引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

  

13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)4


「ウーヌスさん、寒く、ないです? マントかストール、いります?」
「私はあまり気温に左右されませんので、ご心配なく」

 ラスターさんからお知らせが入って、どれだけの時間が過ぎたでしょう。滝の周りに並んでいる岩に、ウーヌスさんと私は腰掛けています。
 見上げた夜空は、星に埋め尽くされていました。大きな月と煌く星々、それに近くで光を放っている花びらの川のおかげで、さほど心細くはありません。湖が風に撫でられている音も、心地よいくらいです。
 何より、一人っきりではありませんからね。

「フィーネとフィーニス、平気?」
「あい。あにむちゃとくっちゅいてるから、あったかいのでしゅ」
「ふぃーにすの方が体温高いのぞ。あにみゅ、もっとあったまるのじゃ」

 抱っこしているフィーネとフィーニスの存在も、とても心強いです。フィーネがひっきりなしに胸元や腕に擦り寄ってくれるので、あたたかいです。フィーニスは腕に抱かれたままで、肩にかけている師匠のマントを胸元に引っ張ってくれます。仕草を見ているだけでも、心がぽっと温かくなります。
 体温の高さに関しては、フィーニスは赤ちゃんだからね、とは言わないでおきましょう。ただ、柔らかい体を、ぎゅっと抱きしめました。

「時々、森から、魔法の光、漏れてくる。ししょー、攻撃魔法、使ってるのかなぁ」
「んな。でも、不思議なのじゃ」

 フィーニスがくんっと鼻を鳴らしました。魔法の匂い、というか種類を嗅ぎ分けてるのでしょうか。
 フィーニスの一言で、静かに瞼を閉じていたウーヌスが歩み寄ってきました。表情は明るくありません。どちらかと言えば厳しい目つきです。

「フィーニスも気がつきましたか」
「ふぃーねもふぃーねも! あるじちゃまとラスターしゃんの魔力しか感じないのでしゅよ!」
「ふにゃー! ふぃーにすのが先にわかったのぞ! じゃあ、ありゅじの魔力がへんてこなのはわかったのぞ?!」

 怒った調子で、てしてし前足をぶつけあっている二人は可愛いですけど。師匠の魔力がへんてこってどういう意味でしょう。師匠、調子でも悪いのでしょうか。
 どうしよう。いえ、どうしようなんて思っても、私に出来ることなんてないのに。一気に血の気が引いていくのがわかりました。

「アニム様、顔色が悪いですね。火を炊きたいところですが、煙が昇ると相手に場所を察知される可能性があるので……」

 ウーヌスさんが膝をついて顔を覗き込んできました。凛とした様子はそのままに、わずかに眉尻が落ちています。
 私が凍えていると心配してくださってるんですよね。ウーヌスさんは、私が師匠のことで動揺しているとは思ってないようです。きっと、ウーヌスさんは、師匠がだれかに負けるなんて事態は起きないと信じきっているからでしょう。
 私も、見習いたい。

「大丈夫です! ししょー、魔力、へんてこって、奥義でも、使ってるのか、思って!」
「奥義、ですか。アルス・マグナ―偉大なる術―を指されているのでしょうか。あの術は攻撃魔法として本領を発揮するのは陣を敷く対多数戦ですので、今回のような場合には向いていないかと。へんてこと、というフィーニスの表現は遠からず近からず、ですね。魔力の質は平常のウィータ様と同質なのですが、発動形式が違うのではないかと思われます。それが本来のウィータ様の力と入り混じっているように感じられるのです」

 ウーヌスさんは、すらすらと説明してくださいました。が、自分でもいまいち納得がいっていないのか、小首を傾げてもいらっしゃいます。いつも理路整然とよどみなく説明してくださるウーヌスさんにしては、とても珍しい光景です。
 話を切り上げなければ、真面目なウーヌスさんなので頭を抱えてしまいそうですね。

