引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)7


「地面の魔法陣、光、薄くなってきた!」
「守りの姿勢では埒(らち)が明かないですね。ウィータ様がいらしゃる気配もありません。念も通じないですから、傀儡の数がこれ以上増えてしまえば、取り返しがつかなくなってしまいます」

 珍しく早口なウーヌスさん。萌黄色(もえぎいろ)の長い髪を束ねている結い紐に、手をかけています。
 二重に結っていたうちのひとつの紐を外すと、風を切る勢いで振り下ろしました。蛍のような光を散らした紐は、あっという間に鞭へと姿を変えました。
 師匠お手製の魔法道具ですね!
 ウーヌスさんは鞭の感触を確かめているのか、左右にぴんと引っ張っています。

「うむ。そなたの守りは妾に任せよ」
「恐れ入ります。守護精霊様の守護があれば、二十人に満たない今の人数、まだ許容範囲だと思われます」

 守護精霊様とウーヌスさんは、顔を合わせて小さく頷きあいました。お互い掌を前へ翳します。掌ほどの魔法陣が現れたかと思うと、お二人は静かに瞼を閉じて、口を動かし始めました。
 私には理解出来ない言語。また古代語なのでしょうか。精霊語という可能性もありますね。呪文というよりは、祝詞に聞こえる声調です。

「守護の契約を交わしてるのぞ。実際の術、見るのは初めてじゃ」
「ほんちょだ。守護精霊ちゃまとうーにゅすの額に、すーって、お互いの魔法陣が染みこんだでしゅ」

 初めて見る術に興奮しているのか。フィーニスとフィーネは飛び上がって、羽をばたつかせています。私の前にいるので表情は見えませんが、きっと瞳がらんらんと輝いているに違いありません。尻尾がぶんぶん振られていますしね。
 いつでも『らしい』二人の様子は、動揺をわずかながらおさめてくれました。それと同じくらい、師匠への心配がわいてきます。

「ししょー、大丈夫、かな」

 さっきウーヌスさんがおっしゃった通りですが。師匠やラスターさんが身動き取れる状況なら、きっとすぐにでも転移魔法で戻ってきてくれるか、魔法映像で連絡を取ってくれるはずです。けれど、あの爆発といい、念を送りあえるウーヌスさんとすら交信が出来ない事態といい、ただ事ではないのは私にもわかります。
 師匠やラスターさんは無事なのでしょうか。いえ、あのお二人なら大丈夫! 師匠は師匠だもん。弟子である私が、師匠を信じなくてどうするんだ! 
 頬を軽く叩いて気合を入れていると、契約を交わし終えたウーヌスさんが向き直ってきました。なんだか眉が垂れている気がします。契約上手く結べなかったとか?

「ただ、アニム様をお守りしながら戦うのは、いささか――」
「なにいっちょる! うーにゅす、頑張りゃんかいな!」
「もしかちて、うーにゅすでも守護魔法と攻撃を同時にはムリなのでしゅ?」

 ウーヌスさんの言葉を遮って、フィーネとフィーニスがくるりと宙を旋回しました。フィーニスは大慌てで前足をばたつかせています。フィーネは瞳を揺らして私を見たあと、ウーヌスさんの顔を覗き込みました。
 ウーヌスさんはいつも冷静です。それと同じくらい、気遣ってくれる方です。当の本人に自覚はないようですが。
 そのウーヌスさんが、私を守りながら戦うのは厳しいとおっしゃった。私を守るのが仕事だと言い切ってくれたウーヌスさんがおっしゃるなら、言葉以上、相当難しいのでしょう。目の前の傀儡は、私の想像を遥かに超えた脅威だと改めてわかりました。

「フィーニスにフィーネ。最後まで聞きなさい。私は身を呈してもアニム様をお守りします。ですが、アニム様のお体は、式神である私たちとは比べ物にならないくらい脆いのです。守るという行動は、必ずしも傍でという立ち位置に限定されるものではありませんよ」
「うにゅにゅ」
「これだけの数を相手にするのに、私の攻撃方法は相性が良いです。けれど、それゆえに、アニム様にも被害を及ぼしてしまう可能性もあるのです」

