引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

17.引き篭り師弟と、師弟交換9


「アニム、わたしはこっちの枕使えばいいの?」
「はい、です。ロセウスの使ってください、です」

 桃色の枕カバーがついた枕を指差すと、ルシオラさんから「げっ」と低い声が飛び出てきました。一瞬、大きさが合っていなかったかと不安になります。けれど、「まさに女性用って感じ」と頬を掻いたので、照れくささからだとわかりました。
 ほっとひと安心です。安眠に枕は重要アイテムですからね! うちには同じ大きさの枕しかありません。
 というか、ラスターさん! そこに照れるように育てたんですか! 

「ルシオラさん、客間でなくって、私の部屋で、平気です?」
「折角の機会だし。前からアニムと色々話してみたかったんだよね。昼過ぎとはいえ、たぶん、すぐ寝ちゃうだろうけどさ。そこは勘弁してね」
「あにむちゃとベッドで寝るのはねーとってもねー気持ちいいのでしゅよぉ。やさしい香りで、ほんわりにゃの」

 ふかふか枕の上で跳ねていたフィーネが、うっとりと頬を押さえました。フィーニスは赤ちゃん座りで、うとうとと船を漕いでいます。クッキーに大喜びして、めいいっぱい頬張ってくれましたからね。おなかいっぱいなんです。
 ルシオラさんの言うとおり、時計の針はお昼過ぎをさしています。というのも、つい先ほど、師匠とルシオラさんの魔法生成が終わったからなんです。
 窓の外を見ると、暗さは夜そのものです。雨の影響もあるでしょう。水晶の森には昨日と同じく大雨が振り続けているので、明るさ的には夜とさして代わり映えはしません。
 雨は元の世界と同じです。いいようのない感情をくれます。だって――。

「ほら。窓際でぼうっと突っ立てないで、アニムも入りなよ」
「うなぁ。ここはあにみゅのベッドなのぞー」

 枕に座っていたフィーニスが、寝転んだかと思うと、ごろんと回転しました。師匠みたいな半目になっています。
 先にベッドに入っているルシオラさんは、うつ伏せになったフィーニスの喉元をくすぐっています。ルシオラさん宅の式神は大きなふくろうさんなんで、小さいのが新鮮なんですって。「使い魔」って呼ぶらしいですけど。

「一緒に寝るって話が決まって時点で、わたしにも権利があるんじゃない?」

 フィーニスがくかぁと大口を開けたのにあわせ、ルシオラさんからも大きな欠伸が落ちました。徹夜でしたもんね。しかも、魔法を作り出すという、私には到底出来ない作業を終えて。師匠が誉めてました。ルシオラさん、相当腕をあげてるって。
 私とラスターさんは、焼きあがったクッキーと紅茶をお供に、夜通し談話室でおしゃべりしたり、フィーネたちに絵本を読んであげたりしていました。

「ルシオラさん、疲れてるのに、ほんと、私と一緒、大丈夫です?」
「るしおらしゃんは、もしかちて、さみしんぼでちょ」

 私の問いより、ちょこんと首を傾げたフィーネの質問の方が強かったようです。ルシオラさんの口元が軽く引きつりました。「赤ん坊にいわれたかないね!」とフィーネのお腹の毛をかき回しだしちゃいましたよ。フィーネはとっても嬉しそうです。
 シーツに膝をつくと、冷えた外気とは裏腹な温かさが染み込んできました。

「わたしから言い出したんだから、平気に決まってるじゃん。アニムと話してみたかったし。っていうかさ、それ止めない?」

 はて。止めるとはなんでしょうか。
 うつ伏せでフィーネと戯れている姿勢に、私も倣います。とてとてと、寝ぼけ眼でよってきたフィーニスが、腕と胸の隙間にもぐりこんできました。かわゆい!

「さん付けと敬語。歳も近いみたいだしさ、堅苦しいじゃん。わたしはアニムって呼んじゃってるわけだしね」
「ルシオラさ――ルシオラが、いいなら」
「良いから言ってんの! よしよし」

 満足げに頷いたルシオラ。フィーネを抱き上げて、頬ずりしだしました。
 私もすごく嬉しいです! だって! この世界に来てから初めての同年代女子です!  見習いたい、素敵女子!
 
