引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

17.引き篭り師弟と、師弟交換3

「さっ! 偏屈ししょーは、放っておいて。ラスししょー、調理場で、お菓子、作るデス!」

 本日の計画で一番大事なのは、お菓子作りです。フィーネとフィーニス、それにルシオラさんにチョコクッキーを用意する予定なんです。ウーヌスさんは元々食べなくても平気な体なので、ご本人が食べてもいいよと言って下さったらお茶に添えよう。ウーヌスさん、お茶は大好きなんですよ。
  空元気だと思われたのでしょうね。師匠からすり抜けたラスターさんが、眉を八の字に下げました。優しいラスターさんに、自然と笑みが浮かんできます。

「えっ、えぇ。よーし、あたし張り切っちゃうんだから! アニムちゃんとの、共同作業!」
「ししょーと、ルシオラさんの、魔法に、負けないくらい、素敵な、お菓子、つくりましょ!」

 力こぶをつくって鼻息荒く詰め寄ると、ラスターさんに視線を逸らされてしまいました。今にも口笛吹きそうな唇で。
 なんと。心の広いラスターさんでも見るに耐えないくらい、ひどい鼻息でしたか。てっきり、「負けないわ!」と掌を打ち鳴らしてくれると思ったのですが。

「ついでに、『アニム』って、呼び捨て、でも――」
「あっあたしはね! アニムちゃん、って語尾にハートマークつけて呼ぶのが好きなの! それに、あたしの最後の砦で、ちょっと、やばくて」

 ラスターさんが髪を振り乱して向き直ってきました。どこか切羽詰まった気迫を感じます。えーと。よくわかりませんけれど。ラスターさんが好きなように呼んで下さればと思いますので、頷いておきましょう。
 ラスターさんが何故かほっと安堵の息を漏らしたのも、つかの間。師匠の手が容赦なくラスターさんの首を捻りました。ぐぎって、師匠。ぐぎって効果音つけたみたいな音量ですよ。大丈夫ですか。

「いででっ!! ちょっと、ウィータ! まだいたの? とっとと地下にこもりなさい!」
「いいか。オレがアニムの傍にいない隙に、余計なことぬかすなよ。それと、アニム」
「うん?」

 いつになく真剣な表情の師匠です。口調もどこか淡々としています。傍にいない間。その言葉が、普段どれだけ私と師匠が顔をあわせているのかを教えてくれます。
 返事だけでは足りなかったようです。先ほどと同じく、手招きをされました。お年寄りは動くのも億劫なんですか。仕方がありませんと妥協して、一歩、弾むように近づくと。ぐいっと後頭部からを押されました。引き寄せられました、かな、って――!

「んっ?!」

 はぐっと。噛み付くようなキス。強引に唇を割られ、ぬるっとしたモノがもぐりこんできました。いきなりですか?! と叫んだ刹那、あっという間に生暖かいモノは引いていきました。瞬く間だけ絡んできた熱に、物足りなさを感じてしまいます。けれど、代わりにと、曖昧な感触が数度、唇に触れてきました。師匠の柔らかい感触は、唇だけではなく、ぎりぎり口の端や首筋、耳たぶに移動していきます。あっ足から力が抜けていきます。
 というかですね! ラスターさんとルシオラさんに見られてるんですけど!
 全身沸騰しそうな熱が駆け巡ります。師匠の胸を何度も叩きますが、びくともしません。それどころか、すっと、師匠の指が背中やら脇下やらをなぞっています。
 しかも、しかも。ようやく唇が離れてくれたと思ったら。口の端を拭ってくれた指が、すごーくさり気なく、胸の淵を滑っていったじゃありませんか。ひえぇ!

「はふっ。ししょっ、ばかぁ! いくら、なんでも、人前、信じられないっ! 節操、なし! 口づけ魔! 無神経魔法使い!」

 照れからなのか、怒ってるからなのか。自分でも出所不明な感情から、瞳が熱くなっていきます。今にも涙が零れ落ちそうなのが、自覚出来ます。
 だって、師匠とキスにうっとりしている奇妙な顔なんて、人様に見られたくないです。だれもが見とれる、映画みたくスマートで美しい光景ならともかく、私はいつも必死なんですもん。きっと、いっぱいいっぱいで梅干しみたいになってるはず。
 師匠にとったら、挨拶程度なのかも知れないですが。
 師匠の息が髪の先に、キスと混じって落ちてきました。溜め息交じりの、キス、なんて、卑怯!

