13.引き篭り師弟と、謎の傀儡(かいらい)1
「おっ。アニム、やっと起きたか」
「あにむちゃ、おはよーでし」
「まだ夢の中っぽいのじゃ」
ふわふわと、とても心地よい夢から覚めた私を待っていたのは。既に夢から抜け出ていた師匠とフィーネ、フィーニスでした。
師匠は私に腕枕をしたまま、空いた方の手で二人を構ってあげていたようです。私と師匠の間の狭い空間で、じゃれあっている光景に自然と頬が緩んでいきました。
フィーネとフィーニスの背を撫でると、甘い鳴き声と一緒に指へキスが落とされました。幸せいっぱいです。
「みんな、おはよー」
幸福感溢れる空気を感じながら、ぼやけた視界を取り戻そうと瞼を擦りました。すると、すぐに師匠に手を取られてしまいました。
乱暴に擦っていた自分とは違い、優しい感触が何度も目元を滑っていきます。慣れてしまった感覚。慣れたと言っても、うっとり心地よいのは変わりません。ただ、こうして師匠が気遣ってくれたり触れたりしてくれるのが、当たり前になっていますね。嬉しさと同時に、えもいわれぬ焦燥感がぽっと姿を現すんです。
「なんか、あれみたい。元の世界で『川の字』いうの」
草の上に指を滑らせると、フィーネとフィーニスが動きを追ってきました。頭がかくんかくんと上下しています。あまりに可愛いかったので、そのまま耳をくすぐってしまいました。
指先を揺らすと、二人はきゃっきゃと声をあげて体を転がします。一旦逃げますが、私の指が追いかけてくるのを待って、また丸い体をうねらせました。
はぁぁ。なんたる癒し。
「へー、どんな意味だよ」
フィーネとフィーニスのじゃれっぷりに目を細めて眺めていた師匠から、ちょっぴり意地悪な声が出されました。意地悪というか、含みがあるというか。どちらにしろ、真っ白純心な疑問でないことだけは、確かな声色です。
嫌な予感で背中を濡らしながらも、平静を装います。頑張れ、頬の筋肉さん!
とりあえず起き上がりましょうかね。
「意味っていうか、文字まんまの寝方」
「だから、どういう人間関係のやつらが、そーいう寝方するんだよっての」
やっぱり! 頭の回転が速い師匠が、今の状況と川の文字面を見て想像つかないはずがありません。
一人寝そべったままの師匠は、肘をついて見上げてきます。師匠の顔には、にやにやと心地よくない笑みが浮かんでいますよ。
口にした疑問よりも、私が一人でテンパッて動揺している姿を見たいだけの癖に!
「ししょー、なら、察してるはず。遠まわし、言う人、教えて、あげません!」
いーと可愛くない様子で歯をむきだすと、フィーネが真似してきました。おめめを瞑って一生懸命唇をあげているフィーネはめんこいです。これが女子力というものでしょうか。
そんな私たちを見て、師匠とフィーニスはやれやれと頭を振っています。師匠、起き上がって早々頭を振ったりしたら、めまいを起こしますよ。お年寄りなんだから気をつけて。
私の突っ込みを察したのか。師匠は口の端を思い切りあげました。そして、私にフィーネのおなかが見えるように抱き上げました。嫌な予感しかしないです。
「フィーネも気になるだろ? なっ」
「あい。あにむちゃ、教えてくだちゃい!」
しゅたっと、フィーネの短い前足があげられました。はぅ! きらきらしたおめめで見つめないでください!
