいことがあんだよ。さっさと牢獄(ろうごく)にでも帰れっての。魔力の源砕いてやったから、ほとんど魔力残ってねぇだろ」

 なるほど。だから師匠はメトゥスを無視してたんですね。納得。
 けれど、師匠以外の方々は緊張を纏っていらっしゃいます。いつでも応戦できるようにと、各自の魔法道具を手に握り締めて、一歩前に出ました。
 メトゥスの魔力がほとんど残っていないというのは、魔力のない私にはわかりません。ですが、確かに、ついさっきまで周囲を包んでいた闇は消失しています。水晶の森は、一面雪景色です。

「私はもとより、ウィータを力任せに説き伏せようなどとは考えていませんでした。ただ、貴方に目を覚まして欲しいだけで」

 わー。何言っちゃってるのかな、この方。散々暴力振るっておいて、魔法ぶっ放しまくって家まで壊しておいて。
 飛び出ていっちゃいそうなフィーネとフィーニスを抱きかかえ、師匠を見上げると……めんちきってるヤンキーみたいな目つきになっていらっしゃいました。この凄みは久しぶりに見た気がします。

「あぁ? ざけんなよ。目を覚ますどころか、不快指数あげられて、殺意がわいてるぜ」
「貴方を傷つけてしまったのは、謝ります。それに研究の場でもある家を壊した件についても」
「だれも、そんなちっせぇ理由で腹立ててるんじゃねぇよ!」

 びしっと、凛々しく魔法杖を突き出した師匠。しゃんと伸びた背中がかっこいいです。
 メトゥスは、本当に師匠しか眼中にないのですね。そもそも、今までの行いで師匠に嫌われないと考えているのが恐ろしいです。人の気持ちがわからない盲目さんなんでしょうね。まさに、人の振り見てわが振り直せ、です。私も師匠に一方的な気持ちの押売にならないよう、気をつけましょう。
 師匠の前にいたラスターさんやセンさんが腰を捻り、師匠の次の言葉を待っていらっしゃいます。

「アニムの心を掻き乱したのと、手をあげやがったのに、切れてるんだよ! あまつさえ、アニムのふとももまで晒しやがったろ!」
「えぇー?! ししょー、そこですか! 前者は、ともかく、後者は……触られたないから、私は、平気だよ? それに、スカート裾ひっぱられただけ、見られたないかもだし」

 師匠の怒りポイント間違ってませんか?! 前者はともかく、後者はどう考えても的外れな気がします。触られた度合いだって、アラケルさん事件の時の方が高かったし。手摺りから落とされたのはものすっごく痛かったですけれど、性的な嫌がらせではありませんのでましです。
 というか、短絡的に考えると、師匠への嫌がらせとしては効果がありそうなのに。それでも「しない」と断言されたということは、よほど私って周囲に女性として見られてないって意味ですよね。だから助かったのですけど、なんか、すごーく、複雑。いやいや、そんな落ち込みしてちゃ駄目です。

「うっせぇ! オレの血はある程度までは全然問題ねぇ! だが、アニムに対する行為全ては、極刑に値するんだよ! アニムに痕をつけたり泣かせたりしていいのは、オレだけだ」

 ぐっと私の肩を抱き寄せた師匠は、きりっと眉をあげ凛々しいのですが。背後に効果音がつきそうな宣言っぷりですけれど。とても反応に困ります。
 ちらりと見上げた先にいる師匠は、至極真面目な目つきなので、突っ込みも入れられないです。

「あにむちゃ泣くのはダメでしゅけど、あるじちゃまだから、いいってこちょ?!」
「うなな。ふぃーにすはあにみゅに笑ってて欲しいのぞ。でもでも、ありゅじは、お婿しゃんだからいいにょか? あとってなんじゃ? ふぃーにすたちみたく、あにみゅの指をかみかみするのぞ?」

