引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

15.引き篭り師弟と、告白3 ※R15


「言った! あれ、言った……よね? 願望で、幻聴、聞いたですか?」
「願望って、なぁ。アニム、お前さぁ、前の『私のししょー』発言もだが、どーして当たり前みたく、口にしやがるんだよ」
「だって」

 だって、あの時は夢から醒めた直後でしたし、熱もあったし。『アニムさん』の存在に振り回されてたので、それこそ独占欲いっぱいだったんですもん。
 拗ねて唇を尖らせると、師匠から溜め息が落ちました。
 なんですか、その顔は。疲れきった、その仕草は。そりゃ、前髪を掻き揚げている姿は、かっこいいですよ? いつもは隠れている額が見えてるのに、どきんと胸が高鳴ってもしまいましたよ?
 師匠も、たまには「大切だ」の一言くらいくれても、罰は当たらないと思うのですよ。ん? そういえば、思い出したことがひとつ。

「そーいえばね、南の森、守護精霊様、教えてくれた。私、ししょーの、しょうちゅうのたま、って。どういう意味?」

 途端、師匠があつあつのやかんのように、綺麗な紅に染まりました。膝をついて立ち上がりかけた姿勢で、固まっています。
 おぉう。さすが守護精霊様。間接的に、一言で師匠を真っ赤にさせるなんて! これは期待以上の意味のようですね! 守護精霊様がおっしゃっていた、大切より遥か上なのでは!
 わくわくと、子どものように期待に胸を膨らませて待機します。そんな私をちらっと見た師匠は、さらに首まで染まっていきました。

「――っあいつ! 即刻、記憶から消せ! あんな、悪趣味なお節介精霊に振り回されるな!」
「やだ。忘れない。しょうちゅう――掌中の珠。私、ちゃんと、発音できてる?」

 消せと、がなっている本人に尋ねるのも、我ながらどうかとは思いましたが。残念ながら、寝室には私と師匠しかいませんので、仕方がありません。首を傾げると、師匠がふにゃっとなんとも言えない困り顔になりました。
 それにつけても。わなわなと全身を震わせている師匠は、ひょうきんで面白いです。

「ついでに、証明つけて、意味教えてもらえ、って」

 ちょっとくらい形にしてくれてもいいじゃないですか。零れた言い回しくらい、肯定してくれても、罰は当たらないと思うのです。
 とはいえ、師匠のことだから、これ以上の追及は無駄でしょうね。疲れている師匠を責めたりしたら、過労で倒れちゃうかもです。

「証明って。はぁ。お前ら、あの状況で一体どんな会話してやがったんだよ」
「守護精霊様、私、落ち着かせるため、雑談してくれた、ですよ。ししょー、ゆでだこなる、くらい、恥ずかしいなら、答えるなくて、いいよ。いいもーん、いいもーん。へたれししょーは、落ち着いて、くださーい」

 これくらいの捨て台詞は可愛いものだと思うのです。許されますよね。うん、私が自分で許しちゃう。
 諦めようと肩を落とした瞬間。浮遊感を感じました。どうやら、師匠に脇を持ち上げられたようです。気がつけば、師匠と同じく、膝立ちになっていました。
 両頬を掴んでいる師匠は、まっすぐ私を見つめています。とても真剣な瞳。師匠の唇が耳元に近づいてくるのが、ゆっくりと瞳に映りこんできました。
 夜の澄んだ空気。耳に届く薪の爆ぜる音に混じったのは――。

「オレの、アニム」
「――っ!」

 甘い、というよりも。どこまでも甘ったるさしかない声色に、喉の奥で悲鳴があがりました! 凶器です、殺人兵器です!! 今まで聞いた、だれの――いえ、どの師匠の声よりも凶器!! なに、その吐息! 腰が抜けちゃったじゃないですか! へなへなと座り込んだ位置から、一歩も動けません。
 あまりの痺れに、師匠を押してしまいました。
 突き放されたのに。師匠は、にやにやと意地悪な笑顔を浮かべています。涙目で耳を押さえている私を、愉快そうに眺めているじゃありませんか! あまつさえ、師匠との突っ張り棒になっている方の手首を掴んで、つっと指を滑らせて来ました。

「しっ、しっ、しっ」
「動物を追い払ってるみたいじゃねぇか。傷つくぜ」

 傷つくなんて繊細さなんて全くなく、師匠は一緒になってしゃがみこんで、片目を細めています。だれか! 目の前に、極悪人がいます! たらしがいます! ラスターさん、助けてください!
 反撃したいのに。受けた衝撃の大きさに、魚のように口をぱくつかせることしか出来ません。夜中なんて配慮なく、思いっきり叫んでやろうと思っても、情けない音量しか絞りだせません。

