引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)6


「アニム様、私の後ろへ!」
「なにか……落ちてくる?」

 ぐいっと、強い調子で腕をひかれました。ウーヌスさんにしては珍しく加減のない調子です。たたらを踏んでしまいましたが、ウーヌスさんが支えてくださいました。
 顔をあげると、円状に囲まれているのが見えました。目を凝らしてみますが、人っぽいシルエットということしかわかりません。
 守護精霊様が即座にはって下さった結界のおかげで、一定の距離以上は近づいてこれないようです。
 
「妾(わらわ)の愛しき子らよ。力を貸しておくれ」

 守護精霊様が囁くと、花畑や花びらの滝が一斉に輝きだしました。足元で光を放っている花は、所々傷ついています。守護精霊様の眼差しに滲み出ているのは、慈しみ、それでいて堪えているような苦悶の色です。
 浮き彫りになった影の様相に、足がすくんでしまいました。
 私たち囲んでいる人々は、黒い忍者のような服を身につけています。それよりなにより、被っているお面の異様さ。呪文のような模様が描かれているのはともかく、どの仮面も様々な笑いを模っています。しかも、お祭りで売っているようなのっぺりしたお面ではなく、とても立体的です。

「傀儡(かいらい)ですね」
「この人たち、傀儡……」
「やーん! おめめ、まっくらで、気持ちわりゅいでしゅー!」

 傍に浮いていたフィーネが、自分の目を隠して身を震わせました。フィーネの言葉そのまま、やけにリアルな作りの顔のおうとつや唇とは違って、瞳の部分は落ち窪んで真っ黒です。
 すかさず、フィーニスが、フィーネを庇うような位置に移動します。さすが男の子! 女な私も頑張りますよ! 
 心強く思ったんでしょうね。ややあって、フィーネもフィーニスの横に並びました。お互い尻尾はしっかりと絡んでいますが、小さなお口をきゅっと結んで踏ん張ってます。

「なんとも奇妙な。この傀儡ども、ウィータの魔力を纏っておるぞ」

 守護精霊様が綺麗な細い眉をしかめました。いつの間にか、体がだいぶ大きく戻っていらっしゃいました。風に揺れる薄水色の長い髪に、光が流れています。
 師匠の魔力とはどういう意味でしょうか。師匠の傀儡なら、私たちに敵意が向けられているのはおかしいのでは。
 改めて周囲を見渡します。やはり、一定の場所から動かない傀儡たちの手には、長い爪のような武器がつけられています。だらんと落ちた肩と丸まった背中。生気のない様子の中、結界を引っかいている鋭い武器だけが、やたらと生き生きとして見えてしまいます。
 背中にぞくりと悪寒が走りました。
 それに、師匠は傀儡を好きではなかったはずです。だって――。

「ウィータ様は諸々の理由から傀儡を好みません」

 ウーヌスさんは戦闘の態勢を崩さず、きっぱりと否定しました。私も大きく頷きます。守護精霊様も「そうなのじゃが」と若干困惑のご様子です。
 フィーネとフィーニスだけは、不思議そうに首を傾げました。同じ方向に。
 あっ。ウーヌスさんが教育者の顔に戻りましたよ。しかも、静かに怒ってる。

「フィーネにフィーニス。あれだけ、己の存在と反するモノについて知識を深めなさいと――」
「いっ今は、しょんなことにおこっとる場合じゃないのぞ!」
「でしゅでしゅ! しょれに、かいらいはとっても怖いお話ばっかりで嫌な夢みるんでしゅの」

 すいっと私の肩に乗ったフィーネとフィーニス。さりげなく首元に寄ってきました。
 傀儡に関する文献は生々しいだけに、あまり気持ちよいものではありません。私も途中でギブアップしちゃいました。
 フィーネとフィーニスの夜泣きが続いたのも、確か、傀儡関連の本を読むようになってからでしたね。私のベッドにもぐりこんでくる二人を、夜な夜なあやしていた記憶があります。
 ちらりと傀儡を視界に入れます。傀儡たちの数人は結界を引っかく手を止めてはいるものの、前後に揺れていました。揺れているだけなのに、あまりの大振りさが気持ち悪いです。

