引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

18.引き篭り師弟と、不吉な訪問者11


 ぐちゃぐちゃの顔で笑うことしか適いません。未だに夢心地です。あの師匠が、告白を言葉にしてくれただけじゃなくって、ありったけの想いを形にしてくれた。大好きって返したい。師匠と出会えて、好きになって、その大好きが膨れ上がるような気持ちを返してもらえるなんて。私はこの上ない、幸せ者です。
 師匠は口を噤んで、ともすれば睨むように見上げてきます。切羽詰まっているように感じられるのは、私の願望なのでしょうか。
 師匠がくれた言葉に、私もありったけの想いを返したいのに。何度唇を動かしても、嗚咽しか出てきてくれません。時間がちょっとでも過ぎれば、落ち着くと思っていたのに。今はただ。笑顔さえも崩れて、涙を流すだけになってしまいました。

「アニム」

 強いのか弱いのか。どちらつかずの声が、耳元をくすぐってきました。魔法映像に映りだされている師匠は、真っ赤になっていると思っていたのに。逆どころか、蒼白です。
 って、もしかしなくても、出血多量で血の気が引いちゃってるのか!
 動揺のあまり、実態のない魔法映像に縋っていました。師匠にしては珍しく、おどおどという調子で、掌を重ねてきます。
 なんと! 腕に力が入らないくらい、弱ってるようです!

「ししょー! 怪我っ! 腰の血!」
「……あほアニム! 怪我の心配より、オレに返す言葉はねぇのか」

 あっ、師匠の眉が思いっきり吊りあがっちゃいました。興奮したから傷口が開いちゃったのでは……! なんか堪えてる風ですし! その証拠に、ぐっと口の端を引いてます。痛みを我慢しているに違いありません。
 魔法映像ではなく、実物の師匠へと視線を映すと、腰に手を当てて仁王立ちになっていました。やっぱり!!

「ししょー! 死んじゃ、やだぁ!」
「あほたれ!! つか、まじで意識ぶっ飛びそうだぞ! 今まで言葉にしなかった罰とはいえ!」

 罰とは。
 確かに言葉が欲しいとは思ってましたけど。師匠は態度で示してくれてたし。無意識に欲しいって表に出てて、師匠を不安にさせてたのでしょうか。って、違う! さっき、私が演技で師匠を責めたからですよね!
 徐々に赤くなっていく師匠より少し手前。私が投げたマントを受け取ったラスターさんが、回復玉が入った箱を取り出していました。でも、箱が開かないようです。師匠も私ばかりみて、ラスターさんが回復玉の箱を開け方に首を傾げているのに気付いていない。

「ラスターさん、箱の底、つまみを――!」
「アニム!」

 私の叫びにはっとしたラスターさんが箱を開けたのと、ほぼ同時。
 ぐいっと肩を掴れました。視界がぶれるのが、やけにゆっくりです。あれ、森の遠くに大きな鳥がいる。そう認識したのは一瞬で。激しい痛みに襲われました。
 目の前に火花が散ります。ぐっと詰まった息がやっと吐き出されたかと思うと、さらなる衝撃が全身を駆け巡りました。肺が軋む。体が痺れてる。

「かはっ!」
「こざかしい真似を!」

 それでも、頭は守っていたようです。傀儡と対峙した際にちゃんと学習してますね!
 その代わり、腕はものすっごく、ずきずきします。ベランダ側に落ちたのは不幸中の幸いですが、崩れた大理石の破片が凶器になってますね。痛い。
 定まらない視界でもわかるほど、怒りをあらわにしているメトゥス。師匠が放ったらしき魔法と、メトゥスの魔法がぶつかりあっています。
 師匠、魔法なんて使ったら、また出血が……!
 鉛のように重い身体。どうにか半身だけ起き上がります。
 響き渡った、ばちんっと弾ける音。

