引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

拍手お礼SS


引き篭り師弟と、拗ねた唇



「だから、なんでラスターを選んだんだよ」
「なんで、言われても。だって、好みな美人で、ししょー選んだら、可笑しい、でしょ?」

 二人だけの談話室。ぱちぱちと薪が爆ぜる音が、心地よく鳴っています。水晶の森は一年中寒い傾向にあります。四季のある日本で育った私には、いまいち季節感が掴めません。
 ですが、すっかり耳に馴染んだ香りと音は、師匠の温度と同じく、ないと物足りなくなるほどの安心感をくれます。
 あたたかい空間で、私と師匠はハイバックのソファーに、並んで腰掛けています。空気が湿っているので、もうすぐ雨が降ってくるかもしれません。

「そもそも、ホーラさん、質問の意図、よくわかんなかったし」

 事の発端は昨夜の酒盛り時。センさんとラスターさん、それにホーラさんという旧友さんたちが勢ぞろいでした。
 話の流れは忘れたのですが、師匠とラスターさんどっちが麗しの美人だと思うのか選んでみてと、ホーラさんから問われたんです。ちなみに、センさんは、私が話に乗った時点ですでに悶絶していらっしゃいました。爆笑で。
 確かに師匠は整った顔ですし、レモンシフォンもアイスブルーも綺麗ですけど……乙女心です。うん。それに、ラスターさんのお色気ポーズを前に、勝手に指が動いてたんですもん。

「可笑しくねぇだろ。別に、好きって部分だけで、選んでもよかっただろうが」

 あっ、そうか。そういう手もあったんですね。思い浮かびませんでしたよ。あれはもしや言葉遊びだったんでしょうか。
 ぽんと手を打った手を、呆れたように半目で睨んでくる師匠。
 っていうか、好きっていう部分で選んだら、乙女心的に余計恥ずかしいじゃないですか! ホーラさんですから、どっちにしろ私か師匠の動揺を楽しみたかっただけかもしれません。

「ししょー的、負けて、悔しかった?」

 師匠は片足を腿に乗せています。さっきから足首を掴んだり離したりしているのですけど、これって師匠が拗ねている時の癖なんですよね。ということは、つまり。ラスターさんを選んだに拗ねているって態度。そりゃ、師匠としては面白くないですよね。
 切ない師匠心を理解した私に向かって、当の本人は盛大な溜め息を落としました。

「大丈夫! 今度、同じ質問、言われたら、ししょーに勝るヒトなし! って、一刀両断! ししょー、ししょー界のなんばーわん!」
「はいはい、ありがてぇーこった」

 折角おまけの賞賛をつけてあげたのに、返ってきた声は随分と投げやりでした。師匠はどうでも良さそうに、ソファーの角に倒れこんでしまいましたよ。
 ラスターさんを指差した際、ぎゅっと手を握って喜んでくださったんです。ラスターさんの手を、いつものように「人の弟子に気安く触んな!」ってがなりながら叩き落としてたので、外してないと踏んだのですけど。見誤りましたかね。
 私の心の内を証明するように、組んだ足を掴んでいます。まだ拗ねているようです。これ以上、どうしろと。

「ししょー、拗ねてる理由、教えてよ」
「うっせぇ。拗ねてねぇし、万が一拗ねてたとしても自分の頭使って考えてみろ、あほアニムが」

 それはつまり、へそ曲げてるって暴露してるも同然じゃないですか。
 しかし、あれですね。『あほ弟子』じゃなくって『あほアニム』と呼ばれたということは、弟子としてではなく私個人に対してって意味でしょうね。
 最近ですが、師匠使い分けをするようになった気がするのです。

「ラスターさん、選んだから? ししょー、何かと、ラスターさん、目のかたきする。昔なじみ的、対抗心?」

 師匠とラスターさんって仲は良いはずなのですけど、対抗心メラメラなんですよね。センさんとは親友って感じなのですけれど。ラスターさんが男性だった時は、ケンカ友達だったのでしょうか。
 瞼を閉じていた師匠が、片目だけ薄っすらと開きました。正解まで後一歩というところですかね!

