引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)9


「ちょっとだけ、あるじちゃまの魔法似てたけど、違ったのでしゅ」
「花畑で襲ってきた傀儡(かいらい)とも、違ったのじゃ。にゃんか、もやっとするのぞ」

 フィーニスは、ラスターさんの通信が入った際の顔になっています。思い切り鼻に皺を寄せて、くんくんと匂いをかいでいます。きっと、フィーネも鏡写しに違いありませんね。
 私には魔力での判別は出来ません。でも、二人の言葉で、きゅっと気が引き締まりました。
 緊張が手から伝わってしまったのでしょうか。私を見上げていたフィーニスは、はっとして、前に向き直ってしまいました。

「別に、夜、鳥が飛んでる、おかしくないのじゃ! あにみゅ、話の続き聞きたいのぞ。この森、魔法果物いっぱい、匂いで追うのも魔法感知もしにくいから、おしゃべり平気ぞ」
「あい。ふぃーね、あにむちゃの声を聞いてるほうが、安心するのでしゅ」

 声のトーンを落としつつも、二人はいつも通りふるまってくれています。
 緊張からか口が動き続けていました。極力ボリュームは落としていたつもりですが、もしかして、耳の良い追っ手がいたらあっさり見つかってしまうかもと、考えてなかったわけではありません。
 今更ながら、ほっとしましたね。

「どこまで、話したかな。そうそう。明るいうちと日が暮れたあと、森って、全然雰囲気や風景、変わるよね」
「夜はお月さまのおかげで、古代の魔力が強まるでちょ? だから、お昼は隠れているいろんな古代の魔法や精霊が出てくるって、ずっと前に、うーにゅすが言ってたでしゅ」
「ふぃーね。あにみゅは魔法が使えるけど、あにみゅの世界自体は、こっちの世界みたく物質的な魔法や精霊はいないのじゃ」

 訂正を入れながらも、フィーニスも大きく頷いています。ぴこぴこと動く羽とリズムがあっていて、可愛いです。
 フィーニスの言うとおり。フィーネの反応は、私が言いたかった内容とちょっとだけズレてはいました。が、まったくという訳ではなく、心理的な部分では重なっている気がします。それに、この世界には、世界の危機が起きた際、古代の魔法使いたちが月に昇り、月明かりに魔力を織り込んだなんておとぎばなしもあります。

「私も、ししょーに、聞いたことある。月が魔力持ってる言われるのは、元の世界のおとぎばなし、同じ思ったもん」

 不思議な存在という枠では、似たようなものですよね。おとぎばなしにも、私の世界のかぐや姫やジョカの話に通ずるものが、ありますし。
 軽い気持ちで『おとぎばなし』という単語を使ったのですが、頭上のフィーネがぴくりと反応しました。

「あにむちゃがしてくれた、かぐや姫、覚えちぇる。あにむちゃは、ふぃーねたちが帰らないでいっちゃら、お月さま――違う世界に、戻ったりしないでしゅよね?」
「フィーネ……」

 か細く鳴いたフィーネに、思わず足が止まっていました。あまりに寂しげな調子で呟いたフィーネに、きゅっと胸が締め付けられたから。
 昼間、私が元の世界に戻るとか戻らないとか、不安定な気持ちでぼやいてしまったのが原因ですよね。結構な調子で、取り乱しちゃいましたもんね。
 フィーニスを乗せているのとは反対の手。降ろしてフィーネは、元から垂れている耳をさらにぺたんこにしていました。

「あにむちゃがね、おねちゅで寝込んでるとき。ふぃーねとふぃーにす、自分たちでご本、読んだのでしゅ」
「そっか。頑張って、文字、読んだんだね」

 ちらちらと地面を視界に入れながら、足は動かし始めましたが。可能な限り柔らかい声で誉めると、フィーネは嬉しそうに「うみゃ」と鳴きました。
 笑顔もつかの間。瞬時に、フィーネの空気は寂しげなものになってしまいました。

「お月さまの光、古代の魔法呼び出すのはね。古代の魔法使いしゃまたちが、お月さまいるからでちょ? 一番しゅごい古代の魔法使いしゃまは、お嫁しゃんとお別れして、お月さまに昇ったのでしゅ。他の魔法使いしゃまは、家族、いっちょだったのに。一番の魔法使いしゃまのお嫁しゃんだけ魔力弱かったから、いっちょ行けなかったの。だから、お月さま隠れてる新月っていうのはね、一番の魔法使いしゃまが、お嫁しゃんを想って泣いてる日だって、かいてあったのでしゅ」
「ふぃーね、大丈夫なのぞ。ありゅじはどの魔法使いよりもしゅごいのじゃ! 連れてけなかった魔法使いと、並べるないぞ! あにみゅだって、あにみゅだって――!」