「なるほど。ありがとです。ししょー、魔力も自由自在、へんてこも凄い!」

 ぐっと腕に力を入れると、フィーネとフィーニスが「ふみゃ」と小さく鳴きました。痛かったかと慌てて腕を解こうとすると、きゅっと肉球がしがみついてきました。
 腰を捻って私を見上げるフィーネとフィーニスの瞳が、わずかに揺れています。守る存在である二人にまで心配をかけちゃいましたね。
 師匠を真似て、にかっと笑って見せます。ほっと息を漏らした二人は、競うように肩によじ登って、緩く編まれた髪の中にぽすっと入り込んでいきました。くすぐったさに身を捩ると、ぽすっと顔を出した二人。

「あにむちゃと融合なのでしゅ!」
「これで、絶対、離れないのじゃ!」

 ちょっと首が動かしにくいなんて不都合はぶっとんでいきます。師匠にも見せてあげたいくらい、可愛い! というか、鏡がないのが残念です。正面から愛くるしい二人を堪能したかったですね。
 二人のおかげで、心が明るくなりました。動揺してる場合じゃないです。
 ウーヌスさんは特に呆れた様子もなかったのですが、ぷっと小さく噴き出しました。おぉ!! ウーヌスさんの噴出って珍しい! すぐ、咳払いが落ちましたけれど。突っ込むなら突っ込んでくれても、いいのですよ?

「んな?」
「どーした、です?」

 よほど笑える光景なのだと自覚はしながらも、二人を真似て首を傾げます。
 私の髪の両房からおそらくドヤ顔を出しているフィーネとフィーニス、それにふにゃんと緩んでいる私。だれが見ても、ちょっとお間抜けですよね。
 
「いえ、失礼しました。心強くたくましいご様子で」
「にゃんか、ひっかかるのぞ」

 ウーヌスさんは淡い微笑みを浮かべています。ぽけっと見とれてしまいました。師匠が時折見せる大人っぽい笑みにそっくりだったんです。ウーヌスさん、中性的ですし。
 今のというよりも、出会った頃の髪が長かった師匠でしょうか。そよ風になびいている萌黄色の長い髪。無造作にひとつに結ばれているところも似ています。師匠にお姉さんがいたら、ウーヌスさんみたいな雰囲気だったかもしれないと、ふと思いました。
 やっぱり、何百年一緒にいると似てくるとかですかね。

「アニム様?」
「ごめんなさい! あまりに、フィーネとフィーニス、可愛い行動、するから! うっとり、しちゃったです」
「そうですか。私は会話があまり得意ではないのですが、ご質問のお相手くらいは勤めさせていただけるかと。気が紛れるようでした、何なりとお声をかけてください」

 ウーヌスさんは、突っ込んで聞き返してはきません。ただ、私が横に振りかけた頭を上下に方向修正すると、穏やかな水面のような笑みを口の端に浮かべてくれました。そして、すぐ水晶の森の方角へ向き直り、再び、口を閉ざしてしました。
 まさか師匠へ意識を飛ばしていたなんて、正直に言えません。緊張感なさすぎですよ、私。

「ししょー」

 小さな呟きは、自然が織り成す音に吸い込まれていきました。
 師匠を見送ってから、ずっと考えていたんです。師匠が元の世界に戻りたいかと尋ねてきましたが、もし私と師匠が逆の立場だったならって。
 好意を寄せている人が、いついなくなるのか不安定な存在だったら、毎日をどういう気持ちで過ごしているんだろうって。私なら、一緒にいたいと願っていても、言葉にしてしまえば帰るか迷っている相手の重荷になってしまうかもしれない。
 そう考えると、怖くて言葉に出来ないなって。でも、出来るだけ触れてはいたいっていう欲は出てしまう。だって、手が届く場所にいて、いつぬくもりを感じられなくなっても可笑しくないのだから。

「私、全然、相手の立場、気持ちになって、考えてなかった。一人で不安なって、落ち込んで、ししょーも、なんて、想像もしなくて。いっぱい、傷つけてる」
「んな?」

 ぎゅっと膝を抱えると、フィーネとフィーニスが頬に擦り寄ってくれました。それに笑い返して、また水晶の森を見つめます。
 家族や世界を抜きにして、どうしたいのか。あれはきっと、師匠も勇気を振り絞って聞いてくれたんでしょう。けれど、ラスターから通信が入った時、ほっともしていたのじゃないかと思ってもしまいます。
 ねぇ、師匠。私が残りたいと告げたら、この想いは重荷にならない?

