引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

17.引き篭り師弟と、師弟交換4

「とうとう! ペンナは、呪われた塔に、辿り着いたのです」

 紙が擦れる音が、談話室に鳴ります。雨音と紙の音が混ざり合う。大好きな瞬間です。
 雨のせいか、普段は乾いているはずの音が、少し柔らかく聞こえました。火の粉が弾けるのと、息を呑む緊迫感の中響く、摩擦音。
 今ではすっかり日常となっていますが、一年半程前までは縁遠かった香りとシーンです。
 元の世界では、幼かった雪夜と華菜に寝る前の読み聞かせをしていました。私も小さい頃、お母さんにかけてもらった素敵な夢を見られる魔法です。思い返せば、お母さんとお父さんに貰った魔法は、私の色んなところに息づいてくれているんですよね。遠く、世界が離れていても。

「さぁ、ペンナ行きなさい。塔のてっぺん、空と一番近い場所に、あの少年がいる」

 べたっと。私の肩に張り付いている体温、それに柔らかい感触に頬が緩みます。
 お菓子作りのためにと、髪を高い位置でお団子に纏めています。大公開になっている首筋に尻尾が触れて、くすぐったいです。幸せな感触です。
 もう一枚。めくったページの真ん中に書いてあるのは、第三章完という大きな飾り文字。
 ぷはぁーと、愛らしい息が一気に吐き出されました。

「やったのぞー! やっぱり精霊の涙は万能なのじゃ!」
「でもでも、まだ塔の入り口なのでしゅよーぺんなちゃ、頑張れなのでし!」

 フィーニスが興奮状態で、てしてしと前足を打ち付けてきます。フィーネは飛び上がったと思ったら、本を撫で始めました。応援しているのかな?
 ラスターさんがお風呂に入ってる間、フィーネとフィーニスのご要望で物語を読んでいたのですが。そろそろ、でしょうかね。柱時計に視線を向けると、ちょうど一時間過ぎるところでした。

「フィーネにフィーニス。そろそろ、調理場に、移動しておこうか」
「あいっ! おかーし、おかしー! 食べたらーほっぺた落ちるでちょー!」

 元気よく手をあげたフィーネは、真っ先に進み始めました。
 可愛く歌っているフィーネと正反対。よろよろと羽を広げたフィーニスのお口は三角になっています。今日のお菓子は、フィーニスのリクエストだったチョコクッキーなのですが……。どうしたのでしょう。
 不思議に思いながらも、本を小さな棚に戻します。すると、名残惜しそうな視線を感じました。あぁ、そっか。

「うなーでも、お昼もお菓子も準備は終わってるのぞーふぃーにす、続きが気になるのじゃー」
「お昼楽しみなのでしゅ! ふぃーねはね、あったかパニースから、とろーんチーズとーふわとろ卵しゃんがねーはみでてるのがねーだいしゅきなのでしー!」
「ふぃーねは、ふぃーにすの話、全く聞いてないのじゃ」

 ほぅっと蕩け顔で頬を押さえたフィーネ。フィーニスは溜め息なんてついちゃいながら、横を通り過ぎていきます。
 肩を落としているフィーニスの隣に並んだフィーネが、こてんと首を傾げました。っていうか、後ろから見るふたりのお尻が可愛いです。ぷりっけつ!

「ふぃーにすは、あったかパニース、しゅきないの? ふぃーねが食べてあげるでしゅよ」
「しょんなの言ってないのじゃ! ふぃーにすは、ハムも入れて欲しいのぞ!」

 フィーニスはぷんすこ怒り始めちゃいました。フィーネは本当にわからないようで、体ごと横に傾けています。
 フィーネの好きなあったかパニースとは、私の世界でいうホットサンドです。パニースがパンです。この世界の食材、全く違うモノも多くありますが、チーズや卵なんか基本的な材料は同じですよね。バターをいっぱい落としてフライパンで焼くんです。新鮮バターが、これまた良い焦げた香りになるんですよねー。

「アニムちゃんに子猫ちゃんたち、お待たせー雨で冷えた体があったまったわ」

 響くはずだった高音が鳴らず。突然かけられた声に、びくんと跳ねてしまいました。
 おずっと振り返ると、ラスターさんがいらっしゃることには、いらっしゃったのですが……。ラスターさんはよくお見かけする真紅のドレスではなく、深い紫色のジレというベストの裾が長い版という服装でした。上品な色合いに、細かい刺繍が施されています。下には詰め襟状のシャツを着てらっしゃいますが、開けられているので色気爆発です。とんでもない存在感のソレは、確かにそこにありました。
 何よりの違いは、しゅっとしたパンツスタイルにブーツという男性っぽいところ。髪は少し高い位置から三つ編みになっています。