師匠ってば卑怯な手を使いますね。フィーネに尋ねられたら、答えないわけにはいかないじゃないですか。フィーニスまで、フィーネの横で羽をはばたかせながら、私の言葉を待っているようです。
「えっとね。家族で寝る。お父さん、子ども、お母さん。で、元の世界の文字、『川』、なの。水、流れてる、川」
ついさっき、草をなぞったのと同じく、空中に三回指を走らせます。
師匠とは絶対に顔を合わせません。視線はフィーネとフィーニスに合わせて、意地でもずらさないんだから。師匠がどんな表情でいるか、想像が容易すぎます。
私の頬は力みすぎて強張っているでしょう。が、二人が気にしている様子はないので、一安心。
私の心配をよそに、フィーネが小首を傾げました。
「ふぃーねとふぃーにすがお子しゃまで、あるじちゃまがおとーしゃまで、あにむちゃがおかーしゃまってこちょ?」
「例え、だよ! みたい、ってだけ! 並び順、が!」
フィーネの直球すぎる言葉に、思わず腰が浮きました。無意味に手を動かして弁解します。恋人通り越して夫婦ですか。私としては、ちゃんとワンステップずつ進みたいのですけど。って、そういう意味ではありません、自分よ。
けれど、今度はフィーニスが、腕を組んでうめき声をあげたじゃないですか。
「あにみゅは、ありゅじのお嫁さんじゃないのかいな?」
「あるじちゃまは、あにむちゃのおししょーしゃまで、お婿しゃまなんでしゅの?」
フィーニスってば、私を師匠の弟子だと思ってないのでしょうか。というわけではないですよね。フィーネと同じく、弟子プラスアルファって意味なのでしょう。
それにしても、お嫁さんとかお婿さんとか。私の中にはあまりなかった発想に、鼓動が駆け足を始めてしまいました。いやいや、有り得ないって。
少し前ですが、師匠とセンさんの会話を立ち聞きしてしまったことがありました。立ち聞きというか、お茶を取りに行って書庫に戻ってきた際、耳に入ってきたんです。センさんの奥さんを私に紹介してくれるという話だったのですが、センさん「お嫁さんの紹介しあいだね」っておっしゃてったのを、師匠が私は嫁じゃないときっぱり否定していましたから。当然なのですけどね。
「あの、その。フィーネとフィーニスの、お母さんは、素直に、嬉しい。でも、お嫁さん……は、ちょっと」
耳にした当初はさほどショックも受けなかったのに、思い出した今になって地味にへこみました。ぶっきらぼうな否定は、師匠の照れ隠しだと信じたいです。
から笑いで手を横に振ると、フィーニスのいつもは伸びている方の耳が垂れました。心なしか、寂しそうに口をすぼめています。
「あにみゅは、嫌にゃのか?」
「嫌ないよ! 嫌とか問題なくて……!」
大慌てで頭を振ります。自分でやっておきながら、ぐらりと視界が揺れちゃいました。
フィーニスは師匠が大好きですからね。師匠を否定された気持ちになっちゃったのかもしれませんね。
が、私の言葉に反応したのは当のフィーニスではありませんでした。片足を立てて、薄く笑ったのは師匠です。奇妙です、怖いです。その笑い方。というか、不穏なオーラ。
「へー、どういう問題なんだよ」
「ばかししょー! お嫁さん、いう以前、問題!」
口に出しては、皆まで言うまい。びしっと師匠を指差すだけで止めてあげました。
心の中で愚痴らせていただくと。私には言葉を要求してくる割に、師匠ってはっきり想いを形にしないんですよね。
たまーに素直になってくれる時があって、その時は私も真っ直ぐになれるんです。ただ、さっきみたいにお互いが追い詰められないと駄目なんですよね。……私も師匠も。
切羽詰まらないと動かないお互いを、師匠が考えているかは推測の域をこえません。でも、私個人としては方向修正しなければと反省しています。もうちょっと時間はかかりそうですけれど。
「フィーネ、どうしたの?」
未だに、悪戯小僧みたいに、歯を見せて笑っている師匠はともかく。
フィーネが、前足を揃えて俯いている方が気にかかります。珍しく、考え込んでいるように見受けられました。
そっと、ふわふわの毛を撫でます。
