13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)5
「そなたらは――確か、ウーヌスとウィータの新しき式たちであったかのう?」
ウーヌスさんに守護精霊と呼ばれた女性は、妖艶に微笑みながら袖を一振りしました。袖から離れた水の玉が方々に散ると、瞬く間に、南の森一帯は鎮火していきました。袖にいくつかついた鈴が、涼しげな余韻を残しています。
足先が水泡になっている巨大な守護精霊様は、腰を屈めてきました。近くなった秀麗な面貌(めんぼう)に臆することもなく、ウーヌスさんやフィーネたちは一様に頭を下げました。
私はまだ腰があがりませんが、慌てて三人に倣(なら)います。拍子に背中がずきんと痛みました。むちうちみたいになってるのでしょうかね。
「はい。ご無沙汰しております、守護精霊様」
「はじめまして、でしゅ。ふぃーねでしゅ。おいしい花びらしゃん、いつもありがとうございましゅですの」
「ふぃーにすじゃ。いつも遊ばせてもらって、ありがとなのぞ」
切れ長のガラスをはめ込んだような瞳が、フィーネとフィーニスの愛らしいお辞儀で一層細くなりました。全身が水のような透明感でつくられた守護精霊様は、一見冷たい雰囲気に感じられますが、とても慈悲深い方のようです。それは別にして、フィーネとフィーニスの可愛さは、万国種族を越えて共通なんですよね!
先ほどおっしゃっていた『子』とは草花全部を指しているようですが、お怒り具合から愛情の深さも伺えます。
それはともかく。私も一言ご挨拶をと思いながらも、驚きのあまり声が出てきません。
「こうして顔をあわせるのは久しくあるが、ウーヌスが妾(わらわ)の子たちを誠心誠意慈しんでくれておる姿は見ておったよ。それを、どこの馬の骨とも知れぬ侵入者どもがっ!」
守護精霊様が、ぎりっと歯を鳴らしました。さっきとは反対の袖を大きく振ると、きらきらと光る粉が花畑や川に広がっていきました。回復魔法でしょうか。
闇夜ではっきりとは見ませんが、焼けた部分が再生してきているように見えます。感嘆の息を漏らしていると、守護精霊様とばちっと目があいました。
しゅるしゅるっと音を立てて、守護精霊様の体が縮みます。私二人分ほどの身長になったところで、止まりました。ぷかぷかと浮いたまま見下ろされ、冷や汗が止まりません。
ですが、ここは師匠の顔に泥を塗らないよう、しっかりご挨拶申し上げなければ。
「私、ウィータ師匠の弟子、アニム、です。はじめまして! 腰抜けてるので、座ったまま、失礼します!」
立ち上がれないので、出来る限り深々とお辞儀します。
顔をあげた私が見たのは、優しい苦笑を浮かべている守護精霊様でした。「構わぬ」という囁きは、母性が滲んだ声色でした。
「不思議な存在値だと思うたら……そなたが『アニム』か。妾は南の森一帯を見守っておる精霊じゃ。平素、真名を呼ばれるのを好まぬゆえ、守護精霊などという仰々しい呼び名で通っておるが、たいして高位でもない。身をかたくすることはないぞよ」
守護精霊さまは、からからと笑います。見た目と違い、かなり気さくな方なのでしょうか。先ほどから表情も豊かでいらっしゃいます。
もしかして、守護精霊様が知っているのは『アニムさん』なのかもしれません。『アニムさん』は気にしないと心に決めたので、動揺はしませんよ!
それに目下の悩みは、戦争も孤独も知らない私が、師匠の隣にいていいのかという葛藤にうつりましたし。
今までの人生など関係ない。きっぱり言い切れれば良いのに、出来ない自分がいる。あぁ、早く師匠に会いたい。師匠と話せば、絶対不安など払拭してくれる。乗り越えられるとわかっているから。
さっきは突然のカミングアウトで取り乱してしまいました。けれど、逆にウーヌスさんの口から聞けて良かったと思います。師匠の前で動揺して、師匠を傷つけずにすんだから。
よし。だいぶ前向きに戻ってきたようです! 水に打たれて頭が冷えたようですね。
「私も、守護精霊様、呼ばせて、下さい。それにしても、私、ご存知、なのですか?」
一応、聞いてみます。好奇心です。
首を傾げて尋ねると、守護精霊様は思いっきり含み笑いで見つめてきました。こっこれはやっぱり百パーセント何かある! 推理力のない私でも、ひしひしと感じる意味深さです!