「あー! なんか、こうやっておしゃべりしながら寝るのって久しぶりだなー」
「昔は、ラスターさんと、してたんでしょ? ラスターさん、嬉しそうに、話してた」
「……あれね。ったく、ほんと兄ばかっていうか、過保護っていうかさ。大体、男がどうのこうのなんて、普段は微塵(みじん)も心配してる素振りなんか見せないのにさぁ。でも、デートにはいつもこそこそ付いて来てたのは知ってたけど」

 ぽすん、と。ルシオラが枕に突っ伏してしまいました。ぶっきらぼうな口調です。けれど、暗がりの中、短めの髪から覗く耳が、ほのかに色づいているのがわかりました。
 ルシオラから漂ってくる空気が柔らかくて、ついつい笑いが零れてしまいます。

「意外、かも。ラスターさんなら、全身使って、阻止しそうなのに。ラスターさんってば、普段は、どんな感じ?」
「男のかっこうしてたらすたーしゃんは、あんまりくねくねしてなかったのでしゅ」
「逆に、ここでの兄の馬鹿っぷりを想像すると、穴掘って埋めたくなるわ。ラス兄を」

 ぐるりと仰向けになったルシオラには、ラスターさんに蹴りを入れた時と同じ表情が貼り付いちゃってますよ。今にも黒い笑いが聞こえてきそうな迫力です。
 ますますもって、普段のラスターさんがどんな方なのか疑問が浮かんできちゃいます。

「私の中でラスターさん、すごく心配性、というか面倒見がいい方」
「面倒見はいいんじゃないかな。ウィータ様の弟子になれなかったからって、半ば騙されて案内役させられたようなガキの面倒見ちゃうくらいだらかねぇ。いやぁ、今思い出しても滑稽だったわー」
「なっなんか、それは想像、つくですよ」

 十歳前後の子どもに騙されちゃってるラスターさん。しかも、騙されてるというのを承知の上で、話にのってくれちゃいそうなところがまた、不憫属性というか。
 今日もいつもとは少し違うラスターさんでしたが、私の告白に対する師匠の返事の仕方にも、自分のことのように怒ってくださいました。本当にいい方ですよね。

「でしょー。だけどさ。あぁ見えて、普段はべたべたしてこない奴なんだよ?」
「うっしょだー! らすたーしゃん、しゅきあらばって感じで、あにむちゃに触るんでしゅ。ふぃーねとふぃーにすが守ってるでしゅの!」
「ラス兄、猫好きだもんね」

 しゃきーんと、かっこいいポーズを決めたフィーネですが。棒読みのルシオラにあっさりと押さえ込まれてしまいました。「やーん」と短い手足が宙をかいています。可愛い!!
 そういえば。フィーネとフィーニスは、ラスターさん以外の訪問者さんたちには突撃しませんよね。ラスターさんのキャラクターや言動のせいもあるでしょうけれど。
 式神云々はおっしゃってましたが、フィーニスたち個人に対してはすごく寛容な気がします。

「だから。正直な話、わたしの方がびっくりしたんだ。ラス兄がアニムに触りまくってたのにさ。ごめん、やきもち妬いてすごい顔してただろうね。脅かしてたよね」
「ううん。ルシオラ、私にじゃなくって、純粋にラスターさんの行動に、妬いてる、わかったから。可愛いなとは思ったけど、怖くはなかったよ?」

 窓を叩きつける雨風。風は大分静まっていますが、雨は勢いを緩めていないようです。出ていた肩がぶるっと震えてしまいました。フィーニスをつぶさないよう、シーツにもぐりこむと、ほっこりとしました。
 こちらに来ようとしたフィーネを捕まえたルシオラは、唇を尖らせています。

「逆に、ししょーが私、触れてくるのに、ひやっとしてたもん」
「ウィータ様とアニムが? なんでさ」
「だって。ルシオラがししょーを尊敬してるのは、聞いてたよ? だけど、女の子として、どうかは、知らなかったし。あっ! ルシオラからしたら、純粋に魔法使いとして、尊敬してるのに、そんな感情抱いてる、思われるは、腹が立つかも、だけど!」

 ルシオラの眉間に寄ったしわに、冷や汗が流れます。思わず、がばっと起き上がってしまいました。寒いはずの外気も、気になりません。
 無意味に枕を軽く叩いてしまいます。

「うなぁ。あにみゅー? ぽすんぽすん跳ね遊ぶはだめぞー」
「ごめん、フィーニス。起こしちゃったね」
「あにみゅー、花びらの滝ぞー」

 どうやら寝ぼけているようです。抱っこしてのポーズで前足を伸ばしてきたフィーニス。掌に乗る小さな体からは、とくんとくんと大きな鼓動が響いてきました。
 いやいや。現実逃避している状況でない!
 恐る恐るルシオラへ視線を向けると、怒っていたのはフィーネでした。私に擦り寄ってくるフィーニスを睨んでいます。