「えっと、傀儡いうは、体は、人間や獣の死体、使ってる。魂はない。だれか、魔力の糸で、操ってる、でしたっけ?」
「そうです。魂まで作り上げ、仮の器に突っ込み、用済みになれば消す魔法使いもいます。どこまでも、ただの人形です。私たち式神は、死して彷徨っていた魂を救われ、体を与えられる者がほとんどです。一から魂を生成されたとしても、肉体と魂は一体となり生まれますので、傀儡の如く、容易には存在を消されません」

 ウーヌスさんの語気はとても荒々しく、空気を揺らしました。どこか怒りを含んでいるようにさえ思われます。
 理解しようと唸っているフィーニスとフィーネを両横に、少し前の記憶をさかのぼって見ます。
 師匠が言っていた傀儡。定義も師匠が傀儡を作らない理由も、ほとんど今聞いたのと同じでした。ただ、師匠はもう少し中立的な意見で「創造主にもよるな。式神を……まぁ、自分の都合や用途目的で生み出す奴もいるし」と苦笑いしていました。
 また「ただ。式神を使う魔法使いは、愛情を持って接する奴が多い。だが、傀儡はあくまで道具として使う奴がほとんどだから、倦厭(けんえん)されるんだ」とも、溜め息をついていましたっけ。

「ふぃーにすは、なんとなく、わかったのぞ! ……なんとなく」
「ふぃーねもでしゅよ! ……あるじちゃまは、かいらいが嫌いってこちょが」

 とにかく。だれかが愛していた肉体を葬らず、人形として使役したり魂を入れ替えたりするのは、気が進まないという話でした。
 魂とは永遠なる存在。肉体とは現世での器。
 肉体は現世での役割を全うすれば大地に還るモノであって、魂とは新たな肉体へと宿り続けるモノだそうです。
 魂の概念があまりなかった当時は、ふーんとわかったようなそうでないような生返事を返した覚えがありますね。
 召喚獣に対する師匠の気持ちを目の当たりにした今なら、ちょっとは理解出来ます。

「フィーネとフィーニスは帰宅後、再教育させていただくとしまして。そろそろ結界も限界でしょうか」
「うむ。すまぬが、妾は――というか、結界内の多くの主がウィータと契約を結んでいるゆえ、ウィータの魔力に対して強く反撥するのは適わぬのよ。一部、あやつの魔力を糧にしておるのでな」

 どちらの言葉に反応したのか。フィーネとフィーニスが毛を逆立てました。よろよろと私の肩から飛びだった二人の尻尾がぴんと伸びて、ウーヌスさんから視線を逸らしています。ので、恐らくは再教育という言葉にだとは、予想できますが。
 口を引締め、思わず浮かんでしまいそうになった笑みを押し込めました。

「私は! なに、頑張れば、いいですか!」

 しゅっしゅと拳を前に突き出して、ファイティングポーズをとってみます。何事も気合です! 格闘技なんて出来ませんが、いざとなったら石でも何でも投げます!
 私としては至極真面目な問いと行動だったのですけれど。ウーヌスさんには若干冷静な視線を向けられ、守護精霊様にはくすくす笑われてしまいました。唯一の救いは、フィーニスたちが同じような仕草をしてくれたことでしょうか。

「アニム様は他を考えず、ただ怪我をされないようにだけ願います」
「カシコマリマシタ」

 ですよねー! と心の中で肩を竦めました。こんなことなら、せめて護身術くらい習っておくんでした。師匠が嫌がっていたとしても。
 身についたのは、木登りや山菜採取による体力くらいです。後悔先たたずとは、まさにこれですね。

「妾は守護の精霊ゆえ、さして加勢は出来ぬ。が、微力ながらも軽い仕置きくらいはできようぞ」
「すみません、です。きっと狙い、私たち。なのに、花畑も傷つけて」
「そなたが心煩わせる必要はない」

 短く、けれど労わるような優しい声がかけられました。すぐに顔をあげてしまった守護精霊様が吐息を零した刹那、ぱきぃんとガラスが割れたような高音が響き渡りました。
 それまでの気だるい様子が嘘のように。傀儡たちは一斉に駆け出します!
 守護精霊様が振った袖から水泡が飛び出します。傀儡を包み込む、傀儡に襲い掛かった水たち。一瞬、傀儡たちは動きを止めました。
 ほっと一息ついたものの、あっという間に水の膜は破られてしまいました。