「ラスししょー、おあがりなさい、です」
「やだーアニムちゃんに『ラスししょー、おあがりなさい』なんてお出迎えしてもらえる日がくるなんて、夢見たい!」

 薄い化粧と胸があるものの、目の前のラスターさんが一瞬男の人に見えます。
 変わらない、調子の良い言葉が返ってきて、何故かほっとしてしまいました。仕草も、控えめではありますが、頬を押さえてくねっとするのは同じです。
 イケメンというか、美麗度は同じなものの、私が知っているラスターさんに、力のない笑みが浮かびます。一呼吸とは言え、知らない人に見えちゃったんですもん。

「らすたーしゃん、にゃんか男の人みたいでしゅの。はっ! ましゃか、あるじちゃまがいない間に、あにむちゃを誘惑しゅるつもりでしゅね! ふけつでしゅ!」
「にゃにー! あにみゅはふぃーにすが守るのじゃ! あにみゅ、ふぃーにすの後ろに隠れるのじゃ!」

 私を庇うように前に飛び出たフィーニス! その後姿はたくましく――って、そうじゃなくて。頼もしい様子は嬉しいですが、二人とも落ち着いてー。まさか、フィーネの可愛いちっちゃなラブリーお口から、『誘惑』とか『不潔』なんて単語が出てくるなんて! お母さん、動揺しちゃう! 意味を理解しているかは、別にして。
 ラスターさんを威嚇(いかく)しているフィーニスを両手にとると、わずかに暴れられてしまいました。そんなフィーニスさえも愛おしくて、頬ずりをしちゃいます。当のフィーニスには「あにみゅ!」と抗議の声をあげられてしまいましたけど。

「んーウィータに見られたら絶対しめられるけど。ルシオラが嫌がるから、ごめんなさいね。あたしの美貌が隠れちゃって勿体無いって自覚はあるのだけれど!」
「確かに。ラスししょーっぽくないけど、かっこいいです。ルシオラさんが、女のかっこう、嫌がるの、わかるですよ」

 フィーニスの垂れ耳を弄っていると、次第にまたたびに酔ったようにとろんとなっていきました。その様子に鼻の下を伸ばしていたのですが、一向にラスターさんの声が聞こえません。ので、疑問に思って顔を上げると、珍しく薄っすらと顔を上気させたラスターさんがいるじゃありませんか。
 はて。ラスターさんくらいの容姿ならかっこいいとか綺麗とか言われなれてるでしょうに。視線がかちあうと、微妙な表情をされてしまいました。なぜ。

「さっ! 遅れた時間を取り戻しましょう! 何のお菓子を作るのかしら」
「チョコクッキー、です」

 両肩を掴まれ、くるりと向きを変えられたかと思うと。そのまま、背中を押され調理場へ押し入れられてしまいました。
 大理石の床の調理場は、結構な広さです。食器棚はもちろん、部屋の真ん中には広い作業台があります。システムキッチンみたいでおしゃれなんですよ?
 窯は隣の小部屋に大きなものがありますが、薪をくべるタイプと魔法玉で簡単に熱を通せるものがあるんです。師匠が手伝ってくれる時は、大抵火をおこしますが、一人の時は大変だから魔法玉の方を使うように言われているんです。師匠の甘やかしです。
 ちなみに、魔法玉は私が投入してもちゃんと作用してくれる仕組みです。

「らすたーしゃん、いつもと反応が違うでしゅ。ご病気でしゅか? しょれなら、寝室に行ってくだしゃい」

 フィーネの前足が、別館の方角を指しました。気遣いにしては、やけに動きが鋭いです。
 氷魔法の玉が入れられている棚から、寝かせておいた白と黒の生地をひとつずつ取り出します。ちょうどよい硬さになっていますね。
 冷蔵庫の役割を果たしている棚は、とっても便利です。これはいつか電子レンジもどきも作れてしまいそうな気がします、師匠って。 

