引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)8


「いたっ!」
「あにみゅ、足痛いのぞ? 擦りむいてないのぞ?」
「だいじょーぶ」

 フィーニスは瓶を抱えて、私の少し前を飛んでいました。けれど、うっかりあがってしまった声が、ふらっとしているフィーニスを吸い寄せてしまいました。
 傍まできたフィーニスは、顔を覗きこんでくれています。眉間に皺を寄せて。
 灯り代わりになっている瓶の中。ゼリー状の花びらが、静かな様子でくるくると踊っています。目の前に掲げると、それなりに眩しい灯りですが、足元を完全に照らすほどではありません。
 フィーニスたちの魔法を使えば、もうちょっと視界が広がるのでしょうけれど。傀儡に察知されては、本末転倒ですからね。二人とも、極力魔力を使わず気を張ってくれています。

「まっくら闇でしゅからね。根っこ飛び越えて遊ぶには、とっても楽しいのでしゅけど、歩くのは一苦労でしゅ」
「特に一段越えるまでは、ぼこぼこなのじゃ」

 そんなわけで、先ほどから、樹の根っこにつま先をぶつけまくっている訳でして。果物をたわわに身につけている樹は、これまたのびのびと根を伸ばしているんですよ。
 森に逃げ込んでから一番の勢いでぶつけた爪先が、じんと痺れを残しています。
 ですが、我慢の強い子です!

「フィーニのが、つらくない?」

 だって、小さい体でガラスの瓶を抱えているフィーニスのが、絶対しんどいですもん。丈夫な硝子が、いくら良質な魔法粒子の集合体とはいえ、質量はあります。師匠お手製なので、魔力的にはフィーニスたちと相性は良いとは思うのですけれど。子猫なサイズには、相当な負担でしょう。
 フィーネと二人、息が荒くなっているフィーニスを、じっ見つめます。
 視線に気がついたフィーニスは、ぷいっと身体ごと背けてしまいました。

「だいぶ、奥まで、きたかな?」
「うにゃ。あかあかの実が増えてきたでしゅけど、泉はもうちょっと先なのでし」
「そっか。じゃあ、もりもり、歩かないとね」

 鬱蒼(うっそう)とした森の中、甘い香りを漂わせている果実を見上げます。
 フィーネの言葉通り、ほのかな光でもわかるほど、鮮やかな果実が数を増やしているように見受けられました。
 くんと鼻を鳴らしたフィーネを、頭の上にのせます。前に進み出ようと羽を動かしたフィーニスは、強制的に掌に座ってもらいました。

「あにみゅ? フィーニスは元気なのじゃ。まだまだ、へっちゃらなのぞ」
「足元、すごくごつごつしてきた。から、ふたり一緒、照らす、助かるなぁ」

 額を流れる汗は、幸い前髪が隠してくれています。べったり張り付いてはいるでしょうけどね。
 抵抗の意思表示かな。ぴこぴこ羽を動かしたフィーニスですが、瓶を置いて座った姿勢は、明らかな疲れが見て取れました。無意識なのか、羽も桜の花びらサイズに縮んでいます。いつもぱっちりと大きな瞳も、師匠のように半分落ちた瞼が隠してしまっています。
 私を見上げて瞬きを繰り返しているフィーニスに、微笑みかけます。すると、ようやく、フィーニスから全身の力が抜けていってくれました。

「あにむちゃ、フィーネ重くないでしゅ?」
「うん、ぜんぜん平気! 子猫なフィーネ、かるいかるい! 疲れたよう、見えたら、なでなでしてね!」
「あい!」

 見えないのが残念ですが、可愛い声で返事をしてくれたフィーネに和みました。
 しかも。早速、柔らかい肉球を触れてくれちゃうフィーネ。とっても優しい撫で具合です。傀儡(かいらい)の奇妙な声を、脳みそから弾き出してくれるような気がしました。
 空を見上げると、重なり合った葉のわずかな隙間から星が見えました。もし、煌く星だけが見えたのなら、静かな夜だと思ったことでしょう。けれど、手前にあり、せわしなく色を変えている結界魔法陣が、どうあっても現実を突きつけてきます。
 時折、風にのって耳に届く雷魔法の音に、小さな溜め息が落ちてしまいました。ウーヌスさん、怪我なんてしてないのを願うばかりです。

「フィーニスは赤ちゃんないから、重いのぞ」
「フィーニスには、いざって時、守ってもらうから、体力温存!」

 一気にぐったり肩を落としたのに。それでも、フィーニスは決まり文句を返してきました。ただ、言葉に覇気はありません。
 これ以上有無を言わせないよう、さっさと足を動かさないとですね!