「まぁ、そういう意味ってことだ。これに懲りたら――」
「ししょーの、すけべぇー、ばかぁー、ふいうちー、ひきょーものー」

 ようやく、しゃべれたと思っても。ひどく震えた声は、自分でさえ、やっと聞き取れる情けない調子でした。情けない、と感じたのは。からかうために囁かれた言葉に、幸せを感じてしまっている自分。
 涙で視界が歪んでいきます。目が焼けるように熱い。

「おい、最後は納得いかねぇぞ」

 下がる気配のない熱が堪らなくて、下を向いてしまいます。けれど、むすりとした声の師匠は、両手を掴んで顔を覗き込んできます。
 もう普通に戻っちゃってる師匠と、へにゃへな状態から立ち直る気配のない自分の差が悲しくて。さらに、じんわりと瞼の裏が湿っていきました。

「だってぇ。そんな声ぇ、不意打ちのことば、ひきょー。わたし、腰なんて抜けて、おこさま。でも、うれしい、しあわせ、思ってるからぁ。ししょーは、ごまかしかもだけどぉ、うれしくって、ないちゃう、おこさま、だもんー、わかってなくて、ごめんですよ」

 しゃくりあげながらの謝罪は、格好悪いのを通り越して、滑稽(こっけい)でしょうね。吹雪の中、がむしゃらに叫んだ時よりもずっと、一方的な想いの吐露。こんなタイミングで泣きじゃくりながら告げられても、師匠だって迷惑でしょうに。せめて、笑顔で告げたかった想いは、喉から無秩序に飛び出していきます。
 ぐちゃぐちゃな顔を見られたくなくて、俯いてしまいました。

「ししょー、離れる前、聞いたでしょ? 周りのこと、考えなかったら、私、どうしたいかって。私、傀儡もどき襲われて、死ぬかも、追い詰められたとき、ししょーに、会えなくなる、いや、思った。元の世界、戻ったら……ずっと、ししょー、想いながら、離れ離れで、生きていくのかなって。それって、もっと、辛いって」

 とまれ、とまれ私。駆け引きどころか恋愛にすら慣れてない自分が、物凄く情けないです。はぐらかすための言葉にでさえ、過敏に反応して独りよがりに幸せで泣いちゃってる。私、馬鹿だ。師匠だって、面倒臭いって思っちゃうかもしれない。
 ぼろぼろに零れている涙を拭くのを許されないので、ぶんぶんと顔を振って涙を飛ばします。

「私、ばっかり、ししょー、大好き。私だけを、みてて欲しいって、独占したいって、醜い感情も、抑えられない、くらい、ししょーが、すき。すき。ししょーが、だいすき、なの」

 これは本当です。帰る帰らないは別にして。出会えて、傍にいられるのが堪らなく幸せ。師匠が、だれよりも好き。どうしようもないくらい、大好き。何度伝えても、私の拙い言葉では伝わりきらないくらい。
 私の、唯一の人。
 だから、ちゃんと笑顔で伝えたかった。どうやったら、私がどれだけ師匠を想ってるか届けられるのか、じっくり考えるつもりだったのに。もっと、ロマンチックだったり、甘い空気だったりする場面で、落ち着いて告白したかったのに。
 いつだって、可愛くないタイミングで言うから、師匠もちゃんと受け取ってくれないんですよね? 

「ごめん、ししょー。私、ちょっと、風、当たって、頭冷やしてくる。今のは、忘れて。今日、変な出来事あって、情緒不安定」

 暗に、離してくださいとお願いします。言葉もなく、すっと手首が解放されました。希望通りなのに、無責任にツキンと痛んだ胸。自分勝手な心臓に心の中で舌を出し、膝に力を入れます。
 師匠の寝室にもテラスがあります。そこなら師匠も目が届くはずだし、変な心配をかけずにすむと思います。フィーネとフィーニスが戻ってくるまでに、落ち着かなきゃ。

「絶対に離してなんて、やらない。どこにも、行かせない」

 ついさっきの甘い声とは正反対。低くて。すごく低くて、ぞくりと背中を何かが走るような感覚をもたらした声色。驚くほどの力で、引き戻されました。
 師匠の様子を確認しようとしても、瞼に降り注いでくる口づけの嵐が、それを阻みます。いつもより激しい調子に夜着を掴みますが、その手さえ握られてしまいました。きつく。