「あら、子猫ちゃんたら心配してくれてるのかしら? うふふ、愛しのアニムちゃんに誉めてもらったから、照れちゃっただけよ」

 ラスターさんは「あらやだ」というおばさん仕草で笑顔になりました。ルシオラさんに、仕草も正してと突っ込まれそうですね。

「違うのぞ。ふぃーねが言いたかったのは、お菓子に病気うつる良くないから、近寄るなって意味じゃ」
「ひっひどい! 大丈夫よー、この服だって、村まで着てきたのとは違う、ちゃんと綺麗な服ですもん! 子猫ちゃんたちこそ、お菓子作りのお手伝いして、毛が入るんじゃないのー? 生え変わりの時期はまだかしらー?」

 ちゃんと男性物の服も持ってらっしゃったんですね。ということは、お帰り用でしたか。きっとお菓子の粉やらで汚れてしまうかもなので、後で洗濯しなければですね。
 ぼけっとしている場合じゃないですね。フィーネとフィーニスがまたぷんすこ怒り始めちゃいそうです。
 あらかじめ台において置いたクッキー型が入った箱。そのふたを開けているフィーニスも、尻尾を揺らしながら飛んでいるフィーネも、余裕の表情でした。そっか。例の技があるんですよね!

「ふぃーねたちは、あにむちゃの助手しゃんなのでしよー? 今までも、ちゃーんとお手伝いしてきたのでしゅ」
「なのぞ! 見てるがいいのじゃ!」

 二人して、ちっちっちと前足を振るのが可愛いです!
 空中で目を合わせたフィーネとフィーニスは、ぶんぶんと前足と尻尾を振り出しました。

「うーなぁー!」
「あら、すごい」

 隣に移動してきたラスターさんから、驚きの声があがりました。純粋に感心していらっしゃるようです。
 フィーネとフィーニスの周りを、ゼリー状の光が包んでいます。ラスターさんの指先が二人に触れようとしますが、ぽっこりお腹と指の間に張った膜が跳ね返しました。

「これで、クッキーぽんぽん型抜きしても、平気なのぞ!」
「式神ちゃんとしては、ちょっと魔法の使いどころが間違ってる気もしないけれど。ウィータったら、一体どういう教育方針なのかしら」
「あるじちゃまは、しゅごいなーって頭なでなでしてくれましゅのよ!」
 
 普通の魔法使いさんは、ラスターさんみたいな反応ですよね。ぼんやりと抱いていた疑問が確信に変わりました。師匠が特殊、なんですよね。でも、師匠も出会った頃からは変わってるかも?
 えっへんと胸を張った二人に、苦笑を浮かべているラスターさん。ただ、嫌味なんてものは感じません。

「ししょー、前に、言ってたです。フィーネとフィーニスが、興味あるモノで、魔法覚える、一番吸収早い。感情豊かな、ふたりだからこそ、生まれる、発想、大事してあげよう、って」
「あのウィータがねぇ。最初っから?」

 ラスターさん、いまいち納得されていないようです。
 師匠は、異世界人の私から見ても、だいぶ柔軟な思考回路の持ち主に思えます。まぁ、異世界人の私と全く違和感なく共同生活をしている時点で、だいぶところかかなりだと思います。
 ラスターさんの言葉を受けて、ちょっと記憶を遡ってみます。
 んー、あっ、ひとつ思い出しました。

「そーいえば、ですね。ししょー、フィーネとフィーニス、生まれたばかりは、魔法研究室とか、談話室で、魔法陣かかれた羊紙、広げてたです。でも、ちょっとたった頃、だったかな。夜、ふたりに、絵本読んでて。ランプの灯りでも、暗くなったから、寝よう言ったら、フィーネとフィーニス、『あかりゅい、うりぇし?』って、聞いてくれたです。その時、光の綿毛出る魔法、使えるようなってからかな」
「しょれまで、光魔法、全然使えなかったでしゅ。でも、あにむちゃが喜ぶ思ったら、できちゃの」

 二人が一生懸命頑張って、それでも光魔法が使えずに落ち込んでいたのも知っていました。だから、余計に嬉しくって思いっきり抱きしめて撫でて、はしゃいだんです。
 何事かと、師匠が驚き顔で談話室に来たのを覚えています。

「ししょー、私たちの声に、慌てて。談話室入ってきて、紅茶、こぼしそう、なってたです」

 私は嬉々として、フィーネたちが魔法を使えたこと、それが私のためにというのがとっても嬉しかったのを報告しました。それにも、ちょっと目を見開いてた気がします。今以上に片言でしたから、ジェスチャーが激しかったのもあるでしょうけれど。
 何より。フィーネたちが、魔法を使えるようになるって楽しいと初めて思ったらしいんです。それを告げられた時に師匠がした、へにゃんとした顔といったら。

