14.引き篭り師弟と、安らぎの夜2
寝室と言っても、師匠の部屋です。本がとても多いです。そんな部屋にでも響き渡ったのは、大きめなかたい音。
音源を追って足下を見ると、美しいポーズのラスターさんがいらっしゃいました。が、悲劇のヒロインさながらに倒れこみ、椅子に押しつぶされているじゃありませんか。美脚は健在ですけれど。
むわっと部屋に広がった湿気に引かれ、振り返ると。
「ししょー? おあがり、なさい?」
「おぅ。アニム、無事か?」
「無事かって、別に、危険、ないよ。フィーニスたちと、遊んでた、だけ」
愉快なポーズの師匠がいました。どう考えても、思いっきりモノを投げ終わった後に見えますね。甲子園球児さながらの気迫と姿勢です。ほっこり湯気を纏った師匠は、いつもながら色気があっちゃったりして、悔しいくらいですね。
しっとりした髪を、拭いてあげないとです。タオル、タオル。棚に小さいのがありましたっけ。そういえば、フィーネとフィーニスの毛は乾いたのでしょうか。
「って! 投げた、後って! まさか!」
回転する切る勢いで上半身を戻すと。予想通り、ラスターさんの頭付近にアヒルのおもちゃが転がっているじゃありませんか。ぎゃっ。ゴムとはいえ、かなりのスピードでぶつかれば、それなりに痛いでしょうに。
っていうか、ゴムがぶつかった時って、ごんとか鳴りましたっけ。まさか、変な魔法で負荷をかけてたのでは。
「ラスターさん! 平気、ですか?! しっかり!」
「あぁ……アニムちゃん、あたしはもう駄目かも……」
慌てて駆け寄り、あげられているラスターさんの手を握りました。寝室用の靴で歩き回っているとはいえ、あまり衛生上よくないと思われますよ? 日本人的感覚なのかな。
ラスターさんがお芝居を打っているのは十分理解しています。けれど、つい乗ってしまうのは、演技力による魔力でしょうか。無意識でした。おぉ。大きさは男の人並みですが、とってもつるっつるです!
「当たり所、悪かったですか?! ルシオラさん、残して、いっちゃだめ!」
「せめて、最期の思い出にアニムちゃんから甘いキスをちょうだ――ぐえっ!」
「ししょー!」
師匠だけじゃなくって、フィーネとフィーニスまでラスターさんを攻撃していますよ。フィーネたちの肉球パンチはともかく。魔法杖でぐりぐり頬をなじられるのは、とっても痛いと思うのです。師匠ってば、いつの間に練り上げたのでしょう。
すみません。私は師匠にお腹を抱えられているので、助けて差し上げられません。ばたついて杖を掴んだら、余計にラスターさんにダメージをあたえてしまいましたし。
「お前、見たのか? おい、答えてから逝け」
「みっ見てないわよ。ちらっと、太ももだけで。白くて程よく柔らかそう、加えて綺麗なカーブだったけど、美味しそうなんて思ってないわよ」
「忘れろ、記憶から消せ、むしろお前が消えてしまえ!!」
あれ、もしかして。私の話でしょうか。なんと! こんないたって普通の足のせいで、ラスターさんが苛められているなんて申し訳ないですよ。ラスターさんの美脚ならともかく、私の色気皆無な太ももで強制昇天されたら、心苦しいどころの話じゃありません。
何とか床に足をつけて、師匠の頬を引っ張ってやりました。
「私ごとき、太ももで、面目ない」
「あほアニム。面目ない、じゃねーよ。諸々、状況を考えやがれ。風呂上りに夜着なんだぞ。それに男の前だってのを忘れてんじゃない。お前、年の割に警戒心なさすぎだろうが」
「警戒心とか、問題、ないよ。信頼関係、っていうか、身の程、知ってるですよ」
額にチョップをくらいました。納得いきません。だって、師匠の旧友さんが、わざわざ師匠の弟子である私に手を出しますかね。それに、経験多い長生きな皆さんが、小娘に何かを感じるとは思えません。って、これってブーメランですよね。だって、師匠にも当てはまるかも知れないですし。