 ウーヌスさんはフィーネとフィーニスの首根っこを、きゅっと掴みました。二人に言い聞かせるように、ゆっくりと発せられた言葉。
 ウーヌスさんの気迫が、めいっぱい膨らんでいたフィーニスの頬から空気を抜いていきます。ただ、ぷいっとそっぼを向いた様子から、納得はしていないようです。

「フィーニスもフィーネも、心配して、くれたんだね。ありがと」
「あたりまえぞ!」
「でしゅの!」

 お礼を言ったのが合図になってしまったのか。フィーニスは再び全身を捩じらせ、フィーネも前足を思い切り振り始めちゃいました。
 呆れながらも、どこか優しげな笑みを口の端だけにのせたウーヌスさん。二人の首根っこを掴んだまま、私に手渡してきました。
 フィーネとフィーニスは、普段より低く感じられました。水に濡れてから時間もたってますし、夜風にあたっているうちに冷えてちゃったのでしょう。けれど、やはりあたたかい二人のぬくもりがじんわりと染みてきて、勇気を与えてくれます。

「であるな。ウィータと契約し、魔力を一部あやつから得ているとはいえ、妾がアニムを守護するには限界があるからのう」
「そっか。私、ししょー以外の魔力、体によくない。水晶の森、出られるようなったけど、あくまでししょー、一緒」

 南の森に来られた嬉しさで、失念していました。
 結界内はともかく、身体に魔法的な攻撃を受けた際、通常以上のダメージを受けるのは変わっていないかもしれません。この辺りは、師匠からはっきり聞いてません。普通の人なら切り傷程度のダメージも、生死に関わってしまう可能性もあります。
 私の中にある師匠の魔法が守ってくれるとはいえ、どの程度までかも知らない以上、無茶するのは返って皆に迷惑をかけてしまうでしょう。

「そなたは結界内で魔力の強い――そうじゃな、主と称される位の者とは、ほとんど会ったことなかろう?」
「はい。小動物、大きな鳥さん、小さな精霊さんとか、はお友達、ですけど。フィーネたち会ってる主さんたち、ほとんど顔合わせた、ないです」

 いわゆる、主様や守護精霊様と呼ばれる土地の守り神様的な方々とは、ほとんど会った記憶がありません。ペガサスさんとも、以前、ちらっとお話した程度です。それも鏡越しに。
 尊称がついているレベルの方々からは受ける影響が大きすぎるから、なるべく接触するなと、師匠にも言われています。
 守護精霊様は緊迫した状況で現れたので、すっかり忘れてました。

「結界内、余す所なくウィータの魔力が行き渡ってはおる。もちろん、結界内の生きとし生けるもの全て、ウィータと契約を交わしておるから、アニムに危害を加えることは有り得ない。しかし、ウィータの魔力を得ているとはいえ、存在値の高い者はどうあっても、己の魔力を抑え切れぬ。ゆえに、そなたの前に姿を現すのを控えておるのじゃよ」
「納得、です」
「妾とて。傀儡の件がなければ、こうして言を交わす機会もなかったのじゃがのう。ともかく、そのようないわれ故、そなたを守護するにも限界がある。そなたを守るための魔法が、そなたの首を絞めては、もともこもなかろう」

 私、色んな方々に気を使っていただいてたんですね。今更ながら、私一人――異世界の人間が、全く異なる世界で存在するという、事の重大さを感じました。
 それと同時。言葉に出来ない、とても不思議な気持ちがわいてきます。
 きゅっと胸元を掴むと、さらに足元の魔法陣が弱くなりました。周囲の花も、闇に溶け始めています。変わらず煌々と輝いているのは、結界となっている頭上の魔法陣と大きな月だけ。

「傀儡が、守護の魔法陣への干渉を強めています。さすがにこれは傀儡程度が成せる技ではありません。媒体としても、本当に奇妙な傀儡です。繰り主はウィータ様に近い実力の持ち主で敵意を持っている人物の仕業と考えれば、頷けますが」
「ウーヌスさんは、侵入者の先導者、だれか、わかったです?!」

 いつの間に! ウーヌスさん、今は説明のために多弁ですが、普段はいたって物静かで言葉数の少ない方です。なので、知りえた情報を必要以上、口には出されないのはわかっていたつもりですが……。さすがの有能さに驚きを隠せません。
 思わずあがった驚きの声にも、ウーヌスさんは落ち着いたままでした。ですが、少し考えるようなポーズを取りました。