「人を、好きになる、って、楽しいけど、辛いね」
「しょーなにょ? ふぃーねは、あにむちゃもあるじちゃまもしゅきで、幸せでちゅよ?」
「人間は面倒臭いモノにゃのぞ、ふぃーね。昨日も、ありゅじはセンとお酒飲みながら、あにみゅの奴が鈍ちんなのかわかっとるのか不明じゃって言うとるのじゃ」

 師匠ってば、フィーニスの前で愚痴ってるんですか。っていうか、ちょっと待てぃ。昨日の飲みのテーマは私だったんですかい。お昼過ぎに玄関で聞いた話から、なんとなくは予想していましたけれど。
 そういえば、ウーヌスさんと二人で私の噂話をしたりしないのでしょうか。緊張感ないかなとも思いますが、気が紛れる質問も大丈夫と言ってくださったので。ちょっとくらい聞いてみても良いですよね。

「ねぇ、ウーヌスさ――」


――ドゥゴンッッ!!――


 岩から降りた瞬間、水晶の森からけたたましい音と共に、灰煙が凄まじい勢いで空に立ち昇っていきました。地面を揺らした轟音(ごうおん)。膝が地面に吸い寄せられていきます。
 揺れは収まっても、地鳴りが続いています。頭がくらくらします。
 髪に埋まっているフィーネとフィーニスは、無事でしょうか。腕をあげると、ちゃんと二人は同じ場所にいました。落としてなくてよかったです。ただ、髪の後ろに出ていた尻尾が、私の襟足に絡んできています。小さく震えているのが、伝わってきました。

「フィーネ、フィーニス。耳、大丈夫?」
「ふみゃぁ……いちゃいけど、平気なのでしゅ」
「それどころじゃ、ないじょ! 今の音、魔法がぶちゅかりあった音じゃ!」

 ばっと、羽を広げて飛び出たフィーニスは、ウーヌスさんと視線を合わせています。耳を押さえているフィーネを髪から出してあげると、涙目で擦り寄ってきました。ぽろっと小さな雫が、私の手を滑り落ちていきました。
 夜でもわかるほどの爆煙。強く吹いた風に乗って、こちらへ流れてきます。所々に走っている雷のような光に、目が細くなります。その光が見せたのは、いくつかの点。何かの影が、四方八方に飛び散っていきます。

「ウーヌスさん、あれ……」
「アニム様、私の側から離れないでくださいね」

 ウーヌスさんは私を守るように正面に立つと、すっと右手を横に伸ばしました。絡まった二本の指が、白い光を放っています。右腕を上に掲げると、結界と似た魔法陣が頭上に現れました。
 と、ほぼ同時。空から炎の粒が降ってきました!

「うー! なぁー!!」
「みゃうー!!」

 私の腕から抜け出たフィーネとフィーニスが大きく羽をはばたかせます。飛び+直前のフィーネの瞳は、宝石のように光っていました。ウーヌスさんの魔法陣に重なるように発動した、二人の魔法陣が薄いベールを生み出し、私たちを包み込みました。
 私は呆然と、落ちてくる炎を見上げるしか出来ません。
 魔法陣を打ち鳴らす炎のつぶて。地面に降り落ちた炎で、地鳴りが起きます。熱い。草原と花畑を焼く火。美しかった情景に広がる紅が視界を埋め尽くします。
 焦げる匂いや漂う煙にむせ返りながら、私はなす術もなく座り込んでいるしかありません。

「こんな……」

 楽園だった場所が見る間に姿を変えていく。ついさっきまで、師匠に寄り添って、フィーネとフィーニスが飛び回って、ウーヌスさんが一生懸命花びらを集めていた、穏やかな空間が、あっけなく崩れていく。
 ウーヌスさんとフィーニスたちがはってくれている防御の魔法陣に、炎のつぶては容赦なく降り注いできます。その度、魔法陣は鋭い火花を散らしました。
 ウーヌスさんの背中に、動揺は浮かんできせん。