それはさておき。私も師匠の頬を引っ張ったので、痛み分けにしておきましょう。
あと、ごめんなさい。ほんとに一呼吸分ですが、男の人ってだれだろうって、疑問に思っちゃいました。
「問題ありまくりだろうが。特にラスターみたいにいかにも欲持ってません、みたいな奴が一番あぶねぇんだよ。肝に銘じておけ」
「ラスターさん、美人さん、姉御肌、私、尊敬してるよ」
起き上がったラスターさんは、乾いた声で笑っていらっしゃいます。私がラスターさんなら、自信満々に美人って単語に反応しますけど。あっ、でも。もしかしなくても、言われなれてるんでしょうかね。だったら、今更ですね。羨ましい。
師匠はぶすりと、一文字に口を結びました。これって怒ってるんじゃなくって、拗ねてる合図ですよね。困りました。
てしてしと、フィーニスたちはラスターさんが差し出した掌を叩いていています。ほっこりと見ていると。がしっと手首を掴れたじゃありませんか。
「アニムが気にしなくても、オレが嫌なんだよ」
「へっ。えと、あの……イゴ、キヲツケマス」
「よろしい」
師匠ってば、卑怯ですよ! そんな可愛く拗ねられて、別人だと思うような直球やきもちをさらっと告げられて。突っ込みようもボケようもありません。
師匠を直視出来ません。夜着の裾をぎゅっと握って、もじもじとか、どこの乙女ですかい! と、自分に突っ込むことしか適いません。
冗談抜きで別人が化けているんじゃなかろうかと、不審を抱いたのが透けて見えたようです。師匠に、深い溜め息をつかれてしまいました。
「また、馬鹿な発想してんじゃねぇーだろうな」
ひぇっと背筋が伸びましたよ。言葉が出せず、ぶんぶんと頭を振って応えます。
そんな私に満足したのか。にやりと意地悪く笑った師匠。うん、間違いなく師匠本人です。細められたアイスブルーの瞳も、相変わらず綺麗です。そして、恐ろしい魔王様のオーラ。
両腕を抱きしめたところで、師匠とラスターさんが顔を見合わせました。ベッド脇の水差しから注がれる水音が、耳に優しく鳴ります。
「さて。冗談はここまでにしておくか。アニム。寝る前に嫌かもしれねぇけど。今回の首謀者の話、してもいいか?」
「そうね。アニムちゃんには辛いかもしれないけれど、知っておいてもらった方が、いいわよね」
師匠とラスターさんの真剣な声色に、言葉なく頷き返しました。師匠に差し出された水を受取り、一気に飲み干します。冷たい水ではなく、白湯でした。
怖くないといえば嘘になります。けれど、ちゃんと説明して貰えるのを嬉しいって思わなきゃ。誤魔化されるより、よっぽどいいです。
余計な力が入った眉間を見られていたのでしょう。ぽんぽんと、師匠が軽く頭を撫でてくれました。そのまま、私の隣に腰掛けてきます。フィーネとフィーニスも、ちょこんと太ももに着地してくれました。
「傀儡の繰り主はメトゥスって奴でな。二百年以上前から、何かと俺に突っかかってきやがるんだよ。これがまた、粘着質で善悪の価値観も薄い上、下手に魔法にも長けてるもんだから、あっちこっちでトラブルを起こしてきた奴なんだ」
「アラケルさん、対戦してた時、聞こえた、変な声は、その人?」
「お前にしては察しがいいじゃねぇか」
メトゥス、さん。カローラさんに見せられた、私が召喚された時の会話に出てきてた名前です。確か、師匠が変態呼ばわりして、思いっきり嫌がってた気がします。それに……師匠が召喚獣をこの世界に連れ戻す術に失敗した、元凶となった人でもあります。
ん? 誉められたのか馬鹿にされたのか、不明な言い様じゃないですか。
私が知っている事実を師匠に言えるわけもないので。とりあえず、ぶすっと、むくれておきました。
師匠は眉を垂らして微笑みかけてきます。ついでにと、手の甲で頬を撫でてくるので、嬉しいやら後ろめたいやら、です。
「冗談だよ。で、色んな奴から恨みを買っててな。何十年も前から、とある結界内に閉じ込められてたんだ。それが、どこで手に入れたんだか、どう結界から抜け出したのかわからねぇんだが。俺の魔力を凝縮した玉作って、傀儡の核にしてたらしいんだよ」