「爆発の際、一瞬だけ感知した魔力に、心当たりはあるのですが……予想が外れてくれませんと、さらに最悪の事態になってしまいますね」
「にゃっにゃに冷静に言ってるのじゃ! うにゅにゅ。ふぃーにすがありゅじなら、どーするのぞ」

 淡々と説明してくれるウーヌスさんに、フィーニスが再び慌てふためきます。考える人のポーズでくるくる円を描きながら、必死に頭を回転させています。
 至極真面目な様子で頭を悩ませているフィーニスを、フィーネがびしっと指差しました。

「ふぃーにすはあるじちゃまないでしゅから、考えるだけ無駄なのでしゅよ!」
「うっしゃい!」

 うっかり、二人の微笑ましい会話に頬が緩みそうになってしまいました。緊張がほぐれたのに感謝しつつも、私も覚悟を決めて行動しないといけません。
 ウーヌスさんと守護精霊様が、傀儡と戦いやすい状況を作るにはどうしたらいいのか。答えはひとつです。
 奥歯に力を入れると、わずかに震えているのを自覚しました。情けないぞ、自分!

「無茶を承知でお願いがあります。アニム様は森で身を潜めていてください。あの森の中には、ウィータ様と似た魔力は感じられません。傀儡自身には、魔力を隠すほどの能力はありません」
「しょんなの、余計にあにみゅが危険ぞ! ふぃーにす、反対ぞ!」
「ふぃーねも! だっちぇ、傀儡侵入してきちゃの、あるじちゃまだってわからなかったのでしゅ!」

 フィーネとフィーニスが烈火のごとく怒りだしました。目を三角にして激しく尻尾を振っています。
 私が森に逃げるのはともかく。私もウーヌスさんの発言には、首を傾げてしまいました。だって、フィーネの言う通り、実際師匠は、傀儡が侵入してきたのを察知出来なかったのですから。それともウーヌスさんには、からくりが解けたとか。
 ウーヌスさんは少しばかり呆れたような溜め息を落としました。

「フィーニスにフィーネ。心を静めて思考を働かせなさい」
「どーいうこちょ?」
「傀儡と繰り主の侵入を察知出来なかったのは、気配を絶つ高位魔法を発動させていたのに加え、その魔法はウィータ様と酷似した魔力によるものだったからです。結界内のあらゆるモノにはウィータ様の魔力が宿っています。先ほど守護精霊様がおっしゃったように、高位存在値を持つ方々は完全にウィータ様の魔力一色ではありません。だから、多少のずれがあっても、不可解には思われなかった。そういうことです」

 まさか結界を越えて侵入してくる命知らずがいるとは思わなかった、という意味も含まれるのでしょうね。それに結界内に入り込むには、少なからず外からの衝撃を与えないと無理らしいので、結界の揺れが気付く合図にもなっていたんですもん。
 今回は全く予兆がなかったのですから、師匠が気付かなかったのも仕方がないです。
 ラスターさんを含み、旧友の皆さんは割りと自由に入ってこられます。ちゃんと皆さんの気配だってわかるように。もしかしたら、傀儡の繰り主はずっと機会を伺っていて、ラスターさんについて来てしまったのでしょうか。
 ふと。何故か、吹雪の夜に見た、結界の上の人影を思い出して鳥肌がたちました。

「なんでしょんな風に、言い切れるのぞ!」

 フィーニスはひるみながらも、負けじと食いつきます。
 ウーヌスさんと言えば、すっかり傀儡に向き直ってしまいました。どうやら鞭に魔力を溜め込んでいらっしゃるようです。会話をしながらも、ちゃんと次の行動への準備をされているウーヌスさん、さすがです。

「解かれた魔法の種類を読み解くのは、さして難しくないと教えたはずです。傀儡の纏っている魔力に、術の名残があるでしょうが。ついさっき、フィーニス自身が言ったウィータ様の魔力が『へんてこ』と気がつけたのも、ウィータ様が術を解かれたからとまでは、気がついていなかったのですか?」
「ふみゃぁ」