ぐっと膝に入れると、ゆっくりとですが腰が持ち上がりました。周囲も、いつの間にか焦げ臭さはなくなっています。花々も、元通りとまではいかないにしても、蕾が生まれていました。さすが守護精霊様です。
「知っておるというか、話は耳にしておるというか。まぁ、余計な発言は控えておく。ウィータに睨まれても困るしのう」
守護精霊様は、鈴のような笑いを落としました。風になびかれている羽衣さえ、からかってきているように思われます。
精神衛生上、とってもよくないにおわせです。はい。かといって、守護精霊様に、普段の師弟突っ込みよろしく文句を垂れるわけにもいかないので、諦めましょう。
潔く諦めて、すいっと肩に乗ってきたフィーネとフィーニスを撫でていたのですが。
「さしも、つむじを曲げるでないよ。ただ、ウィータにとってそなたは、掌中の珠だと言うことよ」
「しょうちゅうのたま?」
「そなたは異世界の存在で、言語も手習い中であったな。平たく言うと、大切にされておるという意味ぞ。あのウィータが弟子を取ったのも驚愕であったが、弟子が異世界人というぶっとび具合には、なんぞしっくりきたわ」
守護精霊様が『ぶっとび』って、随分とくだけた表現されますよね。
それに反して、しょうちゅうのたまという単語が難しくて、正確な理解が適いません。とほ。
師匠は普段はこだわっている風でないのに、ここぞっていう時や感情に対しての言葉はとても大切にするんですよね。言霊、という点からなのでしょう。だから、私も可能な限り言葉そのものが持つ意味で、受け入れたいのです。
ただ、大切にされているという言葉も、すごく嬉しいです。
「はい。ししょー、魔法使えない私、弟子にしてくれてる。人としても、とても、大切してくれる、です。何にも知らなくって、平和ぼけしてる私、面倒見てくれてる、です」
どう考えたって、普通なら苛々しても可笑しくない状況です。実際、師匠にはよく叱られたりお仕置きされたりしますが、決して私の背景を蔑むものではありません。
師匠は全部気にしないでいてくれているのか、隠すのが上手いのか。前者であるとは思うのですが、願望でもと思うと怖くなります。
駄目ですね。すごく卑屈な言い方になっちゃいました。反省です。言い直します。
「あにむちゃは、魔法ちゅかえるのでしゅよ?」
フィーネの思わぬ言葉に、俯きかかっていた顔が弾ける勢いであがりました。
守護精霊様も興味深そうに、空中で足を組んでいらっしゃいます。
一気に視線を浴びたフィーネは怯まずに、えっへんと胸を張りました。隣にいるフィーニスも、腕を組んで(組みきれてないけど)大きく頷いています。
ウーヌスさんだけが、満点の星空に目を凝らしていますけれど。侵入者の気配でも探っているのでしょうか。
「ふぃーねとふぃーにすは、あにむちゃの魔法でいつも元気なってたのでしゅ!」
「そうじゃ! ふぃーにすたち生まれたばっかのころ、いい夢見れる魔法、元気になる魔法、楽しくなる魔法、いっぱいかけてくれたのぞ! 最近は、ふぃーにすたち、もう赤ちゃんないから、してくれにゃいけど……さっ寂しくなんて、ないのぞ?!」
「でしゅよねーお菓子とご飯においしくなーれの魔法でちょーおねんねする時にたくしゃん撫でてくれてあにむちゃのぬくもりでいい夢見れる魔法でちょーあとね、あとね。いっぱいいっぱいなのでしゅ!」
くるくると変わるフィーネとフィーニスの表情。ほっぺを押さえて幸せそうに笑ったり、寝る真似をして尻尾をふったり、くるくる元気に回ったり。最後は言葉が思い浮かばかったのか、全身で踊って嬉しさを舞わせています。
あぁ。なくしたわけじゃなかったんですね。私が忘れてしまっていた、お母さんから貰った大切な魔法を。
嬉しさで、目の奥に熱いものがこみ上げ来ます。
「魔法、使える……私が」
カローラさんに見せられた、夢の中でみた過去。お母さんが使った『魔法』という言葉を、即座に否定した私がいました。
ううん。この瞬間の寸前まで、やっぱり、元の世界の魔法とこの世界の魔法は違うものだって、割り切ったつもりでいました。私は価値観が変わったのだと。
「違うのでしゅ? んーよくわかんにゃいけど、でも、あにむちゃはしゅごいよってこちょ!」
「そうじゃ! だから、また、ふぃーにすたちに魔法かけてくれるのぞ?」
守護精霊様に向き合って、ぐっと拳を握ったのはフィーネ。守護精霊様はあたたかい眼差しで微笑んでいます。フィーニスはちょっと照れくさそうに上目遣いで小首を傾げてきました。フィーニスを両手で掴みます。喉下を親指でくいくいすると、またたびに酔ったようにとろんとなってくれました。