 フィーネとフィーニスは頭を抱えちゃってます。てしてしと、自分たちの垂れ耳をいじって、悩みに悩んじゃってます。ラスターさんが「かわいそうな、子猫ちゃんたち」と呟きながらも、二人の手を握ってくれました。
 私ですが。周囲の反応をまるっとスルーして、師匠の言葉が嬉しいとか胸を熱くしちゃってます。もしかしなくても変態さんだったのか、自分。私って、師匠がくれる言葉なら何でも嬉しいのかもしれない。ちょっと危ない人ですよね。

「あんた、かっこよく決めるかと思ったら……餓鬼大将みたいだわよ」
「あほなのですよ。寡黙で必要以上はしゃべらなかったウィータは、お空の向こうの異世界にでも羽ばたいていっちゃったのですよ。魔法の超微粒子くらいにはメトゥスの気持ちがわかっちゃった気がするのですぅ」

 本気で呆れて脱力したラスターさんと、およよと顔を覆って嘆いてるホーラさん。ですが、ホーラさんは絶対に楽しんでいらっしゃいます。垣間見えてる小さな唇がぷるぷる震えているので。
 センさんにいたっては地面にうつ伏せで倒れて瀕死の状態です。もとい、笑い死に寸前です。そんなセンさんの頭を優しく撫でているディーバさんに、ほっこり癒されます。
 メトゥスは現実逃避しているようです。長い前髪に隠れた表情は読めませんが、電池の切れたロボットみたいに、ぴくりとも動きません。ホーラさんじゃないですが、ちょっぴり心中お察ししますよ。
 ばちっと視線があったディーバさんは、何故かぐっと拳を握りました。

「アニム、安心する。ウィータちゃん、こどもの頃も、あんなことしたい、言ったことないから。女性関係で、あんなアホっぽいウィータちゃん、初めてみた」
「え、えっと。ありがとうございます?」
 
 ディーバさん、どうやら慰めてくださったようですが……疑問系でお礼を言った私をお許しください。好きな人があほっぽいって称されてるのを喜ぶべきなのか、素直に内容だけ受け取れば良いのかわからなかったんです。
 というか、こんなに大勢いるのに、突っ込みがラスターさん一人って辛い状況ですね。
 
「まぁ、冗談はさておき。とっとと、かたをつけるか」
「冗談ですか! 私、ぬか喜びしたですよ! 前言撤回!」
「お前は、ほんとーに……つか、相変わらず前言撤回の元となる発言が不明だっつーの!」

 凍りついているメトゥスを放置かと思いきや。師匠は手際よく魔法陣を作り出していきます。十人十色な反応をしていた皆さんも、さりげなく魔法を発動しているようです。各々の魔法道具が淡い光を放っています。すごい。
 視線をメトゥスに戻すと、水晶の蔦(つた)に手足を縛られもがいてました。必死に蔦から逃れようとしてますが、咳と一緒に出た血が口の端から落ちています。

「異物ごときに、はめられるなど!! この私を欺くなど!!」

 さっきまでの空気を覆したメトゥスの声は、まるで呪詛をかけられているくらい禍々しいものでした。断末魔にも思える声調に、気を失いそうになります。敵意で殺されるかと。
 けれど、そんな私の腕をきゅっと握ってくれたフィーネとフィーニス。しっかり抱きなおすと、柔らかい体が安心をくれました。

「あにみゅ、だいじょーぶにゃぞ。ふぃーにすたち、ついてるのじゃ。こわい、ないぞ!」

 かたかたと震えながらも、笑いかけてくれています。フィーネは声が出せないようですが、腕を摩ってくれました。
 師匠も呪文を唱えつつも、背中に庇ってくれます。その大きな背中に、何度か額をこすりつけると、不思議と勇気を貰えました。よし!
 師匠に寄り添う形で前に進み出ます。心配そうに見下ろしてきた師匠には、にかっと笑っておきました。師匠の、大好きな笑みの真似です。

