引き篭り魔法使いが術を失敗して、巻き込まれてしまいました。

番外編
メリークリスマス!
聖なる夜のお話、とは言い難いお話(笑)

引き篭り師弟と、いつもの夜。

「アニムちゃんの故郷では、降誕祭って寒い時期なのね」
「他の国の神様、ですけど。私の国、催物、大好きなんです」
「へぇ! 他民族や他国の神様の祭事を大々的に祝うなんて。アニムちゃんの国って、随分と自由だったのね。しかも、祈りを捧げるっていうより、お祭りみたいなんでしょ? 収穫祭や感謝祭みたいな感じね」

 切れ長の瞳を見開いたラスターさん。普通の反応ですよねと、苦笑で頷き返しました。
 この世界の神様関連の祭事は、神殿で粛々と行われることが多いそうです。ラスターさんが教えてくれたことがあります。師匠は祭事に無関心、とまではいかないものの、歴史や魔法関連にしか目がいっていないようなんですよね。

「もちろん、違う人もいるです。けど、基本的には、楽しければ、いいのさ! 的な感じです」

 少し薄暗い談話室。フィーネとフィーニスは、暖炉の上で寝息を立てています。ついさっきまでは、私のふとももの上で絵本を読んでいたんです。けれど、暖炉の上に置いてあった、レース編みで飾った籠が気になっていたようで。「寝てみる?」と声をかけると瞳をらんらんに輝かせくれました。くれましたというのは、二人のためにレースを編んで、クッションを縫ったプレゼントだったから。ごろごろしている内に、夢の中に飛んで行っちゃいました。
 ごくんと。飲み込んだココアが、喉元を暖めてくれました。頬が緩みましたが、肌に染みてくる冷気はなくなりません。大き目のふわふわストールを巻きつけると、白い息がほんのわずかだけ薄まった気がしました。

「それで、具体的にどんなことをす――」
「あっ、ししょー。お疲れさま」

 ソファーに掌をついて、前のめりになってきたラスターさんの奥。いつもよりさらに瞼を落とした師匠が現れました。しかも、ちょっと不機嫌そうに口を結んでいます。今にも倒れそうな様子で、壁に手をかけているので、体調が悪いのでしょうか。
 ラスターさんは、何故か振り向かないままの姿勢で離れていきました。

「オレが必死こいて魔法道具作ってやってたってのに、随分と楽しそうじゃねぇか」

 ひぇぇ。目が笑ってませんよ、お師匠様! ずももっと見えちゃいけない黒い煙を背負っちゃってます。聖なる夜のお話をしていたのに、悪魔が登場しちゃいましたよ。
 師匠は朝早くから、魔法道具を生成してたんです。ラスターさんの依頼で。急ぎの件な上、相当難易度の高い道具らしく、ぶっとおしでした。
 怯えてる場合じゃありません。ぼうっとしてないで、師匠にもあったかい飲み物とご飯を出さないとですね。

「えっえぇ。まぁ、アニムちゃんとのおしゃべりは、いつも楽しいわ」
「ししょー、ごめんね? シチュー用意してあるけど、お酒と、どっちが良い?」

 師匠は壁にもたれかかったまま動きません。なので、私が立ち上がるしかありません。
 ラスターさんは未だに口元を引きつらせていらっしゃいます。今回の依頼は外部からの持込じゃなくて、ラスターさん個人のものらしいので、師匠に睨まれても反論できないのかもですね。
 って、師匠。私が近づいたら、壁の向こう側に引っ込んじゃったんですけど。どういうつもりですかい。

「ししょー、敵前逃亡」
「あほアニム。お前はオレの敵なのか。ちなみに、一応付け加えておくと、さっきのはお前に言ったんじゃねぇからな」
「えっと、ししょ?」

 やっぱりラスターさんへの八つ当たりでしたか。それはわかったのですけど……。
 ぎゅっと抱きしめられた、この状況は一体。首元に擦り寄られて、詰まった声が出ちゃいました。そんな私にお構いなしに、師匠は思いっきり息を吸い込んでらっしゃいます。深呼吸ならまだしも、万が一にも髪の臭いなんて嗅がれていたら恥ずかしすぎます!
 もぞっと身じろぎすると、それを押さえ込むようにお尻を滑った掌!