「アニム様、熱くはありませんか?」
「えっ? はい、あの。全然、だいじょうぶ、です」
「そうですか」

 ふいに振り返ったウーヌスさんに問われ、必死で頷き返しました。
 私のおかしなイントネーションに表情を変えることなく。ウーヌスさんは冷静な声を落とすと、再び頭上に意識を戻しました。

「あにむちゃ、こわいこわい、ない?」
「ふぃーにすたちが守ってやるのじゃ! 怖いないぞ!」
「フィーネ、フィーニス……」

 魔法陣はそのままに、くるりとおどけるように回転してみせたフィーニス。小首を傾げて、届くはずのない短い手を伸ばして頭を撫でる仕草をしてくれるフィーネ。
 小さな二人が頑張っているのに、私は一体何をしているんだろう。魔法が使えないといっても、せめて気をしっかり持つくらいはしなければいけないのに。
 頭では理解していても、意思が神経にまで辿りついてくれません。ずれ落ちた師匠のマントを拾うことも出来ません。

「あぁ。まずそこをお聞きするべきでしたね。配慮が足らず申し訳ありませんでした」
「そうじゃ! うーにゅすは鈍ちんじゃのう!」
「少し前からは平穏に過ごしていますが、どうにも、私はこういう状況に慣れすぎていまして」

 さらりと言われたウーヌスさんの背景。得意げに右前足を揺らしていたフィーニスも、小首を傾げました。フィーネも、ぱちくりと大きな丸い目を瞬かせます。
 慣れすぎている。
 それはつまり、師匠も同じ環境だったのですよね? だって、ウーヌスさんは師匠が最初に生み出して、ずっと側にいる式神さんです。『こういう状況』とは、襲われるとか恐ろしい目にあう、という意味でしょうか。
 ぼけっと口を開けて固まっている私を見て、ウーヌスさんが顔だけこちらに向けました。

「ウィータ様は偉大な魔法使いです。加え、不老不死でいらっしゃいます。生い立ちも絡み、今の外見年齢になられる頃より大分前より、敵対する者たちと一戦交えてきましたし、大魔法使いゆえに命を狙われることも少なくありませんでした。強大な力を持つ者の運命と申しましょうか。アニム様の世界では存じませんが、この世界ではそうそう珍しい事象ではありません」
「日常的、いう意味?」

 私の知らない師匠。私が本当の意味で生きたことのない魔法の世界。どちらも、聞いたことのない体験、日常。
 私の世界にだって戦争はあります。けれど、命の奪い合いも身の危険も、情報越しの世界でした。でも、師匠はずっと……二百年以上、常にではないにしても、危険な環境で生きてきた。魔法があるとかないじゃなくて、背負ってきたモノの重さが、違いすぎる。
 師匠が好きという気持ちだけで、この世界に残りたいと思った自分の浅はかさに喉が渇いていきます。怖いとかじゃなくて、今まで以上に感じた、ちっぽけで自分の身すら守れない私が、師匠の重荷になるという事実が痛い。

「ですが、結界を張られてから――ここ五・六十年程でしょうか。外界の世情も落ち着いてきているようで、特に危険はありません。ウィータ様に因縁をつけていた魔法使いが捕らわれましたし。私に戦いが染み付いてしまっているという表現が正確でしたね」
「にゃんじゃ! うーにゅす、脅かすでないぞ!」
「あにむちゃ、びっくりしちゃ? ふぃーねもびっくりでしゅ。あるじちゃま、しゅごいねー!」

 フィーニスがぷんぷんと前足をばたつかせています。けれど、『命の危険』が起こりうるというのは、受け入れてはいるようです。すぐに魔法陣へと向き直りました。
 確かに、フィーネが感激したとおり、師匠はすごいと思いました。ただ、私というちっぽけな存在の胸の中、渦巻く感情の正体が掴めなくて。呼吸が荒くなっていきます。決して、炎の熱のせいではないのだけは、自覚して。
 ぎゅっと。胸元のネックレスを掴んだ手に、ぽたりと汗が落ちてきました。