「んな。だから、ありゅじの魔力と同じだったのぞ? でも、ありゅじから出てるものないから、どーりで、気持ち悪かったのぞ」
「ふぃーねとふぃーにす、ちゃんと、気がついたのでしゅ!」
自慢げに胸を張ったフィーネとフィーニス。師匠は「さすが、だな」と目を細めました。二人が照れくさそうに毛づくろいをする姿は、可愛くて堪らないです。
魔力は、なるほどです。師匠の魔力を使ってたから、結界内にいとも容易く侵入出来たんですね。それに、気配を溶け込ますことが可能だった。きっと、論理的に説明するならもっと難しいのでしょうけれど。魔法理論などわからない私には、十分な説明です。
それよりも、どちらかというと、師匠に粘着しているという部分の方が気にかかります。吹雪の中で聞いた台詞は、師匠に対する憧れとも違うし、今回私を狙ったということは師匠へ敵意を抱いているのとも別感情な気がします。まぁ、師匠を憎んでいるから、遠まわしに私を狙ったとも考えられますけど。
「全く、気持ち悪いやろうだぜ。ともかく、俺の初弟子に興味持ったらしく、ちょっかい出してきた訳だ。とっちめてやったし、この結界も強めたし、しばらくは大丈夫だと思う」
「男の人、だよね?」
「あぁ。これがまだ女なら、幾分か気も楽だし、悪くもねぇんだが」
今日の私は無駄に冴えているようです。師匠の言わんとしている意味を、即座に理解してしまいました。メトゥスさんが女性なら、変態って罵ったり嫌な顔をしたりすることもなかった。つまりは、関係を持ってた可能性もあると……。
胸の奥に黒い感情を見つけた瞬間、ぷいっと反対側を向いていました。可愛くないなぁ、私。
「なんだ、アニム。やいてんのか」
「ちょっと、ウィータ。あんた、生来の女ったらしさが滲み出ちゃってるわよ?」
「人聞き悪いな。アニムが勘違いするだろうが。オレは、女なんぞたらした覚えはねぇよ」
ラスターさんに釘を刺しつつ、楽しそうな声色の師匠が憎たらしいです。師匠は、けらけらと笑いながら、顔を覗き込んできました。曖昧な調子で触れ合った腕の温度が、くすぐったいです。擦れたような感触が、おへその下に響いてきます。
はっ! この距離感も、全部やり手師匠の計算?! ……それでも、どきどきする私の心臓に影響はありませんけども。それを心地よいと思うのも。
「メトゥスさん、男の人、わかってる。妬く、ないよ」
「ほーほー。女だったら妬いてたって認めたのか? まぁ、当然男より女につきまとわれる方が、まだましだよな」
師匠、しれっと言いやがりました。後ろに両手ついて仰け反っちゃったりしてさ、ですよ。特に悪びれた様子も、からかってきている気配もありません。完全に素で言ってます。
メトゥスという人物。実際は男の人なわけだし、抱いたもやもやなんて、とってもあほらしい感情だとはわかってますよ。でも、でも。そうじゃなくって。師匠だって男の人だし、女の人に好かれて悪い気がしないのも、わかります。けど、師匠のいいようだと……。
「あんたねぇ。それって、来るものは拒まず去るものは追わず、みたいに聞き取れちゃうわよ? まぁ、ウィータがたらした覚えはなくても、って言えるかもしれないけれど」
「おい、ラスター。いい度胸じゃねぇか」
「ですね! ししょーだって、男の人だし、私が、文句言う資格、ないですけど。っていうか、私には、関係ないし!」
口に出して、計に腹が立ってしまいました。ワンピースの裾を翻して、コップを乱暴に円卓にぶつけてしまいました。片手に抱いたフィーネとフィーニスが耳を垂れて首を引っ込めたのは、可哀想でしたね。
師匠なんて知らないんだから! そりゃね、師匠の容姿だし中身だってすっごく優しいから。いくら恋愛経験の少ない私にだって、師匠がもててただろうっていうのくらい、わかりますよ?