「よしんば、オレがラスターに対抗心燃やしてたとして、理由はなんだよ」

 やっぱり! 今日の私は冴えている、絶好調です!
 きっと今の私の顔は太陽差ながらに輝いているでしょう。師匠の心を悟ったのが嬉しくて、にやにやとしてしまいます。
 んふふと、師匠の足に触れるか触れないかまで距離と詰めます。ちょっと体を乗り出すと、目元を色づかせた師匠がソファーに埋もれるように倒れこみました。
 師匠、図星つかれて照れてますね。

「もちろん! ししょー、負けず嫌い。ラスターさんと、きっと、昔から競い合い、してた。けんか友達、そんな友情! だから、ラスターさん、喜んでた、悔しかった! 間違いない!」
「あほアニム! 何が間違いない、だ! 自信満々に当ててやったみたいな顔しやがって! 掠ってもないわ!」
「いひゃいっ!」

 暴力反対です、お師匠様。ほっぺたを両側から引っ張られたら、伸びちゃうじゃないですか。ただでさえ、常日頃から、弾力があるって意地悪に笑ってくるのに。
 師匠の温度を感じられるのは物凄く嬉しいですけど、素敵な雰囲気の欠片もないのには切なくなってしまいます。
 ぺしぺし叩くと、ややあって、ようやく手を離してくれました。膨れたら、どうしてくれようか。責任とってください! とは冗談でも口に出せません。小心者な自分が憎いです。とほ。

「もういいや。お前が裏事情に気がついたら、それはそれでむかつくからな。オレからは、ぜってぇー教えてやらねぇって決めてんだよ」
「ししょー、意地悪。っていうか、裏事情って、そんな深い、真実、あるですか?」

 不老不死さんやご長寿さんたちのやり取りは、日常に見えて実のところ裏の裏の裏くらいまで深い事情があるのでしょうか。駆け引きってやつですかね。
 腕を組んで頭を悩ませ始めた私に、師匠がこの上なく冷たい視線を投げつけてきているのがわかりました。が、無視です。今は言葉の応酬が隠している謎を解く方が、重要任務です。

「キーワードは、好き、ししょー、ラスターさん、私が選ぶ、ホーラさん提案、センさん笑い転げ、酒盛り。推理する、です! 必ずや、会話の裏事情、鍵を解明!」
「あー。アニム、オレが悪かった。だから、落ち着け。オレ、本に集中するから、静かに紅茶でも飲んでろ」
「うるさい、言いたいだけ、ですか」

 ちょっと上にある師匠の顔を、じろりと睨んでやります。とどのつまり、黙ってろってご指示ですよね。自分から話を振っておいて、何たる仕打ち。
 とはいえ、美味しい紅茶が冷めてしまっても悲しいですね。可愛い薄紫の花びらを浮かべている紅茶。フィーネとフィーニスが摘んできてくれたエルバです。
 カップに鼻を近づけると、ふわりと舞った甘い香りが、心を穏やかにしてくれました。
 紅茶に癒されながら、横目で師匠を伺います。師匠は先ほどと変わらない姿勢です。違うのは、手元の本が開かれているのだけです。
 けれど、ページをめくる際、下がった本から見えた師匠の唇に、笑いが零れてしまいました。

「んだよ」

 だって、師匠の唇はちっとも変わらず、小鳥のくちばしのように尖っていたんですもん。
 今はぶすりと一文字にひかれてしまいましたが、もしかして師匠自覚なかったんでしょうか。可愛いなぁ、とか思っちゃいました。凄まれても、全然怖くないんだから。
 一度可愛いと思ってしまうと、もうにやけは止まりません。くふふと自分でも奇妙だとわかる声を我慢できませんでした。
 さらに怪訝そうに眉間に皺を寄せた師匠。仕方ないので、教えてあげましょうかね。
 ティーカップを置くのと同時に、ぱちんと薪が爆ぜる音が響きました。

「雨、降ってきたね。フィーネとフィーニス、大丈夫かな」
「説明になってねぇし。話、逸らすなよ」

 窓の外では、しとしと雨が降り始めています。そろそろお散歩に出たフィーネとフィーニスが、戻ってくるかもしれませんね。薪を足して部屋の温度をあげて、おやつも用意しておいてあげましょう。
 あと、おかえりになった訪問者の皆さんも、道中大雨に打たれないと良いのですけれど。
 教えてあげようと思ったにも関わらずよそ事を考えていると、師匠に髪を引っ張られました。片手に持った魔法書が重くないのかな、と視線を落とすと。今度はリボンを掴れました。するりと、桃色のリボンは容易にほどけてしまいました。

「逸らす、ないよ。どーしようかなぁー、思って。ししょー、悪人面、してるからなー」
「ほぅ。お師匠様にたてつくなんて、良い度胸じゃねぇか。しかも、この距離で」
「ごめん、ですよ。弟子、海より、深く、猛省」