「なるほどね。今使った防御魔法に属する術も、お菓子作りのお手伝いしたくて、覚えたとか?」
「なのじゃ! 最初、うーにゅす、ふぃーにすたちは毛が落ちるから、お手伝い駄目いうたのぞ。じゃから、ふぃーにすとふぃーね、考えたのぞ!」

 フィーネとフィーニスが、ぽっこりお腹を主張するように、腰へ手を当てます。
 もちろん机上の学びも続いています。けれど、師匠は、フィーネとフィーニスの自由な発想を、大切にするようになったんです。
 なんだか、たいして昔でもないのに、ひどく懐かしく感じられました。

「おかげで、私、大助かり、です。料理も、皆でする、楽しいです」

 二人の耳を撫でますが、残念ながら体温も柔らかさも感じられませんでした。ゼリー状のぷにっとした感触だけです。それでも、二人は「んなー」と鳴いてくれたので、よしとしましょう。
 いかんいかん。早く調理に取り掛からないと、お昼になってしまいますね。
 
「ラスししょー、エプロン、です」
「ありがとー! じゃあ、張り切って始めましょうか! 何から始めればいいかしら? って、師匠なのに弟子に聞いてちゃおかしいわよね」

 頬を掻いて照れ笑いするラスターさん。シンプルな男性の格好をされている影響か、いつもよりはお色気度低いです。胸以外。その分、どこか可愛い雰囲気で、居心地が悪くもあります。
 師匠といい、ラスターさんといい。年齢が三桁いかれているはずなのに、このギャップは卑怯ですよね。

「お任せください、ラスししょー! アニム、ししょーの分も、動きまわるです!」
「いつもは守ってあげたくなるようなアニムちゃんが、頼もしくみえるわ」

 くしゃっと笑ったラスターさんは、演劇度が薄いです。なんとなく、こっちの方が素に近いのかも。そう思いました。だって、師匠と一緒にいるみたいな、自然で優しい空気に満ちています。
 私が、師匠の少年みたいな笑顔や照れ方が大好きなように。もしかして、ルシオラさんも、女性の姿でお色気びしびしで賑やかでいて姉御肌なラスターさんより。どこか抜けたような雰囲気のラスターさんが、好きなのかも知れませんね。
 師匠が、ラスターさん師弟は兄妹色が強いと言っていました。私たちみたいに、完全な師弟関係でないとすると、どこか面倒をみたくなる、お世話したくなるの師匠のが嬉しく感じられているのかなって。

「今日はチョコクッキーなのぞ! あとあと、くりーむちーずあるから、サンドも作るのじゃ。チョコ尽くし、嬉しいのぞーうにゃにゃー!」
「南の森の花びらは、飾りで使うのでしゅ! あにむちゃ、いいでちょ?」
「もちろん! 彩り、綺麗なるね」

 うっとりと頬を押さえるフィーニスに、悶絶しそうです。可愛い!! 体を揺らしてるのも、堪らなく可愛いんですけど! 遠慮がちに首を傾げて上目で見つめてくるフィーネも、呼吸が苦しいくらい愛らしい!!
 はっ。うっかり悶えてしまいました。でれでれと締まりない口元だったようで、ラスターさんが乾いた笑いを落としていらっしゃいます。

「まず、生地を、伸ばすです」
「じゃあ、あたしは白い方やるわね」
「お願いします、です。出来れば、厚過ぎず、フィーネとフィーニスも、食べやすい厚さで」
 
 袖を捲くったラスターさんとフィーネたちが、流し台で仲良く手を洗い出しました。そこに私も交ぜて貰うと、ラスターさんの目じりが柔らかく下がりました。
 近距離でその笑みは心臓に悪いです! 師匠といいラスターさんといい、急に大人っぽい表情を向けないで頂きたいです。大人っぽいっていうか、三桁のおじいちゃんなんですけどね。うん、平常運転。

「フィーネとフィーニスは、こっちお願いね」
「んな!」

 黒い方の生地を、薄い包み紙から出すと、チョコココアの甘い香りが広がりました。幸せな匂いです! フィーネたちも、うっとりしながら鼻をくんかと上下させています。
 白と黒の生地をそれぞれ二等分して、さらに黒い方はお月見団子サイズを二つ作ります。フィーネとフィーニスはすでに自分用の伸ばし棒を持って、待機していました。おめめがきらきらです。