「アニムちゃん、ごめんなさい! あたし、アニムちゃんを悲しませるつもりじゃ!」
「ラスターさん、なにも、悪くないです。別に! ししょーが、過去に、どんな恋愛、してても? 女の人、だらしなくても? 私には、どーしようも、ないですし! っていうか――もう、いいですよ、この話は!」
ぎんっと。師匠を睨んでやります。師匠は固まったまま動きません。
ベッドの枕元に腰掛けて、水を煽ります。フィーネとフィーニスに、呆れたようにか細く鳴かれてしまいました。あぁ、なんかすっごく泣きたい。
「アニム、勘違いするなってば。オレは、お前以外眼中――って、いうか、とにかく違うって」
「違うの、意味、不明だよ。っていうか、がんちゅーって、どんなねずみ、ですか」
「どこから出てきた、ねずみなど。じゃなくって。メトゥスは男だし、気をつけるのはお前の方だって言いたかっただけだよ」
あっ、そうか。そういう意味にもとれるのかと、今更ながら納得しました。でもでも、師匠の動揺具合から察するに、絶対違う意味もあったですよ。
可愛くない私は、素直に引き下がれません。どうしてでしょう。少し前は素直に師匠を思っていられたのに、歪んだやきもちがわき上がってきてしまいます。好きな人が今は自分を想ってくれているという自信があれば――信用していれば、過去なんて気にしないからと綺麗に微笑を浮かべられるのでしょうか。っていうか、あれですよね。私、言葉を貰った記憶なんて、ないです。
「いいよ、別に」
ぐすっと。嫌な子になっている自分に泣きべそをかきそうになり、師匠から離れてしまいました。ラスターさんには頭を下げよう。そう思い、ラスターさんを見上げます。
少しだけ手をせわしなく動かしていたラスターさんですが、私の情けないであろう顔を認識すると、苦笑を浮かべられました。
「やあねぇ。アニムちゃんたら、可愛いお顔が台無しよ?」
「私の、ちっぽけな、やきもちで、遮って、すみませんです。話、進めてください、です」
「あにみゅ、しょんな顔するな、なのぞ」
そうですよ。今は私の感情なんて曝け出している場合じゃありません。師匠だってラスターさんだってお疲れで、早く休みたいに決まってますよね。腕にしがみついているフィーネとフィーニスに視線と落とすと、心配そうに見上げていました。
もう一度頭を下げると、ラスターさんに頭を抱えられていました。よーしよしと、動物を愛でる感じに擦り寄られました。
「ラスター、てめぇ! どさくさに紛れてんじゃねーよ!」
「アニムちゃんをからかったウィータが悪いのよ。アニムちゃん、心身ともにダメージを受けてるっていうのに。アニムちゃんは、気にしないでいいのよ? ウィータを見てみなさいよ。いい年して、アニムちゃんに近づく男にだれかれ構わず敵意を向けては嫉妬してるじゃない。ほーんと、アニムちゃんのやきもちなんて正当過ぎるし、とっても可愛いわよ」
「うっせぇ! ほっとけ!」
ラスターさんは頭を離すと、髪を撫でてくださいました。とても柔らかい手つきです。
心の中をあっさり読まれ、かぁっと頬が熱を持っていきます。じゃなかった! 私、自分であからさまに『やきもち』って口走っちゃいましたよね?! 恥ずかしすぎる!
どしどし足音を立てて近づいてきた師匠も、その師匠に横から顔を押されて形相を買えているラスターさんも。直視できません。下を向くと、フィーネとフィーニスが、鼻に皺を寄せていました。今日、何度目でしょう。この臭いものに遭遇したような表情。
「らすたーは、すぐあにみゅから離れろなのじゃ」
「でしゅのー! らすたーしゃんは、あにむちゃに触っちゃだめでちょ!」
フィーニスたちが目を三角にして怒っています。可愛いけど。二人まで師匠のラスターさんへの対抗心がうつってしまったのでしょうか。
思いっきり師匠に頬を押されていたラスターさんは、二人の言葉にショックを受けたように離れていきました。「やん! 子猫ちゃんたち!」と大げさに天井を仰いだので、本気で傷ついてはいらっしゃらないようです。よかった。
「アニムちゃんにウィータ。あなたたち、お互いにやきもち妬きましたって宣言してるのに、気がついてるわけ?」
「当たり前なのじゃ! ありゅじとあにみゅは、お婿しゃんとお嫁しゃんなのぞ!」
「らすたーしゃんが割り込む隙間なんて、ないでしゅの!」
私と師匠が口を開く前に。腕から飛び出したフィーネとフィーニスが胸を張りました。しかも、きっぱり言い切ったかと思うと、「んにゃー?」と同意を求めてきましたよ。にこにこと。
私は肯定するべきですか?!