「し……しょー?」

 ぬくもりが唇の横にまで下りてきた直後、師匠はやっと目を合わせてくれました。けれど、私の目の前にいたのは、別人のような目つきをした師匠でした。
 綺麗なアイスブルーの色味はそのままに。色素の薄さとは裏腹な、熱を感じさせます。射抜くよりも強い、眼光です。怖い。そう、本能が警告してきます。
 ただ、私を支配していくのは、師匠に対する恐怖ではありません。魅入られて、離れれるなんて考えも浮かばくなっていく自分への恐ろしさ、です。

「アニム」

 鋭さをはらんでいると感じられたはずの、名前。かたい音にさえ、どうしてか、熱い想いがこみ上げて来ます。
 頬を転がった涙を合図に、荒っぽく食いついてきた唇はとても冷えていました。あたためて、あげたい。的外れな考えが浮かびます。混乱も一周まわると冷静に変わるって、体験したばかりでしたっけ。
 角度を変えて触れてくる唇に、踏み込むと。一瞬、師匠が、泣きそうに瞳を潰したように見えました。師匠と呼ぼうとしたものの、ぬるっと滑り込んできた舌に阻まれてしまいました。熱い吐息が口の端から漏れていきます。必至に絡み返すたび、口づけが優しくなっていきました。

「はふっ」

 だめです。もう何も考えられません。気持ちよすぎて、とろけてしまいそうです。
 糸を引いている唾液は、師匠がぬぐってくれています。それだけでは飽き足らなかったようです。ぺろっと、唇を舐めあげられました。
 散々、深い口づけをした後とは思えないくらい、顔が熱を帯びていきます。顔を逸らす前に、師匠にぽすんと抱きしめられていました。とても、優しい抱擁です。

「アニムはさ。オレが必至に保ってる一線を、いとも簡単に越えさせるよな。それも、ちっとも強引じゃねぇ。むしろ、お前は同じ場所にいてさ、オレが無意識――勝手に動いちまう。……いつだって、そうだ」

 額を合わせてきた師匠は、苦笑を浮かべていました。苦いというよりは、苦しそうな笑みです。
 頬を撫でると、気持ち良さそうに瞼を閉じてくれました。まるで、私の体温を確かめているように映るのは、考えすぎ?

「ししょー、私――」
「誤魔化しなんかじゃねぇよ。でも、わかってないってのはホントだな」
「え?」

 間抜けな返事をしながらも、胸を撫で下ろしました。師匠は、微かに笑みを浮かべてくれたから。けれど、それもわずかな時間だけで、すぐ真剣な目に戻っていきました。
 はぁっと、長いながい溜め息が、部屋中に響きます。そして、再び、師匠の掌の温度が、頬から染みてきました。

「オレがどれだけお前を想ってるか。アニムは塵ほどもわかってねぇよな。術を失敗してアニムを巻き込んだこと自体は、今となっては、これっぽっちも後悔なんてしてない。お前をずっと結界内に閉じ込めておきたいとさえ、思う日もある。だれにも、触らせたくない。今日だって、お前が死んでる可能性が頭を過ぎった瞬間、自分の命さえどうでもよくなった。そんなオレでも、好きなんて、想ってくれるのかよ」

 まだ言葉を続けようと、一度口を開きかけた師匠ですが。ぐっと、口を噤んでしまいました。飲み込んだ言葉は、一体どんなモノだったのでしょう。
 師匠が、私を想っていると、はっきり言ってくれました。いえ、世間的にはちっとも具体的な表現じゃないのかもしれません。でもね、師匠。私にとったら天にも昇るほどの、告白なんです。
 噛み締めた告白で、涙が溢れてきて。ぶんぶんと、大げさに頭を振って、これまた思い切り師匠の首に抱きつきました。

「ししょー、私、ししょーが、大好き」
「お前さ、さっきのオレを目の当たりにして、受け入れる重大さ――想いの粘着さを、きちんと吟味したのかよ。重さで潰れても、逃がさねぇからな?」
「望むところ、です! 言いだしっぺ、私だし」

 首に腕は回したまま、ちょっとだけ体に隙間を作ります。うん、ちゃんと師匠の顔が見えます。呆れてているのか、拗ねているのか。への字口の師匠の心情は察せません。
 どっちもなんだろうな、なんて考えるだけで、へにゃっと緩みきった顔になってしまいます。その顔のまま、師匠の顔を覗き込みます。ですが、珍しく、師匠は体を引きませんでした。