「神様は、意地悪。どうして……、なんで、近づいた、思ったら、すぐ、突き放す現実、押し付けてくるのっ――!」

 わかってます。運命とか神様とか、世界とか。言い訳にして、いつだって覚悟が足りないのは私。知ろうとしてこなかった、自分の行いが今になって露呈(ろてい)しているだけ。その場の気持ちだけで残りたいとか、帰りたいのか疑問なんて揺れ動いている私が悪い。
 楽になろうと吐き捨てた言葉は、自分の心をえぐっただけでした。いっそ、私は悪くないと開き直れたらどんなに良いでしょう。けれど、反省する振りして自分を正当化したい私には、叶わない。

「あにむちゃ、くりゅしいのでしゅ? くりゅしいとき、ぎゅっとするの。あにむちゃ、いつもしてくりぇるみたく」
「うーにゅす! 防御するだけ、意味ないじゃ! 水魔法でばしゃーんと、炎、消せないのぞ?!」

 魔法陣はそのままに、フィーネが顔に抱きついてきてくれました。ぎゅっと目を瞑って、力いっぱい擦り寄ってくれる様子は、抱きつくというよりしがみつくと言った方がしっくりきます。
 炎が熱くて、汗が流れ続けています。けれど、フィーネの体温は息苦しくなるどころか、冷たく凍った心を溶かしてくれるようでした。
 ずきんと心臓が痛みました。感情的にではなく、本当に苦しいです。同時に、皮膚ではなく、体の内側が熱くなっていきました。この感覚は――カローラさん?

「ウィータ様なら水魔法で炎を消しながら防御するのも可能でしょう。ですが、私の力量ではどちらか一方がおろそかになる恐れがあります。そもそも、何故ウィータ様の水魔法が発動されていないのか――」
「しょんなこといっちょる場合にゃ?! やってみなけりゃ、わかんにゃいぞ!」

 フィーニスの言葉にひるんだウーヌスさん。きっと、フィーニスの挑戦という言動に戸惑っていらっしゃるのでしょう。
 首元にしがみついてくれているフィーネを撫でていると、困惑気味のウーヌスさんと目が合いました。
 しばらく、お互い無言で視線を絡ませていました。と、ウーヌスさんが心を決めたように背を伸ばします。

「私の役割はアニム様の安全確保です。式神として、助かる可能性が低い行動を取るわけにはいきません」
「ぶみゃ!」

 凜と、ウーヌスさんが手を前方に突き出したのと、大雨が降り注いできたのとほぼ同時でした。大粒の水が、地面に叩きつけられます。激しく体にぶつかる雨。
 咄嗟に、フィーニスに手を伸ばしていました。小さな子猫なフィーネとフィーニスの体にぶつかれば、ひとたまりもない衝撃です。胸に二人を抱いて、背を丸めます。二人が私の名前を呼びながら暴れていますが、おかまいなしに抱きすくめます。

「――っは! ごほっ」

 容赦なく背中を襲う水に、呼吸が止まります。無理に肺を膨らませようとして、むせてしまいました。
 どれくらい、体を硬くしていたでしょうか。麻痺したのか、痛みを感じなくなってきました。これ、絶対痣になっているなと、どこか冷静に考えながら顔をあげると。

「妾(わらわ)のいとし子たちを手にかける愚者はいずこじゃ」
「守護精霊様。いらっしゃったのですね」

 全身に水を纏った、美しい女性が怒りを隠しもせず、浮いていました。美人が怒ると迫力満点です。水のような羽衣を纏った肢体は、ほとんど水と同質に見えます。
 っていうか、でかっ!! 
 ほっと肩の力を抜いたウーヌスさんと、私が二十人合体した大きさの天女様を交互に見上げます。
 ぽつりと。胸元に滑り込んできた雫に、身震いが起きました。





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