「異物程度でこの私を謀るなど……!! ウィータが本気で、このような異物を――秀でた能力も容姿も持たぬ異物に、心を奪われたなど……!! 有り得ない!! あっては、ならない!!」
 
 どっどうせ、私は才女でも美人でもないですよ! でも、師匠はそんな私を好きだって言ってくれたんだから、良いんです! もちろん、綺麗にはなりたいし、師匠に見合う女性になるようには頑張るけど!
 って、うわぁぁ。照れてる場合じゃないのに、さっきの師匠の告白がぶわっと蘇ってきて、また涙腺が緩んできちゃいました。
 慌てて瞼を擦っていると。全身から黒い煙を放っているメトゥスが、顔中に皺を作り、私を見下ろしていました。
 ひえぇ。さっと血の気が引いていくのがわかります。色んな意味で怖い! 全速力で走ろうとしますが、足を捻ったようで、立ち上がれもしません。

「私の心を乱した罪、存在の消滅をもって償いなさい」

 人には散々暴言はいておいて、心を乱されたから責任とれとか、随分と勝手すぎやしませんかー!! 百歩譲っても、お互い様ですよ!! っていうか、なんという定番な悪役台詞! っていうか、いうか。突っ込みいれてる場合じゃないよ、私!
 強がってみせても、身体は正直です。痺れるどころか、がたがたと震えるばかりで、全く動けません。
 メトゥスが放っていた黒い煙が、ぴたりと止まりました。
 ぐっと硬直した直後、耳をつんざく音が脳を揺らしました。

「なっ――」
「とり……? って、センさん!」

 いつの間に近づいていたのでしょう。家に向かって、大きな鳥が口をぱっくりと開けています。ホーラさんの召喚獣です!
 鳥さんの頭には、薄紫の長い髪をはためかせたセンさんが! 羽の影に、小柄な人影が見えます。奥さんのディーバさんでしょうか。
 
「アニム! 平気かい?!」
「センさん、私より、ししょーが大変!」

 こちらに飛び移ってこようとしたセンさんですが。私より師匠の怪我を治してもらわないといけません。自分でもびっくりするほど、鋭い声が出ていました。
 おかげで非常事態が伝わったのか。センさんは鳥の頭をヒト撫ですると、華麗に飛び降りていきました。
 よかった。回復玉とセンさんの魔法があれば、師匠の傷はすぐさま治るはずです。

「ぐっ……」

 ふっと意識を失いそうになりました。けれど、メトゥスのうめき声に引き戻されます。
 そうだ。安心してる暇はないです。メトゥスから離れないと、殺されてしまう。冷静ぶっている人ほど、切れ具合は狂人的というのはセオリーです。
 幸い、メトゥスは頭を抱えしゃがみ込んでいます。もしかしたら、鳥さんの咆哮(ほうこう)は、強い魔力がある人ほど絶大な効果がある、魔法だったのかもですね。
 ベランダ下を見ると、眩い光が溢れていました。センさんの周囲には、たくさんの魔法陣が浮かび上がっていて、神秘的な光景です。

「見とれてる、ない。逃げないと!」

 体中の傷も、捻った足も痛いけど。死んでしまうかもしれない危機です。
 それに、傀儡の時とは違って、すぐ傍に師匠たちがいてくれる。心強いったらありゃしない。私、一人じゃないんです。大好きな人たちの言葉と気持ちが届く距離にいてくれる。それがどれほど力強いか。
 少しでもメトゥスから離れておかないとです。ぐっと膝に力をいれると、なんかと立ち上がれました。心と体がいまいちマッチしていないようにも感じられますけれど。人間、こんなもんですよねと気合だけは入れておきます。

「このっ召喚獣ごときが!! あの召喚獣のように、己の世界に戻れないようにしてさしあげましょう! まぁ、召喚獣ごときに、感情などはないでしょうから、報復にさえなりませんでしょうけれどっ」
「メー、落ち着く。多勢に無勢。あなたは、圧倒的に不利」