「随分と多いのねー」
「はい。白い方、普通の生地。型抜きクッキーで、チョコチップとか、乗せるです。黒い方は、粉末チョコレートココア、混ぜてあるです。丸くだけくりぬいて、間にクリームチーズ挟む、です。貴重品の粉末ココア、それにレシピ、ディーバさんから、頂いたですよ」
「センの奥さん、料理全般好きだものねールシオラが小さい頃は、良く振る舞ってくれたわ。あの子ったら、あたしのとこ来たばかりの時は、食べても太らない体質でね――って、話し逸らしちゃってごめんなさい」

 ラスターさんの声色が、とても柔らかくなりました。懐かしそうに細められた瞳に、私も笑みを深めてしまいます。
 長方形の台を挟んで向かいにいるラスターさんは、気まずそうに視線を逸らしちゃいました。

「ラスターさん、ルシオラさんを、とっても大切思ってる、伝わってきて、私も、ほっこりです」
「あたしが余所や二人の時に、思い出話やら成長について語るじゃない? ルシオラは真っ赤になって止めるのよ。『弟子なんだから魔法関係の話しをしろ!』ってね。もちろん、魔法使い同士の会合やここでの宴でも、頭の回転も速いし、気も利くって自慢もしてるのよ?」

 ラスターさん、ルシオラさんをとっても大切にされてるのが、口調からも伝わってきます。冗談っぽく、私を可愛いと誉めてくださる時とは違い、噛み締めるように紡がれる誉め言葉に、笑みが深まるのがわかりました。
 縦についた伸ばし棒に両掌をついて。ラスターさんは瞼を落としました。

「アニムちゃんなら、ウィータが余所で自慢してたりのろけてたりしたら幸せでしょう?」
「私、自慢されるとこ、ないですけど。でも、私いないとこで、ししょー、私の存在を考えたり、話してくれてたりなら、すごく幸せです。でも、それ、ルシオラさんと、私、立場違うから」

 たぶん、私がルシオラさんと同じ立ち位置で師匠の傍にいたなら。きっとルシオラさんと鏡写しの反応だったと思います。
 と言いますか。師匠が私を自慢してくれるって、体力面でしょうかね。レシピと料理は頑張ってるつもりですが! からかいがあるとか?
 首を傾げていると、ラスターさんに苦笑いが浮かんじゃいました。

「実際、アニムちゃんの話をしてる時のウィータといったら。もう、見てられないくらい、でれでれなんだから! アニムが今日はあーしただの、アニムと明日はこーする約束しただの、アニムは変な突っ込みするだの、アニムのへにゃんて笑うのやら拗ねるのが可愛いだの。アニムは可愛すぎてついつい意地悪したくなるだの、アニムの髪は気持ちいいだの、アニムの抱き心地が腕にフィットするだの、安心するだの。話聞いてるあたしたちが恥ずかしくなるんだからーっていうか、初めて見るウィータの締まりのない顔に、鳥肌が立つのよ。加えて、今あたしが言ったみたいに、もーとにもかくにも! アニムアニムって連呼するんだから」
「しっししょー、皆さんの前で、私の話、そんなするですか」
「宴会のつまみは、大体アニムちゃんについてよー? ったく、恋の熱にうなされてるって、まさにあぁいう様子よね。ぞっこんて言葉がぴったりよ。って、しまった」

 ラスターさんが早口で巻くしたてました。
 うわぁ、恥ずかしい!! まさか師匠が私を可愛いだなんて口にしてるなんて、想像も付きませんでしたよ! いえ、ラスターさんの言葉なので、実際はっきりと可愛いと口にはしていないかもしれませんけど。それにしたって、拗ねるはともかく笑うのが可愛いって、めちゃくちゃ嬉しいです。
 いつも呆れられてると思ってたし。いえね。呆れてる師匠の顔も仕草も、口調も全部好きですけど。
 どうしましょう。嬉しすぎて、涙が出そうです。両頬に触れると、たまらなく熱くなっていくのがありありと伝わってきました。現在進行形です。
 きゅっと唇に力を込めますが、緩んでいくのは止まりません。師匠が大好きって気持ちに身を焦がされてるのは、私だけじゃないって思ってもいいのでしょうか。