「ぷんっ! るしおらしゃん、ふぃーにすは、甘えんぼちゃんでちょ! あるじちゃまの真似してかっこつけるのに、しゃいきんは、ふぃーねよりもあにむちゃにくっつくでしゅのよ!」
「男はいくつになっても甘えたがりやだって、近所のおばさんが言ってたな。っていうか、アニム、寒いよ」

 うんうん。確かに師匠も甘えたさんです、ここ最近。って、甘えてるかは別にして。今までは守られてばっかりだったり、頼りがいのある師匠という感じだったりして。双方向な関係になれたのかなって、嬉しくなっちゃいます。
 再びもぐりこんだベッドが、珍しく軋みました。

「んーウィータ様を恋愛対象にするなんて発想、浮かびもしなかったからなぁ」
「どうして? 引き篭りで悪人面するから? 引き篭ってるけど、この森かなり広いし、悪人面するけど、かっこいいし。笑うとね、可愛いの。あっ、それとも童顔だから? でも、身長は結構あるし、体だって、意外に、がっちりしてるよ。私、横抱きしてくれる、筋力も、あるの。ラスターさんに比べると、歳は下に見えるかもだけど」
「いやいや、どんな理由よ。それ。っていうか、さりげなく惚気てみせないでよー。筋肉とかの部分は、色んな理由で興味があるけど。付け加えると、なんでラス兄が出てくるのさ」

 ぎゃっ。墓穴です。地球規模の墓穴を掘ってしまいました……! 師匠をどう思っているのか尋ねているのに、私が好きなところを言ってどうする! 近頃の私は、自分でも驚くほど恋愛中心の思考で、危険です!
 でもだってですね。一般女子な私は、自分が好きな人を恋愛対象外って言われたら、理由を知りたくなっちゃうんですもん。

「特に深い意味は、なく、ですね。ししょー的立場、共通点、と言いますか。一種の憧れなど、あるかと」
「あぁ、そーいう。まぁ、男のラス兄はそれなりに整った容姿だし、博愛的なところもあるし、憧れるっちゃー憧れた時期もあるかな。それも、ただの少女期特有の年上への憧れみたいなもんだったけど」
「じゃあ、ししょーは、どーして対象外?」

 食いついちゃいます。少女期特有の憧れがあったなら、噂に聞いていた大魔法使いがかっこいい良かったら、ときめいちゃってもいいと思うのですけど。
 しかも、会ったのが一回二回じゃなくって、よく遊びに来てたらしいじゃないですか。

「相手は稀代の大魔法使いウィータ様だよ? 遠い世界の人過ぎて、男の人っていう性別で見られないよ。言うなれば、物語の登場人物みたいな? 別に人としてじゃなくって、魔法を目の当たりすると、住む世界が違うっていうのかな。未だに信じられないもんな、ウィータ様の家に泊まったり魔法教えてもらえてるなんて」
「ししょーって、やっぱり、すごい人なんだよね……」

 これだけ親しそうにしているルシオラでさえ、遠い存在と感じられる師匠。それは、ルシオラが魔法使いだからでしょうか。
 そんなすごい人が、どうして私みたいな普通の人間を好きになってくれたのかな。やっぱり……『アニムさん』がらみなのかな。いやいや。師匠の気持ちを否定するような思考回路は、ぽいぽいです! 本人から叩きつけられた言葉でもないことに落ち込んでも仕方がありません。

「まっ! あくまでわたし個人がって意味だから。アニムはアニムで良いじゃん。出会った環境も違うし。アニム自体、異世界人で特殊な存在なんだし。伝説の大魔法使いと異世界人の恋人って、おもしろいと思うけどな」
「ルシオラ、ありが――って、恋人?!」

 こちらへごろんと向きを変えたルシオラの顔といったら! おもちゃを見つけた子どもみたく、きらきら輝いちゃってるんですけど!
 しかも、ずりっと反対側に下がった私を見て、きらきらがにやにやに変わりましたよ。

「あんたねぇ。人前であんだけいちゃいちゃして口づけかましちゃったら、だれでもわかるでしょうが。心底驚きはしたけどさ」
「うそールシオラ、すっごく冷静だった。驚いてるっていうか、呆れてた?」
「たぶん驚きすぎて思考回路が固まってたっていうか、自然体過ぎて流しちゃってたんじゃないかなってね。うん、そうだ。ウィータ様とアニムが息をするようにいちゃついてたからか。納得、納得」

 えー。ルシオラってば、一人で頷いちゃってますよ。息をするようにとか、恥ずかしすぎるのですけど。いわゆる、真性ばかっぷるじゃないですか、ある意味公害じゃないですか。気をつけよう。
 いつの間にか寝てしまっていたフィーネを、楽しげにお腹に乗せているルシオラ。負けじと、私もフィーニスを両手で包んで頬ずりします。どんな対抗心だとセルフ突っ込みです。