「ちっちゃい崖、のぼるね。フィーネ、捕まっててね」
「あい。しょこあがったら、ちょっと平淡なるでしゅよ」
「滑る土なのぞ。気を付けるのじゃ」

 自分が持っている瓶は、ポケットにしまわないとですね。
 っていうか、これを使いましょう! 使えそうな、モノは……っと。視線を落とした先に入ってきたのは、髪を結わっているリボンでした。
 フィーニスには、反対側の肩に乗ってもらいます。解いたリボンを凝視しているのを感じながら、桃色のリボンを瓶の栓に巻きつけていきます。瓶と同じ素材で作られている栓は、ビー玉型をしています。
 瓶の口、きゅっとしぼんだ部分にリボンを巻きつけ、首にぶら下げられるようになりました!

「あにむちゃ、しゅごいねー!」
「あとで、とっても肩がこりそうなのぞ……」
「へっ平気、だよ!」

 素直に感動してみせたフィーネ。一方、フィーニスには、心配の色が濃かったです。
 確かに、だいぶ首に負担がかかってますが、のちの肩こりより、今の安全です! それに、ゆっくりお風呂につかれば、疲れは残りません! 若いんだから! ……師匠よりは。
 左の結い紐を解いて、斜め後ろでひとつ結びにすると、首筋が涼しくなりました。思いがけない産物です。
 再びフィーニスには、掌の上に戻ってもらいました。今度は前を向いてもらっていますが、丸い背中のフォルムに癒されます。よし、頑張ろう。

「ちょっと急だね。落ちないよう、掴っててね」
「フィーネたちがもっと大きくなれたら、あにむちゃ乗せて、お空ひとっとびでしゅのに」
「今のまま、一番!」

 どんなに汗を流そうとも、筋肉痛になろうとも。そこは譲れません。きっぱり言い切った私に、フィーネとフィーニスは「んにゃ?」と不思議そうに首を傾げました。頭上のフィーネは、あくまで推測ですけれど。
 落とさないように崖を慎重にのぼっていきます。途中、大きな石が何個かありました。けれど、その度、フィーニスが瓶をてしてし叩いて灯りをくれたので、こけずに上へ辿り着けました。
 確かに、森の入り口付近よりは、歩きやすそうな平面足元です。助かった。小高いからか、吹いてくる風も冷たいです。汗ばんだ身体にはちょうど良い涼しさですね。

「生き返る、風」

 それにしても、師匠はどうしているでしょう。爆発からだいぶたっていますが……師匠なら、けろっと戻ってきてくれるはずです、よね。
 別れる寸前に触れた唇。指先を添えると、非常に冷たく感じられました。

「あにむちゃ。しょこ右にまがってくだしゃい」
「うん。入り口付近より、広いけど、やっぱり、樹はいっぱい、並んでるね」
「いい匂いなのじゃ。散歩思って歩くのぞ!」

 フィーニスが、一際明るい調子で励ましてくれました。草に足をとられないよう、慎重に進みます。
 歩くのに集中しなければいけないのに。ふっと、昔のことを思い出してしまいました。私が8歳、雪夜が3歳、華菜にいたってはまだ2歳になるかならないかの夏の出来事。

「あにみゅ? 怖すぎて、壊れたのぞ?」

 フィーニスが可愛い声と仕草で、とんでもない疑問をくれました。
 ちょっとまって。そんなに変顔でしたか、私。せめて自愛溢れる微笑って評して欲しかったですよ。っていうか、実際されたら全力で乗り突っ込みですけど。
 師匠みたいにストレートで変な顔と言われず、気を使われている分、逆にぐさっときますね。

「ちょっとね。昔、ちっちゃかったころ、弟と、迷子なった、思い出したの」

 フィーネの様子はわかりませんが、眼前のフィーニスはぱっちりしたおめめで瞬きを繰り返しました。フィーニスは足の間に瓶を抱えています。私を見上げると、自然と横顔に影が出来ました。
 影の影響か。心なしか、フィーニスとフィーネがいつもより静かに私の言葉を待っているように感じられました。二人ともお話が大好きですもんね。
 草原を走り抜けた際、ちょっと草で切れた足には染みる夜風。ぐっと堪えて、前へ進みつつ、より鮮明に過去を思い出そうと目が細くなっていきます。