「やっ、ちょ、ししょお、くすぐったい!」
「よーし。アニムはくすぐって欲しいのか。ほれ」
「うひゃっ! 訂正! くすぐったい、ないよ! むずむず!」

 鎖骨下を、つっと出た舌になぞられた挙句。お尻からあがってきた手が胸に触れました。しかも、体に触れたままあがってきたし! でも、胸に指が沈み込むことはなく、親指の腹は頬を撫でました。……残念なんて、思ってません。
 上気してぷるぷる震えてる私に満足したのか。師匠は「うっし」と笑い、壁にもたれました。相当お疲れのようです。というか、腰に腕が回ったままです。
 疲れている時は人肌が恋しくなりますからね。許してあげましょう。うん。
 よしよしと頭を撫でてあげます。癖毛の部分に指先が擦れ、先ほどとは違う穏やかさなくすぐったさに笑みが浮かんでいくのがわかりました。
 当の本人には、むっとされちゃいましたけど。でも、暗がりでもわかるくらい目元が染まっているので、嫌がられてはいなさそうですね。

「悪いが、ひとまず一時間ほど仮眠とってもいいか?」
「あっ、うん。そうだよね。ししょー、瞼とろんて、とっても眠そう。私、さきにししょーの部屋行って、暖炉に薪くべておく――」

 師匠の胸に手をついた瞬間。視界がくるりと回りました。とんと、肩に当たった硬い感触に、痛いと思う隙もなく。師匠のどあっぷが……って、即ぬめっとしたモノが! いつもよりちょっと乱暴、というか激しく口内をかき回され、あっという間に息があがってしまいます。口を閉じようと試みますが、上唇を舐められ「ひやっ」とぞくりと背が伸びます。
 一旦離れてくれたと思ったのに。間近で師匠にじっと見つめられ、落ち着くどころか心臓までばくばくいいだしちゃう。両頬を包み込まれているので、逃げられません。いえ、逃げるつもりもないのですけど。そもそも、すごく柔らかく触れられてるし。それがうずってくるっていうか。
 冷静になれ、私。

「んっ、ししょ、待って……だめ、だよ」
「お前の中、すげぇ甘い。疲れが一気にぶっ飛んでく。アニムは、嫌か?」

 師匠、本気で疲労困憊(ひろうこんぱい)みたいです。珍しすぎるくらい、言ってることが繋がってません。
 とどめと言わんばかりに、切なげに額をあわされ。冷たい空気に暗い部屋なはずなのに、師匠の瞳は熱っぽくて。囁くように問われ、めまいが起きそうです。
 全身がへにゃへにゃになっていく。

「私、だって、気持ちいくて、嬉しい、けど。それとこれとは、べつ――」

 墓穴でした。数秒までの雰囲気はどこへいっちゃったのでしょう。にやりと意地悪げな笑みに変わった師匠は、有無を言わさず、喰らいついてきましたよ。はぐっ。
 隣の部屋にラスターさんがいらっしゃるのに、気にせず立てられる水音が、余計に熱をあげていきます。
 あぁ、もう気持ちよすぎてだめだ。崩れ落ちそうになった時、ようやく師匠の唇が離れていきました。願ったはずなのに、胸が苦しくて。師匠が引いた糸を拭ってくれる間も、師匠の背中を掴んだ指は開きません。

「はふっ。ししょーの、ばかぁ」
「これ以上は、やばい線越えちまいそうだ。ここいらで止まっておくか」
「いまさら、だよ。ラスターさん、隣にいるのに――でも、ししょーが、隠れては、珍しいね」

 いやいや。充分過ぎるくらい、ラスターさんには土下座ものの無視っぷりですけどね! 大体、師匠ってばラスターさんがいるのに、目の前で口づけしてくるのは少なくありません。節操なしという言葉が響いたのでしょうか。
 首を傾げて師匠を見上げると。ぐでんとした師匠が、肩に頭を乗せてきました。

「だってさ。お前、人前は嫌だって言ってたし。逃げようとするし。アニムの顔だけじゃなくって、口づけの息遣いとかも全部、他の奴には見せたくなくなったっていうかさ。今も嫌とか言われたけどな」

 だってさ、って。そんな拗ねた声で、だってさって、やきもち?!
 師匠が可愛い。お酒が入ってもほとんど酔っ払わない師匠が、疲れたからって可愛い言葉遣いになったり、素直に気持ちを吐露しちゃってくれたりしてますよ! なんという凶器!! サンタさんからのクリスマスプレゼントなの?!
 あまつさえ、子猫みたいに擦り寄られて、私の心臓は爆発寸前です。けれど、嬉しさからなので、このまま爆発しちゃってもいいかと思ってみたり。

「いっ、嫌よ嫌よも好きのうち?」

 誤魔化し気味に笑ってみせたのがバレバレだったのか。
 顔をあげた師匠に、強い調子で肩を掴れてしまいました。師匠の眉尻が跳ねていたので、よしよしと額を撫でたのですが。失敗だったようで、さらに眉間の皺も増えてしまいました。