 もうぐうの音も出ないようです。フィーニスの全身が項垂れてしまいました。私の腕の中で、恥ずかしそうに自分の尻尾をいじっています。
 すっかり元気をなくしてしまった二人。ウーヌスさんは、二人を順番に撫でていきます。

「式神として、もっと主やアニム様のお役に立てるよう、常日頃から知識を蓄えるのに努めなさい。……ですが、『へんてこ』だと見抜いたのは誉められる成長ですよ?」

 さすがウーヌスさん。私の出る幕はありませんでした。唇の端にほのかに浮かんでいる笑みは、とてもあたたかいものでした。
 呆けたフィーネとフィーニスですが、一呼吸後「うにゃ!」と嬉しそうに万歳をしました。うん、やっぱり二人には元気な姿が似合います。

「みんな、ありがとう。私、頑張って、逃げ切る!」
「傀儡が纏っているような異質なウィータ様の魔力、周囲に潜んでいる様子はありません。繰り主の術も解けている以上、見誤りはないです。ここにいる傀儡は、全て私が責任を持って排除します」
「あいもかわらず生真面目よな、ウーヌスは」

 だんだん思考が追いつかなくなってきましたが。ウーヌスさんがさっき繰り主に心当たりがついたのも、繰り主自身の術が解除されたからだったんですね。
 推測能力がいかに大事かというのを実感しました。全部説明を求めるのは、さすがに空気が読めなさすぎですよね。うん。せめて終わってからにしましょう!
 きっと大丈夫。ウーヌスさんを信じて、私も行動を起こさないといけません!

「ですから、アニム様はどうぞお逃げください」
「わかりました。私も、自分にできること、しっかり、するです」

 ウーヌスさん越しに、傀儡がゆらゆらと立ち上がっているのが見えて、膝が笑いかけます。彼らを縛り付けていた電気の帯が、消えかけています。
 が、ぐっと拳と足に力を入れて、踏ん張りました。
 守護精霊様は、すでに、私には理解出来ない言葉で呪文を紡ぎ始めていらっしゃいました。歌声のような呪文に応えるように、景色一面、光を明るくしていきます。吹き始めた風が、追い風のように背中を押してくれます。
 すっと果物の森を指差したのは、ウーヌスさん。

「ウィータ様の魔力を持っているとはいえ。障害物がほとんどない花畑(ここ)とは異なり、森深く入ってしまえば自身の魔力を持たないアニム様を探すのは困難です。ウィータ様以外は。フィーネとフィーニスも、指標にするには魔力が微弱すぎます。二人を連れて逃げていただいたほうが、私も傀儡を排除しやすいです」
「あにみゅは、ふぃーにすたちが守るのぞ! 任せるのじゃ!」
「あい! あにむちゃ、ほりゃ! 果物の森は、ふぃーねたちの遊び場でしゅ! よく知ってましゅの!」

 ばさりと大きく羽を伸ばしたフィーネとフィーニス。いつになく凛々しい顔つきの二人は、とても心強いです。
 皆が自分の出来ることを考え、頑張っている。弱い私にだって、最善を尽くす努力は出来るはず。ううん、するんだ。
 それで、侵入者を退けたら、師匠とラスターさんに紅茶を淹れて、フィーネやフィーニスにはお菓子を作ってあげて、ウーヌスさんの精油精製のお手伝いをするんだ! 守護精霊様とは直接お会いできる機会はだいぶ先になるかもですから、花畑の回復お手伝いをしましょう!
 死亡フラグなんて言わせない! 目標です! 目標があった方が、頑張れるんです。

「あちらの方向へ走ってください。森深くにある湖に行けば、戦う力を持つ精霊がいます。万が一の事態が発生しても、次の手を打てるでしょう」

 ウーヌスさんの鞭が唸り声をあげると同時。足元の魔法陣が完全に姿を消しました。空気がとても冷たいものに変わっていきます。焦げ臭い香りが、戻ってきました。
 ぴたりと。傀儡が動きを止めた次の瞬間。