『想い』を『魔法』に重ねた、お母さん。そんなお母さんの魔法を受け継いでると、遠まわしにでも笑ってくれた家族。
『だって、皆への愛情っていう魔法は最強だもの。母の愛は偉大なのよ? そういう点では、お姉ちゃんも、お母さんの魔法を立派に受け継いだ、魔法使いよね。まだ見習だけど』
お母さん、ごめんね。私はお母さんっていう、素敵な魔法使いの魔法を習ったのに、ウィータ師匠っていう、すごい魔法使いの弟子になったのに。私は何もわかってなかった。
世界だったり過去のお母さんだったり。だれかが何度も気がつく機会をくれていたのに、私自身が向き合ってなかっただけだったんだね。
無理矢理こじつけた理由で自分を納得させて、立ち直った気で居ました。だから……うわべの立ち直りだったから、ちょっとした追撃に揺らいでいた。
「ししょーも、すごい魔法、使えるだけない。優しくて、あったかくって、ちょっと意地悪で……色んな気持ち、くれる、魔法も、かけてくれる。胸がきゅっとなる。フィーネもフィーニスも、元気の魔法、かけてくれる」
「えっへん!」
二人して胸を張ったフィーネとフィーニスを、ぎゅっと抱きしめます。小さくてもしっかりとした心音が伝わってきました。とくんとくんと、掌から響いてくる鼓動が、魔法をかけている音のようです。
私の中で変わってしまったと思っていた価値観。消えてしまったと思ってた、元の世界の影。けれど、変わったのではなく、私が目を逸らしていただけ。考えてこなかっただけ。
それを持っていてくれたフィーネとフィーニスが嬉しくて……言葉になりません。
「そなたは魔法が使えない世界からきたと、方々(ほうぼう)から聞いたが。そもそも、人間が定義する物質的な魔法というモノがさも当然の如く理(ことわり)となっている。物事に人間の理解しやすい、または納得し得る理屈をつけねば気のすまぬ種類の人々が、偉そうにのたまっておるだけじゃ」
「理、ですか」
「大きな命の流れから見れば、なんとも小さき隔たりよ。まぁ、これも妾がいとし子たち大地と鼓動をあわせている時間がほとんだからこそ、持つ考えであるかもしぬがな。ここにあることが、妾の存在(ある)意味だからのう」
守護精霊様は、とっても柔軟な思考をお持ちの方のようです。私は勝手に、精霊という魔法に包まれた存在こそ、魔法という理や秩序に縛られているのだと考えていました。
でも、それも私の――人間の思い込みなのかもしれないと、今は思えます。
魔法が当たり前のような存在、命と同意義だからこそ理をこじつける必要はない。生命の根幹と繋がって常に意識しているから、魔法が使えないとか使えるとか関係ない。
「そうじゃ。間違いだとは言わぬ。じゃが、そもそも我ら精霊からしてみたら、人間の感情そのものがまるで不可思議――言い換えるなら、魔法のようなものなのだよ。感情には理由が伴う。けれど、それを紐解くのは単純ではない。理屈や法則はあり、人々は解を求め探求する。ほれ、物理的な魔法とたいして差はなかろうに。関わりあうのが、魔法であるか人であるか。その種類の異なりだけじゃ」
いつの間にか降り注いでいた雨は、少し前のモノと違って、とても柔らかくて優しい雫です。ほてった体や目の熱を、優しく冷ましてくれています。
腕の中のフィーネとフィーニスも、気持ち良さそうに鳴き声をあげました。
見上げた夜空に星も月ありません。でも、不思議と心地よい暗闇です。
「まぁ。大いなる営みの中、どんなに共に生きていようとも、異なる道を歩んできても。命は同じにはなれないのと同じじゃ。隔たりの大小は個々の認識によって変わるが、経験からヒトにとって、小なりとも差は強く意識されるものだと知っておる。小さきものの、妾もそなたも精霊と人間という種族の差はある。無理に共感する必要はない」
「むっ無理なんてないです! 守護精霊様、おかげ、私、色々吹っ切れたです! それに――」
ふっと。守護精霊様は遠くに視線を飛ばしました。
守護精霊様がおっしゃった言葉の真意は、ほんのちょっと難しくて全部を飲み込むのはこれからも時間がかかりそうです。それは素敵な難解さだと思います。守護精霊様に意図がないにしても、言葉自体も励みになりました。
でありながら、守護精霊様の『共感する必要がない』という言葉は、少し寂しく感じられました。ただ、それを形にするのは私の傲慢な気がして、最後まで続きませんでした。