「襲うぞ、こら」
「ここでは、ちょっと」
「あほアニム! そういう問題じゃねぇだろうがっ!」

 じゃあどういう問題なのでしょうか。声を張り上げた師匠にむっとしてしまいます。でも、保護者としてではなく、照れてはくれているようなので、ぷいっとそっぽを向くだけにしておいてあげましょう。
 師匠は口を開きかけましたが、心底呆れたように脱力しちゃいました。いつもながら理不尽ですよね。
 そのままの脱力状態で手を握られ、談話室に入っていきます。

「ししょー、寝ないの?」
「寝る。ここで」

 言葉少なに否定した師匠。まぁ、ベッドに入っちゃうと本格的に熟睡しそうな様子ですもんね。爆睡が困るくらい、お腹が空いてるのでしょう。師匠が仮眠とっている時間にシチューを温めなおしておきましょうか。

「ラスター、あっちに座れよ」
「はいはい。アニムちゃんを独占して、なおかつ隣に座ってきゃっきゃうふふしててごめんなさいね」
「ラスターさん、なんか、色々ごめんですよ」

 さして気にしている風もなく、ラスターさんは一人掛けのソファーに移動していきます。
 毎度申し訳ないです。師匠、ラスターさんの前だと、やたら手を出してくるんだから。昔なにかあったのでしょうかと、勘ぐりたくなっちゃいますよ。
 
「いーえ。アニムちゃんの方が大変ね。弟子なはずなのに、師匠に依存されてて」
「うっせぇ。オレはアニムが弟子だから手ぇ出してるわけじゃねぇっての」

 どかっと腰を下ろした師匠につられ、隣に落ち着いたのですが。
 暗に師弟という関係じゃないと言われているようで、心が躍った一方。手を出しているという程、踏み込まれているのかと問われると、ちょっと疑問を抱いちゃいます。

「アニム、もうちょい端に寄ってくれ」
「離れて、いいたいですか」
「ちげぇよ。膝、貸してくれ」

 返事をするより早く。一応素直に移動した私のふとももに重みがかかりました。二人きりの時なら喜んで、というかむしろ誘導しますけど! また、ラスターさんの前で!
 文句のひとつでも出そうかと息を吸い込んだ私の眼下には、すぅっと寝息をたて始めた師匠が……。なんという速さでしょう。
 もうっと呆れつつ。全身を預けてくれる師匠に、幸せがこみ上げて来ます。きりっと上がっていた眉が徐々に下がっていきます。かっこいいから可愛いへの変化を拝めるなんて。
 しばらく、師匠の寝顔に見惚れてしまいました。横でにやにやと私を見ているラスターさんに、はっとするまでは。

「あのウィータが人前で寝顔を晒すなんてねぇ。嘘寝じゃないなら、だけどね。……このまま大人しくしてて欲しいわ」
「ししょー、狸寝入りない、みたいです」

 ストールを師匠にかけてあげながら、胸に置かれていた手を持ち上げますが。特に動きもなく、ぐだっとしているので本当に寝入っているようです。ストールは大きめなので、師匠も風邪をひかなくてすみそう。
 窓の外では、しんしんと白い綿毛が降り続いています。

「さっきの続きだけれど。アニムちゃんの故郷では、その『クリスマス』っていうのを、どんな風に祝うの? っていうか、アニムちゃんはどーやって過ごしてたの?」
「私の国では、家族や友達、恋人と、ケーキやご馳走食べたり、歌ったり、贈物を交換したり、パーティーするです。おうちだったり、外でデートしたり、色々です。私は……家族とか友達とばっかりでしたけど」
「へぇ。楽しそうね。贈物っていうのは、すごく意外だわね。でも、元々ウィータって感謝祭とか降誕祭とかに興味ない人間だし。特別な時間とか贈物って期待できないわよねぇ」

 確かに、降誕祭なのにプレゼント交換て、どうしてだったのでしょうか。今となっては調べようがありませんけれど。もうちょっと興味を持って考えておけばよかったです。
 前に、師匠に話した時は、ウーヌスさんがケーキを作ってくださったんですよね。私が描いた下手なブッシュドノエルを再現してくれたんです。もちろん、とっても美味しかった! 赤ちゃんなフィーネとフィーニスが、うっとりしていたのを覚えています。

「水晶の森、ずっと寒くて、雪や雨降ってます。私としては、あんまり、季節感ないので、気にしてないです」
「アニムちゃんたら、健気! よし! 今度ルシオラたち引き連れて、パーティーしましょ!」

 それって、いつもの宴会と違わない気もしますけれど。鼻息荒く立ち上がって拳を握ったラスターさんが嬉しくて。自然と満面の笑みになっていました。
 こほんと咳払いをしたラスターさんが腰を落とされます。ここは一緒に立ち上がってハイタッチする雰囲気でしたかね! 師匠が乗っているので無理なんです、ごめんなさいラスターさん。