「ぎぃぃぃー! ふひゃぁあー!!」

 鼓膜を破るような金切り声が響き渡りました! 長い爪を天に掲げ、腕を有り得ない方向に逸らします。
 聞いたことのない声量。つんざく奇声。
 耳を押さえても足りず、膝を折りそうになってしまいます。視界が、ぐるりと回りました。
 そんな私を、支えてくれたのはフィーネとフィーニスでした。私よりもっと衝撃を受けているはずの二人は、鼻に皺を寄せながらも、私の手を引っ張ってくれています。

「絶対! ウーヌスさん、守護精霊様、絶対、無事で!」
「うむ。今度はゆるりとウィータの話でもしよう」
「アニム様も、お気をつけて」

 ウーヌスさんの鞭が空気を裂くのを合図に。私は無我夢中に走り出しました。幸い足元の草花が光っているので、森までは真っ直ぐ辿りつけそうです。
 濡れている草に足をとられそうになりますが、なんとか踏ん張りました。必死に足を動かします。前を飛ぶフィーネとフィーニスが、時折、振り返って待ってくれます。
 ばくばく跳ねる心臓。顔にかかる髪が鬱陶(うっとう)しいです。あと張り付いてくる膝丈のスカートも。

「あにみゅ! もうちょっとで森ぞ!」
「あにむちゃ、がんばりぇ!」

 あと数メートルで森の入り口です。乾いていく喉に唾がひっかかりむせますが、無理矢理息を吐き出します。幸い、冷たい夜風が熱くなっていく体を冷やしてくれました。
 だんだん近づいてくる森。吸い込まれそうな闇を抱え込んでいる森に、あがった息が一瞬、止まります。
 私のひるみを察してくれたフィーネとフィーニスが、背中にまわって押してくれました。肉球の柔らかさが、足を動かしてくれます。

「はぁっ、はっ。森、ついた、ね」
「うにゃ。足元、樹の根っこでぼこぼこしてるのじゃ。あにみゅ、転ばないように気をつけるのぞ」

 真っ暗な森に足を踏み入れられ、ほっとしたのもつかの間。樹に寄りかかり振り返った先にあったのは、耳に痛い金属音を鳴らす傀儡と、めまいを起こすような眩しい電撃を繰り出しているウーヌスさんの姿でした。
 草原には巨大な電気の壁が作られています。電気の壁に飛び込み、強引にこちら側へ抜け出そうとする、傀儡らしき影も見えます。
 私に向かってこようとしている傀儡を鞭でなぎ倒し、自分に襲い掛かってくる傀儡をも相手にしているウーヌスさん。そんなウーヌスさんを守るために、守護精霊様は歌っています。
 すでに遠くにあるお二人の様子は、ぼんやりとしか認識出来ません。けれど、夜風に運ばれてくる音と焼けるような臭いだけでも、戦いの激しさは伝わってきます。

「あっ! 守護精霊様!」
「大丈夫でしゅよ。うーにゅすが、ぽいぽいなのでしゅ!」
「なのじゃ! 早く森の奥にいくのぞ。傀儡、何度でも立ち上がって再生しようとしてるのじゃ」

 フィーニスとフィーネの瞳が、薄い銀色になっています。いつもはムーンストーンをはめ込んだような、不思議な色をしているのですが。遠見の術ですね。
 フィーネがすいっと寄ってきて、ポケットを叩きます。夢中で走っていて忘れていましたが、二人からもらった瓶がしまってあったんですっけ。道理で、ちょっと重いと思った。

「瓶の中、花光ってるから、ランプ代わり、なるね」
「でしゅ。ちっちゃいから、あまり遠くまでは照らせないけど、ちょうどいいでちょ?」
「一個はふぃーにすが持って前を飛ぶのぞ。したら、ちょっとは安全ぞ」

 私の手から瓶を取ったフィーニスは、少しふらついてしまいました。フィーネに心配そうに顔を覗き込まれると、なんでもないように進み始めました。
 もう一度振り返り、口元を引き締めます。

「ウーヌスさんと守護精霊様、ありがとです。私、捕まらないよう、頑張るですよ」

 逃げるという任務をきちんとやり遂げるのが恩返し。
 自分の無力さを歯がゆく思いながらも、そう自分に言い聞かせ、気味が悪いなほど静かな森の土を踏みしめます。
 甘く瑞々しい果物の香りが、今は、ひどく不気味に思えました。




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