「はいはい、すみませんね。稀代の魔法使いも一人の男なんです。アマトリウスな奴が無節操に愛敬振りまくのは、我慢できないんですよ。伝わってますかね。節操なし、無節操。お互いさまだと思いますけどー?」
「また、敬語! 普段、口悪い、ししょーの、敬語は、心臓に、悪いですよ! 大魔法使い、かんけーない、です! っていうか、あまとりうす、意味知らない!」
「っていうか、口づけ魔ってばらして、恥ずかしいのはアニムじゃないのか?」

 ひーんと、顔を覆って下を向いてしまいます。言いながらも、師匠の胸に額というか頭を当ててしまっているあたり、私も常識ないかもです。これ、元の世界の国なら、ただのあほなバカップルですよね。あほとバカのダブルパンチです。砂浜をかけて捕まえてごっこどころの話しじゃありません。これが中毒性ってやつですか。慣れって怖いです。
 それはともかく、初対面のルシオラさんの前っていうのもあります。長生きしてらっしゃる訪問者さんたちならともかく、同年代同性というのが羞恥を誘います。ルシオラさんが師匠を男の人としてみているなら、すっごく嫌味な行動ですし。

「あんた……そこまでの単語使うなら、素直に口にすればいいのに。アニムちゃんが知らないのを前提に使って、むなしくないわけ?」
「うっせぇ。調べようと思えば、簡単にわかる単語だ。まぁ、辞書の項目にプロテクトかけてはおくがな」

 私の髪をいじりながら、堂々とぶっちゃけないでください。ちゃんと教えてくれるか、調べる権利くらい欲しいです。めちゃくちゃ気になるじゃありませんか。反省もしにくいです。
 ラスターさんへ、にやとっした愉快そうな顔を向けている師匠。私、完璧に遊ばれてます。

「ししょー、意地悪ししょー。さっきから、突然の、敬語。なに、企んでる、ですか。私、掌で、ころころ、ですか」
「強いて言うなら、アニムの反応がおもしれぇから? アニムが掌サイズになったら、よく転がりそうだなー」

 さらっと言いやがりました。しかも、意味通じているはずなのに、的外れな想像してくれちゃって。どうせ私は転がりそうなお子様体型ですよ。
 いいんです。フィーネとフィーニスとお揃いな体型になることでしょうと妄想して、気を取り直しちゃうんだから。

「ししょーは、おもしろい女の人が、好きな、だけですか」
「ちげーよ。アニムが、言うから意味があるんだ。オレにとったら、面白いからアニムに構うわけじゃなくて、アニムだからだよ。本質が問題だっての」

 師匠の言葉。嬉しいはずなのに、どうしてか脳震盪(のうしんとう)のような揺らめきを感じました。『アニムさん』が過ぎってしまい、追い出そうと師匠の服を強く握り締めます。気にしないんだから。
 私の心の揺らぎを悟ったのか。師匠はきつく抱きしめてくれました。おまけにと、耳上の髪に、唇が擦り寄ってきました。
 って!! ちょっと待ってください!! これがふたりっきりなら、もっとと強請りもしますがっ! 続きはないですかと、拗ねてもしまいそうですが。

「ウィータ師匠とアニムが濃い関係だってのは、存分にわかったうえで言わせてよ。とりあえず、魔法生成したいからさ、夜まで待ってもらえる?」
「へっ?! もちろんです!」
「ほぅ。夜まで待ってて、どうするんだか」

 もう、だまらっしゃい! 師匠の真似です。
 師匠が壁になっているので、ルシオラさんの表情は確認不可能です。けれど、口調はいたって普通。嫌味が含まれている風でも、からかっている様子でも、ありません。

「むしろ、花飾りつけて、お渡し、しますですよ!」
「花飾りつける意味がわからねぇよ。ったく。待たせて悪かったな、ルシオラ。地下に降りるか」
「じゃあ、先に荷物持って進んでますね」