「はぁっ!!」

 ウーヌスさんの低い声が、花畑に木霊しました。気合と共に現れたのは、黄金に近い色をした大きな魔法陣。それと共に、私たちの足元には、土色を混ぜたような濃い翠色の小ぶりな魔法陣が広がっていきます。
 
「電撃魔法にゃぞ!」
「いけいけーでしゅ!」

 守護精霊様の水泡が体に染みている傀儡たちに、電流が流れます。鞭のように体を縛り付けた電撃魔法により、傀儡たちはあっさり膝から崩れ落ちていきます。仰け反っている体には、なおも電気が走り続けています。
 微弱ではありますが、地面にも火花が走っているのが見えます。
 私たちの足元の魔法陣は、そんな電撃魔法から私たちを守ってくれているようです。

「水、電気よく通す。逆に土の属性の緑や土、私たち守ってくれた。守護精霊様もウーヌスさんも、すごい!」

 手を叩いて賞賛するも、ウーヌスさんも守護精霊様を浮かぬ顔をしたままです。私とフィーネたちは、首を傾げてしまいました。
 見た目ではかなりの衝撃を受けていたようですし、実際、目の前の傀儡たちは地面に膝をついて動きません。ただ、痛みを感じているというよりは、糸が切れたように動きを止めているだけのように思えるから不気味です。
 ぶるっと震えた体を両腕で掴むと、ウーヌスさんが小さく頷きました。前を向いたままで、よくわかりましたね!

「あの程度の魔法では、傀儡を倒せはしません。アニム様。傀儡を倒す方法は、完全に器か核を破壊するか、繰り主の魔力を絶つかに絞られます」
「うつわ、破壊って、一部でも、いいのです?」
「いや。それが傀儡の武器ぞ。たとえ一欠けらになろうとも、繰り主の魔力さえ注ぎ込まれ続ければ、機能するのじゃ。それこそ、鉄で作られた身体ならば、欠片が針の如く心の臓へ襲い掛かる芸当もこなすのう」

 ということは、師匠並の強力な魔法で、粉々にするか蒸発させないといけないんですね。話の流れから、ウーヌスさんと守護精霊様が、傀儡の繰り主の居場所を発見している可能性は低そうです。
 それにしても、傀儡って本当に操り人形みたいですね。

「傀儡、人の身体使うは、まれです?」
「単なる武器としてみれば、魔力を練りこんだ人口的な器や魔獣の方が、組織の脆い人体より遥かに利便性は高いからのう。じゃが、人の肉体を器とすれば、常人ならば精神的ダメージは大きかろうて。とにもかくにも、趣味の悪い奴らが好む器という事実は変わらぬがのう」

 守護精霊様の綺麗な顔は、嫌悪の色強くなりました。細められた視線の先にいる傀儡たちは、壊れた機械のような動きをしだして。天を仰いでいる顔はそのままに、身体をおかしな方向に軋ませながら、立ち上がろうとしている姿。奇妙以外の、何者でもありません。
 膠着状態が続きます。
 とは言え、おしゃべりをしているようでも、ウーヌスさんと守護精霊様は常に魔法を使ってくださっているようですが。

「どちらにしろ、繰り主の検討がつかない現状、傀儡の器か核を完全に破壊するしかありません」
「ししょー、繰り主と、対峙してる、ですかね」
「その可能性は高いでしょう。理由は不明だとしても、ウィータ様と酷似した魔力を、傀儡が纏っている事実から、少なからずウィータ様が手を焼かれているのは想像に難くありません」

 ウーヌスさんの声色が一段階、低くなりました。
 確か、似た性質の魔力同士って、防御や治癒の魔法という点では相性はいいはずです。反対に、攻撃をしかける時には、相殺されてしまう傾向が強いと教わりました。

「そのように顔色をあおくするでないよ。妾たちの気が紛れるよう、なんぞ話をしておくれ。特に、そなたからウィータの様子を聞いてみたい」
「集中力、乱れる、ないです?」
「陽の力こそ、守護の源ぞ」