「パーティー、楽しみです。ルシオラにも、会いたいです」
「了解よ! 贈物もいっぱい持ってきちゃうんだから! 子猫ちゃんたちにもね!」
「じゃあ、私は、気持ち込めて、お料理準備するです! あと、飾りつけ!」

 引き篭っているので、プレゼントの種類は限られてしまいます。でも、その分、一生懸命――というか、皆さんに喜んでもらえるように演出を頑張りましょう。

「善は急げ、ね! 魔法映像で皆に連絡してくるわ! 明後日の夜には集まれるんじゃないかしら」
「明日ですか! 急いで準備しなきゃ、ですね。でも、連絡なら、ここででも」

 はてと首を傾げると、ふとももの師匠から短い声があがっちゃいました。ちょっと大きな声出しすぎましたね。ごめんなさい、師匠。そっと頬を撫でると、また穏やかになった寝息。
 そんな師匠に、ラスターさんは苦笑を投げかけていらっしゃいます。後ろで薪を爆ぜている暖炉の火に似た、あたたかさです。

「でれでれの顔で、恋人のふとももで熟睡してるウィータなんて、魔法映像の端にちらとでも映ったりしたら、センが笑い死にしちゃうもの」
「こっ恋人?!」
「やーね、あんな濃厚な空気纏っちゃう二人が恋人じゃなかったら、あたしの人生観変わっちゃうわ」

 魚のように口をぱくぱくと動かす私を残して。ラスターさんは、ばちこんとウインクを飛ばして去っていっちゃいました。


 どれくらい、ぼうっと窓の外を眺めていたのか。
 ホワイトクリスマスどころか、窓の外の風景はすっかり吹雪に変わってしまっています。そういえば、雪夜と華菜が幼稚園児の頃、家族で北海道に遊びに行きましたっけ。三人で雪にダイブして遊んでいて体が冷えたのか、珍しく雪夜からぎゅっと手を握ってきました。小さい手は冷たいけれど、とてもあたたかかったんです。
 ストールから出ている師匠の手をそっと持ち上げてみます。自分の手に乗せてみると、肌同士が溶けあいそうに思えます。もう片方の手を上に重ねると、きゅっと胸が締め付けられました。苦しいくらいどきどきしてるけれど、幸せです。捻った腰が痛いけど。

「ししょーからの贈物、勝手に、貰っちゃうね」

 まさか。本人には、師匠の温度と貰ってる幸せがプレゼントだよ、なんて言えないです。
 持ち上げた指に、ちゅっと口づけを落とします。心の中でだけ、メリークリスマスと呟いて。私も瞼を閉じました。



おまけ

「ハラヘッタ」

 柱時計に視線を投げると、どうやら三十分ほど寝ていたらしい。わずかながら回復したようだが、今度は腹の虫が騒ぎだした。
 生成の合間に、アニムが作ってくれた軽食はとっていたが、晩飯を準備してくれていたのを思い出した途端、我慢ができなくなってしまった。
 が、だがしかし。ソファーに投げ出した体は、ぴくりとも動かせない。

「ならアニムちゃん、起こせばいいじゃない。あっ、アニムちゃんがにへらって笑ったわ」

 行儀悪く。ソファーの前にある机に腰掛け、あろうことかアニムを眺めているラスターが、楽しげに笑いやがった。空いた手をあげて魔法でもかけてやろうかと、口元が引きつる。だが、ちょっとでも動くと、オレの手を握っているアニムの指に力が入ってしまうので、やめておいてやる。
 アニムの顔は見えないが、纏っている空気と寝息がとても心地良さそうだ。起こすのは忍びない。

「うっせぇな。つか、アニムの寝顔みてんじゃねぇよ」
「じゃあ、添えられてる手、外してあげるわよ。そうしたら、アニムちゃん起こさなくても、あんたが動けるじゃない」
「アニムに触れる理由を作るなよ」

 大人気ないとは承知していながら、ぎっと睨んでやる。ラスターはあからさまに肩を落としやがった。伸ばしかけた指が、ゆるゆるとアニムから離れていった。
 ほっとしたのも束の間。にやけた顔のまま、前屈みになって覗き込んできやがった。

「あんたが自分で外せなさそうだから、協力してあげようとしただけじゃない。不気味に頬染めちゃってさ」
「ほっとけ」
「はいはい。優しくて美人なあたしが、代わりに用意してきてあげるわよ。温め終わるまでに、アニムちゃんから離れる方法でも考えてなさい」

 掌が触れているだけの柔らかい拘束。
 しばらくは解かれそうにないなと、溜め息が落ちた。消えていく白い息と眺めがなら、心のどこかで、解いてほしくないと願ってしまう自分がいた。


― おわり ―




読んだよ






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