 髪をいじっていた手が耳元に滑り込んできて、ぞくりと背中が伸びましたよ。
 鼻が触れそうな距離で影を背負われたら、私だって抵抗する気にもなれません。色んな意味で。熱くなっていく頬にしずまれぇい! と心の中で鞭を打ちますが、全く言うことを聞いてはくれなさそうです。
 頭を下げて謝罪を試みますが、見事にごつんと師匠の額と良い音を奏でてしまいました。でも、おかげで師匠は額を摩りながら、角っこに戻ってくれました。相変わらず、お顔はご機嫌斜めですけれどね。

「で?」
「ししょー、ここ。拗ねて、ぴよって、とがってる」
「ちょっ! こら、アニムっ!」

 ぷにっと。師匠の唇に人差し指を弾ませました。くそぅ。唇の瑞々しさが恨めしいです。しかも、弾力もあるなんて、私の面目丸つぶれですぜ。と、愚痴りつつも、何度も指の腹を弾ませてしまいます。だって気持ちいいし、心がきゅっとなるんです。
 つい身を乗り出してしまい、師匠の太ももに置かれた本が落ちてしまったのは申し訳なかったです。
 師匠は呆れのあまりか、耳まで染めて固まってしまっています。本を大切にしている師匠が即座に反応しないのは珍しいです。そんなにくだらないことをもったいぶっていたのかと、呆れの疲れが押し寄せたのかもしれませんね。

「ししょー、本、落ちた。ちょっと、失礼」

 唖然としている師匠に代わり、本に手を伸ばします。でも、ソファーの足近くに落ちてしまった本には手が届きません。
 仕方がないので、ちょっくら身を屈めて腕を伸ばさせていただきましょうか。立ち上がって拾いなさいと、お母さんの小言が聞こえてきそうな横着ですね。すみません。
 筋肉が伸びた影響か、突然ひらめきました!

「わかった。よっと。ししょー、拗ねてる、は、やきもっ――!」

 指が本に掠った瞬間、師匠に勢いよく脇から持ち上げられていました。気がついた時には、ぽすんとソファーにお尻が戻っていました。
 ほとんど師匠の太ももに倒れこんでいるに近かった体勢から、かなり無茶な力の入れようだと思うのですが。よく持ち上がりましたね。これが火事場のくそ力という奴でしょうか。
 その火事場のくそ力の余韻様が残っているように思われるのは何故でしょう。私の肩をがっしり押さえている両手が、ぷるぷる震えてるのは気のせいじゃないですよね?
 師匠のつむじを見て、あほ毛発見とかほっこりしている場合ではない、のでしょうね。この空気は。
 冷や汗が出そうです。

「――ってんだよ」
「へ?」
「あたってたって、言ってんだ」

 ひぃ! 聞き返した私に、ナイフのような鋭い視線が向けられました。いつもながら、近距離で見る師匠の怒った顔はど迫力です。
 早く帰ってきて、私の癒し成分ちゃんたち! と、フィーネとフィーニスに救いのテレパシーを送ります。が、当然ですが反応はありませんでした。

「あたってたって、やきもち、いう推理が?」

 わくわくと拳を握って師匠の答えを待ちます。が、師匠は険しい表情を変えることはありませんでした。

「……押し付けてきてた、って表現すればわかんのかよ」
「推理の、押し付け? 答え合わせ、なくて?」
「あんだけ人の腰を掴んで、床に手を伸ばしておいて。自分がどーいう姿勢かって想像できねぇお前が、ある意味すげぇよ」

 師匠、不条理です。とはいえ、師匠がここまで解説してくれるというのには、理由があるはずですね。
 しっかり考えねばと、脳内で先ほどの状況を再現してみます。が、叱られる原因はさっぱり思いつきませんでした。
 いつまでたっても声を出さない私に痺れを切らしたのか。師匠の手が太ももに触れてきました。って、スカートの上からとはいえ、くすぐったいです!
 身を引いた瞬間。今度はネックレスをとんと突かれました。意味不明です。

「ふともも。それに、胸。それなりでも、やわらけぇもんは柔らかい」
「なっ――! ひっひどい、ししょー!」

 ぼんと、音を立てて爆発できるくらい、熱が急上昇していきます。体が燃えるように熱いです! 血管がお祭り騒ぎです!
 恥ずかしいのか悔しいのか、自分でも判断つきません。
 金魚のように口を開閉しているだけの私を見て、師匠は満足そうに笑いましたよ。それはそれは、どや顔で。

「ぎゅって、抱きしめてくれる時、も、触れてるのに。なんで、今、わざわざ言うの?! 太ももだって、胸だって、今更なのに、それなり、強調、したいからって、ひどいよ!」