 だって、熨斗(のし)に該当する単語、知らないんですもん。
 がっと、師匠を突き放します。ルシオラさんは、やはり、しれっとしていました。師匠も、わしゃわしゃと私の髪を掻き乱しただけで、背を向けました。
 あれ? 一人でパニックになってた私の方が大げさなんでしょうか。呆然と立ち尽くしてしまいます。

「ラスター。くれぐれも、オレのアニムに手ぇ、出すんじゃねぇーぞ」
「今の見せ付けられて燃えるほど、若くはないわよ。っていうか、これみよがしにオレのオレのってやかましいわよ。それも例の感情の払拭一環かしら?」
「うっせぇ。昼飯には一旦戻るからな。指一本、アニムに触れるんじゃねーぞ」

 目を据わらせて乱暴に言い放った師匠。ラスターさんは肩を竦めて、しっしと追い払っています。仲がいいのか、悪いのか。不思議なお二人ですよね。
 師匠とセンさんが多くを口にしなくても通じ合う関係なら、師匠とラスターさんは拳で語り合う悪友でしょうか。……自分で言っておきながら、そんな体育会系な師匠、想像出来ませんです。はい。

「いってらっしゃい!」

 背を向けた師匠に、声を絞り出してお見送りの言葉をかけると。くるりと、柱に手をかけて振り向いてきました。
 師匠の嬉しそうな笑顔に、固まってしまいます。だって。どことなく、困っているようにも見えたから。

「おぅ。すまねぇな、アニム。しばらくは傍から離れねぇって言ったのによ」
「べったり、するないよ。ちゃんと、近くには、いてくれるで、十分。ルシオラさん、楽しみしてるから、早く、行くですよ」
「見送りは嬉しいが、同時に後ろ髪ひかれて仕方がないんだよな。離れがたいのは、オレだけみたいじゃねぇかよ」

 だから、困った色が含まれていたんですね。
 って、えぇ!? 師匠、どうしちゃったんでしょうか。いつになく素直な言葉が出てきちゃってますけれど!
 思考を高速回転してみます。師匠は二人っきりの時の方が、格段に意地悪なのかもです。ラスターさんがいると、何故だか甘い言葉をかけてくれる。独占欲の、表現の仕方の違い? 対抗心? 男心は難解です。

「昼は手間のかからねぇ食事でいい。オレたちもゆっくりは席につけねぇだろうし、フィーネとフィーニスへの菓子作りを優先してやってくれて構わねぇから」
「了解です。ししょー、ありがと。あと――」

 お礼を言うと。師匠がにしっと笑ってくれました。でも、いつもよりへにゃんとしているようです。本気で申し訳ないと思ってるんでしょう。師匠、のんべんだらりとしているように見えて、責任感強いですからね。
 意を決して、師匠に駆け寄ります。

「ん? どうした、アニム」
「がんばってね。私も、寂しいけど、おいしく、食べてもらえるよう、まってる」

 頬に唇を寄せて、しばらく、くっつきました。師匠の袖を握って、背伸びです。触れ合った色んな場所から伝わってくるのは、師匠の硬直状態。
 毎度のことながら、可笑しいですよね。自分からは深いキスだって、一歩手前のコトだって平気にしてくるくせに。
 ふふっと、幸せの微笑が浮かんできます。すりっと擦り寄り、離れると。案の定、耳まで染めた師匠が、わなわなと震えていました。
 あれ? 思いっきり眉間に皺が寄ってます。怒ってる?

「――っ! だーかーらー! お前はちゃんと主語をつけてしゃべれっつーの!」
「えー! いきなりの、話し方、指導?! お菓子、以外、食べる、モノ、ないでしょ? あっ、お昼も、あるか」
「うっせぇ! 前後の会話と文脈、それに行動をあわせて考えろ、あほアニム!」

 文脈と行動を合わせても、変な点は見つかりませんけれど。見事に合致してます。というか、私なりに頑張ってみたんだけどなぁ。
 しょんぼりしてしまいます。師匠の服を掴む指に、力が込められました。
 師匠が苦虫を潰したような表情で、喉を詰まらせます。