「私、子どもだったころ。お母さんとお父さん、一ヶ月くらい、離れて暮らしたの。弟と一緒、おじいちゃんとおばあちゃんの、家で」
「ふぃーね、しっちぇるの。あにむちゃ、おじーしゃまとおばーしゃま、しょれにゆきやちゃといっちょ、楽しかったってこちょ。いいにゃ」
「ふぃーね、うっしゃい! 余計なこと、言うな! なのじゃ!」

 あれれ。前にも話しましたかね。二人には寝る前に色々思い出話をしているので、つい何を話したかを忘れてしまいがちです。記憶力が低下してますか! 危ない!
 一人、落ちたのであろう記憶力を叱咤(しった)している私をよそに。フィーネが、しょんぼりとした鳴き声を伴って、頭に擦り寄ってきました。一回ではなく、何度も頬を触れさせてくるのは嬉しいのですが、やけに寂しげに思えて仕方がありません。
 が、抱いた疑問を膨らませる前に、フィーニスが右前足をふってぷんぷこ怒り始めちゃいました。

「ふぃーにすのいじわりゅ。ふぃーにすは、いつも、こーいうお話なると、ふぃーねを遮るでしゅ」
「うにゅにゅ! 約束を破ってるのはふぃーねなのじゃ! ふぃーにすは、意地悪ないぞ!」

 ついさっきまでは、お互いを気遣っていたはずですが。二人して、ふーと尻尾を逆立ててケンカの姿勢になっちゃってますよ。
 フィーネの言葉から、最初はフィーニスにだけ思いで話をしたんだっけと思いました。それとは少し様子が違うようですね。何よりも、約束が指すところに、全くと言っていいほど心当たりがありません。お話は静かに聞きましょう、的な二人ルールでも作ってあるのでしょうかね。
 フィーネが落ちない程度に首を傾げていると、私のポーズに気がついたフィーニスが慌てたように前足を上下に振り始めました。

「とにかく! あにみゅ、続きなのじゃ!」
「えっ? あ、うん。それで、地元の子たち、いなかった日。私と雪夜、二人で、山の中ある滝、遊んでた。とても暑い日だった、から、涼しげな滝、一層心地よくてね。つい真っ暗なるまで、遊んじゃって、そのまま迷子なったの」

 入道雲と青い空に目を輝かした田舎。風邪をこじらせた華菜が入院して、それにつきっきりだったお母さんの負担にならないよう、私と雪夜は夏休みのほとんどをおじいちゃんとおばあちゃんの家で過ごしました。近所の子ともすぐ馴染み、日が暮れるまで思い切り遊んでいた私たちでした。
 幼い頃の体験て、不思議と心に残るものですね。自然と口の端が弧を描いたようです。振り返ったフィーニスが、鼻に皺をつくりました。

「迷子なった、なんで笑うのぞ? ふぃーにすとふぃーねは、生まれたばっかの頃、水晶の森わかんなくなって、困ったのじゃ」
「でしゅの。まだ長い時間、飛べなかったでしゅから。あるじちゃま、迎えに来てくれなかったら、ぽんぽんすいて、ぐったりでしゅ」
「あの時は、ししょーも私も、二人帰ってこない、心配したなぁ。今となっては、思いでだけど。それと同じ。雪夜、私より幼かったのに、フィーニスみたく、励ましてくれたなぁって」

 フィーネとフィーニスの空気は、すっかり戻っています。突然ケンカが始まる二人ですが、その分、けろっとするのもあっという間です。
 フィーニスは照れくさかったのか、ぷいっとそっぽを向いてしまいました。
 ふと、右の方向から光を感じて顔を動かすと、小さな広場のような場所がありました。とりあえず、月明かりが降り注いでいる明るい所で、周りを確認しましょうかね。
 回れ右をしましたが、思いなおして暗い道へと後ずさってしまいました。下手に障害物がない位置に立つのは、得策ではないような気がしたんです。

「こっそり、ひっそり、鉄板だよね」

 選択肢の切替えを、正解だったというように。開けた地面に、鳥のような影が現れました。
 思わず、息を押し殺します。背を樹に密着させて、旋回している影をじっと見つめます。知り合いの鳥さんや師匠が探している可能性も、頭をよぎりました。けれど、フィーニスが小さな前足で口を塞いでいる様子や、師匠なら転移魔法で直接私の所へ来てくれるという経験から、淡い期待は打ち消されてしまいます。
 どうしようかと考えあぐねていると、すぐに影は消えました。よかったです。
 どっと襲ってきた疲れには気がつかないフリをして、暗い道を歩みましょう。



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