「私してみたら、メトゥス、あなたのがびっくり」
「……ほぅ。特別に許可しましょう。言ってご覧なさい」
「メトゥス、君はこの劣勢でも、まだ偉そうな口が叩けるなんてさ。ある意味尊敬するよ」

 ディーバさんを後ろから抱えたセンさんは、心底呆れていらっしゃうようです。
 かくいう私も、乾いた笑いを出しそうになってしまいました。
 でも、まぁ。特別に許可を頂けるそうなので、遠慮なく言いたいことは言わせてもらいましょう。フィーネとフィーニスを片腕に抱き、びしっとメトゥスを指差してやります。家を壊して師匠を傷つけたメトゥスには礼儀なんて必要ないんだから!
 深呼吸でありったけの空気を吸い込みます。雪を含んだ冷気が喉の奥に流れ込んできました。それに反比例するように、心の熱はあがっていきます。

「ししょーとあなた、どっち信じるかなんて、迷う余地ないです! あなたの言葉で、私が本気で、ししょー疑ったり嫌いなったりする思った方のが、理解不可能!」
「愚かなっ! 私は異物の思考に潜り込んだのですよ。動揺とウィータへの疑心を晒してさしあげましょうか!!」
「私、知りたいのいっぱいは、本当。混乱も落ち込みも、嘘ない。だけど、教えてくれないのを、バカにしてるからなんて、思ってないですよ。ししょーは、実験するため、私を召喚したんじゃない。だれのことも――異世界人だって召喚獣だって、材料なんて見る人ない!」

 正直、情報が錯綜(さくそう)しすぎていて、何が真実なのか明確な答えを今すぐにでも教えて欲しい。弱い私は、敵であるメトゥスのくすぐりにさえ動揺して、冷静な思考なんて保てないのも事実です。
 だけど、メトゥスの言葉を鵜呑みにするほど、師匠への信頼も気持ちも薄っぺらいものじゃない。師匠関連には、胸を張れます。
 それに、召喚を失敗した時の、師匠やセンさんを、実際に目にしています。ううん。カローラさんに見せてもらってなくても、一年半という一緒に過ごした時間がそうさせてくれるはず。
 静まり返った、水晶の森。えっと。これはどういう反応なのでしょう。一向に動きが見えないので、追撃するです!
 染まっていくのがわかる全身に力を入れなおすと。ぐいっと、首にまわってきた腕に引き寄せられました。思わず師匠の体にしがみついちゃいます。フィーネたちは落とさないように。
 私に向けられていたのは、大好きな笑み。少年みたいな、にかっという笑顔です。きょとんとしてしまった私の額に、優しい温度が染みてきました。

「だってよ! さすが、オレの初弟子。もとい、惚れた女!」
「ウィータ……いや、有り得ない、ありえない、世界の至宝ウィータが!! どうしてなのですか!! こんなのは、私が望んでいる道ではない!」
「うっせぇ。人に生まれながらも、人としての感情を理解できない、他を受け入れようとしないてめぇは、いっそのこと哀れだぜ!」

 あぁ、そうか。改めて、得心してしまいました。
 メトゥスは押し付ける一方で、自分の思い通りに物事が進まないのが理解出来ないんですね。感情はあるけれど、他人にも同じように心があるのを受け入れられない。だから、師匠や私たちからしたら突拍子もない発想も、堂々自信を持って、あたかもソレが事実であるかのように、微塵も疑いもせずに言葉に出来るんだ。自分だけの世界に生きているんだ。

「とても、悲しい人」

 超音波のように空気さえ震わせるメトゥスの叫び。全身から瘴気を発し、濃い紫色の瞳と溶け込むがごとく赤く染まっている白目。巻き起こった嵐は、光の壁が防いでくれています。
 音をたてて。水晶の蔦を地面から引き抜こうとしている姿は、理性を失った獣そのものです。そうまでしてメトゥスが守りたかった――恐れた師匠の変化は、彼の中でどんな支えだったのか。浮かんだ疑問に、自分でも驚きました。
 メトゥスは師匠を尊敬していたと聞きました。でも、私の中にある尊敬という概念とはかけ離れすぎていて、文字通りに受け止めることは難しいです。それと似た感覚で、メトゥスは他を拒否しているのでしょうか。