 そこですよ。私が全力で抗議したいのは、その一点です!
 そりゃ、太ももが師匠の足に触れたり絡んだりするのは何回もないですけど。ちょっと師匠の膝にぶつかった程度で、文句言うことないじゃないですか。嫌だったですか。
 師匠にしてみたらただの仕返しかもしれませんが、結構ダメージでした。しょんぼりです。

「あほアニム。触れ合った部位をよく考えやがれ! 」
「ししょーの、太もも」
「ほれみろ! 全然、触れ合って普通の部位じゃないだろうが!」

 師匠の言い分はわかりました。けど、唇を突っつかれている理由が見つかりません。もしかして、さっき私がひよこみたいって笑って突っついたの、根に持ってたんでしょうか。
 梅干しみたいな顔になっているであろう私におかまいなしに。師匠はぶにぶに唇をつぶしてくるのが悔しくて、つい対抗して尖らせてしまいます。すると、さらに勢いが増してしまいました。地味にきますね、この攻撃。
 逆に胸同士とか足同士の方が恥ずかしいと思うのです。なんとなく。色々想像なんて、してないですよ?!

「男の人って、不思議。女の私、気にしないの――」
「でやっ!」

 ふいにやんだ攻撃にほっとしたのもつかの間。首を傾げると、今度は額を思いっきり押されて、ぐらりと視界が回りました。天上のガラス灯がきらっと煌いたのが眩しくて、瞼を閉じたのと同時。背中に軽い衝撃を感じました。上質なふわふわソファーのおかげで、痛くないのが救いでしたね。
 瞼を閉じた暗闇の中、激しく窓を叩く雨の音と湿った空気、それに暖炉から漂う火の粉の香りが、私を包んでいます。
 そんな空間に浸りたくて、じっと五感を研ぎ澄ましていたのですが。

「アニム、お前はオレを『男』だって意識してるのかしてないのか。どっちだよ」

 混じった吐息にはっとして目を開くと。私の両側に掌をついて、覆いかぶさっている師匠と目が合いました。
 じっと、私を射抜くように見ている視線に心を探られているようで、心臓がきゅっと縮んだ気がしました。どくんどくんと、一気に鼓動が激しくなっていきます。押し倒されている体勢と空間を満たしている全てが、熱を引き出す手伝いをしているようです。
 現状を把握するために重なっていた部分を指でなぞったのに、余計に混乱しただけでした。

「ししょーは、ししょー。それに……」

 自分がとんでもなく恥ずかしい内容を口走ろうとしているのに気がつき、最後まで言葉になりませんでした。
 見下ろしてくる師匠の視線に先を促されても、もごもごと、口ごもってしまいます。
 えーい、ままよ!
 すっと細められているアイスブルーの瞳は、私を縛り付けてくるような輝きなのに。怖いくらい綺麗な瞳に反して、やっぱり、唇は可愛らしく、つんとしています。
 無意識のうちに笑っていたのでしょう。緩んだ頬を自覚した時には、もうむすりとした仏頂面になっていました。

「ねぇ、ししょー」
「甘えた声出しても、答えるまでどかねぇからな」
「もう、いっかい」

 きょとんと。目を瞬かせた師匠は、本気でわかっていないようです。「どかねぇからな?」と、何故か疑問調に繰り返されました。
 師匠から一本とったような、もう一度お願いしないといけない恥ずかしさを感じさせられて悔しいような。いまいち、自分でもわかりません。
 けれど、欲しいと思ってしまった心はとまってはくれません。くいっと、師匠の二の腕辺りの服を握ります。師匠は思いのほか、あっさりと身を屈めてくれました。

「違う、よ。もう、いっかい」
「あー、そういう、ことかよ」

 照れくさいどころの話ではありませんが、拗ねているのとは違う仕様で唇を出してみました。不細工だろうと考えるのは、むなしくなるのでやめましょう。
 わずかにだけ形を変えたにも関わらず、今度はちゃんと理解してくれた師匠。少し暗くなった部屋の中、ほんのりと赤くなった目元が見えました。
 とろんと幸せで蕩けていく心がそのまま、微笑みに滲んでいきます。しっかり師匠の様子を見つめたいのに、幸せで細まっていく視界が恨めしいなんて思っちゃいました。
 窓の外、雨を睨んでいた師匠が、ちらっと横目で盗み見てきます。ふへへっとだらしなく笑みを浮かべると、「くそっ」と舌打ちされてしまいましたよ。お師匠様、柄が悪いです。
 赤みが増したので、凄みはないのですけれど。
 