 ともすれば、メトゥスが練っている魔法の音にかき消されそうな……。けれど、静かなのに、どうしてか、しっかりと耳に届いた女性の声。姿はよく見えませんが、ディーバさんですよね。っていうか、メーって。
 そっそれより。あの召喚獣って、きっと、ううん、間違いなく。私の世界にきた召喚獣を指してますよね。自分の世界に戻れないという言葉に、何故か胸を締め付けられました。悲しいくらい苦しんで、まるで戻りたいと泣いていたように見えた召喚獣の姿が、ありありと思い出されます。
 私は自分の意思で、この世界に残りたいと決めました。
 ですが。元の姿を失って、魂が残ったとしても不可抗力で違う世界で生きることを強いられるのは、とても辛い。そう思えたんです。

「やめてっ! 自分の勝手な気持ちで、戻すとか、戻さないとか、していいことないよ! あの召喚獣だって、泣いてた! 痛いって、悲しいって、涙流してたの、私知ってる!」
「くだらないっ!! 異物は所詮、異物!」
「アニム、無茶はするな! すぐ、いく!」

 気がつけば、メトゥスの腕に掴みかかっていました。召喚獣の涙を浴びた私は知ってる。あの子が自分の世界に戻りたいって泣いていたのを。本当はだれも傷つけたくなかったんだっていうのも。私を巻き込んでごめんなさいって、心の底から謝ってきていたのも。降り注いできた涙が、全てを語っていた。あの子は、一番の犠牲者。
 ディーバさんだって、この結界にこれなかったくらい、弱い身体なんです。守らないと!
 ですが、私の抵抗はぶら下がる形になるだけでした。メトゥスの掌の前。大きくなっていく魔法をかき消すまではいきません。でも、せめて師匠やラスターさんたちが魔法を練る時間くらいは稼げれば!

「……そうです。あの召喚獣を手にかけるより、先――いえ、過去を塗り替えるのも一興ですね。ソレを奪っておきましょう」

 メトゥスが魔法を消したのにほっとしたのも束の間。空いた手が私のコートを掴んでいました。襟(えり)を持ち上げられ、ぐっと喉が詰まります。苦しい。掴んでいる腕を叩いても、ぴくりともしません。
 息が止まる。そう喉があがった瞬間。

「やっ!」

 飛び散ったのはコートのボタン。ずっ、と。落ちた体からコートが抜けていきました。途端、冷たい風が首や胸元、露出している部分に吹きつけます。
 大丈夫、大丈夫なんだから! ただ、コートを脱がされただけですもん。ちょっと前の状態に戻っただけです。
 メトゥスが愉快そうに、いやらしい笑みを浮かべ。私のコートを師匠たちの方へ投げ捨てました。

「メトゥス、てめぇ!」
「アニムちゃん! メトゥス、あんた! 乙女の柔肌を冷気にさらしてんじゃないわよ!」

 手摺りの隙間から、師匠が作り出した氷が見えます。が、メトゥスが私のネックレスを掴んで密着状態なので、発動は出来ずにいます。
 必死にメトゥスの手首に爪をたてますが、先ほどと同じく全く効果はありません。
 大事なネックレスを引きちぎろうとするメトゥス。あまつさえスカートを捲ってきました。小学生男子ですかい!

「貴女が羞恥するのを笑っているだけで、手を出そうとは微塵も考えていませんよ。私に幼児趣味はありません。全く勃ちもしません。ウィータと同じでね」
「私が、お子様、いいたいですか」
「どうぞ、解釈はご自由に。貴女自身、その身を持って知っている事実でしょうから」

 動揺作戦にはのりませんよ! と意気込んでみますが。スカートを持ち上げるメトゥスの指は、徐々に上にあがっていきます。ゆっくりというのが、また憎らしい。
 でも。メトゥスの言う意味はよくわからないけれど。師匠以外の男の人に見られるのは死ぬほど嫌だけど。このネックレスだけは渡しちゃいけない気がするんです。
 ふわりと頬を撫でたのは、風。けれど、冷たくはなくって、春風のようにあたたかいです。