「言いだしっぺって、お前。競争じゃねぇ、だろうが」
「それにね!」

 問答無用と、師匠の唇に人差し指を押し付けます。
 師匠は、だまらっしゃいの合図に素直に従ってくれました。

「ししょー、なら。私、潰さない、でしょ? ぺっちゃんこ、なる前に、ちゃーんと、栄養、くれるって、知ってるもん」

 へへっと声に出して笑うと、師匠はうっとわかりやすく詰まりました。耳が赤いので、照れているだけなのが、丸わかりですよ?
 夜も更けたのでしょう。いつの間にかぐんと下がった室温は、ほどよく熱を吸い取ってくれます。全然、足りないけれど。
 あぁ、幸せすぎてどうにかなっちゃいそうです。思考があっちこっちにとんで、纏まりがないです。

「あほアニム、調子に乗るな」

 鼻を摘んでくる師匠も、迫力皆無です。
 にへらっと笑った私から身を引いた師匠。つい今しがた、離さないって豪語したのは、だれでしたっけ。とはいえ、不思議とむっとはなりません。いたって、上機嫌のままです。ベッドに両手をついて、空いた隙間の分だけ前に乗り出してやりましょう。

「ねぇ? ししょーは、私、好き? だれにも、触らせたく、ない、くらい、好き?」
「ばっ――!」
「私は、好き、だよ?」

 満面の笑みで告げます。だって、今夜くらいしか、臆面もなく連呼出来なさそうですもん。明日の朝になれば、きっといつもの二人に戻ってしまう。甘い魔法の効果は、短い。師匠は、師匠だから。だから、せめて。このとろけるような時間にひたらせてください。
 笑みを深めて首を傾げると、師匠は口を開けたまま狼狽しているご様子。それでも、めげずに上目で師匠だけを映します。わざとじゃないです。逃げ腰で、半分腰を浮かせている師匠を見ようとすると、自然とこんな体勢になっちゃうんです。うん。
 ややあって。ぐいっと腰を引き寄せられ、おまけにと頭に顎らしき感触が乗ってきました。

「……あぁ」
「ありがと!」
「あっ、ありがとって、お前」

 間髪入れずに口にしたお礼は、師匠を困惑させただけのようでした。何故に。
 まっ、いっか、です。子どものように甘えて擦り寄っておきましょう。
 頬を擦り付ける私をあやしてくれるのかと思った矢先。腰を撫でていた師匠の手が、お尻にまで降りてきました。急降下です。

「ししょー! ちょっ……とっ!」
「ラスターがいた時、師匠も男だから仕方がないとか、ぼやいてなかったか?」
「ばかっ!」

 叫んだのと同時、お尻で踊っていた指がぴたりと止まりました。よかった。また悪戯程度だったんだと、体を走った感覚が薄れて安堵の息が漏れます。
 と、ですね。変わりに襲ってきたのは、肌寒さ。ぽかんと眺めた先には、めくられた夜着の裾がありました。私の。

「オレとしては、すっげー貴重な発言もしたことだし、褒美でも貰うかな」

 えっと。目の前の現象は幻でしょうか。師匠が私の夜着をめくっています。いえ、下着丸見えではなくぎりぎり、太ももが見えている程度ですけれど。
 って、程度じゃないです! 十分、はずかしすぎるから!

「ししょー! ひゃう!」
「足、ラスターに大公開してたよな」

 必至に下着を隠すのに気を取られて。師匠が太ももに口づけしてくるなんて、読めませんでした。膝裏に滑り込んできた手が、持ち上げてくるし。ぬめっと生暖かい感触が、何度も肌を滑ります。きゅっと吸い上げられて、痕をつけたりして! 感覚もですが、師匠の顔がある位置に、頭がぐるぐると混乱状態です。
 しかも、すぐ下にある師匠の顔は、とんでもなく意地悪なんですもん。嫌いじゃないけど、嫌いな意地悪顔!
 ぎゅっと、胸が締め付けられました。潤んでいく瞳に、師匠は満足げに目を細めます。伏し目になったかと思うと、はむっと太ももをはまれました。

「った!」
「触れたいっていう感情に、ありがとって言ったよな? 思う存分、堪能させてもらおうか」
「それは、全然、歓迎だけど。でも、この姿勢は!」

 必至で裾を押さえながらも、師匠に触れられること自体は全く問題ないと叫べば。歓迎と言われたはずの師匠は、眉を寄せました。しかも、睨まれてる!
 はぁと落とされた溜め息さえ。肌を撫でて、ざわりとお腹辺りが締め付けられました。