「ほんに、幼少のウィータによう似ておるわ」
「え? ししょー、こどもの、ころ?!」
口ごもった唇に、そっと守護精霊様の指先が触れてきました。ひんやりと、氷に口づけたような感覚。なのに、全然嫌ではありません。
守護精霊様は懐かしそうに瞳を細め、何度も私の頬を撫でています。それは、私の後ろに幼い師匠を見ているようです。
「ちっちゃいありゅじなんて、想像できないのぞ」
「ふぃーねも! あるじちゃまも、赤ちゃんでしたの?」
赤ちゃんはちょっと戻りすぎですね。長い師匠の人生から見たら、はずれでもないかもしれませんが。
頭の上に移動したフィーネとフィーニスが驚きのあまり、肉球で頭頂部を叩いているのがわかりました。気持ちいいですけど、二人が思い切り雨に濡れちゃう位置ですよ。
「精霊と人間という違いがあるのだから、無理に共感する必要はない。それに、加えて共存は出来ぬ、ただそこにたまたま時間が重なって生きているだけだとも、口にしたかのう」
「共感に共存」
どうしてでしょう。過去の守護精霊様が語ったことと、今の自分がどこかで繋がった錯覚に陥りました。守護精霊様が元の世界で、人間がこの世界。魔法的には逆だとも思えますが、私の心情を重ねるなら、という。
相変わらず守護精霊様は、慈愛溢れる微笑で袖を揺らしています。
「妾のその言葉を聴いた幼いウィータも、そなたのように悲いのか拗ねているのか不明な表情をしておったよ。じゃが、こうして頬を撫でていた妾にはっきり言いよった」
ふと。守護精霊様を包んだのは、ほろ苦い空気。失礼かもしれませんが、おばあちゃんが昔話をしてくれた時の空気にとても似ています。
『君の言い方だと、精霊と人間だから共感できうる可能性が低いと取れる。それに、異なる種族だから共存できないともさ。けれど、同属だって――人間という部類に所属しあう人々でだって、共感の可否はあるんだ。確かに精霊や式神や人間、この世界に生きとし生けるものはたくさんいる。けどさ、少なくともオレは、自分と同じような人生を歩んでいる奴や全く同じ価値観の奴とだけ、生や気持ちを共有したいわけじゃないよ』
幼い師匠の口真似をしているのでしょう。守護精霊様は胡坐をかいた足首を掴んで、唇を尖らせました。師匠が拗ねている時の癖です。
自然と頬が緩んでいきました。小さな師匠も、この花畑で一生懸命花を摘んでいたのでしょうか。というか、やはり、師匠は聡明ですね。
「凄まじい勢いで言い切ったかと思うたらな、まだ続けよるのだ。妾はてっきり、ウィータの考えを主張してきたのかと苦笑が浮かんだものよ。けれどのう、あやつは妾の手を掴んで、凜と見つめてきよった」
凛とした瞳の師匠が、容易に脳裏に浮かんできました。強い意志がこもったアイスブルーの瞳が、今の私も射抜いているようです。
だけど、堅古なだけじゃなくて、相手を包み込むような視線なんですよね。
『だから、自分という存在を他から突き放すような言葉は、やめてくれよ。本当に君が願っているなら止めない。けれど、そんな表情しているから……望まない想いを言霊にしても、君が傷つくだけだ』
守護精霊様は「一言一句、違わぬぞ?」と愉快そうに笑いました。つられて、私もへにゃんと崩れてしまいました。
私も、師匠に見合う人間になりたいと、心の底から思いました。
「なんぞ懐かしい記憶が引っ張られたものだ。妾も若輩であったが、はたや、ウィータ自身に言い聞かせた思いだったのやもしれぬ」
「ししょーが、自分に、言い聞かせた」
師匠もきっと特別な存在だったのでしょう。ウーヌスさんが幼い頃から戦いに身をおいていたとおっしゃっていました。
傷ついてきたから、優しくなれる。相手を思いやれる。だから、きっと師匠は自分の生い立ちを比較に出したりして、私が平和ぼけしてるとか甘いなんて言わない。絶対に。
思い至れば、この上なく簡単な話でした。
「とにかく。あの生意気小僧が恋に落ちた相手を目の当たりにして、少々感慨深くてな。おぉ、これは人間の感情に似ておるなぁ。思えば、妾もあの時ウィータの言霊と言う魔法にかかっていたのやもしれんな」
「こっこっこいっ?!」
「違ったか? そうじゃな、愛と呼ぶ方がふさわしいかのう?」
余計恥ずかしいです!! 恋って、私が恋してるのは確かですけど、師匠が私に恋してるってはっきり言われるとですね、どうも、くすぐったいというか、助けてくださいというか! 私も師匠が恋心を抱いてくれていたら、もちろん幸せすぎるのですけど!