「私からは、嫌、だった?」
「嫌じゃなくて、むしろ嬉しいからやばいんだろうが。なぁ、オレは試されてんのか? これから、繊細な魔法生成行うってのに、集中できねぇっての」
「集中、できない、よくわかんないけど、ごめんです。でも、嫌ないなら、よかった」

 ほにゃんとだらしない笑みが零れてしまいました。頭を抱えて「だー!」と叫ぶ師匠がなんだか可愛いです。
 と、後ろからハイヒールの音が近づいてきました。はっ! 見られてるのも忘れ、ついつい、素直になってしまいましたよ。

「まさか、ウィータの口から、魔法生成に集中出来ないなんて言葉、出る日がくるなんて。だれが予想できたかしらねぇ」
「ささっ! ししょーは、放っておいて、ラスししょー、調理場、いきましょ!」
「そうね! さぁ、アニムちゃん、手をとりあって、めくるめく甘い時間を練り上げましょう!」

 私より、ラスターさんの言葉選択の方が、色々違う気がします。お色気たっぷりな声色です。甘いお声にひかれ、差し出された手を取ろうと腕を伸ばすと――。
 遠くから、私の大好きな声たちが聞こえてきました。付け加えると、物凄いスピードで近づいてきています。

「にゃうにゃうー! どーん、なのじゃー!」
「間一髪なのでしゅよー!」
「ぐはっ!」

 フィーニスの効果音どおり。可愛くて丸い二人に突撃されたラスターさんは、床に転がりました。今日だけで、何度目でしょう。
 まぁ、子猫サイズの二人に押されてというよりは、頭横に激突されて、視界が隠れ、さらに足がもつれたからです。リアクション芸人さん顔負けです。

「フィーニスにフィーネ、おかえりなさい」
「ただいまなのじゃ! お菓子作り手伝うのぞ!」
「あい! あにむちゃの助手さんでし! ふぃーねとふぃーにすは助手さんなのでし!」

 ほこほこの湯気を纏った二人は、ラスターさんの上に乗っかり、てしてしと叩き続けています。太鼓を叩くようにリズムカルです。もう、可愛いな!
 ラスターさんとフィーネたち、すっかり仲良しさんですね。

「子猫ちゃんたち……あったかいけど、痛いわ」
「ごっめんなのぞーラスター、にゃんか湿ってて、いやな感じなのじゃ」
「ごめんあそばせ、なのでしゅー」

 確かに。玄関で何度も転倒してらっしゃいますし、そもそも雨の中歩いてきて体も冷えてらっしゃいますでしょうし。お菓子作りの前に、ラスターさんにはお風呂に入っていただこう。ルシオラさんは、大丈夫ですかね。
 ぼうっと思考と飛ばしていた私の首元に、二人が飛びついてきました。その際、ラスターさんを足蹴にして。「めっ」と耳をいじりますが、可愛く鳴かれてしまいました。謝ってるので、まだいいってことで。
 師匠が「よくやった」なんて喉をなでるから――とはいえ、ふにふにと笑う二人に、私もほっこりしたので、同罪でしょうね。

「ししょー、ルシオラさん、うずうずしてる、違いない」
「それもそーだ。フィーネとフィーニスが戻ってきたなら、オレも安心して離れられる」

 にやりと笑った師匠は、珍しく鼻歌を鳴らしながら姿を消していきました。
 まったく、師匠のラスターさんからかいにも困ったものです。
 玄関に響いたのは、溜め息の二重奏。ラスターさんと目が合い、どちらからともなく、から笑いが落ちました。

「アニムちゃん、ひとまず、お風呂借りれるかしら」
「もちろん、です。ラスししょー」

 私の言葉に首を傾げたフィーネを頭にのせます。フィーニスは、ラスターさんに噛み付きそうだったので、抱きかかえたまま。お風呂場へ案内しようと、ラスターさんへ手を差し伸べました。必要ないかもですが、弟子らしく介護、じゃなくて立ち上がるお手伝いです。
 ラスターさんは、何故か一瞬だけ戸惑ったようです。あげかけた腕を、空中で止めてしまいました。けれど、すぐさま、満面の笑みで握ってくださいました。
 今日は一体、どんな一日になるのでしょう。わくわくと、楽しげな予感でいっぱいです!




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