「また、お前は軽々しく。自分の発言には、責任持てよな」

 言い返す前に。口を塞がれていました。足を開いた間に覆いかぶさって堪えている体勢を想像すると、堪らないです。ぎゅっと太ももを閉じれば、「気持ち良いだけだ」と耳元で囁かれました。
 反射的に離すと、開いた口に、舌が潜り込んできました。激しく口内を掻き乱されて、恥ずかしささえ感じる余裕はなくなっていきます。今日、何回目でしょう。この深い口づけ。
 当然余裕綽々の師匠は太ももをくすぐるように撫でまわしてきて。もう何も考えられません。全身から力が抜けると、師匠の掌がお腹に添えられました。

「も……う。最初から、その、つもり、だった、でしょ」
「まぁな。前振りのおかげで、体も跳ねなかっただろ?」
「そうだけど。撫でなくても、いいのに。普通に、添えて、置いてくれれば、いいのに」

 傀儡もどきに蹴られた横っ腹。恐怖をやわらげてくれるために、触れてきたんですよね。そうですよね。師匠が本気で襲ってくるわけないのは、わかってましたよ。これまた、時期云々絡みですよね!
 あのー、どうしてお腹に添えられた指は動きを止めないんでしょうか。ちょっと、その、むずむずしてくるのですよ。

「むくれんなって。ラスターに足見られたのに妬いたのは、本当だ」
「私、もう、くるくる回らない」
「オレの前では、いくらでもどうぞ」

 夜着の裾を摘んだ師匠。甘い微笑みなんて、どこへやら。悪役大魔法使いの降臨です。
 私が勢いよく裾を引っ張ると、余計にきわどい露出の仕方になってしまいました。もう、どうにでもなれ! 大体、ランプがいつもより明るく感じるのは、どうしてですか。暖炉の火も、めらめらです。

「いいもん。ししょーが、さいごまで、しない。わかってた」
「なんだよ。お前の言い方だと、今すぐにでも襲って欲しいみたいにも取れるぜ?」

 にやにや笑ってる! すっかり元の位置にまで戻った師匠は、魔法書に手を伸ばしていますよ。私から興味は逸れたみたいな仕草が、恨めしい。さっきの告白大会は、夢幻(ゆめまぼろし)ですか。私は目を開けながら、夢を見てたですか。
 ぎろりと睨んでいる私に怯む様子はなく。師匠はシーツを持ち上げ、入れと誘導してきます。すごすごと潜った私。横倒れになったまま、師匠を見つめてやります。横目で見下ろしてくる師匠は、変わらず楽しげです。
 私も一言、伝えておかないと気がすみません。そう口を開いた刹那、師匠が大慌てで口を塞いできました。

「待て! 俺が悪かった。それ以上言われたら、さすがの俺でもやばい」
「やふぁい? べふに、いいのに」
「だまらっしゃい」

 真っ赤になって睨んでくる師匠に満足したので、今日は引き下がってあげましょう。今日一日で感情が動きすぎて、キャパをとっくに越えちゃってます。
 口を塞いでいた手を剥ぎ取って、すりすりと頬を寄せてやります。引っ張られてバランスを崩した師匠が、私の上に影を作りました。このまま倒れてこればいいのに、なんて思ったのは許して下さいね。
 あれ? 可愛いはしゃぎ声が、段々近づいてきているような。フィーネとフィーニスが戻ってきたのでしょう。素敵なタイミングです!

「ただいまーなのでしゅ! あにむちゃー! なでなでの魔法、かけちぇー!」
「任務完了、なのぞー! 寝るのじゃ! ぬくぬくするのぞ!」
「おかえりなさい」

 元気いっぱいに飛び込んできたフィーネとフィーニス。そのまま、師匠と私の間に着地した二人が背中を向けて、寝転がりました。ぶんぶん振られた尻尾ときたら。加えて、ちょっと見上げてくる瞳は、らんらんです。柔らかい毛を、思う存分撫でます。
 しばらく、フィーネとフィーニスは、ころんころんと楽しげに転がっていました。けれど、師匠も潜り込んできた数秒後、電池が切れたようにこてんと眠りにつきました。

「ふぁ。今日は夢で、ししょーに、会えそう」
「はいはい。オレもだよ。でも、オレは本物のアニムの方がいい――柔らかいし」
「柔らかいは、余計、ですよ!」

 師匠は眠そうな瞼で、フィーネとフィーニスを潰さないよう、腕を滑り込ませてくれます。ふわりと優しく広がった師匠の香りに包まれ、私も意識を手放しました。
 師匠がくれた言葉が、夢でも紡がれますように。そう、願いながら。





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