フィーネは、一瞬だけ気持ち良さそうに目を細めましたが、すぐに表情を硬くしてしまいました。
「あにむちゃはね。ふぃーねとふぃーにすの、おねーたまじゃないのでしゅ? おかーしゃまなのでし?」
「ふぃーね、なにいっとんのじゃ!」
何故かフィーニスが焦っています。前足を上下にパタパタと激しく振って、まるで踊っているようです。
私とばちっと目があうと、鬼灯のように頬を膨らませました。あぁ、そうか。
「あにみゅ、笑うないぞ! ふぃーにすのが、しっかりしてるのじゃ! ふぃーにすのが、おにーしゃまなのじゃ!」
「はーい」
「くしゅくしゅ笑うにゃー!」
フィーニスが耳を必死に動かすのが面白くて。笑いを噛み殺しきれません。
前にかざした手をぽかぽか殴られます。が、全然苦ではありません。だって、フィーニスが背を逸らした状態で、目を瞑っている姿があまりに可愛いんですもん。私が笑いを零す程、フィーニスは恥ずかしがって前足の速度をあげていきます。
私たちがじゃれている間に、フィーネは師匠が抱き上げていました。フィーニスのお相手も楽しいですが、フィーネも心配ですね。
「フィーネ?」
師匠の肩に乗せられているフィーネは、「んな」と鳴いただけでした。
さすがにフィーニスも心配になったのでしょうね。私への抗議の手を止めて、フィーネの頭をぽんぽんと撫で始めました。
「フィーネは、あれか。さっきアニムが消えるのがどうのこうのと言いやがった時、母親が死んだっていう絵本の話が出たから、過敏になってやがるな? 大丈夫だって」
「うみゃ」
小さく頷きはしたものの、まだ何か言いたげな瞳のフィーネ。
師匠は柔らかい苦笑を浮かべ、フィーネの羽部分をくすぐりました。桜の花びらほどの羽が、ぴこぴこ動きます。
そうですよね。フィーネやフィーニスの中にあった誤解は解けても、不安は残ってしまっているんですね。
「私的、どっちでも、嬉しいけど。不安させて、ごめんね」
師匠からフィーネを奪い取って、柔らかい額にキスを落とします。自分の鼻先を唇の代わりに擦り透けると、肉球が両頬に触れてきました。
そうしてようやく。フィーネはいつもの愛らしい笑顔を見せてくれました。体温と一緒に、あたたかさが染みてきます。
と、女二人でほくほくしているのに。地面に片手をついた姿勢の師匠は、また憎らしい笑みを浮かべましたよ。なんかふんぞり返ってるし。
「まぁ、確かに。アニムの教育っぷりみてたら、姉ってより母親って感じだもんな。その大人らしさを、爪の先ほどでもいいから、お師匠様に向けて欲しいぜ」
そっくりそのまま、お師匠様にお返しですよ。その台詞。
ご友人はともかく、グラビスさんをはじめとした年下さんや後輩さんたちに対する師匠の態度は、至極物柔らかです。三桁も離れた私と同レベルになってるのが多いのは何故でしょうかね、師匠。
とはいえ。私としては今の関係がとても好きだし、師匠とのやり取りも大好きです。決めるところではかっこよくて、しっかり受け止めてくれて、でもやっぱり拗ねたり子どもっぽかったりする師匠と一緒にいたいって思うんです。
逆に、始終物静かな師匠とか嫌です。それこそ、変な病気にかかって熱でもあるのではと心配になります。
「母性本能、豊か、言ってよ。大体、フィーネとフィーニス生みの親、ししょー。なら、ししょー、お母さん、じゃないの」
なので、師匠へは軽い突っ込みだけしておきましょう。今日の日記のタイトルは『ししょうーはお母さん』にしてやるんだから。
私の指摘を受けた師匠は、お笑い芸人も顔負けな調子で手を滑らせました。お見事です、師匠。さすがです、師匠。期待を裏切らない反応に感謝です。
「……アニムには、オレが母性本能溢れてる人間だって映ってるのかよ。お前の中でオレはついに男っつー性別の枠までこえたか」
「ししょー、深く、考えすぎ」
「お前はノリでしゃべりすぎ」
重々しい溜め息をついた師匠は、大げさな仕草で肩を竦めました。リアクション王め! 師匠なんて大魔法使いの称号より、リアクション芸人王の方が似合ってるんだから!