 見上げてくるフィーニスの瞳が潤んでいるのが、暗闇の中でもわかりました。きゅっと結んでいるちっちゃなお口が、小刻みに震えています。
 フィーネは、抱っこしてのポーズで前足を伸ばしてきました。でも、両手がそれぞれ塞がれてしまっているので、顔に擦り寄ろうと持ち上げます。すると、フィーネから鼻先にキスをしてくれました。
 フィーニスもてしてし掌を叩いてきたので同じようにすると、頬に擦り寄ってくれました。

「ごめんね、フィーネにフィーニス。不安させて」
「うみゃ」

 私が元の世界に帰ったら、師匠も泣いたりするのでしょうか。
 正直、涙を流している師匠は想像出来ません。泣き出す寸前にはなっても、きっと、私みたいにみっともなくは乱れない。
 私が自分の意思で帰るのは、引き止めてくれると思うんですよ? もちろん、師匠から苦しそうに零された言葉も、痛いほど抱きしめてきた力も。全身で師匠の気持ちは感じています。

「魔法使い、想われてる、お嫁さんは、幸せだね。でも、ほんとは、お互い、忘れられた方が、よかったのかな。想い、強いは、かえって、不幸せ?」
「あにみゅ?」
「さくさくっと、歩こうか! って、気合入れたの!」

 さすがに、声になってはいませんでしたが。もごっと動いた唇に気がついちゃったんでしょうね。
 フィーニスは、いつの間にか羽を広げていました。顔を覗き込んでいたようです。

「がんばるのぞ! ふぃーにすも、もう元気いっぱいなのじゃ」

 それだけ言って、フィーニスは瓶を抱えて進みだしました。再び、灯りを持って、先を飛んでくれるようです。
 私も遅れをとらないよう、フィーネを頭に乗せ直して後を追いましょう。

「おみじゅの香りしてきたでしゅ。もうちょっとで、精霊しゃんたちのおうちでしゅよ!」
「空気も、しっとり。滝みたく、澄んでるね」
「なのぞ!」
 ぶんと振られた尻尾に、笑みが浮かびました。神聖な空気になってきた影響か、三人とも静かに進みます。
 静かになって、また思考が先ほどの位置に戻りました。
 もし、不可抗力的に元の世界に帰ってしまった場合。師匠は、また私を呼び戻してくれるでしょうか。次元を越えるなんて、とてつもない魔法、今溜め込んでいる魔力では適わなくて、その間に次元が離れてしまったら……。
 人はどんな別れも、いつかは乗り越えるものだと聞いたことがあります。ましてや、師匠は三百年近く生きていますし。
 とは言っても、師匠側の問題で、忘れる云々を考えている訳ではありません。
 師匠の長い人生の中で、たった1年ちょっと、共に生活しただけの私。月に昇った魔法使いに想い続けられたお嫁さんのような魅力が、自分にあるのかが疑問なんです。師匠は色んな恋をしてきて、別れを経験しているかもしれません。その都度、乗り越えてきたに、違いありません。

「恋愛、疎かった、私は、触れあいたい思う恋は、初めて。私、とっては、すごく大切な恋、だけど」

 私だって、小学生時代に仲が良い男子だっていましたし、中学生では告白がどうのとか気になる人と目があってどきどきした経験だって持ってます。
 千沙と亜希に拗ね気味に主張したら、いつの話だと突っ込まれてしまった覚えもありますけど。

「あの時の、ふたりきたら。笑いを堪えるのと、可哀想な人見る目とで、ひどかったな」

 ともかく、その後が続きませんでした。高校時代は忙しい両親に代わって、部活をやりながら、家事やら年の離れた弟妹のご飯のしたくやらをしてましたしね。もちろん、二人も手伝ってくれましたよ!
 で、大学になってやっと気になる先輩も出来たところでの召喚です。
 恋愛できないんじゃなくって、環境を理由にして恋愛する努力をしなかったんでしょと、千沙には説教くらいましたね。大学で恋愛デビュー狙ってたの! とぶすくれたのも、思い出されます。