「ししょー」
「ん?」
「うぅん。呼んだだけ。集中力乱しちゃったね。邪魔、しちゃった」

 ぽろっと零れただけでした。無意識の呼びかけにも応えてくれる師匠。呼んで、応えてくれて。当たり前のような行為が、こんなにも幸せなことだって感じられるなんて。私、師匠を好きになって、本当に幸せです。師匠が漏らしてくれた不安が蘇って、気付かせてくれた想いです。
 隣にいる奇跡。居続ける、難しさ。この世界に残って、師匠と何百年生きるとなった時、私はメトゥスのよう、ならずにいられるのかな。

「オレはお前が邪魔なんて思ったこと、一瞬たりともねぇよ。集中力乱されるのはしょっちゅうだからなぁ。今更だろ?」
「それって、どう違うですか。結局、邪魔されてる、同じ」
「あほアニム。真逆だろうが。オレ、お前に集中力乱されるの、嫌いじゃねぇし。なんてか、やるせなくなるパターンが多いけどな」

 やるせなくなるとは!
 むむっと考え込んでいると、どあっぷに師匠が映りこんできました! 身を引く暇もなく、むにっと押し付けられた唇。やけにゆっくりと離れていくように見えた師匠。
 予想外すぎる行動に、爪の先まで火が灯ったように、全身が燃えていきます!

「へっ?!」
「な? アニムも思考阻まれたが、嫌じゃないってか、嬉しかったろ?」

 にやりと意地悪く口の端をあげた師匠に、心臓が爆発するかと思いました。苦しくって、混乱して、でも嫌じゃない。妙に悔しいですけど、師匠の言う通り、幸せで頬が緩んでしまいます。
 俯いて「しらないっ!」と可愛げなく突っぱねても、師匠は満足そうに頷くだけです。というか、落とした視線の先には、すっかり震えを止めたフィーネとフィーニスが、いるのですが……ものすごくほっこりした笑顔で見上げています。愛らしいけど、ふにふに笑ってるのは頬ずりしたいくらい可愛いけど! やけに恥ずかしい! 見守られてる!

「ウィータ、早くしないとメトゥスは自爆しちゃうかもなのです。むしろ、わたしも後ろから刺したいのですよ」
「それはまずいわね。地下に保管してある、ディーバとセンが飲みたがってた酒も吹き飛んじゃうわねぇ。あっ、ホーラ。刺すのはウィータだけにしておいてよね!」

 皆さんは、いつの間に師匠の後ろに引いていました。魔法防御を発動させて。
 師匠は「うっせぇ」と短くだけ返し、魔法杖を天に掲げました。
 降り続ける雪は、壊れた結界魔法を含み、煌いています。師匠の足元に浮かび上がった大きな魔法陣が、七色の光を流していきます。
 しんしんと降り続ける雪。防御魔法に触れた雪は、まるで花のような雪の結晶に変化します。が、水晶の地面に落ちると、粉々になって姿を消してしまいました。

「今後オレたちに近づく時は、死を覚悟してこい。次はないと思え」
「まだ話は終わっていませんよ! 異物! ウィータが式に施した至高の術、私には智見、同調出来ようとも、貴女ごとき卑小な人間に受け入れられるはずがっ――!」

 眩い光が、水晶の森に溢れました。
 視界が白く染められ。きつく瞼を閉じる直前に飛び込んできたのは、メトゥス。
 必死にこちらへ手を伸ばしているメトゥスの姿が、どうしてか胸のざわめきを誘い……腕の中にある小さなぬくもりを、きつく抱きしめていました。
 伝わってきた鼓動は、いつもより早く跳ねているように感じられました。




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