「目障りな精霊ですね」

 桃色の薄い服を纏った小さな精霊たちが、メトゥスの腕にしがみついていました。
 センさん? ディーバさん? どちらにしても、ちっちゃな精霊さんたちが加勢してくれてるんです。私だって耐えるんだから。

「アニムから離れろ、メトゥス!」

 浮遊魔法で現れた師匠。魔法杖から氷の針が放たれた瞬間、メトゥスが私を前に突き飛ばしました。一本でもメトゥスに当たれば!
 ぎゅっと瞼を閉じると――。
 
「フィーニス、フィーネ! こい!」
「うにゃー!!」

 甘くて可愛い声が、すぐ傍で聞こえました。
 膝元にいたのは、フィーネとフィーニス。小さな身体をめいいっぱい伸ばして、魔法陣で私を守ってくれています。師匠の魔法は、二人の魔法の前でふっと消えました。振り向いた先、フィーネとフィーニスの魔法陣を通過したように、氷の針が再び現れます。そのままの勢いで、メトゥスに突き刺さりました!

「うなな、うなにゃー、なうー!」
「フィーネ、フィーニス。ありがと」

 二人は、なおも短い腕をぶんぶんと振っています。まるで繭のように重なっていく魔法陣。無我夢中でひたすら守護魔法を生み出していく二人の頭に、そっと触れます。逆立っていた毛が、へたりと柔らかくなりました。
 ぴたりと動きを止めた二人に微笑むと。ぶわっと涙が溢れ出てきました。あれ?!

「あにむちゃー! ふみゃーん! おちょくなってごめんにゃしゃーい! ありゅじちゃまのおけが、治すおてちゅだいしてたのでしゅ!」
「あにみゅ、怪我いっぱいにゃ! 顔もなみだでべちょべちょぐちゃぐちゃなのじゃ。怖かったのぞ? ふぃーにすたちが来たから、もうだいじょーぶにゃぞ!」

 答えるより早く。フィーネとフィーニスが飛びついてきました。すり寄ってくれたり、ぺろぺろ舐めてくれたり、てしてし撫でてくれたりとせわしないです。
 甘い香りとあたたかい体温に、全身の力が抜けていきます。とくんとくんと響いてくる鼓動に、寒さなんて吹っ飛んでいきました。

「ふたりこそ、無事でよかった。傀儡みたいなのに、意地悪されてなかった?」
「あい! ふぃーねたち、へんな魔法感じて、しゅぐ湖から戻ってきたでしゅけど、おうちの周り、真っ暗闇で近づけなかったにょ」
「闇の壁、てしてし叩いてたら、せんたちが、ふぃーにすたちに気がついてくれたのじゃ。したら、鳥が飛び出してきて、ふぃーにすたち乗せてくれたのぞ!」

 私から離れた二人は、丸っこい体をめいいっぱい動かしながら、身振り手振りで説明してくれます。さっきまでの恐怖が嘘のように、ほぐれていきました。
 目の前でくるくる回っている二人を抱き寄せると、愛らしく鳴いて頬ずりをくれました。ですが、フィーニスってばすぐに「くっちゅいてる場合、ないのぞ!」とぷんすこ叩いてきました。尻尾は絡みついたままなので、照れてるのだとわかります。にへらと笑うと、おひげまで跳ね始めちゃいました。

「外、魔法ぶつかりあう音、すごいね」
「めとぅすとあるじちゃま、戦ってるでしゅの」
「あにみゅ、心配するないのぞ! めとぅすの魔力、どんどん弱くなってるのじゃ」

 魔法陣が繭のように白濁になっているので、師匠の様子は把握出来ません。魔法陣に耳をあてると、確かに爆発音などの回数が減ってきているようです。
 よかった! 師匠、本調子に戻ったんですね。
 体から力が抜けていきます。思えば、私が術にかかったり邪魔にならなければ、師匠があっさりメトゥスを撃退していたに違いありません。っていうか、そこを考え出したら、そもそも私が師匠の弟子になってるからメトゥスが襲ってきたんですよね。うん。余計なこと考えて罪悪感を抱くのはやめましょう。