「唇尖らせないでよ。でも、アニムのおかげで貴重な体験もしたし、御礼は言わないとね」
「弟子入り、のことだよね! 魔法生成も、お疲れさま!」
「それもだけど」

 一旦言葉を切ったルシオラの手が、私の頭に乗りました。横に束ねた髪が、後ろに滑っていきました。
 ルシオラの幸せそうな顔に、ぱちくり瞬きを繰り返してしまいます。はて。話の流れで、ラスターさんが本音を打ち明けたことでしょうか。
 フィーネとフィーニスの寝息が、静かな部屋に響いています。

「ウィータ様にさ、頭撫でられたんだ」
「ししょー、頭撫でてくれるは、うっとりだよね。私も、大好き」

 へへっとだらしなく笑って見せると、ルシオラに苦笑されてしまいました。ついさっき恋人といわれたばかりなのに、お子様だと思われてしまいましたかね。でも、好きなんですもん。しょーがないです。
 瞼を閉じると、髪を滑る師匠の掌の感触が思い出されます。今にも。薪の香りに混じって、呆れたように私を呼ぶ声が心を揺さぶってきそうです。

「アニムは、よく撫でられてるの?」
「うっ。お子さま扱い、ですよ。私の場合、誉められるなくて、よーしよし的な」

 そうです。師匠が頭を撫でてくれるのってなだめられてるパターンが多いですもんね。
 自分で口にして残念な気持ちになりました。あっ、でも寝る前に出した紅茶に添えたクッキー、美味しいって誉められました!

「わたしは出会って十年たつけど初めて撫でられた。むしろ、ウィータ様って人に触れないよ? 他の人たちも、間違いなくわたしと同じ反応だったと思うけどな」

 左腕を枕にして私に向き直ってきたルシオラの言葉を、反芻してみます。
 確かに、ルシオラにしろグラビスさんにしろ、他の方々にしても。皆さん、あっけにとられたようなお化けを見たような形相になります。必ずと言っていいほど、師匠が私をからかって髪を掻き乱したり、頭をぐりぐりしたりするから。きょとんとされていたのは、気にかかっていました。
 でも。ただ単に、子ども扱いされてる弟子に呆れられてるんだと思ってました。大魔法使いウィータと唯一の弟子。その師弟のやり取りかって、驚いてるのかなって。

「みなさん、いつもと違うししょーに、驚いてたのかな」
「むしろ、ウィータ様にそうさせてるアニムに、じゃないの? 理由はともかく、わたしは得した気分だけどね。貴重な表情も見れちゃったし」

 どうしよう。すごく、すごく嬉しいかも。何がって具体的には説明できませんが、どうしてか幸せ気分です。
 緩む口元を枕で隠すと、フィーニスの鼻が「もがっ」と鳴りました。苦しかったですかね、ごめんね。

「貴重な表情って?」

 フィーニスの鼻先を突っつく指はそのままに。首を傾げてしまいました。
 今日初めてみた師匠のあの表情が思い浮かんできました。だめだ、思い出すだけで茹で上がっちゃう。泣きたくなる、あの表情。

「そっ。立ち聞きするつもりじゃなかったけど、普段口にしないラス兄の本心も聞きたかったし。じゃなくって。壁にもたれて聞き耳立ててたんだけど。あんたの惚気が始まってしばらくして、ウィータ様を盗み見たらさ。口元押さえて真っ赤になって……気のせいじゃなかったら瞳も潤ってように見えたわけ。何より、眉を下げてなんか呟いてて」
「なんかって?!」

 そこ重要です! 私には真っ赤な師匠って見慣れてますが、師匠も幸せって思ってくれたってことですよね。様子からして。
 でも、何を口にしたかを知りたい!

「いやいや。爆発魔法くらった勢いで混乱する場面に遭遇して、言葉まで拾う余裕なんてなかったわ。だって、あのウィータ様がだよ! 冷静沈着なウィータ様が照れるとか。そもそも、玄関先でアニムのことでラス兄とむきになって遣り合ってるのも衝撃的だったし。衝撃的すぎて、ラス兄に蹴りいれっちゃった」
「私が日常、思ってたのも、昔のししょー知ってる人には、違ったんだね。おもしろい。ラスターさんも、ルシオラと一緒だと、お兄ちゃん。私、全然知らないラスターさんで、新鮮だった」

 お互いの大切な人の知らない部分を知れたんですね。蹴りはさておき。
 ルシオラと顔を合わせて、へへっと笑っていました。たぶん、お互い同じ心境なんでしょう。




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