あがっていく体温もそのままに、師匠を盗み見ます。ばちっと目があうと、師匠が耳まで染めました。えっ、えっと。師匠が自分を恥じたのか、私のやきもちに照れたのかまではわかりません。けれど、先ほどの私よろしく、ぷいっとそっぽを向き、口を押さえている師匠の姿に、絡まった気持ちがほどけていきました。げんきんですみません。
「なんだか虚しくなってきたから、寝るわ。メトゥスの話は、終わってるし」
「そーしろ。明日は、ルシオラを途中まで迎えに行くんだろうが」
「わかってるわよー。っていうか、アニムちゃんの許可はとらないわけ?」
のそりのそりと。似合わない様子で動くラスターさんは、これまた不似合いなぶすくれた表情です。アヒルの玩具がぶつかって倒れた時、腰を痛めてしまわれたのでしょうか。
腰をさすって差し上げようと一歩踏み出しますが、未だに耳が赤い師匠に手首をとられ、かたまってしまいました。触れている部分が、とんでもなく熱いです。
「お前が自分で、俺が風呂に入ってる間に話しておくって言ったんだろうが。アニムの性格だから、はりきって料理作るから連れて来いとでも言ったんだろう? 違うか?」
「お師匠様は、よくおわかりで」
「当たり前なのでしゅ! あるじちゃまは、あにむちゃんを、隅々まで知ってるのでしゅ!」
フィーネ! その表現はちょっと! ぼんと、爆発音がしそうなほど、熱があがりました。血行が良くなっていきますよ!
でも、心を乱したのは私だけだったようです。師匠もラスターさんも、涼しい顔に戻っています。くそう。ラスターさんはともかく、師匠までしれっとしているなんて。ちょっとどころか、大分悔しいですね。
「さいですか。じゃあ、アニムちゃん、おやすみなさい。ついでに、子猫ちゃんも。おまけに、ウィータもね」
「はい、ラスターさん、ほんと、ありがとです。おやすみなさい」
控えめに手を振ると、ラスターさんは大きく返してくださいました。
柱時計に目をやると、日付が変わっていました。時間を把握すると、欠伸がこみ上げて来ますね。興奮状態で眠くならないと思っていたのに。みんなのおかげでリラックス出来たようです。
「ちゃんと部屋に戻るか、見張るのぞ」
「でしゅの。ラスターしゃんは、あにむちゃとあるじちゃまのお邪魔しないか、見張るのでしゅ」
「ふたりとも?」
てっきり一目散にベッドにもぐりこむと思っていたフィーネとフィーニスが、ラスターさんを部屋に送り届ける任を買ってでるとは。
不思議に思ったのは師匠もだったようです。ぱちくり瞬きをしています。
「はいはい。お部屋まで送ってくれるのね、子猫ちゃんたち。いらっしゃいな」
ラスターさんも、はてと首を傾げていたのに。フィーネとフィーニスを交互に見ると、にんまりと妖艶な微笑を浮かべました。
三人で通じ合った感じです。
「あっ、ウィータ、あんたさっきの台詞、忘れてないでしょうね」
「なんの話だよ」
「アニムちゃんが欲しい言葉、なんでも言ってあげるってやつ」
ぐっと。師匠が喉を詰まらせました。手首を握っている指にも、力が入ったのが伝わってきました。ただ、否定はしません。けっ、と吐き捨てただけでした。
ラスターさんぐっじょぶ! と心の内で拍手を送ります。でも、どうでしょう。正直なところ、思い浮かびません。気持ちを形にはして欲しいのです、もちろん。けれど、言わせるような貰い方はしたくありません。
「うみゃ!」
「あにむちゃ、しゅぐ戻りましゅから。おねんね、待っててくだちゃい!」
「うん、ベッド、あっためて、待ってるね」
私が考え込んでいるうちに、パタンと乾いた音を立ててドアが閉まりました。三人の声が遠のいていくのと反対、心臓がやけに煩くなっていきました。
|
|