「……ねぇ。あにむちゃ」
「ん? どーしたの、フィーネ」
「しゃっき、めとぅすがいっちぇた、召喚獣のおはなち――」

 じっと、真剣な眼差しを向けられ、鼓動が跳ねた寸秒後。フィーニスが激しく羽ばたきました。牙をむき、繭の外側を睨んでいるフィーニス。
 フィーネも、物言いたげな瞳のまま、フィーニスに並びました。
 どうしたのでしょう。メトゥスが召喚獣を消すと言い放ったのが、フィーネを怖がらせちゃったのか。それとも、私の口から戻るとか戻らないとか出たのが、また不安を煽ってしまったのかも?

「フィーネ、あとでいっぱい、お話、しようね」
「――あい!」
「まゆ、壊れるのぞ!」

 繭のてっぺんに大きな皹がはいりました! そのままガラスのように飛び散った魔法陣。きらきらと落ちてくる光に視界が細くなります。が、本物のガラスとは違い、魔法の欠片は、すっと消えていきます。
 目の前にメトゥスがいても叫ばないように。きゅっと唇をきつく結んで構えていましたが……開けた視界には、だれもいませんでした。

「あにみゅ、あっちにゃぞ!」
「あるじちゃま、がんばれー!」

 なんと間抜けな。部屋の方に向けていた体を、慌てて方向転換させると。ベランダに座り込んでいるメトゥスと、宙で片膝をついている師匠がいました。
 よかった! ベランダが広くて良かったです! 近くにいたら、心肺停止してましたよ! 師匠が、私やフィーネたちの傍にメトゥスを落とすとも思えませんけど。
 師匠の姿勢は、メトゥスの様子を伺っているからみたいですね。凛々しい表情で、杖を前に突き出しています。

「ししょー、きらきら、綺麗。私、ほんと、ししょーの魔法、かかってるのかも。けど、とっても幸せな、魔法」

 薄暗い闇の中。いつものように、生命力溢れる魔法に包まれている師匠。あまりのかっこよさに、ほぅと見惚れてしまいます。綺麗なきらめきを流している髪も、静かな熱を感じる空気も。全部が心臓を鷲づかみにします。大好きだなって思うと隣り合わせで、私なんかが想いを寄せて良い相手なのかなと切なくなる瞬間です。
 ほけっとしていると。私たちに気がついた師匠が、げっと表情を崩しました。なぜに。いえね。一気に現実に戻って、あぁ師匠だって実感できる反応ではありますが。

「しまった! 子猫たちの守護魔法に、オレの魔力は強すぎたか!」
「うな! あるじちゃま、ごめんにゃしゃーい!」
「いや、お前らが気に病む必要はねぇ。色んな魔力が入り乱れすぎて、お前らの存在値じゃ影響を受けすぎてんだ」

 フィーネたちの魔力が混乱しちゃってるってことですかね。こんなに様々な魔力が入り乱れる機会、ありませんでしたし。
 とりあえず、逃げましょう!
 雨は、いつの間にか雪に変わっています。しんしんと静かな空気の中、より張り詰めた空気が肌にしてみてきます。あたりを見渡せば、闇も薄れて、平素、水晶の森の風景に戻っているようです。
 師匠がこちらに魔法をかけようとしますが、飛び上がっていったメトゥスに阻まれてしまいました。メトゥスも相当な使い手なのは、師匠の苦戦具合からわかります。