今まで至極真面目なお話に傾聴していた気がしましたけれど、守護精霊様。
当の本人は、どこか可笑しいかと真面目な表情で首を傾げていらっしゃいます。
「あっあのですね! ししょー、百年前から、ここ住んでる、違うです? こどものころから、いたです?」
しとしと降る雨では冷めないくらい、顔が熱いです。私が暴れる度、フィーネとフィーニスは、楽しそうなはしゃぎ声をあげています。
そういえば、ウーヌスさんはどうしているのでしょう。必死で話題を逸らそうと頭を回転させます。
「ウィータはこの土地の生まれじゃからのう。人間で言うところの成人の儀を終えると、一旦出て行ったが。百年前にひょっこり戻ってきよってな」
「ししょー、ここで、生まれたですか」
二人並んで花畑を眺めた時の、師匠の横顔を思いだしてみます。憂愁あふれていたのは百年前どころか二百五十年ほども前を想っていたからだったんですね。
それなら、私の百年前も一緒にいたかったという発言は、浅かったのかもしれません。でも、あの時の気持ちは本物でしたから、気にしないようにします。百年+幼少期という意味を含みということで!
「アニム。そなたに、昔、ウィータから妾が貰い受けた言霊。今度は妾からそなたに贈ろう。吟味して、そなたの想いに変えるが良い」
「はい。ありがとう、ございます」
幼い師匠が守護精霊様に紡いだ想いが、今、私を支えてくれる。なんて素敵な巡り合わせでしょう。静かに蒼い光を纏っているネックレスのうえから、そっと胸に掌をかざします。
今日、師匠がこの森に連れてきてくれなければ。フィーネとフィーニスが花びらの滝に行きたいと言ってくれなければ。侵入さえも来なければ。ウーヌスさんから師匠の過去を聞いて落ち込まなければ。
きっと、守護精霊様に会えなくて、心に響く言葉を貰ったり、魔法という存在を受け入れ直したりも出来なかった。巡り合わせって、本当に不思議です。
「私、魔法使い、なるよ。まだ見習だけど、ししょー専用の魔法使い。フィーネ専用の魔法使い、フィーニス専用の魔法使い。幸せお手伝い、座右の銘の、魔法使いに!」
「しょれ、専用言わないのぞ? 日によって変わるのぞ?」
「よくわかんにゃいけど、あにむちゃがまた魔法かけてくれりゅなら、ふぃーねはなんでもいいのでしゅ」
柔らかいほっぺをぷにぷにと弾ませたフィーネに、心があったまっていきます。つい指先で頬を突くと、嬉しそうに口づけしてくれました。そのまま、はむっと甘噛みされて、へらっと笑ってしまいましたよ。
そこにフィーニスが飛びついてきて、フィーネがよろめいてしました。慌ててフィーネを支えると、フィーニスがぷいっとそっぽをむきながらも、尻尾を指に絡めてきました。
「じゃあ、大好きな人専属魔法使い!」
危険な状態なのも忘れて、三人でほっこりしてしまいました。
そういえば、あれから森の方角は静かですが。師匠とラスターさん、大丈夫でしょうか。師匠たちなら絶対大丈夫です!
「機会があれば、ウィータに『掌中の珠』の明徴などしてもらうとよい」
「めいちょう?」
「噛み砕くと、とあるモノをとある証拠で明らかにしてもらえと、言うような意味合いかのう。証拠が態度でも言葉でも、こころよし」
解説していただいても、今ひとつわかりませんでした。記憶を探っても、結果は同じです。まぁ、師匠に尋ねてみるか、センさんにでも教えてもらいましょう。
やや上空で「生意気小僧が狼狽するのも一興じゃて」と、肩を震わせている守護精霊様に突っ込んでご教授いただく勇気はありません。というか、師匠にも直接聞くのは避けたほうが良いと、野生の感が叫んでいます。
「さて。そなたたちとの語らいも心嬉しいひと時じゃが、そろそろ仕置きの時間かの」
「はい、守護精霊様」
守護精霊様を包む空気が一変しました。豊かだった表情は消え、瞳に感情はありません。
大きく顎を引いたウーヌスさんが右手を突き出した瞬間。空から無数の人が落下して来ました!
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