お互い引かず、睨みあいます。
「ありゅじはちゃんと男ぞ!」
フィーニスは師匠の反対側の肩に立って力説です。師匠の頬に片方の前足をついているのを羨ましいなんて思ってませんよ? 両方に。
はてさて。フィーニスが師匠を男と断言した根拠とは! 異世界の生態系とは! 性の定義が今明かされる! ちょっと煽りをつけてみました。
フィーニスは安心しろと言わんばかりに、大きく頷きます。フィーニスってば頼もしい。立派に育ったのねと、そっと涙を拭いたい様子です。
「だって、ふぃーにす、あるりゅじと一緒にお風呂入ったとき、見――もにゃ」
「あー。フィーニス、ありがとな。でも、それ以上はやめとけ」
師匠がひどくだるそうに、フィーニスのお口を塞ぎました。私と睨みあいをしていたのとは打って変わって、いつものように瞼を重そうに落としています。
師匠、頑張れ。無責任に声援を送りますが、内心なので、もちろん本人に届くことはありません。
「にゃんでじゃ?」
「にゃんでもだ」
ごめんなさい。師匠は思いっきり眉を垂らしているのに、色々可愛すぎて。笑いがこみ上げてきます。っていうか、無理。限界。
前屈みになって、センさん顔負けな爆笑を響かせます。ちゃんとフィーネは潰さないように前に差し出す形にしています。
「あはっ! おかしっ……ししょ、にゃんて……!」
いえね。基本的には、師匠をかっこいいと思っているからこそ、笑えるんですよ?
だって、項垂れながらも相手を気遣って「にゃんでも」とか言葉を崩しているって、ツボすぎて。
私、改めてこの人が大好きなんだなって実感しちゃったんです。端(はた)から見たら笑い悶えているだけに見えるかもしれませんが。
「おい、アニム。大体、お前が二人の前で胸がどうのこうの言うから、フィーニスが下な話を普通にしようとしているんだろうが。反省しろ!」
「私のせいないよ。ししょーが、私に、スケベするから。フィーニス、普通に、思っちゃう」
責任の押し付け合いですね。でも、これって……。
「これが世間一般で言うところの『夫婦喧嘩』です」
「うーにゅす。じゃあやっぱり、ありゅじとあにみゅは、お婿しゃんとお嫁しゃんなのじゃ」
おかえりなさい、ウーヌスさん。そして、また爆弾をありがとうございます。
センさんには『痴話喧嘩(ちわげんか)』と称され、ウーヌスさんには『夫婦喧嘩』のお言葉をいただき。私たち師弟、今日は喧嘩しっぱなしですね。それも、恥ずかしすぎる部類のです。ぺったりしたり喧嘩したり、忙しい。けど、ちっとも嫌なせわしなしさではありません。
「ウィータ様、お待たせしました。こちらの瓶でよろしいでしょうか」
「あぁ。ウーヌス、わざわざ取りに帰らせて悪かったな」
師匠の言葉を受けて、ウーヌスさんの口にわずかな笑みが乗りました。
微笑ましい光景をほこほこした気持ちで眺めていると、ふとバスケットがなくなっているのに気がつきました。
「バスケットない。ウーヌスさん、持って帰ってくれたですか。ありがとです」
「いえ。ウィータ様のご指示なのでお気になさらずに」
「まぁ、貰える礼は素直に受け取っておけよ。恩を売るくらいしても良いんだぞ」
すっかりクールに戻ってしまったウーヌスさんに、師匠がひらひら手を振りました。立ったまま困ったように微笑んだウーヌスさん。
私との喧嘩は、どこ吹く風か。師匠はすっかり主の顔になっています。穏和で静かな空気を纏った師匠は、少し遠くに感じられます。
「ししょーの、最後の言葉、ともかく。ありがとです」
顔を覗かせた寂しさを押し戻すために、可愛げのない口をきいてしまいました。ウーヌスさんには、ちゃんと頭を下げましたけど。
師匠が「やれやれ」とぼやきながら立ち上がったので、私も膝を伸ばしました。