「ウィータはともかく! あたしにとったら、ルシオラは幼い頃から面倒見てる、義妹みたいな感情もあるのだしね。成長話披露したいじゃないって言うと、『勝手にしろ!』って怒るんだから。だから最近はアニムちゃんの話しばかりするのだけれど、それにも不機嫌顔になるし。挙げ句の果てには、『だったら絶縁よ!』とか言い出す始末。だったらの意味がちょっとねー理解出来なくってさぁ。女の子って難しいわぁー」

 寂しげ瞳で遠くを見たラスターさん。私も同じようになってしまいます。ただ、寂しげって点ではなく、糸目になるっていう部分だけ。あがった熱も心音も、さっと引いていきました。
 フィーネとフィーニスも手を動かしながらも、鼻に皺を寄せています。前歯がむき出しです。
 えーっと。玄関先で喧嘩を始められたのを覗き見ている時から、薄々勘付いてはいましたが。ラスターさんって、実は自分については物凄く鈍い方なのでは……。

「おばかじゃ。ここに、とんでもない、にぶちんのおばかがおるのじゃ」
「ふぃーにす、ほりゃ、前にほーらしゃんが言ってたのでしゅ。らすたーしゃんは、見えなくていいトコは気付いちゃうけど、肝心なとこりょには気付かないで、人生損してる人間でしゅって」

 浮かんだ考えを伝えようか迷っている間に、フィーニスたちが口に出してしまいましたよ! いえ、私が言おうと思っているのは、別におばか云々ではなくて、ルシオラさん関係なのですけれど。
 二人の哀れみの視線は心外だったようです。ラスターさんは伸ばし棒に体重をかけたまま、固まってしまいましたよ。

「ラスターさん、フィーネとフィーニス、悪気ないっていうか――」
「こっ子猫ちゃんたち、ひどいわ! というか、今の言葉から一体何を読み取ったっていうの?! そして、ホーラ! あの毒舌幼女め!」

 ラスターさん、急速に伸ばし棒を動かしだしました。おぉ、あっという間にいい感じの厚さになりましたよ。
 鮮やかな手つきに感動したのか、フィーネとフィーニスが肉球を弾ませます。尊敬の眼差しです。

「わーいなのでしゅー! あにむちゃ、ふぃーねたち、しゅきな型使ってもいいでしゅか?」
「もちろん! 白い方、フィーネとフィーニスに、お任せするね。でも、ラスししょーに、お礼言ってからね?」

 自分たちが伸ばした小さな生地に、お月さま型をぽんと押したフィーネとフィーニス。大きさ的にも、ひとつが限度ですね。あとはこね直しましょう。
 ててっと、フィーネたちは、作業台を走ってラスターさんの横に座りこみました。。

「生地びろんて、ありがとうなのじゃ。ふぃーにいすたち、使ってもいいのぞ?」
「あい。らすたーしゃん、ありがちょ。ふぃーねたちに生地わけてくだしゃい」

 深々とお辞儀をした二人に、ラスターさんは面食らったようです。顔をあげた二人は、大人しく返事を待っています。私もあんなうるうる目で見つめて欲しいです!
 と、私はさておき。ラスターさんは綺麗な微笑を浮かべました。女性姿の時と同じ、慈愛溢れる笑みです。

「えぇ。いっぱい、くりぬいてね」
「やったのじゃー! よーし、ふぃーね、どっちがいっぱい作れるか、勝負なのぞ!」
「勝った方が、夜、あにむちゃのお膝独り占めで、ごろんなのでしゅ!」

 生地の両端から、とんでもない勢いで人形とハートの型を押し付け始めたフィーネとフィーニス。かっと瞳が零れそうなくらい、見開かれています! 金属で作られた型と、大理石のノシ台がぶつかりあう音が響きます! 勝負はいかに!
 押し付けっていうより、叩きつけてるに近いですけれど。
 私はラスターさんと、丸い型を量産しますかね。と、その前に。

「ラスししょー、ルシオラさん、きっと、単純に、やきもち妬いてるだけ、ですよ?」
「へっ? ルシオラが? なんで?」

 脈絡がなかったからか。本当に予想外だったからか。ラスターさんはの切れ長の目が、これ以上ないくらいに見開きました。
 さて、さて。どこから突っ込みましょうかね。甘い香りと人様のほっこり話しに、自然と笑みが浮かんでいくのがわかりました。




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