「フィーネ、フィーニス。とにもかくにも、ここから離れよう!」
「なのじゃ! らすたーたちのところに、行くのぞ!」

 手摺りから身を乗り出した先には。小さな魔法陣を取り囲んで祈りを捧げるように魔法を使役している皆さんがいらっしゃいました。魔法陣の中心には、センさんの奥さんであるディーバさんがいらっしゃいます。
 水色の長い髪をふわりと広げ、小柄な体の膝に、回復玉を乗せていらっしゃいます。元精霊さんというディーバさんは、回復魔法に長けていると以前聞いたことがありましたっけ。どこまでも澄んだ空気を纏っている――いえ、ディーバさんは、澄みという単語そのものに感じられます。

「ディーバさん、魔法使って、からだ、大丈夫なのかな」
「でぃーばしゃん、しゅごい魔力なにょでしゅ」
「んな。にゃんで出歩けにゃいのか不思議なくらい、確固たる存在値なのぞ」

 そういえば。ディーバさんがここに来れなかった理由って、具体的には知りません。動けない、とは聞いていましたけど。奥さん第一なセンさんが一緒なので、無茶な状態にはならないですよね。
 皆さんの周りの魔法陣が、一段と煌きました。師匠の腰元をよく見ると、ほんのりと光っています。遠隔的に治癒を行っているのでしょうか。
 皆さん、師匠のために頑張ってくださってる。私も自力でこの場を抜け出さないと。
 そう、ぐっと手摺りを掴んだ私に気がついたラスターさんが、笑顔で片手を振ってくれました。

「アニムちゃん! 今、行くわ! ウィータの治療は、ディーバたちに任せたわ!」
「ラス、すぐにメーを刺激するから、よけい、危険」
「ディーバの言うとおりだよ。まったく、ラスターってばアニムのことばっかり考えて熱くなるのは、ウィータと良い勝負なんだからさ」

 風にのって聞こえてきた会話。ホーラさんはどうされたのでしょう。
 視線を右往左往させると、召喚獣の鳥さんに寄り添っていらっしゃいました。なんだか呼吸が荒い気がします。華奢な体を上下に大きく動かして、ひっきりなしに白い綿毛を作っていらっしゃいます。龍の召喚獣が強制的に消された影響?

「ちょろちょろと、目障りですね。ウィータが貴女などを気にかけて、全力で魔法を使えないなど非常につまらない」
「ししょーにだけ、面目ない、謝るですよ!」

 はっ! 私も刺激するようなこと言っちゃってますよ! ベランダよりやや下で。師匠とシャボン玉同士で押し合いしているメトゥス。その瞳に怒りの色が浮かびました。
 フィーネたちを肩に乗せて、逃げる用意です。とはいえ、回れ右をしても崩れた廊下がまっています。ということは――。

「耳障りな!」
「そら、てめぇだよ!」

 メトゥスが放った魔法が、顔面横、数センチの空気を裂きました。
 けれど、師匠がメトゥスを吹っ飛ばしてくれたようです。メトゥスは壁にめりこんで、うめき声をあげているじゃないですか。チャンスです!
 手摺りに足をかけ、思い切り蹴ってやります。師匠に向かってダイブです。

「ちょっ! アニム!!」
「ししょー!」

 堪らなく怖いけど。縄なしバンジーとか有り得ないけど。師匠が腕を広げてくれるから。目をしっかり開けて、必死で両腕を広げます。師匠なら、絶対助けてくれる。
 ほら、ちゃんと師匠は受け止めてくれた。倒れこむように、というか上からぶつかる姿勢でも、師匠はぎゅっと体を抱きしめてくれました。落下はしているけれど。伝わった温度が嬉しくて堪らない。師匠の胸に顔を埋めて、師匠の背中にしがみつきます。

「ししょー……ししょー!」
「――っ!」

 次に目を開けた時には、地面に着地していました。ほっとして、師匠の背中をさらにきつく握ると、肩を押されてしまいました。
 泣き出しそうな師匠を目の前に。世界が真っ白になりました。




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