背伸びついでに目に入ってきたのは、色を変え始めている空でした。蒼に混じっていく橙がとても綺麗です。日が暮れていくのを見ていたい気もしますが、夕飯の準備もしないといけません。そろそろ水晶の森に帰らないとですね。
「あにむちゃ」
下に敷いていた師匠のマントについた草を払っていると、フィーネが遠慮がちに声をかけてきました。心持ち、羽のはばたきも元気がないような。
隣にいるフィーニスも気遣わしげな視線を向けています。
「なーに、フィーネ」
「今日は、あにむちゃのベッドで、いっちょに寝てもいいでしゅか?」
私から誘おうと思っていたのですが、先を越されてしまいましたね。
フィーネやフィーニスの背中を撫でながら寝るの、大好きなんです。吹雪の夜の一件以来、私が師匠に甘えてばかりでしたからね。今日は二人が眠りにつくまで、思い切りじゃれて甘えてもらいましょう! あと、何冊でも絵本読んであげますよ!
「もちろん! フィーニスもね。ふたりとも、大好きだから、いつでも歓迎だよ」
「やっちゃー! ふぃーね、あにむちゃに読んで欲しいご本、いっぱい探したのでしゅ」
「ふぃーにすは別に寂しいなんて思ってないが、あにみゅがどーしてもって言うのにゃら、仕方がないから一緒に寝てやるのじゃ!」
ふんと鼻を鳴らしたフィーニス。でも、尻尾が落ち着きない調子で動いているので、まんざらでもないとは思います。
あれ、そういえば花冠と尻尾のお花が見当たりませんね。もしかして、ウーヌスさんに持って帰ってもらったのかな。
「じゃあ、オレも仲間に入れて貰おうか」
「ししょーは、だめ! はしたない!」
常日頃は、師匠が私に恥じらいを持てと注意してくるのに。しかも、師匠がいたらフィーネとフィーニスが思う存分甘えられないじゃないですか。
草を払ったマントを、師匠に押し付けます。つい、子どもにするように「めっ!」と付け加えてしまったのはご愛嬌でよろしくお願いします。
師匠にも思いも寄らなかったようです。そりゃそうですよね。師匠に勝った! と訳のわからない勝利を噛み締めたのも暫く。すぐに、恐ろしい含み笑いが私に襲い掛かります。
「へー。『大好き』な奴は大歓迎じゃなかったのかよ」
ぐぅ。ここで結び付けてきますか。勇気を出して告げた時は赤面してただけだったのに。
悔しさから、びしっと指先を師匠の鼻に突きつけます。
「そーいう問題ない!」
「にゃいのでしゅ!」
「にゃいのじゃ!」
おぉ。頼もしい味方が! これで今晩は三人でまったり絵本ショー開催、決定ですね。今から楽しみで仕方がありません。とっておきの紅茶を用意しましょう。二人が好きな甘いフルーティーな紅茶です。
今夜の天国を妄想している私の前で、師匠は絶句しています。フィーネとフィーニスにも否定されて落ち込んでいるのかな。
ややあって。師匠は長く息を吐き出しました。
「お前さぁ、否定するとこ間違ってねぇか?」
「ソレ言ったは、嘘ない、からね」
「あほアニム」
間髪入れずに、お決まりの呼び方をされました。おまけにと、髪をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられてしまいました。いつの間に距離を詰められていたのか。忍者のごとく、すばやい動きですね。
ぼさぼさになった髪に満足したのか。師匠が肩に顎をのせてきました。ちょっと重いです。レモンシフォンの髪から垣間見えたのは、夕焼けのような色をした耳。
「ししょー、理不尽」
「うっせぇ」
わざと恨めしさを滲ませた言葉は。私以上の苦々しい声によって、かき消されてしまいました。
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