 守護精霊様が、あまりにも茶目っ気いっぱいな笑顔をされるもので。私も体の震えが、幾分かおさまってくれました。
 ウーヌスさんは攻撃魔法の電流に集中しているようです。四方に気を配ったまま、背中に気迫を感じさせたままです。
 もう一度守護精霊様と目を合わせると、綺麗に微笑みかけられました。

「ししょーの話、ですか。うーんと。魔法の相性聞いた時、ししょーの魔力、埋め込まれてる私、最強魔法使いししょーの、攻撃魔法だって、ききにくい。弟子だけど、私、最強? って胸はったです」
「ふむ。ある意味、その通りじゃろう」

 良かった。守護精霊様のおっしゃる陽の源になるかは不明ですが、楽しんでは下さっているようです!
 フィーネとフィーニスは地面に降りたち、魔法陣の光を叩きながらも、耳を傾けています。遊んでいるのではなく、自分たちの魔力を注ぎ込んでいるんです。

「むしろ、電気マッサージみたく、気持ちいいのかもって、私、付け足したです。ししょーに『お前は変な趣味でも持ってるのかよ』って、ドン引きされたんです」
「……相も変わらず、無神経な男じゃて」

 臨場感を出すために、師匠の台詞は片言にならないように頑張りましたよ! どっと疲れますけど。なんだか、この緊迫した中で、私は一人、頑張る部分が違うような虚無感に襲われました。
 それとそれとして。師匠ってば、昔っからデリカシーのないところがあったんですね。なんだかしみじみしてしまいます。
 って、守護精霊様のテンションが下がってしまいましたよ。それでも、途中で「はい、やめます」とは言えません。とりあえず、最後まで話しちゃいましょう。

「すぐ、『アニムなんざ、物理攻撃で十分だ!』って、後ろから、首に腕まわして、軽く絞められた、ですよ。ししょー、意地悪く愉快そう、笑ってたです。密着状態のまま。私、怒るどころ、なかったです」
「なんとっ――」
「です、です。ししょー、私、赤ん坊言ってたころ。私、真っ赤なってるみて、向き変えて、さらにほっぺ引っ張って、遊んだです。きゅって、口の端あげて、悪人面ぜんかいで。隣いた、センさんも、絶句!」

 師匠の体温を思いだすと頬の熱があがると同時に、不思議と落ち着いてきました。
 守護精霊様に陽のエネルギーがわくようにと、次の話を考えましょう。なにかあったでしょうか。大笑いするような師匠ネタ。
 ですが、必要な時ほど浮かんでこないものですね。思い出さないかなと額を叩いてみますが、時間がかかりそうです。

「――っ、くく、はっ!!」
「守護精霊、様?」
「なんとも、愉快な!! あのウィータが、己から女人に触れるのも驚愕(きょうがく)じゃが! あまつさえ、頬を引っ張るなどという、戯れを心楽しく思うようにのう! それはセンも呆気にとられようぞ!」

 守護精霊様の爆笑が、花畑一帯に響き渡りました。まさかとは思いますが、守護精霊様の笑いに感化されたように、周りの花たちや湖も輝きを増していきます。
 よっよくわかりませんが、喜んでいただけたなら、嬉しいです。

「いやはや。人の持つ感情の中で、恋とは、ほんに、おもしろきものよ!」
「恋、ですか?! まったく、桃色、ピンク、純白な色、ない話、ですよ?!」
「あにみゅは、話に、桃色つけられるのぞ?」

 私の突っ込みを受けた守護精霊様は、さらに笑いを大きくしてしまったので。それ以上、言い訳は不可能でした。
 っていうか、ですね。傀儡を目の前にして、この緩みっぷり。いいのでしょうか! ウーヌスさんの癇に障っていないといいのですけれど!
 混乱してくるわ、申し訳ないわ。混乱している私と目を合わせたウーヌスさん。わずかに微笑を浮かべていました。
 数分前までとは違う意味で、体が震えてきました。

「私、居た堪れない、ですよ」
「すまぬな。そなたの緊張を解すつもりが、ウィータのせいで、思惑とは異なる方へ進んでしまったようじゃ」
「いえ。だいじょーぶ、です」

 と、足元で光っていたウーヌスさんの魔法陣に、変化が起き始めます。
 守護精霊様のはからいで抱いたはずの安心が、すっと薄れていきました。
 



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