「でも、ししょーには、自覚、あとだった。たぶん、私、ずっと、ししょー、好きだったんだろうな」

 自覚したのは、つい最近です。けれど、思い返せば、好きだからこそのやり取りとか態度だなっていう心当たりは、いっぱい発掘されます。無意識だった自分は恥ずかしくて仕方がありませんけど、笑みというか……にやけても、しまいます。
 こんなに苦しくなる恋も傍にいたいと願う恋も。何よりも、触れ合いたいと望んでしまう恋も初めてです。
 私には、師匠を忘れられるなんて思える要素が、これっぽっちもありません。

「けど、ししょーは、どうかな。私、欲しい、思ってくれてる? 普通は、こんなに、我慢できるもの? 私、子どもっぽいから、からかうどまり? 言葉、伝え合うが、足りてないのかな。それとも、関係進めば、決定的な、何かが、生まれてくるもの?」

 って!! ちょっと、まて、私!! 何、切なげな声とか出しちゃってるの!
 自分の言葉に驚きすぎて、ひっくり返るかと思いましたよ! 起こり得るかもしれないお別れの後日を、真剣に考えていたはずなのに。どーして体の関係にいきついた!! いやいや、ちょっと、本気で馬鹿じゃなかろうか! この状況で! 今、私が発揮すべきは妄想力じゃないでしょうに!
 うっうん、あれです。師匠やウーヌスさんなら絶対無事だっていう信頼感があるから、こういう思考にいきつけるんだ。そうだ、そうだ。決して、お気楽能天気だからじゃないですよね。
 全身の熱が一気にあがっていきます。私、煮えたぎる鍋以上に、沸騰していること必至。顔どころか、足の先まで熱い!!

「あにむちゃ、急に早歩き、どーしたのでしゅ?」
「またすっころんで額擦っても、知らないのぞ」

 大股で突き進む私を不思議に思うフィーネと、呆れた声調で追い抜いたフィーニス。
 暗くてよかったです、ほんと。師匠が見ていたら「闇の中でにやけたり冷や汗流すな、あほアニム。不気味なんだよ」って身を引きそうですね。

「だれか、近づいてくるのぞ」

 ほてった頬を押さえていると、フィーニスから緊張で強張った声が絞り出されました。
 さっと熱も冷や汗も引いていきます。しっかりと足を踏ん張って、闇を睨みます。

「うーにゅすたちが戦っている傀儡とは違って、人間の匂いでしゅ」
「なのぞ。でも、すっごくつーんとして、気持ち悪い匂いなのぞ」

 残念ながら、私には感じられない匂いです。魔力の要素なんでしょう。
 いつでも走り出せるような体勢を取っていると、ややあって、暗闇から人が出てきました。よく見えませんけど、身長や体格から、男性だとは予想がつきます。
 フィーニスとフィーネが全身の毛を逆立てたまま、私の前で低く唸っています。なので、訪問者さんたちのだれかという可能性は低いですね。

「あなた、傀儡の、繰り主?」

 出来る限りの気迫を込めて、問いかけました。が、返答はありません。
 樹々の合間を縫って差し込んできた月明かりに照らし出されたのは、忍者のような黒い装束を纏った男性でした。傀儡のように、仮面はつけていません。
 一歩近づいてくる度に、同じだけの距離を保つよう努めます。
 不気味なくらいタイミングよく吹いた風が葉を舞い上げ、より多くの光を森に招き入れました。

「うっ――!」

 急に溢れ出た、むせかえる臭い。漂ってきたのではなく、臭いを隠していた膜が弾けた感じです。
 フィーニスとフィーネは、しかめっ面にはなっているものの、具合が悪くはなっていないようです。そういえば、鼻はいい二人ですが、式神であるゆえに耐性の強い種類もあると聞いた気がします。

「気持ちよくなる臭い。お前らにもわけてやる」

 抑揚のない声調ですが、耳には優しくない音質です。得体の知れない不安感を引き出すような……。

「お前、アニムか? いや、だれでもいいか。みな殺せば、いいだけ。アニムを消せば、もっともっと気持ちよくなる。そして、また、あの薬をもらえる」

 気がつけば、全速力で森を駆け抜けていました。フィーネとフィーニスを抱えて、ひたすら足を動かします。
 だって。私に焦点が合った視線は、ぞっとするほど病的で虚ろなのに。唇だけは、ひどく赤々としていたんです。いえ。それだけなら、まだ傀儡のが気持ち悪かったです。
 男性は後方で高笑いをしています。必死に逃げる私を、あざ笑うかのように。そんなのどうでもいいです。とにかく、離れなきゃ。本能が訴えかけてきます。危ない種類の、人間だと。
 それに――赤黒く染まった男性の手には、喉が詰まるモノが握られていました。




読んだよ


  





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