「んっ」

 荒っぽく押し付けられた唇に苦しいと呼吸がとまったのは、ほんのわずかな時間だけ。それこそ、小鳥がついばむようなキスが降ってきて、別の意味で苦しくなっていきました。ちょっと捻った腰が痛いなんて、思う余裕はありません。
 しだいに雨音のリズムに重なっていくキス。激しくなる絡みに上手く息が吸い込めません。師匠の服に触れている指先に力を入れると、ふっと体が離れました。
 乱れている呼吸が、白い綿毛を作り出します。今のキスを形にしたようで、無性に羞恥心が刺激されます。
 肩で息をしていると、師匠が耳元に擦り寄ってきました。すっと、さりげない調子で背中下に滑り込んできた腕のせいで、胸の位置があがって密着度がまします。それなりおっぱいだって、圧迫されたら苦しいんですからね。とは言いません。

「ししょー、男の人、思ってなかったら、こんなお願い、しない、思うのですよ」
「お前さ、単刀直入なのか謀ってんのか、判断つかねぇよな。時々さぁ」

 合わされた額が、ぐりぐりと擦られます。
 謀っているとは心外ですね。私は師匠と違って遠まわしな言い方しないし、いつだって単刀直入で真っ直ぐだと自負しているのですよ!

「私、いつだって、素直」
「ぬかせ」

 ですが、師匠とは分かり合えなかったようです。一蹴されてしまいました。
 すりっと鼻をすりあわされて、再び、師匠の吐息が濃くなりました。私も受け入れようと、唇に隙間を作ります。何気なく、師匠の後ろに視線を流すと――。

「って! フィーネにフィーニス! いつからいたの?!」

 談話室の入り口から、小さなお耳が見えていました。ぴこぴこと愛らしく動いている耳は、間違いなくうちの可愛い子猫たちのモノですね。はい。
 ぎょっと後ろを凝視している私に、師匠が眉をひそめて振り返ります。すすすっと顔を見せた二人と視線がかち合いました。

「んにゃ! たった今でしゅよ! うるしゃくなんて、してないでしゅよ!」
「ただいまなのぞ。びちょびちょで寒いのじゃ。もう、暖炉にあたってもいいのぞ?」

 師匠と私は、弾ける勢いで距離をとりました。声が出なくてフィーネとフィーニスに向かって、暖炉の方へどうぞとジェスチャーで示すことしか出来ませんでした。
 嬉しそうに暖炉の前に移動して、ぶるっと毛を震わせて水を飛ばしたフィーニス。フィーネは申し訳なさそうに近寄ってきました。

「あにむちゃ、あるじちゃま。お邪魔してごめんなちゃい」
「フィーネ、邪魔なわけ、ないよ!」
「ほんちょ? でもふたりで、お昼寝しゅる、ところじゃなかったでしゅ?」

 なるほど。そうですよね、私たちが勝手にやましく思ってるだけですよね。

「フィーネ、気にすんな。それより、どこかで雨宿りしてこればよかったのに。こんなに濡れて風邪ひくぞ?」

 師匠は自分が濡れるのは気にせず、フィーネを掌にのせると雨を払ってあげました。フィーネは気持ちよさ気に「ふみゃ」と甘い鳴き声をあげています。フィーニスに見えてなくてよかったですね。やきもち妬いちゃいそうですから。
 とにかく、タオルを持ってきましょう。お風呂に入れてあげるのも考えましたが、おやつの時間ですからフィーニス嫌がりそうです。お湯をはった桶でも持ってきたそうが良さそうですね。

「だって、今日のおやつは、あにみゅ特製のパンケーキにゃのぞ! 絶対、食べたかったのじゃ!」
「あい! ふぃーねも! ふぃーねも食べちゃかったのでしゅ!」
「やーん、フィーニスもフィーネも、嬉しい! じゃあ、早速、準備してくるね。その前、タオルとお湯、持ってくるね」

 にへにへと頬の緩みがとまりません。だって、自分が作るおやつを心待ちにしてくれてる人がいるって、とっても幸せなんですもん。しかも、雨の中、一生懸命羽を動かして戻ってきてくれたんですよ?
 暖炉の前でぬくぬくしているフィーニスの頭を撫でると、「んな」と擦り寄られ、幸せが膨らんでいきました。
 風船のように破裂して暴走しないうちに、準備に移りましょう。るんるん気分で談話室を後にしようとして、入り口付近で振り返ります。
 暖炉に移動した師匠が、フィーネとフィーニスの水を払ってあげていました。ほくほくと和んだ背中にぶつかって来たのは、
 
「だれがだれにやきもち妬いたのか、理解しろってな」
 
なんて言う師匠のぼやきでした。


― おわり ―


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心葉帖の短編が二本あります。




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